幼馴染・彼視点
前日に投稿した「幼馴染」の彼視点です。投稿2作目。お手柔らかにお願いします。
僕には、幼馴染がいた。
彼女とは、保育園で出会い、小学校も、中学校も、高校も一緒だった。
目が大きくて、ちょっとかわいい子で、小学校くらいまでは、いつも一緒にいたから、周りの男子にうらやましがられたこともあった。
中学になると、クラスが離れたこともあって、あまり会わない時期もあったけど、機会があれば、一緒に映画を見に行ったり、試験勉強をしたり、街のお祭りに一緒に行ったり。
そんな日が続いた。
だけど、中学三年になって、進学先を決める時には、同じ学校には行けないことがわかった。
彼女の成績は中の上くらい。
僕は、だいたい学年3位以内に入っていたから、その地域で一番の進学校へ行くことを期待された。もちろん、僕自身もそうしようと思っていた。
両親も応援してくれた。
父は仕事で忙しく、休日くらいしか話ができなかったけど、母は仕事をしながらも、バランスの良い食事を作ってくれて、学校の面談とかもちゃんと来てくれて、受験勉強を応援してくれていた。
だから、気付かなかった。
母が、癌に侵されていたことに。
多分、調子が悪い時は、疲れたから早く寝るね、とか言って、なるべく僕と顔を合せないようにしていたんだろう。
後で考えると、叔母さんと旅行に行くとか、出張に行くとか言って、外泊が多かったのも、検査入院とかしていたんだと思う。
父にはどのくらい話していたのか。
少しは言っていたんだろう。だけど、きちんとは話していなかったのかもしれない。
それとも、ちゃんとわかっていたのだろうか。
顔を合せなかったから、僕が気づくことがなかったんだろうか。
ある日、母が急に、遊園地へ行こう、と、言いだした。
何言ってるんだ?この人は、というのが、僕の感想。
だけど、母は譲らなかった。幼馴染の彼女まで電話で呼び出す始末で、僕は仕方なく行くことにした。
まあ、久しぶりの遊園地はなかなか楽しかったけど。
帰りに、母はクマのマスコットを買ってくれた。
はっきり言えば、中学生の男子にクマのマスコットって…と、買ってはもらったものの、これは引き出しの肥しだな、と、思っていた。幼馴染は純粋に悦んでいたけど。
そして、帰ってから、母は笑って「ねえ、勉強もいいけど、体も大事にしてね。」と、言った。
「うん。そりゃ…」
「ずっと元気でいてね。おかあさん、それだけが心配…。」
何言ってるんだ?この人は、と、また思った。
僕はスポーツも得意だった。体は丈夫な方だ。風邪もめったにひかない。
でも、「うん」と答えた。
おかあさんは、うれしそうに、にっこり笑った。
それから、おかあさんは、亡くなった。
父は、最初、茫然として、それから、淡々と葬儀の支度をしていた。
近所の人、親類、会社の人…、その人たちと連絡を取り合ったり、葬儀場は、大きい部屋にしますか?小さい部屋にしますか?…なんて、そんな手配もしていた。
僕の居場所はない。
僕の居場所は…、どこなんだろう。
街をさまよっていたら、いつのまにか、幼馴染の彼女の家にいた。
彼女が僕の隣にいて、手を握っていた。
どうして、ここにいるんだろう?
