レベル1の勇者を追放する
ある日突然、勇者はパーティからの追放を告げられた。
「は?なんだって?」
訳がわからないから、当然聞き返す。
「だから、お前追放」
事も無げに言ったのは、僧侶だった。
前衛もこなす、回復担当。正直、強い。
だからといって、もちろん、勇者が納得するはずもない。
「リーダーは俺だ。俺の追放を勝手に決めるな」
「じゃあ、お前以外が全員抜ける。そして、新たにパーティを組む」
僧侶の言葉に、勇者は頭を抱えた。
他の仲間の様子を探る。
魔法使いの青年も、女戦士も、タンクの獣人も、僧侶側についていた。
あと、見知らぬ少女も。
「まさか、その子をいれるために俺を追放、とかじゃないよな?」
黒髪黒目の、なかなか美人な少女だったが、勇者の代りをなしえるほど強そうには見えない。
「いや。この子はパーティには入らない。お前を追放するのは、レベルが1だからだ」
僧侶の言葉に、勇者は眉をひそめる。
確かに勇者のレベルは1だ。
レベル999、完スト済みの僧侶からすれば、赤子以前の存在だろう。
「だが、魔王退治には俺の力が必要だろ?」
勇者にしか扱えない剣がある。
そして、その剣でなければ魔王は倒せない。
「そもそも、俺はそんなに弱くない」
レベルだって、魔法が全く使えないことを示しているだけで、足手まといになったことは一度もないと自負している。
事実、今まで勇者はこのパーティでうまくやっていた。
「確かに勇者、お前は強い。魔法が使えないからと、はじめはバカにしていたが、お前がいなければ俺たちはここまでたどり着けなかった」
僧侶は正直に語る。
そのあとを、魔法使いの青年が繋いだ。
「僕も、あなたが前衛だったからこそ、大がかりな魔法を放つことができました」
「あたしも何度も助けられたね。同じ前衛として、悔しいくらいだった」
「俺様も、貴様のパーティ入って、怪我が少なくなった」
女戦士も、獣人も続いた。
「なら、問題ないだろ」
勇者は首を傾げる。
「いや、問題大有りなんだ」
僧侶は苦しげに言った。
「いったい何が問題なんだ!」
勇者は僧侶を、仲間を問い詰めたが、だれも答えようとはしなかった。
そんな様子を見ていた黒髪の少女が、勇者の前に歩み出た。
「すべては私のせいなんです」
無駄に目をキラキラと輝かせ、慈悲深い微笑みを浮かべている。
あ、こいつ嫌い。勇者はとっさに判断した。
もしかすると、この女のせいでパーティの歯車は狂ったのか。
勇者からわずかににじみ出た殺気に、僧侶は少女を背後にかばう。
「あなたは、下がっていてください‼」
まさに一発触発。魔法使いは杖を構え、女戦士は拳を掲げ、獣人は勇者の前に立ちはだかった。
「ああ、分かった分かった。無駄な争いはしない」
勇者は、レベル1でも強い自信があるが、さすがにこの四人を相手にするには、分が悪い。
手のひらを向けて、戦意がないことを伝える。
四人はそれぞれ得物を下ろし、警戒を解いた。
「そもそも、彼女は何者なんだ」
パーティにはいれないが、過剰に守ろうとする。
どこぞの王女か要人かといったところだが、品は見受けられない。
さらに言うなら、彼女の護衛をするなら、別に勇者がいたって構わないじゃないか。
勇者の質問に、四人は顔を見合わせた
「積み荷かな?」
「積み荷ですね」
「うん、積み荷だわ」
「積み荷以外のなにものでもない」
まず僧侶が答え、その後、魔法使い、女戦士、獣人、の順で言う。
「いやいやいやいやいや! どう見たって、積み荷ではないでしょ!」
さすがの勇者も突っ込みをいれたあと、黒髪の少女に目を向けた。
黒髪の少女は、がっくりと肩を落として落ち込んでいる。
勇者はほんの少しだけ、少女に同情した。
少女は深いため息をついたあと、目に涙を浮かべて勇者を見た。
おい、今目薬点してただろ、という言葉を勇者は辛うじて飲み込む。
「そう、しょせん私は皆さんのお荷物。なぜなら足手まといだから」
そう言って、黒髪少女は首にかかっていた札を勇者に見せる。
ドッグタグのようなもので、通常そこには職業とレベルががかかれているのだが、なぜか、荷造り用の札がつけられていた。
なるほど、それで積み荷扱いかと思いながら、勇者は札にかかれた文字を追う。
「職業名、聖女。レベル-999。え?マイナス?」
驚愕に、勇者の声は震えていた。
黒髪の少女ーー聖女は、さらに目薬を追加しようとして、容器が空にでもなっていたのか、舌打ちしながら容器を地面に叩きつけた。運悪く容器は跳ね返り、聖女の額を打つ。
「私が魔王のもとにいくことになりました」
今度こそ本気の涙目で、聖女は勇者を見上げた。
その額が微かに赤くなっている。
「いや、意味がわからないんだけど」
勇者は本気で言った。
聖女は、パーティの一員でなくて積み荷扱い。
さらに、なぜか勇者は追放。
さっぱり理解できない。
「そもそも、勇者様がレベル1なのがよろしくないんです」
