第四十七話 買取交渉
昨日は遅くまでお祝いをすることになった。
食べて、飲んで、は良かったのだが、色んな人たちから称賛されるのは参った。
ギルドから星を授与されるようだ、という話しになるとみんなが見に行くと言い始めてまさに英雄扱いだった。
あの調子だと授与式で着るミクリの服装が凄いことになりそうで心配になる。
「おはようございます。
ガンドルさん、入りますよ」
僕とトゥーファンは勝手知ったるガンドルさんの工房なので、昨日のお祝いの余韻が残る工房を奥に入って行く。
「シオン、トゥーファン、解体場にいるから、こっちに来てくれ」
奥の方からガンドルさんの声が聞こえた。
ずいずいと工房を入って行くと、解体場にガンドルさんとミクリ、そしてお爺さんがいた。
既に一部解体を始めてるようだ。
「よぉ、来たな。
昨日はありがとうな。
今朝、ここで鰐鮫を見て、改めてコイツを倒したことを思い出してたところだ」
ガンドルさんが嬉しそうに鰐鮫を指差す。
角や鱗が横に並んでる。もうじき皮を剥ぎ終わるようだ。
パッと見でも、鋼の亀や鋼の海豹と違う輝きの皮をしている。
鋼の亀は銀色で硬い素材だった。名前通りの分かりやすい素材だったと思う。
でも鰐鮫の変異種は違う。硬さが一段上なのは分かるが、更に魔力特性のような違和感を感じる。
「変異種って、素材的にも変わる、というか強くなるんですか?」
「うん? あぁ、どうだろう?
よく分からないがこの変異種は硬いな。
私も鰐鮫の解体は始めてなんだ。」
ガンドルさんがちょっと顔を上げたが、すぐに作業を続けながら答えた。
それに続けてお爺さんが話す。
「本来の鰐鮫は輝くような白銀色だが、この変異種は紫と緑のまだら模様をしてるからな。見栄えは本物の鰐鮫の方が綺麗だな。コイツとは比べ物にならない。コイツは美しくない分値段が下がるだろう。
素材の性能はまだ分からないが、性能も少し落ちそうな感じじゃな」
え?
「これで、性能悪いの?!」
「いゃ、鋼の魔魚と比べると格段に硬いし、鱗とか色んなところに使い道がある。
ただ本物の鰐鮫と比べると、という話しじゃ。
前の領主様のときに鰐鮫を軍隊が倒したことがあってな、そのときに何人かの解体士と付与士が呼ばれてその身体を解体した。
儂も呼ばれたんじゃが、そりゃもう美しかった。
硬くてしなやかで、あれは凄かった」
お爺さんが自慢気に話す。
「爺ちゃんは凄いです。
父ちゃんも爺ちゃんから教えてもらってるです。
鰐鮫の皮はもの凄く硬いです。……ミクリにはムリだったです」
僕たちが来たときからミクリはガンドルさんの横に並んでずーっと解体作業を見てた。
「ミクリには練習させないの?」
「ミクリはまだだな。
ミクリにはまだ切れない」
「もうちょっとだったです。
でも、ちょっと硬すぎるです。
鋼の亀や鋼の海豹とは違う硬さだったです」
「へぇー。そうなんだ。
角はちゃんと取れそう?」
「角は綺麗に取れた。
しかし、変異種だからフォムアルフトの首飾りを作れるかどうかは爺さんでも分からないようだ」
「作れないかも知れない?」
「そうじゃな。
フォムアルフトの首飾りは教会でしか作れんから、どうなるかは分からんが……本物とは違うから、ムリかも知れんのう」
「そうか。そのフォムアルフトの首飾りは教会に頼んだら作ってもらえるものなの?」
「さて? それもどうじゃろう?
解体でさえ、今日が二回目だからな。どうしたら良いのか皆目見当がつかんわい」
お爺さんが笑うとミクリが拗ねたような顔をする。
ミクリの願いはフォムアルフト神殿の壁画を見ることだ。
フォムアルフト神殿のあるフォムアルサクティ島に入るにはフォムアルフトの首飾りが必要だから、その作り方が気になるのは当たり前だろう。
首飾りの材料になる鰐鮫の角を苦労して手に入れたのに、加工できなければただの角に過ぎない。
「鰐鮫の亜水晶はどんな感じですか?」
「亜水晶は上物だな。
あれで膠晶液を作れば、魔法陣の効果が上がるんじゃないか。
そこの籠に入ってるから見てみな」
ガンドルさんが横の籠を指差した。
解体場の机の横に深い籠が置いてある。あの中だろう。
除いてみると確かに亜水晶が入ってる。亜水晶も変異種らしく、紫と緑が混ざった銀色をしている。
「解体した後の素材はどうする?
