第三十七話 解体
四人で休憩をした後、改めて金貨十二枚をもらい、ミクリが解体を始めた。
「あれは『鉱化』を付与した短刀です。両刃では作業しにくいのでに片刃にした短刀を鉱化で硬くして押し付けやすくしてます」
予定通りミクリが解体し、ガンドルさんが解説してくれる。
ミクリは上下一体型の作業着に着替えて、短い髪を髪留めで押さえている。
喋らずにいると凛々しくて様になってる。
「鋼の亀の素材で重要なのは、背甲、腹甲、亜水晶です。
皮の部分も上手く加工すれば非常に硬い防具などが作れるのですが、加工が大変なので市場には出回らず、特注品の防具に使われるぐらいでしょうか」
「手順としては、首を落として暴れないようにしてから、腹甲を切り取ります。
腹甲を外したら身体の中から亜水晶を取り出します。
亜水晶は魔力の塊のようなものなので、解体中に傷を付けないように注意が必要です。
最後に背甲を切り取ります。
背甲と腹甲には付与した短刀でも歯が立たないですから背甲と腹甲の隙間から皮を裂いていくことが大事ですね」
ミクリが裏返した鋼の亀の首に短刀を突き立てた。
鋼の亀から青い血が流れる。
そういえば。
「鋼の亀の血には使い道はないんですか?
何らかの魔力がありそうですが……」
僕の質問を聞いたガンドルさんがすぐにミクリに指示を出す。
「ミクリ、暫く血抜きしろ。鋼の亀の血はそこの桶に入れておけ。
生きてる鋼の亀だからな、貴重ついでに試してみよう」
ガンドルさんは頭の柔らかい人みたいだ。
今の様子だと、多分これまでに鋼の亀の血で何かをしたことはないだろう。
それなのに、初対面の子供の無邪気な質問で、作業の段取りが多少変わるにもかかわらず、すぐに段取りの変更を指示した。
そしてそれに対応するミクリは修行中と言いつつも、ちゃんとした腕を持ってるようだ。
鋼の亀の血抜きで暫く作業が止まったが、桶にある程度の血が溜まったところで解体作業を再開した。
「鋼の亀の頭も目玉とか嘴とか、素材になりそうなものがあるんですけどそれらは後回しです。
首を落としたところから腹甲に沿って皮を裂きます。
身体の構造は普通の亀と同じなので、私なんかは普通の亀で解体の練習をしました」
ミクリは綺麗に腹甲を外した。
「ここからが魔魚の特徴ですね。
迷宮産の魚や水棲生物には身体の中に亜水晶があります。
これは迷宮の魔力が宿った水晶と言われ、迷宮で育つ間に体内にできると言われています。
まぁ、魔魚が美味しいのも体内に多くの魔力があるからとも言われてますし、迷宮産の魔魚が濃い魔素の中で育つからでしょう」
ガンドルさんも、僕とトゥーファンも、ミクリの手先をジッと注目して見てる。
暫くして、ミクリが鋼の亀の身体から指二本分ほどの大きさの六角柱を取り出した。
掌に乗るぐらいの大きさで、金属光沢を持った銀色の水晶だ。
ミクリは丁寧にその亜水晶を取り出すと横に置いてある皿に置いた。
「あぁ、やはり大きいですし綺麗です。
普通の魔魚にもあるんですが、あの光沢がありません。
また、あの大きさは凄いです。
鋼の魔魚だからこその大きさでしょう」
「先程鋼の亀の素材で重要なのは背甲、腹甲、亜水晶と言われてましたが、この亀の場合はバラバラだとそれぞれいくらぐらいになるんですか?」
「そうですね、亜水晶が金貨六枚、背甲が四枚、腹甲が二枚、でしょうか。
一番希少性が高くて、代替品がないのが亜水晶です。
これがなければ付与できませんし、魔道具に魔力供給できません。
亜水晶は付与の主素材であり、強力な魔力保管庫です」
「ふーん。
亀ばかりだと楽なのにね」
「そうですね。
鋼の魔魚で生け捕りできるなんて鋼の亀ぐらいです。
それでも普通はもっと大勢で苦労します。あの重量で暴れられると運ぶのもままならないんです。
殺そうにも暴れてる鋼の亀相手に甲羅の隙間を狙うのは大変です。
今回は水から上げて徐々に時間をかけて弱らせれたのでミクリでも一人でできましたが、こんなに上手くいかないんですよ。
鋼の亀ならミクリにも釣りの許可をしてもいいのですが、迷宮には恐ろしく凶暴な魔魚も出ます。
そんなのが出たときはみんな一斉に逃げ出さないと危険です。今回はお二人に鋼の亀を売って頂いて幸運です」
その後、ミクリは綺麗に背甲を外し、皮を全て綺麗に剥がした。手際も良くていい解体だったと思う。
肉は煮ても焼いても美味しいそうだが、二、三日寝かした方がいいらしい。
「付与の方は準備があるので、明日以降にしたいのですが、お二人のご都合はいかがですか?」
ミクリが後片付けを始めるとガンドルさんが聞いてきた。
「僕たちは暫くは早朝に釣りをして、午後からはゆっくりするつもりですから、いつでもいいですよ」
トゥーファンも頷いてるし、勝手に決めたけど問題ないだろう。
「そうですか、
なら、明日の午後に付与する段取りをしておきましょう。
もし良ければ、明日の午前中に私とミクリを今日の釣り場に案内して頂けませんか?
