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第一話 物語の始まり


 師シンハはこの地を選ばれた。

 森の奥には碧泉(へきせん)があり、周囲の巨大な緑英晶石(りょくえいしょうせき)が月の光を蓄える。


 碧泉も緑英晶石も大地の魔素(マナ)の影響を受けて眩い緑色に輝いている。


 碧泉には大地の魔素(マナ)が龍脈を通じて溢れ出る。

 碧泉から溢れ出る魔素(マナ)は周囲の岩を緑英晶石に変えた。

 ただの岩が長い年月、濃い魔素(マナ)に曝されることで変質し、魔素(マナ)を貯め込んだ姿が緑英晶石。



 師は魔素(マナ)の溢れるこの地で研究をされた。


 一つは魔法理論。

 才あるものが魔法により世の元素を変化させる。

 その才はエルフに多く他の種族では稀であるが、その本質を求めて研究された。


 もう一つは魔物の生命。

 魔物は何処より生まれ出るのか、世の理を求めて研究された。



 師は研究のためにこの地に塔を建てられた。


 白煉瓦(しろれんが)の双子塔。


 魔力を通して強化した白煉瓦でできた二つの塔。

白煉瓦は昼夜を問わず淡い光を放ち塔の内部を照らした。

 これにより研究者は時間の制限を感じず研究に打ち込めるであろう。

 光は余分な労力を省き貴重な時間を研究者に与えるであろう。


 白煉瓦は物理的、魔法的な強化もされているので物理攻撃、魔法攻撃による損傷が少ない。

 塔内部での格闘、魔法実験なども周囲への影響を抑えて実施できる。

 研究は検証されねばならぬ。

 そのための必要な場を提供するであろう。


 双子塔は知の塔と技の塔と名付けられた。

 知の塔は理論を主とする。

 技の塔は実証を主とする。


 知の塔には知恵ある者を集め、書を編纂し、残すが良い。

 書は知識を繋ぎ、歴史を紡ぐ。

 歴史の中でより洗練され美しき知恵となろう。

 技の塔は魔物、魔道具を集めるが良かろう。

 (いにしえ)の技もその形あれば必要なときに必要な力を得られる。

 技が失われぬよう姿を留める工夫をせよ。


 我らエルフの宝がこの塔に集まるよう。

エルフの知と技をこの塔に集おう。


 師シンハの塔が我らエルフの宝の守護となろう。






 シンハの塔で魔剣の鞘を作りながらこの塔の由来を思い出した。


 僕がいるのはシンハの塔、技の5階層。

 このデタラメな塔に僕は住んでいる。


 里の長老達の作った委員会に認められれば、里の者がこの塔を使うことは難しくない。

 委員会により使用可能な塔と階層は制限されるが、元より禁忌の書や伝説の魔道具を見たいわけでもないので、制限に不満はない。


 低い階層では偶数階にある大広間には偉大な発明、度重なる試作品、奇抜な実験品が玉石混交で展示されている。

 ……ほとんどが石以下だが。


 流石に失敗した魔道具なんかを大広間に飾るようなエルフはいないが、自分の作った完成品を客観的に評価できるエルフも少ない。

 ついつい過大評価してしまうものだ。


 おまけに大したことはないと知っていても、他のエルフに見せたくてシンハの塔に保管申請する場合も少なくない。


 多少自信があって、委員会からも評価されれば上層階の制限階層に保管してもらえることもあるが、そこまで頓着しない趣味人は完成品を簡単な解説とともに保管してもらえるこの塔を単なる陳列棚として使っている。


 大広間を使っての保管にも限度があるので、見境いなしに保管できるわけでもなく、定期的に見直しもあるので永遠に保管してもらえる訳でもないが、それでも、……使い道の分からない不思議な品ばかり展示されている。


