第四話 転移できない?
魔法陣の光が収まると僕は違う部屋にいた。
シンハの塔?
白煉瓦でできた部屋だ。
薄明るい白い部屋。
部屋の大きさは赤手熊の巣穴にあった部屋と同じくらい。
こっちの部屋は机も書棚もない。
僕以外誰もいない。
僕は怪我もなく服装も変わっていない。
相変わらず白地の作業着に薄蒼の貫頭衣、黒の幅広の帯を締めて魔剣を腰に差している。
左手に二つ、ホウランの指輪をしてる。
足元に魔法陣がないか確認する。
魔法陣はなかった。
すごいな。
転移魔法の入り口と出口は基本的に魔法陣が要るものだと思ってたけど違うようだ。
本が落ちて魔法が発動したから、罠型か?
巻物だったら使用者が魔力を流す必要があるはずだ。
魔力供給がどうなっていたのか分からないけど、罠のための魔力が働いていてそれを気配と勘違いしていたのかも知れない。
何にもない部屋だけど、一通り調べおこう。
ますば扉に向かった。
石製の扉。
ドアノブは無くて鍵穴のようなものが縦に五つ並んでいる。
上から順に青赤黄白黒。
掌ぐらいの大きさで色塗りされて、真ん中に小さな穴がある。
顔の高さから腰まで等間隔に五つ並んでる。
河原の隠し部屋で見つけた鍵を合わせてみる。
全然形が違う。
拾ってきた鍵は挿さりもしなかった。
ドアノブがないので直接押してみたが動く素ぶりもない。
あちこち叩いてみたけどそれも反応がない。
壁に扉の絵が書いてあるんじゃないかと思うぐらい音の反響すらない。
扉から部屋の壁を一周する。
壁を拳でコンコンと叩きながら回ったが何も変化がなかった。
隠し扉とかないかと思ったが何にもない。
これだけ何にもないし、一通り見たので帰ることにした。
もちろん空間魔法で。
帰る先はシンハの塔。
行き先をイメージしてジャンプした。
「?!」
転移しなかった。
空間魔法が発動しない。
おおぅ。
結構焦る。
もう一度ジャンプする。
でも結果は変わらない。
マジかー?
転移できないと帰れない。
てか、ここどこ?
魔法陣で飛ばされて、辿り着いたのが知らない部屋で、いつも使えた空間魔法が使えない。
知らない部屋には扉があるけど鍵がない。
窓もないし、時間も分からない。
一つずつ検証するか。
「火弾」
魔法を唱えて右手から火球を放つと、火球が出た!
ドゴーン。
向かいの壁面に当たり熱風が返ってくる。
あれ?
魔法使えるの?
転移できなかったから魔法が使えないと思ったよ。
「雷鉈」
「火弾」
「土槍」
「鉄剣」
「水鞭」
五大属性魔法を立て続けに放つ。
ドーン。
ボガンッ。
ガーン。
キィン。
バジャッ。
魔法は無事発動して次々と壁面に着弾する。
土槍と鉄剣以外は目視確認だが、ちゃんと発動した。
木属性も目視しやすいように風ではなく雷にしたから、発動を確認した。
どの魔法も問題なかった。
さて次は空間魔法だ。
初級から行くか。
「土壁」
床に座り、土魔法で小さな箱を作る。
両手を広げて魔法を唱えた。箱の蓋は無し。
一辺が肩幅程度、各面の土壁は指先ほどの厚さの箱ができた。
「空間拡張」
目の前の土の箱に空間魔法を付与する。
これで、土の箱の容量が大きくなったはずだ。
「土槍」
土の箱の容量を確認するために、土魔法で僕の身長ほどの細長い槍を作った。
ポキッ。
土の槍を床から折り取ると、そのまま空間魔法を付与した土箱に差し込む。
スーッと入ってく。
土の槍がほとんど入ったのを確認して、箱から取り出す。
……空間魔法の付与ができてる。
土箱をそのままにして、今度は土の筒を作る。
河原で説明したときと同じものだ。
「空間圧縮」
