第四十四話 七番窟
迷宮の入口にいたのはいつかの優しいお兄さんだった。
「ちょっと教えて欲しいんだけど、今、七番窟ってどうなってるの?」
「あぁ、今は封鎖してる。
あんな危険なとこより、安全なところで釣りをしな」
お兄さんが一瞬恐い顔になった。
「絶対入っちゃダメなのかな?」
「絶対ってことはないが、やめときな」
「星があってもかい?」
僕じゃ相手にされないのを見て、トゥーファンが声をかけた。
「星があれば、今集めてる討伐隊のメンバーになれるが、……」
お兄さんが探るような口調になった。
「倒すためにちょっと様子を見ておきたいんだ」
「おいおい、そんな簡単に言うなよ。
アイツから逃げるのも命がけだぞ」
「まぁ、この前鰐鮫から逃げれたし、多分逃げるのは大丈夫だと思うが」
そう言いながらトゥーファンがライセンス証を見せる。
「そういやお前、一つ星だったな」
「そういうことだ。
誰かがやらなきゃならない。
そのためにもまずは様子を見ておきたいんだ」
「うーむ。
……そういうことなら仕方ないか。
七番窟の階段には柵がしてある。それを越えれば今まで通り七番窟に行ける」
「すまない」
「なぁーに、どうせ勝手に行こうと思えば行けるんだ。
気にするな。
それよりも決して無理するなよ。
栄光と祝福を」
「「ありがとう」」
僕たちは職員さんに手を振って迷宮に進んだ。
思ったより簡単だった。
トゥーファンがいると何故か簡単に進むんだよな。
それから、いつもと同じように兎を狩り、花を摘んで階層を降りた。
ミクリが台車に花を少しずつ増やしていく。
僕とトゥーファンも兎を狩ったら台車に積んでいく。
今日は餌の配合を隠して釣果を競うような楽しみ方をしないので、適当にポイポイと台車に乗せていく。
途中で、血だらけの兎と花は分けて積んで、とミクリに怒られたので、台車の前の方が花、後ろの方を兎用のスペースにした。
七階層ぐらいから明らかにミクリの口数が少なくなった。
ガンドルさんも気にしてるが、何て声をかけていいか分からないようだ。
僕も気になるけど、どうしていいか分からない。
トゥーファンを見ると、トゥーファンは肩を竦ませた。
仕方ないなぁ。僕は苦笑いしてからミクリに話しかけた。
「ミクリ、怖いか?」
ミクリが俯いていた顔を上げてトゥーファンを見る。
「怖い、……です。」
ミクリが泣きそうな顔をしてる。
「この前は怖くて動けなかったです。
大きな口と大きな手、食べられると思ったです。
剣で切れなかったです。
すごく強かったです」
「うん」
「家に帰っても、急にアイツが出てくるんじゃないか、って……。
目を閉じると、アイツが出てくるです」
ミクリが泣きじゃくり始めた。
台車を停めてガンドルさんがミクリを抱きしめる。
ミクリはガンドルさんの腕の中で、ずっと泣いている。
「安心したよ」
「えっ?」
ミクリが顔を上げた。
「ミクリが怖いって言ってくれて安心したよ」
「どうして?」
「僕も怖いからね。
ミクリが怖いって言ってくれて安心したよ」
「すごく怖いです。
あんなに大きい魔魚……。
負けるかも、殺されるかも……。
シオンは不安にならないですか?」
「そりゃ不安になるよ。
怖いし、何かあったらどうしようって思うよ。
でも、その場合はちゃんと逃げるから」
「逃げられなかったらどうするです?」
「逃げるだけなら、きっと何とかなるよ。
でも、逃げられなかったら、また戦う」
「逃げられないのに、戦っても勝てないです!」
「勝てないかも知れない。
でも、時間を稼いで有利にする方法もあるよ」
「時間を稼いでも何も変わらないです!」
「変わらないかも知れない。