「シオンいる〜?」

急に部屋の外が騒がしくなった。


「いるよ」

軽く答えながら扉に向かう。

外にはホウランとホウスウの姉弟がいた。


 僕と同じように技の塔に入り浸っている二人だ。

最初は物珍しさで展示品を見て回っていたが、マネをして作ってみて、また展示品をみて、改造して、とモノづくりに打ち込んでいる内に、居ついてしまった。

 こんなにも色んな展示があり、道具や素材があって、空き部屋がたくさんあるんだから適当な部屋を占有してしまうのは仕方ないと思う。


「良かった。

ちょっと採取したいものがあるから、里の離れまで飛んでよ」

姉のホウランが気安くお願いしてくる。


 姉のホウランは確か三百歳ちょっと前。

 濃い緑の髪と緑の瞳が特徴的なエルフだ。

 肘ぐらいまである長い髪を後ろで一つにまとめている。


 細身の体を白地の服に包み、その上に薄い緑色の貫頭衣を着て太めの茜色の腰帯を結んでる。

 鼠色の小さな麻袋を持っている。


 弟のホウスウは二百五十歳ぐらい。

 姉と同じ濃い緑の髪と緑の瞳だ。

 ホウスウも肘ぐらいまで髪を伸ばし、後ろで一つにまとめている。


 ホウスウはホウランに比べて頭半分、背が低い。

 顔はスラリとしているが、ガッチリした体格だ。

 白地の服に茶色の貫頭衣、黒い太帯をしている。


 僕はまだ二百三十歳だから、ホウスウよりも歳下だけど身長は同じようなものだ

 体格の良いホウスウと比較すると僕の方が細く見える。


 エルフは生育が遅いので体の生育は三百歳ぐらいまで続く。

 二百三十歳だとまだまだ子供だ。


 ちなみにエルフの場合、二百五十歳で結婚したら、かなり早い。

 精神的に早熟だったり、相手との年齢が離れていて結婚を急いだ場合などはあり得るが、そうでなければ三百歳を過ぎてからお付き合いを始め、四百歳前後で結婚する。



「ちょっと河原で素材探しだ」

ホウスウも手に皮袋を持っている。


「緑英晶石を使った指輪を試してみたいし。

ついでに川に行って手頃な石を見つけてきたいの」

ホウランは同じような指輪を4つ手のひらに載せてる。

 顔つきを見てると自慢の品のようだ。


「いいよ。

僕もできた剣を試したいから、ちょっと待ってくれる?」


 僕は作業机に戻り、できたばかりの鞘に剣をしまう。

 普段の作業着に貫頭衣を被り、腰帯をくくりそこに剣を差した。


 ホウランとホウスウも作業着に貫頭衣だったから、そんなに遠くに行く気はないだろう

 仮に多少遠くに行くことになっても、僕なら簡単に帰ってこれる。

 簡単に身繕いした僕は二人と一緒に塔を出た。


 塔を出ると姉弟と手を繋ぐ。

 右手はホウラン、左手はホウスウだ。


「いつもと同じだよ。

僕が合図をしたら、一緒に軽くジャンプしてね」


 二人は頷く。


「行くよ。

せーの!」


 三人で一緒に軽くジャンプした。


 着地の瞬間、僕たちを蒼白い魔法陣が包み込む。






 魔法陣の煌めきが収まると、僕たちは里の離れにいた。


 白煉瓦の塔は消え、河原に続く土手にいる。

 視界の先は幅広い河原だ。

 拳大の石から両手幅の岩でできている河原。

 河原の縁からは森が見える。

 ところどころ木々が生い茂って徐々に森になっていく。

 里の離れだから人影は全くない。


「相変わらずシオンの魔法は便利ね」

「あぁ、オレも使えたら楽なのに」


 僕の魔法で一緒に空間を移動した二人が言う。


 空間魔法でシンハの塔の前庭からこの里の離れの空き地に一瞬で移動した。

 手順は二つ。

 まずは空間魔法で二ヶ所を繋ぐ。

 そして三人でジャンプして魔法陣を踏んだときに、空間魔法を発動させて移動させた。


 空間転移。


 僕が行ったことがある場所でイメージしやすい場所なら簡単に使える。

 注意するのは、他のエルフや動物がいると大惨事になるらしい点だ。


 まぁ今まで使ってて他の物質に被ったことがないので実際どうなるかは分からない。


「空間魔法覚えたら?