今度は土の筒に空間魔法を付与する。
そして筒を左手に持ち、右手で土槍を差し込む。
空間圧縮がかかっていて土槍はすぐに土の筒の先から飛び出す。
……うん。
大丈夫だ。
空間拡張、空間圧縮、両方とも問題ない。
土の筒を半分に割る。
「空間接続」
割った筒に空間接続を付与する。
これで二つに割れた筒同士はバラバラだが、中は繋がっているはず。
土の筒の片方を床に転がしたままもう片方の筒に土槍を差し込む。
床に転がってるもう片方の筒から土槍の先端が出てきた。
これも問題なし。
土槍を抜いてそばに転がしておく。
改めて筒を手に取ると、筒二本を壊して円板二枚の状態にした。
円板は二枚並べて床に置く。
転がしていた土槍を手に取ると、床の円板に土槍を挿す。
土槍は隣の円板から出てきた。
うん。
ここまでは問題ないんだ。
ちゃんと空間接続できてる。
再び土槍を床に転がすと、片方の円板を手に取った。
円板に力を入れて割り砕く。
一緒に円板の魔法陣も壊れる。
さぁ、次が山場だ。
土槍を手に取ると穂先を残った円板に合わせる。
このままでは空間魔法は発動しない。
円板に土槍を突き立てているだけだ。
ふーっ。
深呼吸をする。
「空間突破!」
気合いを入れて土槍を魔法陣に挿す。
ボッ!
円板の横の空間に槍の穂先が現れた!
おや?
これも問題なし。
……空間魔法自体は既に発動確認できているからこれぐらいは問題ないのか。
でも、これだと無理なのは転移だけ?
うーむ。
どうやって検証するか?
簡単なことからやってみるか。
土槍を両足のまえに横たえる。
これがスタートライン。
このラインを空間魔法で超えられるかどうか?
「空間転移!」
簡易詠唱してジャンプした。
着地と同時に転移した?
目を足元にやると土槍は二、三歩後ろにあった。
無事転移しました。
三歩ほど前に転移できました。
もう一回試してみる。
ジャンプアンド着地。
転移完了。
無詠唱でもできました。
いつも通りです。
ジャンプアンド着地。
何回か繰り返して土槍の向こうとこっちを往復する。
で、その中に自宅への転移を混ぜてみる。
ジャンプアンド着地。
はい。
発動しませんでした。
ここがどこか分からない状況では自宅へ転移できないのだろう。
それかこの部屋から出るような転移ができない。
部屋に魔法障壁や結界が張ってあるのかも知れない。
ひょっとして白煉瓦が魔法を吸収してる?
新しい閃きがあったので、一応検証します。
「土台」
土魔法で両手を広げたぐらいの台を作る。
高さは僕の腰ぐらい。
白煉瓦が魔法を吸収してるなら白煉瓦に接しないで転移魔法を使ったらどうなるかの検証だ。
シンハの塔では白煉瓦の中でも転移できた。
でも、この部屋は特殊な白煉瓦かも知れないから、確認だ。
転移魔法陣を空中に作るか、とも思ったが空中の転移陣が発動しなかった場合、一人でぶつかって行ってジャンプして飛び込んだのに、発動しなかった魔法陣に跳ね返されるのが痛そうでやめた。
……そのまま通り過ぎるかも知れないが、不安だ。
とりあえず土の台の上で早速トライ。
ジャンプアンド着地。
はい。ダメでした。
こうなったら、この部屋を出て自分がどこに飛ばされたのかはっきりさせよう。
そのためにも、さっさと部屋を出よう。
あ、……出方が分からないんだった。
あの扉を何とかしないとダメなのか。
あ、また閃いた?
ホウランには悪いが念のため検証しとこう。
緑英晶石の指輪を二つとも外す。
そして更に念のため扉の前の床に置いて、僕は反対側の壁の近くに行く。
そこでジャンプアンド着地。