ガーデニングゲームで遊んでます
おもしろいよ、そう勧められて始めた牧歌的なゲーム。
確かに、とても、面白かった。
スマホで簡単操作でき、戦争系のように襲われる心配も無い。
課金アイテムも良心的な値段で、購入しなくても十分楽しめた。けれどもほんの少し課金するとちょっとだけ楽になった。いつしか神運営にお布施するにはどうしたらよいのかと、プレイヤーが嘆く始末。
月換算にすればペットボトル5本ほどのお布施をしながらわたしもこのゲームを楽しんでいた。
はずなんだけれども。
目の前に広がるのは穏やかでのんびりとした風景が、ただただ広がっていた。
目をこすり頬をつねる古典的な自己確認をしても変わらない。やさしく流れる風が頬を撫で髪をもてあそんでゆく。聞こえるのは目の前の柵内にいる動物たちの、たまに聞こえる鳴き声だけだ。しかもその鳴き声が聞こえるたびに、『お腹すいたマリ、乾いてないご飯がいいな』とか『ご主人今日は透明じゃないの、なんで、なんで!』『そろそろ搾ってくれなきゃ破裂するんだからあ!』とか噴出しが見えるのはなぜなのだろうか。
手のひらを額に当ててみる。熱はない、大丈夫。
手に、スマホは持っていない。当たり前だ。わたしはほくほくの風呂上りだったのだから。
都心にある一人暮らし用の1Kに住むこと早10年、間違いようもなくユニットバスから部屋のドアを開けて出たらあら不思議、4畳ほどのいつも見慣れた私の部屋ではなく牧場が広がっていたのである。
なにを自分がいっているのか、自分でもわからない。ありえない超常現象はテレビと本とネットで十分であるのだ。
どきどきわくわくとした冒険譚を自分自身に投影しながら夢見ていた時代は当の昔に過ぎ去ってしまっている。
今は職場である店と家を往復しながら、お仕事に就けていられること、家があること、ご飯が食べられて人間関係もぎくしゃくせずに毎日が充実していることに感謝しながら毎日をおくっている。
結婚願望は無いと言ったら嘘になるけれど、すでに甥っ子や姪っ子たちが擬似子育てを体験させてくれているため、いいかなとおもってしまったのもあった。可愛いとはおもった。けれども結婚して子供が生まれる想像をいくらしてみてもわからなかった。楽しみよりも不安を先に感じてしまった。
だから世間では立食形式のパーティやお見合いが流行っているらしく店の若手に誘われたけれど、極度の緊張を感じてまで、よもや猫をかぶってまで参加して疲れたくないなぁという気持ちが勝り、結局お断りしていた。ご飯は美味しいらしいのだけど。
そんな時期に出会った育成ゲームはまさしく私にとって、渡りに船だったといえる。
「空が青くていい天気だわ」
『ご主人、遊ぼう! 構って!』『ワタクシご立腹よお! 早くシボッテェ!』『収穫できる野菜があるよ!』『種が届いてます』
現実逃避をするために空を見上げたのに、吹き出しが視覚を覆ってゆく。
だめだ。
先に発生してるクエスト片付けよう。
もしかしたら夢見ているのかもしれない。ほら、よくある白昼夢というやつだ。朝起きたらきっとベッドの上で携帯を片手に寝ているのだろう。髪の毛を乾かさずに寝たならば、爆発しているだろうから早めに起きないといけないけれどタイマーは定時にしか鳴らないに違いない。
どこの恋愛小説かとおもうが食パンを咥えて走るしかないだろう。
主に通勤に使う電車の都合により。自転車通勤をしていたこともあったけれど、主に、年齢による疲労蓄積により断念したのは誰にも言ってはいけない。
「よし、じゃあ始めよう」