知の塔に解説書とかあるかもよ」


「えー、シオンが使えるのが異常なの。

そんな伝説にしか無いような魔法を使える方がおかしいでしょ」

「そうだぜ。オレもシオン以外の空間魔法を見たことない」


 僕の一言に二人が反論してきた。

 ホウランは膨れっ面で、ホウスウは困った顔。

 姉妹で同じような顔だが表情は全く違う。



 空間魔法を使えるエルフは稀だ。

 エルフは魔法適性を持つ者が多いが、魔法属性全てが使える訳ではない。


 木火土金水(もくかどごんすい)の五大属性は研究も進んでおり、複数あるいは全五属性が使えるエルフも多い。

 しかし五大属性以外が使えるエルフは少ない。

 空間魔法も五大属性とは違い使えるエルフは少ない。

 この里に空間魔法を使えるエルフが何人いるかは分からない。

 それは五大属性以外の属性について、使えるエルフ、使える属性がそもそも秘密にされるからだ。


 僕は小さな頃から空間魔法を使っていて、近所にいたホウラン、ホウスウはそれを知っている。

 だから秘密にされている魔法だが、隠れて使っている。


 それでも、両親から、長老達から、使えることを隠すように言われて育った。


 曰く、魔法理論を知りたい他の里の者や他の種族に攫われる。

 戦争、戦闘になった場合、圧倒的な優位性のある空間魔法使いは命を狙われる。というものだ。


 私達エルフが隠れ里で暮らすのはその魔力が戦乱に巻き込まれてきたからだ。

 強い魔法の使い手であるエルフはその魔法の優位性も含めて奪い合いの対象になってしまう。

 それは過去、エルフとエルフ以外の者たちに悲劇を巻き起こしてきた。



「空間魔法は置いといて、早速指輪の実験をさせてもらうわね」

ホウランが指輪を取り出している。


 朝から昼にかかる時間帯。

 陽の光が暖かく降り注ぐ。

 川から微かにひんやりとした爽やかな風が吹いてきて、ホウランの前髪がサラサラとなびいた。


「今回作ったのは、緑英晶石を使った治癒の魔道具よ。

緑英晶石には魔素(マナ)を貯める力がある。

それを治癒魔法に使えないかと考えたの」


 ホウランは指輪を右手で包んで指輪に魔力を流しているようだ。


 ――ホウランが作った指輪について興味があるのは勿論だが、技の塔の住民にはルールがある。


 ……趣味を語るとき口を挟まず聞くべし。




魔素(マナ)と魔力だけど、自然にあるのが魔素(マナ)、体内の魔素(マナ)を魔力に変えて魔法を行使するわよね」


 ホウランが指輪について解説を始めた。


「緑英晶石は自然の魔素(マナ)を蓄えることができる。

長い年月で魔素(マナ)を溜め込んだのが緑英晶石だもん。

それを魔力の貯蔵と増幅に使う手助けにするのがこの指輪よ」


 そう言って指輪を四つ取り出した。

 ホウランが作った指輪だろう。

 ホウランは見かけによらず細かな魔道具を作るのが好きだ。

 普段大雑把な性格なのに、何故か細かいモノを作るのが好きだ


 但し、性能は保証しない。

 以前、ホウランが水魔法のバングルを作ったときは面白かった。

 バングルから四方八方に水が吹き出し実験台のホウスウが噴水のようになってた


「まずは魔力を貯める方。

これは緑色の濃い緑英晶石の方がいいみたいなのよね」


 ホウランは四つの指輪を石の色の濃い順に掌に並べる。

 小さな手にはいくつか怪我があった。

 細かな作業ばかりしてるから、小さな怪我が絶えないのだ。


 実験を兼ねてるだけあって、いゃ、実験品だから四つの指輪はかなりバラバラだ。

 四つの石も濃い深緑色、透明感があって緑色に輝いているもの、緑地に赤い点々が浮いているもの、薄い緑に白い筋が入ってるものの四種類ある。


「魔力をぶつけたりしたら石は壊れるけど、ゆっくりと魔力を流してもそんなに簡単に石は壊れないわ。

でも、普通の石は魔力を貯めることもできない。

