第三十九話 ガンドルの告白
鋼の蛸、鋼の亀、鋼の海豹を台車に乗せて戻ってくるのは大変だった。
僕とガンドルさんで台車を引き、ミクリが寄ってくる人たちを相手する。トゥーファンは後ろから台車を押してた。
台車は大丈夫だったけど、重くて引くのが辛かった。
ギルド出張所で鋼の亀が金貨十枚、鋼の蛸が金貨二十枚、鋼の海豹に至っては金貨三十枚という値付けだった。
鋼の蛸はミクリが釣ったので、ミクリのものだ。
でも希少な素材らしいから、練習台にするには勿体ないかも知れない。
僕たちには鋼の亀と鋼の海豹がある。
僕たちは付与の練習をしたいだけなので、必要な物だけもらって残りはガンドルさんに引き取ってもらうつもりだ。
ちょうどお昼時にガンドルさんの工房に戻ってきて、早速、昨日の鋼の亀をご馳走になる。
今日はミクリのお爺さんとお婆さんも同席してる。
お二人に挨拶するとお爺さんが奥に招き入れてくれた。
「よく来て下さった。
小さな工房ですが、出来ることがあれば言って下さい。
今日も凄い獲物を狩られたようで、ホント、運の良い方たちだ」
お爺さんに褒められていると、お婆さんが料理を並べて食事の準備を始めた。
「婆ちゃんの料理は近所でも評判です。
工房で魔魚を解体することがあるから、珍しい魔魚も料理できるです。
大きい魔魚は場所によって全然味が違うです。
お腹はコッテリですし、背中はアッサリです、それを上手に使って料理するです。
あ、今日は鋼の亀だから串焼きが美味しいです。
あ、でも煮たのは柔らかいですし、こっちも食べるです」
ミクリの説明を聞きながら、料理を食べる。
鋼の亀は味が濃くて、極上に柔らかい鶏肉のような感じだった。
串焼きは塩焼きと薄く味付けしたタレで食べるものがあって部位によって味付けを変えてあるみたいだ。
その後も煮物や野菜炒めを頂き堪能した。
食後にお茶を頂いていると、ミクリがお昼寝を始めたので解体は夕方にすることになった。
ミクリはお爺さんとお婆さんが部屋に連れて行った。
残ったガンドルさんが話を続ける。
「すみません。
時間を決めてたのに、ミクリが寝てしまって……。
多分、早起きしたのと大漁の興奮で疲れたんだと思います」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
私たちもミクリの餌で大漁になったんですから」
ガンドルさんは僕の返事に笑い返しながら、迷宮で見せたような渋い顔をしてる。
「ミクリは三年前に迷宮で事故に遭って……。
なので、もう少し色々と判断ができるようになるまで釣りは止めていたんです」
「ガンドルさんも釣りを止めてたんですか?」
迷宮にいたおっちゃんたちの言葉を思い出して、つい聞いてみた。
「あ、……そうですね」
ガンドルさんはお茶を注いだ器を両手で持ちお茶を眺めている。三年前を思い出しているのだろう。
「……今回、お二人に案内をお願いしたのは、私自信、迷宮が怖かったからです」
そう言ってガンドルさんは三年前のことを話し始めた。
「三年前、私は妻とミクリを連れて三人で迷宮に行きました。
妻はこの街の商家の娘です。
私と出会うまでは迷宮に入ったことがないと言ってました。
それでも私と結婚してミクリが生まれ、ミクリの小さい頃から一緒に迷宮に行っていました。
私はミクリに迷宮に慣れて欲しかった。
この街に住むのなら迷宮を知って欲しかった。
付与士にならなくても、付与を知って欲しかった。
その日、私は三番窟に行きました。
私は小さな頃から迷宮に出入りして育ちました。
鋼の魔魚も何匹も釣りましたし、何匹も解体しました。
迷宮についてもよく知っているつもりです。
その日はちょっと大物を狙いたくて、人出の少ない三番窟を選びました。
お昼前に迷宮に入り、弁当を食べながら釣りをしました。
その時、私の竿に当たりがきました。
引きが強くて、すぐに鋼の魔魚だと分かりました。
それまで感じたことのない強い引きに興奮して竿をグッと立てると、目の前に鰐鮫がいました。
鰐鮫は危険で神聖な生き物です。
頭には一本の角があり、背中には特徴的な一枚の背鰭があります。
大きな口には巨大な牙がたくさんあり、噛みつかれたらその瞬間に骨を砕かれるような力がある獰猛な生き物です。
目の前の鰐鮫には三本の角がありました。
恐らく変異種だと思います。
それか、私の見間違いか……。
咄嗟に逃げ出そうとして、その時には殴りつけられていました。
何がどうなったか分からないのですが、左肩が身体を焼かれたように痛みました。
妻が悲鳴をあげ、ミクリが泣き出したのを覚えています。