やっぱり夢だ、と思えたのは手を横に振ると、画面をスライドさせたときのようにお手伝い妖精たちに指示をだす画面が出たからだ。微課金すると妖精を30日雇える。1体100円なり。ちなみに無課金でも5体までは普通に雇えイベントによって手に入れた恒久的な妖精さんたちもこの枠に含まれる。もし妖精さん枠を増やしたい場合は300円払って枠をひとつ買う。wiki情報では最大50枠まであるらしい。なにに使うのだろうかとおもったのは秘密だ。私の妖精さん枠は15あり、7体はイベント産で1体が課金産。課金産は赤、緑、青、茶、黄と5種から特化された能力別に選べる。しかも課金産は星5つと大盤振る舞いだった。しかもひとつだけとはいえ能力が特化されたものが生まれるから使いやすい。ただは30日過ぎたらさよならしなくちゃいけないのが寂しかったりするのだが仕様だとあきらめるしかない。
名前をタップしてそれぞれの仕事を割り振る。
能力によって必要な時間は変わってくるのだ。私の妖精さんは星3つが多く大体、4時間から8時間ほどでひとつの作業を終える。
このゲーム楽しいよ、と勧めてくれた同僚は能力の低い星ひとつ妖精を無慈悲にまでに解雇し、能力の高い個だけを選別して効率を求めてプレイしていたけれど、私にはちょっと無理だった。データではあるのだけれど、可愛くて。弱い妖精さんも合体させるとレベルアップしていくのだ。無課金でプレイしているひとは大概この方法で妖精さんを育てていく。最大星10つの課金ガチャ超強力妖精さんは12時間かかるお仕事をなんと1時間ほどで終わらせてしまうという超すごい子なのだがなかなかガチャをまわす余力もない。けれどほぼイベントのみの配布で星をひとつ上げるアイテムが配られることもある。そういう時はゲームをかなりがんばってしまう。課金商品のラインアップにもないため、たまに発生する突発イベントは力が入るのだ。
「ぽち、羊追いかけてくる? それとも緑ちゃんと一緒に畑行く?」
『ご主人と一緒!』
「はいはーい。じゃあ緑ちゃんのところに行こう。トマトとブロッコリーとなすび、スイートコーンが出来てるから、収穫してお料理作ろう」
私は牧場から徒歩で庭に向かう。
ゲームでは画面切り替えなのだけれど、こういうのんびり感もいいな、と感じた。家に居ながら旅行に、祖父母の家に来ているかのようだ。両親はあまり田舎が好きではなかったようだけど、少なくとも私は祖父母が住む、お隣さんまで3キロ、とかいう僻地が好きだった。
最近はどこもかしこも人手不足なのか、なかなか丸一日のお休みがもらえなかったりしたのだけど、バーチャルでもこんな感じに体感できるのであればかなりのストレス軽減になるかもしれない。
日差しもなんてリアルなんだろう。夏の暑さに近い。けれどカラッとしていて風も吹いているからか、凄くすごしやすくはある。
「ふふ、便利」
暑いなぁとおもっただけでインベントリにあった麦藁帽子が頭の上に乗った。服もいつの間にかTシャツとズボンに変わっている。
畑には何種類もの野菜が植わっていた。
広い広い畑には畑専門の茶と緑と青の妖精さんがせっせと働いている。基本的に妖精さんは色にあったお仕事をするがきわめて適当だ。ランクが上がるとお店に出荷するに一番際した状態の野菜を収穫してくれる。売値が一番高くなるやつね。けれど星ひとつやふたつの子は熟れさせすぎてしまうのだ。星3つくらいになると程よいものを収穫してくれる。最大売値の80%くらいかな。
無課金で始めたばかりのころは頻繁にログインして、こうやって熟成度を見て収穫していたよなぁ。ゲームだとタップしたら葉も茎もすべて土から抜けて収穫できた実が画面に並んで熟成度が表示されていたのだけれど、ひとつひとつもぐのも楽しい。
妖精さんをみていると道具は使わないようだ。ちょきの形にして人差し指と中指をくっつければ触れた野菜がぽろん、と取れる。これはこれでゲームっぽくてよいかもしれない。
『マリ、かごもって来たよ。入れて』