お前たち次第だが今日中には一通り終わるし、皮も一週間あればなめし終わるぞ」
「僕とトゥーファンの角はミクリと同じようにフォムアルフトの首飾りにできるといいな。
僕も神殿に行ってみたいし。
後は亜水晶と腕の革が少し欲しいかな。ちょっと付与で試したいことがあるんだ」
「オレは角があれば特に欲しいものはないな」
「おい、何言ってるんだ。
鰐鮫の素材だぞ?
こんな大物の素材があれば鎧や甲当て何かも凄いのが作れるのに」
「あんまり重い装備は好みじゃないからね。
ガンドルさんとミクリはどの部分にする?」
「何言ってるんだ?
私たちはもらうはずのない賞金と角をもらってる。
これ以上はもらえない」
「えっ?
あれ?
四人で倒したから四等分のつもりだったけど?」
「はぁ、……ホントに欲がないな。
この鰐鮫一体でどれくらいの価値があると思ってるんだ?
トゥーファンから言ってくれないか?」
突然話しを振られたトゥーファンは興味なさそうに答える。
「まぁ、オレもそんなに興味がないな。
価値が高くても、重たいのは嫌だから」
「おいおい、トゥーファンまで」
「父ちゃん、シオンやトゥーファンに任せるとダメです。
シオンは亜水晶と片腕って言ってるですから、残りの素材を金貨百五十枚で買取るです。
それなら昨日もらった賞金で買えるです」
「いや、ミクリ、金貨百五十枚って。
金貨五百枚でも足りないぐらいの価値だぞ」
ミクリがいいことを思いついたと得意げに言ったが、ガンドルさんからすると全然相場と違うみたいだ。
「ふふふ、気に入った。
オレからミクリに金貨百五十枚で売るぞ。
シオン、いいな?」
トゥーファンはミクリの提案に乗った。
まぁ僕たちが持ってても使い道がないからね。
「うん。いいよ。
ミクリに百五十枚で売る。
でも亜水晶を四分の一と腕一本は頂戴ね」
「あれ? シオンは亜水晶が四分の一でいいですか?」
「うん。膠晶液を少し作りたいだけだよ」
「分かったです。
シオンが言った分はシオンにあげるです」
「あ、おい、ミクリ、やめろ」
ガンドルさんがオロオロしてるけど、ミクリと僕たちの間でどんどんと話しがまとまったいく。
結局、金貨百五十枚で鰐鮫の素材を売ることにした。
ガンドルさんが金貨五百枚とか何とか言っていたから、ちょっと対策を打とうかな?
「トゥーファン、付与の練習するのに宿の部屋だと狭いし、何かいい案ないかな?」
トゥーファンが一瞬眉をひそめたけど、すぐ目元がニヤリとした。
僕の狙いを分かってくれたんだろう。
「ああ、確かにそうだな。
鰐鮫の革を相手に実験するにはちょっと狭いな。
ガンドルさん、知り合いに多少広い作業場がある人を知らないか?」
「何言ってるんだ?
この作業場を使えばいいじゃないか?」
ガンドルさんが今まで通り作業場を使うように言うけど、それでは足りない。そこをトゥーファンが説明した。
「いや、シオンのバカは夜中にも急に思いついた、とか言って作業を始めるんだよ。
一緒にいるこっちの身になって欲しい」
「そういうことか?
なら、ウチの工房に泊まればいいじゃないか?
これでも昔は弟子が何人かいたからな、離れの部屋を掃除すればすぐにでも泊まれるぞ」
「いいの?」
思わず声が大きくなってしまった。
狙った通りの展開になったのに、あまりの簡単さに僕が驚いていると、ガンドルさんが続けた。
「それくらい構わないさ。
宿代はそうだなぁ、お前たちの付与した剣を見せてくれ。
お金はいらないからな」
お金はミクリが買った鰐鮫の代金から値引きしようかと思ったのに、先手を取られてしまった。
お金をいらないって、大丈夫なんだろうか?
僕たちがもの凄く長居したらどうするんだ?
思わずガンドルさんの人の良さが心配になる。
仮に鰐鮫が金貨五百枚としてミクリへ金貨百五十枚で売ったから、単純に金貨三百五十枚の利益か。
鋼の亀が金貨十枚だったから、鋼の亀三十五匹分か。
一月金貨十枚、鋼の亀一匹としても三年分か。
一月で金貨十枚も使ったらかなり豪勢な生活ができそうだし、しばらく離れを使わせてもらう程度なら全く問題なさそうだ。
「すまないが、世話になる」
僕が安心してると、トゥーファンが返事をして僕たちがお世話になることが決まった。
「すみません。お世話になります」
改めて僕も頭を下げてお願いする。
これで夜中も付与の実験ができる。
ガンドルさんの工房にある本を見ながら魔法陣を真似するだけじゃなくて、つい改造して試したくなるんだよね。
そんなことを考えていたら、工房の入口から女性の声が聞こえた。
「こんにちわ。こちらはガンドルさんの工房ですか?」
ガンドルさんに来客のようだ。