案内して頂けるのであれば、今日の鋼の亀の肉を明日のお昼に用意させて頂きます」
?
「それぐらい構いませんが、どうしてわざわざ?」
「迷宮と釣り場の指導です。
ミクリには迷宮の五階まで行っていいと言っています。
ライセンスも持ってますし、それぐらいなら迷宮で狩りもできます。
でも、そこから下はダメです。
以前事故があって止めてたんですが、そろそろ再開してもいいかな、と思いまして」
「そうですか。
付与士の修行も大変ですね」
「釣りができないと素材を手に入れれないですから、どうしても釣りが必要になるときがあるんです」
「ちなみに、僕たちは今日初めて迷宮に行ったんです。
だから案内といっても、釣り場も今日釣ったところしか知らないですから、期待しないで下さい」
「初日に鋼の亀ですか、……凄い運ですね」
ガンドルさんが感心したような呆れたような声を出した。そういえば、初日で様子見だったんだよな。
「やった!
明日、お兄さんたちと釣りに行けるなんて。
父ちゃん、私も釣りに行っていいんだよね?
私だけお留守番とかイヤだからね。
あ、釣りするんだったら、何着て行こうかな?」
約一名ピクニック気分がいた。
解体してるときは凛々しかったけど、解体終わると残念が滲み出てきてる……。
その日はトゥーファンの釣った魔魚を宿で調理してもらった。
食べきれない分は宿で引き取ってもらったけど、捌いたときに出てきた亜水晶は返ってきた。
返ってきたんだけど、小さい。
多分、これでも高価なんだろうけど、小さい。
だって小指の先より小さいよ。
落としたら絶対見つけられない。
翌日、朝日が昇る前にガンドルさんの工房に来た。
これは僕が里にいたときに、早朝と夕方に魚が餌を食べると聞いたので確かめるためだ。
川と海で違うかも知れないが、人の少ない時間帯の方が気を使わずに釣りができるので、暫く早朝で試してみるつもりだ。
ガンドルさんはいつも朝早いみたいで、平然と準備してた。竿と餌と台車を用意してる。
そして台車でミクリが寝てる。
昨日、作業着で寝るぐらい気合いが入ってたのだが興奮し過ぎて眠れず、朝から台車で寝ることになったみたいだ。
まぁ、静かでいいけど。
僕とトゥーファンは相変わらず特に荷物を持ってない。
昨日と同じにして、むしろガンドルさんに教えてもらおうか、という気持ちだ。
昨日と同じように僕とガンドルさんで台車を引いて出発した。
まだ街の人に動きはない。
静かな街だ。
街を出たらガンドルさんの竿の先に『灯明』の魔法をかけた。
台車に挿した釣竿の竿先を前に向けて、軽く周囲を照らしながら歩く。
ミクリが寝てるので、三人とも静かだ。
岩場に入り始めたときにミクリが目を覚ました。
「あれ?
ここは?