そんな噴出しが見えふと視線をさまよわせると。かごを頭の上に載せた茶の妖精さん、土くんがてこてこと歩いているのが凄くかわいすぎて悶えてしまった。
妖精さんの大きさは大体30センチくらいだろうか。姿かたちは白雪姫の小人さんのようだけれど、デフォルメされて可愛くなった感じといえばわかりやすいだろう、たぶん。
居住区は2階建ての一軒家だ。
なんと言う贅沢かとちょっと感動する。これはゲーム、ゲーム。現実じゃない。そう言い聞かせないと錯覚してしまいそうだった。いつもの部屋とはぜんぜん違っているのは当たり前だけれど、私好みだったのだ。
扉を開けると野菜を洗う流しがあって、その奥には大きめの作業台。
床は三和土のようで埃が立ちにくくなっている。靴を脱ぐ土間みたいなものがあって、その先にゆったりと座れる椅子やらキッチンやら、ログハウス風の趣漂う部屋があった。観葉植物もイベントで貰ったサボテンやら低木やらがモダンは鉢に入って置かれている。
ぽちは慣れたように土間にある麻袋の上に座っていた。『足洗って!』と出ているのでいつも誰かが洗っているのだろう。今日は私のようで、期待の眼差しを向けられている。水はカメに汲まれていた。きっと水ちゃんが入れてくれたのだろう。そこから桶に汲んで、というややたら日本風だなとセルフ突っ込みしながら足をタオルで拭けば得心したようにぽちが家の中に入ってゆく。
「暖炉!」
見て驚いたのは、自分自身だった。凄くすごしやすそうだ、旦那さんになるひとと、子供と、定住するには良いかもしれないとちょっとおもってしまったことだ。こんな生活が出来たら幸せだろうな、と。
薪ストーブの暖炉は使いやすそうな小型だった。カタログで見ただけの、知識なし。けれどこれなら中に溜まった灰も捨てやすそうだなぁとおもう。
先に収穫した野菜を売りに出さないと。
完熟度98%のトマトはすべて売りに出すことにした。完熟を超えていたものは料理用に。
そうやって仕分けが終わったものを、土くんが体の何倍もの大きさがある背負いかごの中に入れて売りに出てくれるのだ。目的地はNPCの野菜屋さん。買い取ったものを同じサーバーに居るプレイヤー同士が買える場所もある。ただし自前で作ったものよりは高いし、料理に使うと割高になってしまう。
なぜかキッチンはオール電化のようなまっ平らだったのには笑えた。
キッチンの横にある窓からは青妖精の水ちゃんが畑に水をまいてくれている。虹があちこちに出来ていた。のどかなひとときを堪能しながら、これはゲームっぽくないなぁなんて言いつつ、村にある交換の館に持っていく料理を作ろうかと腕まくりをする。
ゲームのコンセプトはゆったりとした自然と暮らそう。流行の食堂経営もありですよ。
だったとおもう。そこらへんの説明は飛ばしてしまった。ごめんなさい家電製品も取り説はあまり読まない派デス。
プレイヤーは最初に国を選択し村か町をこれまた選ぶ。サーバーは軽いのと重いのと。PCとの連動も出来るため、ほとんどのプレイヤーは第一サーバーを選ぶという。なぜなら人が多ければ多いほど種やアイテムの交換、売買が出来る。けれど人が多いと動作がちょっとだけ怪しくなることもまあ、あるという。村か町かはやりたいことの選択。村はがっつり畑や牧場で田舎生活。町は家庭菜園っぽいところで野菜を育てたり森に採取にいったり食堂を経営するというもの。冒険はなかったはず。たぶん。
私は3つあるうちの一番下を選んだ。プレイヤーは第一の半分だが、環境の悪さに嫌気を差して移住組みがいるのだそうだ。私は基本的に祖父母の家に居たときのような擬似農業がしたかっただけなので、効率や資産の増収などまったく考えずにプレイしていた。最初から村を選択して、野菜畑からはじめ、農場を開拓してまったりゲームをしていたから町がどんなになっているのかはあまり知らない。ただにぎやかさと売値は町のほうが高かったはずだ。
