第四十三話 変異種
迷宮の出口、ギルド出張所で現れた魔魚のことを話したら鰐鮫の変異種だろう、と言われた。
……七番窟にいた釣り人の言ってたのは合ってたようだ。
そして七番窟はすぐに立ち入り禁止になった。
今までも大勢の人が犠牲になってるので、ギルド判断で一時封鎖し上級冒険者を呼び討伐するか、危険がなくなるまでは封鎖するという。
ミクリはガンドルさんの工房に帰っても気を失ったままだった。
そのまま丸二日眠っている。
ガンドルさんからは犠牲が出なくて良かったと言われたが、ミクリは眠っている。
ここに犠牲者がいる。
僕とトゥーファンは付与をやり直している。
このままにはしておけない。
何本もの剣を気がすむまで付与してる。
魔力を流し込みながら膠晶液を作ったり、水魔法で作った純度の高い水を使ったりして付与の効果を高める実験をしてる。
三日目のお昼にミクリが目覚めた。
ミクリは僕たちに謝った。
僕たちの力不足だったのに。
そしてミクリの母親を襲ったのが鰐鮫の変異種だったことを思い出した。
ガンドルさんが抱えてた恐怖をミクリは忘れていた。
鰐鮫が神聖な生き物という言い伝えで記憶を上書きしていた。
しかし鰐鮫の変異種を見て、実際に恐ろしいまでの力を見て、その恐怖を思い出した。
ミクリは毎晩眠れない夜を過ごしているようだった。
明るい昼間にだけ、眠っている。
だから、僕たちはアイツを倒しに行く。
夜明け前、僕とトゥーファンが工房を出ようとしたときガンドルさんが声をかけてきた。
「やっぱり行くのか?」
「うん。ちょっと借りを返しに行ってくる」
「変異種は凶悪だ。無謀過ぎる」
ガンドルさんの声は悲痛だ。
「無謀じゃないよ。色々と奥の手があるんだ」
「変異種から逃げても、誰も君たちを責めたりはしない。それよりも命を大事にしろ」
「んー。他の人の命も大事にしたいから、できることはやりたいんだ」
「オレもシオンと同じだ。
オレたちならできると思ってる。
それにシオンは言わなかったが、ミクリに笑ってて欲しいからな」
うん。
ミクリの恐怖は僕たちが取り除く。
その時、工房の扉が勢いよく開いた。
「待つです!
私も行くです!」
ハァハァと息を吐きながらミクリが立ってる。
僕たちとトゥーファンが困った顔でミクリを見て、ガンドルさんは驚いた顔でミクリを見てる。
「私も行くです。
私もアイツを釣るです」
そう言ってミクリが付与した短剣を突き出す。
「ダメだ!
ミクリ、お前、……。
この前は運が良かったんだ。
今度は、……」
「父ちゃん、……。
私は、母ちゃんが言ってた神殿の壁画が見たい。
フォムアルフトの祭りは来月です。
今、頑張らないとダメです。
母ちゃんの代わりに見に行くです」
「しかし、……ダメだ。
ミクリには危険だ」
「父ちゃん。
今じゃないとダメです!
夢のために今やるです」
ガンドルさんが顔を皺くちゃにして困ってる。
「父ちゃん!