聖女は唇を尖らせて、訴えた。
気持ち悪いからやめて、という言葉を勇者は鋼の精神で飲み込む。
「あなたが召喚されたとき、魔王は戦慄しました。それはもう、配下の魔物たちを置き去りにして、城に引きこもり始めるくらい」
そう、勇者は異世界から召還された人間だった。
魔法のない世界から来た勇者。
だからこその、レベル1。正確には、レベル0。
「あなたには、魔法がいっさい効きません」
「いや、そんなはずはないと思うが」
「僧侶の回復を受けたこと、ありました?魔法使いから、力の底上げをしてもらったことありました?」
「そういえば、ないかも」
勇者は記憶を辿る。
大抵の怪我は、食事をとれば治っていた。パワーアップも、食事で行っていた気がする。
魔法をかけられたことは、ない。
「ほら、そうでしょ?」
聖女は、睨むように目を細める。
変に媚びるよりも、そっちの顔のほうがいいんじゃないか? と勇者が思ったとき、聖女ははっと気づいたように、両手に拳を作って顎に当て、えへっ、と笑った。
「気持ちわるっ」
さすがに、声に出た。
聖女は、後ろを振り返って勇者のかつての仲間たちに訴えた。
「ちょっとあなたたち!やっぱり効かないじゃないの!かわいい子アピールとか女の涙とか、さっきからこの人、残念な人を見る目で見てくる!」
「いやだって聖女様、下手なんですもん」
僧侶が苦笑いを浮かべながら言った。
「そもそも私が!媚を売るとか無理なんだよ!それをあなたたちが、勇者を説得しないといけないからって!仲間なら小細工しないで事実を告げろよ!」
かなりの大音量で。聖女は怒鳴り付ける。
一息でしゃべったあと、聖女はぜいぜいと肩で息をしながら勇者を見上げた。
か弱いアピールの仮面を脱ぎ去った素顔は、普通に美しかった。
「魔法が効かないくせにチート過ぎる能力を持つ勇者様に、恐れをなした魔王は王国の属国になると打診してきました。魔物はすべて引っ込ませます。王国が望めば、素材としてだろうと食肉としてだろうと、希少魔物を提供します。魔王の望みはたったひとつです。自領に勇者様が立ち入らないこと」
そこまでして避けたいほど、魔王は勇者を恐れているというのか。
「俺がパーティ追放になった理由は分かった。でも君、関係なくない?」
勇者がたずねると、聖女はそれはそれは深くため息をついた。
「バカなんです」
「は?」
「ですから、魔王がバカでポンコツなんです。『いくら国王が約束したとはいえ、勇者にも意思がある。もしかしたら、討伐に来るかもしれない。あ、そうだ、相手が魔力ゼロならこっちもゼロにすればいいんじゃない? というわけで、そちらの国にいるレベル-999の聖女を嫁にくれ!』です。ーーゼロになるかボケぇ‼」
聖女はどこかから取り出した巨大な宝石がついた指輪を地面に向かって投げつけた。たぶん、婚約指輪だろう。指輪は跳ね返り、聖女の額を打つ。
「そんなわけで、私は魔王の嫁になります。配達されてきます。私が無事宅配されたら、勇者様のパーティはもとに戻ると思いますので」
先程とは別の場所が赤くなった聖女は、スカートを軽くつまんでお辞儀をした。きれいな礼だった。
「納得してくれましたね?」
僧侶はそう言うと、縄で聖女をぐるぐる巻きにしーーどうやら何度も逃亡しているらしい。芝居を打つために、今だけ解放されていたのだーー、馬車に積み込もうとする。
勇者は、ふと思い付いた。
素早く剣を抜く途中、剣の柄で女戦士を昏倒させる。抜ききった剣で獣人の足の腱を切る。そのままの流れで、剣の腹で魔法使いを昏倒させた。
その動作を見て、猿ぐつわを噛まされていた聖女は目をぱちくりさせた。
「どう言うことですか、勇者」
聖女を抱えた僧侶が、たずねる。
その顔には笑みが張り付いている。
わかっているくせに、と言う言葉を勇者は飲み飲んだ。
「パーティを追放されたから復讐だ。お前たちの一番大切にしている積み荷を奪っていく」
勇者が宣言すると、僧侶は一瞬、嬉しそうに笑った。
その後すぐに表情を引き締め、錫杖をかまえる。
レベル999の僧侶は攻撃魔法だって朝飯前だ。
特大の火炎球を放つ。
勇者は火炎球に突っ込んでいく。
そのまま無傷で僧侶の懐に飛び込み、当て身を食らわせた。
僧侶の手から、聖女が離れる。
勇者は、易々と聖女を奪いとる。
腹を押さえてうずくまる僧侶に、勇者は宣言する。
「これは国家反逆罪だから、俺は逃げないといけないな。しばらくは、そうだな人の人生一生分くらいは、魔王を退治にいけないくらい、逃亡生活することになりそうだ。ただしーー」
にっ、と頬に笑みを浮かべる。
「魔王がまた暴れるようなら、俺はいつだってここに舞い戻るからな」
そう告げると、勇者は聖女を拘束してた縄をほどき、彼女を抱えて走り去った。
後日、王国中にある噂が流れる。
元勇者が、彼に惚れた聖女に追いかけ回されている、と。
プロットをたてないと、思わぬ方向に話が進みますね。