誘ってくれた同僚もどちらかといえば野菜作りだったし、アイテム交換はあまり使わなかった。
アイテム交換は欲しいアイテムを表示して、これとこれを交換しましょう、というトレード方法。売買のほうはアイテムに値段をつけてトレードに出すだけ。私が使っていたのはほぼ、売買だった。
町でお店を出している人が料理制作の時間がとれない場合、トレード品を店に出すのだそう。町では作れる野菜の数は決まっている。けれど購入NPCも多いから高値ですぐに売れるけれど、料理したほうがもっと高く買ってもらえる。だから料理は、かなり売れる。
村ではこの逆で、畑の数は多いけれど売値は低い。なので料理を作って町のNPCに売るよりちょっと安めに値段設定しておくと、飛ぶように売れるのだ。村では数で勝負、となる。
野菜の成熟度が低いやつを使って作れば、NPCに売りを出すより高く売れるお得商品になったりする。
この前のメンテナンスでかわいい犬の着せ替えアイテムが追加されていたので、それが欲しいのだ。
土くんに柴犬を着せたら、もっとかわいくなるのではなかろうか。水ちゃんにはダックスが似合うだろう。
だから着せ替えアイテムゲットのために料理を出すのは必要不可欠なのだ。
そうして料理をしようとメニューを開けてもなぜか作成できなかった。
何度タップしても反応してくれない。なぜかと首をかしげ唸っていると、いつもは料理の火の番をしてくれる赤妖精紅ちゃんが踊るように台所の引き戸を開けた。するとそこには鍋やらの料理機材、包丁やナイフなどがこれでもかと詰まっていた。もう一度言う。詰まっていた。
整理整頓からはじめなければならないとは。ゲームらしくなくていいなぁなんておもう。
きっとゲームを理想的な夢にしてプレイしているのだろう。うまくいかない夢は努力の暗示とも言われているし。思い当たる節があって、思わず笑ってしまった。
種類別に並べ替え、包丁とまな板を使ってかごの中から取り出した野菜をぶった切ってゆく。切り方の名前など覚えてはいない。いちょう切りとか短冊切り、あと千切りくらいなら聞いたことがある気がする。
クリックひとつで出来ないのはちょっと面倒だけれど、最近は忙しくてコンビニ飯が多かったからたまには良い気分転換になるだろう。
冷蔵庫に入れておいたビールとつまみ系は明日に食べるとして。
必要な材料はと画面を開くと、収穫したばかりのブロッコリーとなす、トマト、スイートコーンそして完熟度が低いピーマンが表示された。
そのほかはなぜか鶏肉と豚肉、ベーコンが見える。このゲームいつの間に肉が実装されたのだろう。
ついでに横に現れた 『!』に触れると塩、こしょう、にんにく(チューブ)、オリーブ油、キャノーラ油と表示される。おお、すごい。
「そういえば、種が届いてたっけ。誰から」
『みちろんさんからアスパラガスのお届けです。メッセージは、ガチャでいっぱいあたって消費しきれません。あたしのように収穫に追われるが良い! です』
な・ん・て・ものを。
アスパラは収穫までの時間は長いが、収穫時間が始まると次々に出現する恐ろしい子なのである。うまいこと収穫できれば、かなりの収入になるのだ。
あー、でもアスパラ美味しいよねぇ。ベーコン巻きにするとご飯がすすむ。そうだ、鶏肉入りのトマトスープにして、余った材料で肉巻き作ろう。しょうゆをたらすともっと美味しくなるけれど、このゲームには残念ながらしょうゆがない。夢なのだからぽんと出てくればいいのに。
とおもったら。
紅ちゃんがしょうゆを持ってきた。
「なんて素敵なの、紅ちゃん!」
しかも私が愛用しているしょうが醤油ではないですか! 瓶そのままとはなかなかやりますね!