母ちゃんのことも思い出したです。
怖いし、悲しいし……。
この前のことも覚えてるです。
……身体が震えるです。
でも、今やらなきゃです。
今やらないと必ず後悔する。
今やらないともうできなくなる!」
ミクリはじっとガンドルさんを見つめた。
手には力が入って短剣を持つ手がぎゅっと握られている。
ガンドルさんも身体の至るところに力が入っている。
歯を食いしばって何を言おうか考えてる。
ふっ、とガンドルさんから力が抜けた。
「……分かった。
シオン、トゥーファン、すまないがミクリと私も一緒に行かせてくれ。
ミクリが危なくなったときは私が守る。
決して邪魔はしない。
お願いできないだろうか?」
「父ちゃん!」
ミクリとガンドルさんが二人して僕とトゥーファンを見る。
……断ることはできないよな。
トゥーファンと目を合わせると肩をすくめられた。
「仕方ないね。
でも、二人とも無理はしないでね」
「ありがとうです」
「分かった。
すぐに準備するから、もう少しだけ待っててくれ」
ガンドルさんが走って工房に戻った。
「いいのか? ミクリ」
僕は聞いた。
ミクリの顔は青白い。
意識が戻ってからはちゃんと食事をさて昼間に寝ているとはいえ、顔色は青白い。
「はい。
私はフォムアルフトの神殿に行くです。
鰐鮫があんなに怖いなんて知らなかったです。
大きい口だったです。
尖った爪だったです。
食べられると思ったです。
ホントに何も知らなかったです。
母ちゃんの夢を見たです。
鰐鮫が出て、母ちゃんがいなくなったです」
ミクリの言葉が小さくなる。
でも、眼差しが昨日までと違う。
「母ちゃんはフォムアルフトの神殿に行きたいって言ってたです。
神殿に綺麗な壁画があるって言ってたです。
私が代わりに行くです。
私が代わりにに行かなきゃです」
ミクリが改めて手元の短剣を見る。
短剣を鞘に仕舞いながら大きく息を吐く。
「私が止まったらダメです。
私は前に歩くです。
母ちゃんの分まで」
「あぁ。分かった。
僕とトゥーファンも協力する。
一緒に前に歩こう」
「オレたちには秘密兵器もあるからな」
トゥーファンが自分の紅土剣を鞘ごと持ち上げた。
僕も同じように自分の鉄剣を持ち上げる。
二人して安物の鞘だが、中身は鰐鮫のために作った特別品だ。
「この剣は前の剣とは違う。
今度は負けない。
絶対に勝つ」
アイツに一泡吹かせてやる。
気合いが入ったところでガンドルさんが戻ってきた。
ガンドルさんも気合いが入っている。
腰に提げている長剣は工房の奥に飾ってあった付与の一流品だ。
皮鎧も鉄の肩当てが付いた逸品だし、籠手とか脛当てまでしてる。
「昔、使ってたやつだが、無いよりはマシだろう」
照れながら装備を確認してる。
そういや、ガンドルさんはかなり迷宮に潜ってたんだよなぁ。
今の姿を見ると装備慣れしてて格好いい。
ガンドルさんを加えて四人で迷宮に向かって歩き始める。いつものパターンで僕も台車を引こうとしたら、ガンドルさんに断られた。
空の台車を二人で引くと余計に面倒ということだったけど、気を使わせちゃったな。
「オレから提案があるだが、いいかな?」
歩きながらトゥーファンが言った。
「今回の目的は鰐鮫の角だ。アイツを倒すことじゃない。
倒すとなるとかなり無茶をする必要があるが、角だけなら何とかなる。
オレとシオンが鰐鮫を引きつけて少しでも動きを止めるから、ミクリが角を折るんだ。
残念だがチャンスは何回もない。
でもミクリが短剣で決めろ。
できるな?」
トゥーファンがキツい口調ではっきりと言った。
ガンドルさんが言葉の意味を理解して、ミクリを見る。
「はい。
必ず角を折るです」
ミクリが頷く。
「何、鰐鮫を仕留めるより簡単だ。
角を目掛けて、ミクリの力を叩きつけろ」
「はい!」
僕はアイツを仕留めるつもりだった。
きっとトゥーファンも鰐鮫をやっつけるつもりだったはずだ。
でも、ミクリが一緒に来ることになった。
ミクリに危険な真似はさせない。
これは僕の我儘だし、トゥーファンもそうなんだろう。
……でも自分で決着をつけろってことなんだと思う。
今のミクリは与えられたものじゃダメだ。
自分で獲ることが必要だから。
ガンドルさんもそれが分かったと思う。
急にミクリが大きくなったような気がしながら迷宮への道を歩いた。