でも、多分色々変わるよ。
怪我を治療したり、罠を仕掛けたり、ひょっとして助けが来るかも知れない」
「そんなにうまくいかないです……」
「うまくいかないことも多いよ。
でも、うまくいくことも多いよ」
「さっきから、でも、でも、ばっかりです……」
「ふふっ。
僕も不安だからね。
そうなったら、どうしよう?って色々考えるんだ。
不安になった分、色々準備してきたから、大丈夫」
「本当に大丈夫ですか?」
「こんな風に怖くなったり、不安にならなかったら、それは危険だよ。
でも、大丈夫。僕たちは何が怖いか、何が不安か分かってる。準備もできた。
僕たちはアイツを知っている。
前とは違う」
「前とは違う……」
「うん。前とは違う。
一度戦って、色々分かったよ。
硬くて重いし力が強い。
前は剣が折れてしまったから、前より強くしたよ」
「前より強く……」
「うん。
僕たちはまだまだ強くなるからね。
ミクリも同じだよ」
「うん。
強くなるです」
「それでこそミクリだ」
泣き止んだミクリは涙を拭き、みんなで歩き始めた。
代わりに台車を引きながらガンドルさんがこっそり泣きそうになってる。
誰もいない七番窟は、現実感の乏しい風景だった。
一直線に伸びる岸壁。
水面は静かだ。
僕たちは念のため、階段からほど近いところを釣り場にした。
僕たちの剣が鰐鮫に効かなかった場合に、ミクリたちがすぐ逃げられるように。
「さぁ、釣ろうか」
「伸竹厘」
「伸竹厘」
「伸竹厘」
いつも通り釣竿を作り、ミクリとトゥーファンに渡す。
「すみません。
ガンドルさんは、前回と同じようにミクリと一緒にお願いします。
今回は、ミクリが真ん中で左右に僕とトゥーファンが並びます」
僕の後を継いでトゥーファンが説明する。
「誰が釣っても、鋼の魔魚だと思ったらミクリとガンドルさんは下がる。
下がったら、短剣を構えて角を折るチャンスまで待機。
オレとシオンは二人でアイツの動きを止める。
必ずアイツの角を折るぞ!」
気合いを入れた。
ーー二刻後。
「何にも釣れないね」
ミクリが餌を付け替えて、また放り投げる。
迷宮の中は柔らかい春の日差しだ。
僕とトゥーファンは寝転がって土鈴がなるのを待っている。
ミクリとガンドルさんは落ち着かないのか、たまに餌を換えてる。
「今まで運が良かったんだね」
僕も呟くように答える。
「こうなったら、特別製のスペシャルな餌でいくです」
そう言うとミクリは台車のところに行った。
花をすり潰して、お腹に詰めてとか何とかブツブツ言ってる。
「できたです!」
ミクリが兎の餌を持ち上げたので
……意外と早かったな。
ってか、何あの兎?
緑色に染まって、色んなところに草が縛り付けてある。
いくらなんでもやり過ぎだろう……。
トゥーファンとガンドルさんは優しく微笑んでいる。
……何だろう? 僕だけ穢れてる?
ま、いいか。
今までも花と草を揉み込んで釣れたんだし。ミクリの緊張が和らいできた方が嬉しい。
「いいね。早速、餌を付け替えてみてよ」
「分かったです。
父ちゃん、餌を上げてです」
「あぁ、分かってる」
ガンドルさんが竿を握ったが、顔を顰める。
「ん? 針が根掛かりしたかな?」
ガンドルさんは竿を左右に振って餌を上げようとするけど、引っかかってるようで竿がしなるだけで、餌は上がってこない。
「父ちゃん、頑張って」
「ふふふっ。ちょっと待っててくれ」
少しして、根掛かりが外れたみたいだ。
竿は大きくしなったままだけど、竿を後ろの方まで引きつけた。
?
「待って!」
水面に大きな影が浮いてくる。
サバァ! 大きな水飛沫と共にアイツが水面に顔を出す。
鰐鮫だ!