それが緑英晶石だと、ゆっくりと魔力がたまるの」


 さっきから順に魔力を流していたが、魔力が溜まったようだ。

 ホウランが顔を上げて微笑む。


「魔力がどれぐらい溜まってるか二人にも見てもらえるかな?」


 四つの指輪を魔力操作するときののように注意して見ると確かに魔力っぽい反応があるし、色の濃い方が反応が強い。

 薄緑の指輪は濃い深緑の石の半分ぐらいの魔力感知だ。


「ホウランの言った通りだ。

結構魔力を貯められるんだね」


「でしょ。

これくらい貯められると多少使い道があるのよ」


 ホウランは嬉しそうに話す。


「次はその魔力をどう使うか?

治癒魔法って魔道具との相性がイマイチなのよね。

魔道具で火を出すのとかは空気中の魔素を魔力で炎に変えればいいけど、治癒魔法は体内の魔素(マナ)で体細胞を活性化させるようにするの。

その対象指定が面倒なの」


 風がそよぐたびに緑の前髪が顔にかかり、せわしなく前髪をかきあげている。


「あと、魔力のコントロールも大変。

治癒魔法で活性化させ過ぎても、その分体力の消耗が激しくなって結果的により悪化させちゃうなんてことになるから。

そこにも石の特性を考える必要があるの」


「これなら少しの魔力で発動して、貯めてた魔力で指輪を中心にして治癒魔法が働くわ」


 薄緑色の指輪を発動させたのだろう。

 指輪がうっすらと輝いている。

 ……ちゃんと発動して本人はかなり自慢気だ。


 指輪の光からすると、ちゃんと治癒魔法が働いてそうだ。


「凄いね。ちゃんと動いてる」


「そりゃ、ちゃんと動くわよ。

前に作った魔道具の魔法効果増幅とは全く別物だけど、緑英晶石の特性を理解すればこれぐらいできるわよ」


「でも姉貴、どうやって治癒魔法の効果を調べるの?」


 ホウスウが口を挟む。

 手は軽く貫頭衣の脇に突っ込んでる。

 ……ホウスウは前髪も長くして後ろで括ってるのでホウランのように前髪を気にしたりしてない。


「それなのよね。

適当に兎か猪で実験するつもりだったんだけど、……面倒だから、また今度にするわ。

それよりも、もう少し色んな種類の緑英晶石を試したいの」

ホウランらしい返事だった。


「姉貴、魔力の増幅効果とかはないの?」

ホウスウも指輪の効果はよく知らないようだ。

ホウランの手から指輪一つ持ち上げ目を凝らしてる。


「さぁ? 分かんないし、試してみる?」

そう言いながらホウランはホウスウに他の指輪も渡す。


「シオンも付けてみな。

ひょっとして姉貴の気付いてない効果があるかも知れないし」

四つの指輪を掌に広げながらホウスウが言う。

確かにちゃんと効果がありそうだし、興味がある。


「面白そうだな。

ホウスウはどれがいい?」


「姉貴の作ったやつだから、この濃いやつはやめとくわ。

反動が凄そうだし。

後はどれでもいいな」


「なら、僕はこの濃いやつと……。

……確かに悩むな」


「あぁ。透明なやつはキレイ過ぎて、付けるのが恥ずかしい。

赤い点々のは、ちょっと毒々しいよな。

薄緑のやつは可愛い乙女な感じになってるし」


「「……」」


「まぁいいか。

オレがこの赤黒いやつと薄緑色にするよ。

怪しい効果があったとしても小さな指輪だし、大したことはないだろう」


「分かった。

僕は残りの濃いやつと透明なやつね。

じゃ早速嵌めてみようか」


 僕は濃い緑色の指輪を左手の人差し指に、そして中指に透明感のある指輪をはめた。

 大きめの指輪なので、ちょっとゴツい感じになる。


 ホウスウも同じように左手の人差し指と中指にはめている。


 やっぱり右手にゴツい指輪は咄嗟のときが怖いよな。

 利き手につけてて反応が遅れたりしたら困る。




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