それでも強引に妻の手を引き、泣きじゃくるミクリを抱き抱え走り出しました。
人気のない三番窟です。
全く人がいない岩場をがむしゃらに走りました。
砂浜までが遠くて、途中何度も転びそうになりました。
必死に走り、
砂浜まで走ってきて、
後ろを振り返ったとき、
……妻はいませんでした。
私は妻の手を引いて走って来たのに、
……妻はいませんでした。
私は、……妻の腕だけを……引いていたのです。
……腕には肘から先……しか……ありませんでした。
……うぅっ。
……うぅ」
ガンドルさんが声を抑えて嗚咽を漏らす。
僕とトゥーファンはその姿を静かに見ていた。
「すみません。
お恥ずかしいところを見せてしまいました。
その後のことはよく覚えていません。
私はどうしても迷宮に入る気になれず、三年も経ってしまいました。
昔はこの工房にはもっと人がいたんですよ。
付与の修行にくる人もいたし、注文も多かったので人を雇わないとこなせない量でした。
それがいつの間にか人が減っていきました。
幸い色々と仕事はあるので食べるのに困ることはありませんが、ミクリが大きくなるに従って目を逸らす訳にいかなくなりました。
ミクリは一時ボーッとして私と同じような状態でした。
それでも、私を置いて立ち直っていきました。
ミクリは迷宮に入り狩りをします。
私が入れないので父が付き添いをしています。
それでも、釣りをさせる勇気がありませんでした。
なので、五階層までと条件をつけました。
五階層までしか行かないのですが、色々な情報を持ち帰るようになりました。
私は怖かった。
いつミクリが釣りをしたいと言うか、
ミクリが鰐鮫に会ったら、
ミクリが鰐鮫に襲われたら、
怖くて怖くて仕方がなかった。
あなたたちと出会い、ミクリの成長を感じると、私もやらなければ、と思った。
それでも、今朝は心臓がドクンドクンと打って、平静を装うのが精一杯でした。
釣り人から久し振りと言われるたびに、妻のことを思い出し、迷宮の怖さに足が止まったよ。
正直、今でも迷宮が怖い。
でもミクリと一緒に釣りをしたい、そう思う」
ガンドルさんは話し終わると照れ隠しのように微笑んだ。そして、お茶を入れに席を外した。
「僕たちが聞いて良かったのかな?」
「オレたちで良かったんじゃないか?
同じ街にずっと住んでる人には言いにくいだろ」
「ガンドルさんもミクリも強いね」
「あぁ、オレだったら迷宮に入れないかも知れない」
「トゥーファンだったら、全てを土で埋め尽くしそうだけどね」
「そうする可能性もあるな。
全てを埋め尽くす、か。
なかなかいいアイデアだ。
今度試してみよう」
そう言ってフフフッと笑った。
トゥーファンが全てを埋め尽くすしたら、きっと誰も逃げられない。変なこと考えなきゃいいけど、ちょっと不安になった。
お茶を入れ直したガンドルさんが戻ってきた。
「そういえば、今回の獲物はどうします?
良ければ全て買い取らせて欲しいけど……」
「ん? そうですね。
鋼の蛸はミクリが釣ったのでミクリのものです。
鋼の亀と鋼の海豹は付与に必要な亜水晶以外は色々と面倒なので処分をお願いしたいと思ってます」
「いや、今回の三頭は君たちがいなければ倒すことができなかった。
ちゃんと買い取りをさせて欲しい」
別に悪い話しじゃないんだけど、どうしようかな?
トゥーファンを見ると面倒そうだ。
……王様は我儘だからな。結局、自分の思い通りにするだろう。
ほら、トゥーファンが剣を持った。
トゥーファンは剣を軽く突き立てて言った。
「オレたちの目的は星だ。
冒険者だからな。
この街で星を手に入れるには金貨百枚ぐらいの魔魚を倒さないといけないらしい。
だが金貨三十枚ぐらいの魔魚が精一杯だ。
今のオレたちに必要なのは付与だ。
金貨じゃない。
オレたちにとって、今回の魔魚は練習用の素材だ。
買い取りして他の人間に売るのではなく、今回の素材で何ができるのかを見せてくれ。
練習素材として、見本を見せ、実際に作らせてくれ。
そのための素材だ」
トゥーファンは突き立てていた剣を肩の高さに持ってきた。
右手で柄を握り、左手を刃に当てて刃を撫でていく。
左手の動きに沿って剣身が紅く輝く。
綺麗な剣だ。
「この剣を強くしたい。
付与を教えてくれ。
今回の獲物はその指導料でどうだ?」
トゥーファンがガンドルさんに笑いかける。
「あぁ。分かった。
これぐらいじゃ指導料にならないが、特別値引きで指導してやろう」
そう言って手を出してきた。
そしてトゥーファン、その次に僕と握手をした。
……こんなときの握手の順序は偉い人順みたいなところがあるから、何か微妙だ。