あっ!!」
目覚めて暫くボケーっとしてたが、意識がはっきりすると急に身だしなみを確認し始めた。
が、まだ寝ぼけているようで、台車に乗ったままボーッとしてる。
まだ時間はあるし、放っておこう。
「おはようございます」
迷宮の入口で衛兵さんに挨拶する。
昨日とは違う衛兵さんだ。
「ミクリはしょっちゅう来てるけど、ガンドルさんが釣りって珍しいな」
ライセンス証を確認してもらっていると、衛兵さんがガンドルさんに声をかけてた。
「あぁ、ホントに久しぶりだよ」
「ホント、父ちゃんと来るのは久しぶりです。
いつも一人で五階層までだったから、今日は楽しみです。
昨日はつい色々考えて眠れなくなってしまったです。
大物が釣れたらどうしよう、とかどんな餌がいいか、とか。
そういえばシオン、昨日はどんな餌で鋼の亀を釣ったのです?」
入口でライセンス証を確認してもらうと急にミクリが覚醒した。
「ミクリ。おはよう」
「「おはよう」」
三人でミクリに声をかけた。
「今日は楽しみです。
なんと言っても釣りです。
父ちゃん、餌は何を用意したのです?
シオン、ホント、昨日の餌を教えて下さいです」
「ミクリ、餌は兎を用意したから大丈夫だ」
「そういえば昨日は兎の餌に、この辺の花で香り付けをした餌を使った。
ミクリ、台車から出て花を摘んで欲しい」
僕はそう言ってミクリにその辺の花を一輪渡した。
「トゥーファンと僕は、下に降りる合間に兎を狩るから頼むね。
ガンドルさん、昨日は八番窟ってとこで釣りました。
地図があるけど、分かりますか?」
ガンドルさんには地図を渡しながら話す。
少し地図を見ながら話をすると道順を分かってくれた。
僕とトゥーファンは餌を持って来てない。薄明かりの中で兎狩りをしないと餌がない。
ということで、ガンドルさんの引く台車から離れたり寄ったりしながら八番窟に向かった。
九階層に降りるときには僕もトゥーファンも兎を五、六匹仕留めていたし、ミクリも花やら草やらを沢山台車に摘んでいた。
ガンドルさんだけが神妙な面持ちで台車を引いている。
今回、僕は兎の首は落とさずに殴るようにして仕留めた。兎の血を残したかったからだ。餌にするときに臭いや血が大事だと思って変えてみた。
さて、上手くいくだろうか?
十階層に着いた。
ちょうど日が出たようだ。薄明かりだが、空は青い。
迷宮の中だから空って言っていいのか悩むけど。
ざっと見渡すと、少しだが釣り人がいる。
昨日の釣り場には既に人がいる。
「昨日の釣り場はあそこの岩場です。
既に人がいるので、少し離れましょう」
そう言って、人のいない少し奥の突き出た岩場を目指す。
「この辺でいいかな」
「あぁ、ここでいいだろう。
オレはそこの岩に座って釣る」
トゥーファンが最初に場所を決めた。
釣り場が決まったので、念のためあちこちに『灯明』で明かりをつけていく。
「伸竹厘」
「伸竹厘」
「伸竹厘」
「伸竹厘」
僕はさっさと四人分の釣竿を作った。
「ガンドルさんは自分の竿がいいかも知れませんが、岩場なのでこの竿を試してもらって意見を聞かせてもらえると嬉しいです。
ミクリには、竿と引き換えで花と草を分けて欲しい」
「あ、ご心配なく。
私はミクリと一緒に釣りをします。
ミクリ用の竿をお借りしますがそれで十分です」
「父ちゃんが私と一緒に釣りをするですか。
仕方ないです。一緒に釣りをするです。
お花は台車に沢山あるから好きなだけ使っていいですよ。トゥーファンも好きなだけ使っていいです。
ホントにこの花で効果があるですか?
私のスペシャルブランドを作ってみせるです」
「あぁ、ミクリのスペシャルブレンドができたら教えてくれ。
多分臭いの強いヤツがいいと思う。
僕も負けずに作るけどね」
「ミクリ、この花もらうぞ。
オレとシオンの第二回戦だし、今日はオレが頂く」
ミクリもトゥーファンもやる気だ。
ガンドルさんが苦笑いをしながらも、さっきまでの深妙さが和らいでる。
久しぶりの釣りで緊張してたのかも知れないなぁ。
麻袋の中で兎の脚を切り落とし、花と草を揉み込んで餌に臭いをつける。
今日は最初から大物狙いだから糸も針も大きめのものを使う。
あ、トゥーファンが第一投を放り込んだ。
ミクリもガンドルさんに従って糸を放った。
じゃあ僕も第一投、行きますか。
と思ったら、ミクリの竿が大きくしなってる。
早過ぎないか?