鼻歌をうたいながらテンションの上がった私は料理を作り続ける。
とは言っても鍋ひとつとフライパンひとつで出来上がるお手軽なものだ。
『具沢山のトマトスープ』出来上がりまで1時間 赤妖精紅
『ブロッコリーとベーコンのアーリオオーリオ』 完成
『なすの豚肉巻き』 完成
と出ればあとは紅ちゃんに任せるだけになる。料理の補助は赤妖精がぴかいちなのだ。
と、そこで完成した料理はもしかしてフライパンのまま交換の館に持っていく、のだろうか。なんておもった疑問にどうしようかと不安になった。そうすると青妖精の水ちゃんが『もっていくの? もっていくの!』とふわふわと漂いながら噴出しを見せた。
「ありがとう、水ちゃん。ふたつ持っていける?」
『すいはひとつだけなの!』
「じゃあこのブロッコリーお願いね」
やり取りをしながらしょうゆをちょっとだけかけるのも忘れない。売値は自動設定で。
お使いに出かけた青妖精を見送れば、次は私のごはんだ。昨日作ったパンを残しておいたのがよかった。
なすの豚巻きにはご飯が最適だけれど、米はまだ私自身のレベルが足りなくて買えない。種の売買もあるけれど、レベルが足りないものは取引できなくなっている。米はレベル85、そして私は62、まだまだ先の話だ。フレンドからもらえたとしても、選択できない鬼運営仕様となっていた。
「冷蔵庫のビールがあれば最高だったけど」
取っ手のついたフライパンをそのまま鍋敷きの上に置き、丸太椅子に座る。
足元には料理中、おとなしく待っていたぽちが居た。犬に人間用のご飯は現金なのですよ。だけど、この世界にペットフードなんてあったかしら。頭を撫でながら、舌鼓を打つ。
無くても美味しいご飯にありつけたのは間違いない。
甘みがあるなすびなんて、いつぶりだろう。しょうゆと豚のうまみが口の中で幸せを叫んでいる。
明日のお昼はパンじゃなくて、ごはんにしよう。そう思えるくらいお米が食べたくなってしまった。
お腹が膨れると、眠くなるのは仕方のない話で。
マリがゲームと呼ぶ世界にも時間が流れている。ふたつの太陽がくるくると回っているため、明るい時間がとても長い。マリがくるのはいつも朝と夜のはざまだった。ひとつ目の太陽が沈む前にやってきて、短い夜が明け、ふたつ目の太陽がきらきらと輝く時間にいつも帰っていった。
しかもマリの姿はいつも半透明で、触れもしないし、話しかけても時間差があった。もちろん視線も合わない。
けれどこの農場に住む妖精たちはマリが大好きだった。微弱な力しか持たなかった、役立たずと呼ばれ妖精としての名前を貰えないかけらを、やさしく、根気強く温めて育ててくれた。
こうしてマリが、名前をつけ育んで大きくなった妖精たちのもとにやってきてくれた。
嬉しくないはずがない。
『寝ちゃったねぇ』
『ご主人に遊んでもらえなかった!』
『ただいまあ、あれ、マリ寝ちゃったの!? お金どうしよう』
『入れとけば、いつもみたいに』
困ったなぁ。土はひとりごちる。いつもより、かなり、高めで売れたのだ。
『このお鍋、重い! 無理!』
キッチンで紅が叫ぶのを緑が仕方がないなぁ、と手伝いに行くも、だめ、僕でも無理! と最終的には妖精たち全員で交換の館に持っていくこととなる。
『きいて、きいてマリちゃん、すいえらい子なのよ!』
文字通りとんで帰ってきた水に妖精たちの視線が向く。
『あのね、ぶろっこりね、すごいのよ! こんなにいっぱい金貨増えたの!』
気持ちが高ぶっていたのか、洗ったフライパンには山盛りの金貨が乗っていた。金属特有の甲高い音が床に響く。妖精たちが口々に静かに! と口ぱくや身振り手振りで教えるがきょとんとした青妖精は首を傾げる。
いつもの倍、では無く、何十倍もの値段がついたその料理には不思議な力が宿っていたとか。
マリ家の妖精たちが騒いでいる間に、ゆっくりと空気に溶けるように家主が消えていたこと、とか。
『マリ、またね』
綿毛のようなふわふわのドレスを着た妖精が居たことも。
まるで夢物語のような一日はそうして終わりと始まりを迎えたのだった。