…多分、彼女が、あるいは彼女の親が、ここに連れてきてくれたのかな。
彼女の手から、温かみが伝わってきて、そうして、気付いたら、僕の頬には涙が伝っていた。
それから、次から次へと涙が流れた。
泣いた。
彼女はずっと、隣にいた。
彼女が隣にいたのは、高校の入学式まで。
結局、進学校には落ちて、すべり止めのために一応願書を出していた、彼女と同じ高校を受験し、やっと合格した。
入学式には一緒に行ったけど、クラスが違って、その時に彼女は言った。
「悲しい時には側に行くから、それまで、頑張ってごらん。」と。
僕は、そうだな、と、思った。
悲しくてさまよえば、きっと、彼女が隣に来てくれる。
だったら、また、新しくやってみよう、と。
だんだん頭が働くようになって、最初の試験では1位を取って、テニス部に入って、そこでもよい成績を出せるようになった。
時々、彼女と映画に行ったりもしたけど、特に親しく付き合うわけでもなく、なんてこともない3年間が過ぎた。
ただ、気を付けていることはあった。
悲しそうにしていたら、彼女は心配するだろう。だから、ちょっと落ち込むことがあったり、悔しいことがあっても、彼女の前では笑顔でいるようにした。
せめて、彼女に心配をかけないように。
そうして、また、3年が過ぎ、別々の大学に進学することになった。
やっぱり、彼女は中の上の成績で、僕は3位以内を常にキープしていたから、同じ学校へ行くのは難しかった。
大学に入ると、すぐに「彼女」ができた。
向こうから「付き合ってください」と言ってきて、ちょっとかわいい子だったので、すぐにうなずいた。
付き合ううちに、他の女の子と話していると拗ねたり、小さなプレゼントを欲しがったり、たいしたことじゃないけど、わがままなところも出て来た。でも、そんなところもかわいいと思っていた。
キスもしたし、それ以上もした。
大事にしないといけないと、そう思っていた。
ある日、「彼女」が僕に、幼馴染の彼女のことを訴えてきた。
泣きながら、幼馴染を詰った。
そんなはずはない、と、思いながらも、ずっと会っていなかったからか、違う、とも言えなかった。
ぼくは幼馴染に会った。
幼馴染の話を聴いて、「彼女」の方が悪いんだろうな、と、思った。
だけど、「彼女」は、恋人だ。大事にしてあげないといけない。「彼女」は、やきもちを妬いたのだ。逆に、恋人以外の女性と仲良くして、何も思わなかったら、その方が悲しいじゃないか、そんな風にも思った。
幼馴染には、「ごめん」と、言って、それからは、会わないことにした。
今までだって、長く会わないこともあった。それでも、何とも思わなかったのだ。
申し訳なさもあったけど、これでいいんだ、とも思った。
…そう、思っていた。
大学を卒業した。
就職も決まり、会社の寮に引っ越しも済んだ。
実家にいるのも、あと少し。
ふと、思い立って、母の墓を訪ねた。
あの、「彼女」とは、1年くらい付き合って、別れた。
別れの引き金になったのは、引き出しに、クマが入っているのを見つけて、詰ってきたことだ。
「幼馴染の女とお揃いのものを大事にしないで」と、泣きながら、クマを窓の外へ捨てようとした。
ちょうど、バイトが忙しくて、彼女との時間が取れず、ぎくしゃくしていた時期だった。
クマを取り返すのに揉み合いになって、少し押したら彼女が床に倒れて、彼女は、「暴力をふるうなんてサイテー!」と叫んで、怒って出て行った。
もう、無理だな、と、思った。
その後すぐに、彼女とは別れた。
しばらくして、別の女の子とも付き合ったけど、長続きせず、今はフリーだ。
「かあさん。俺って、ダメダメかなあ…。でも、言われた通り、体には気を付けているよ。それで勘弁して」と、笑う。
母は、「仕方ないねえ」と、笑ってくれるだろうか。
帰りに、幼馴染の家の前を通った。
まだ、ここに住んでいるのかな、と、表札を見たら、名前が違っていた。
「…引っ越した?」
丁度通りかかった、近所の人に尋ねると、「そうよ。…もう、3年くらい前かしら。なんでも、ご主人、事業に失敗したみたいね。借金取りとか来て、大変だったみたいよ。」と、言う。
「お嬢さんがいたでしょ。取り立てに来たやくざみたいな人に脅されててねえ。かわいい子だったから、今頃何してるか心配で…。そういえば、あなたお友達だったんじゃないの?どうなったか知らないの?」
知らない。
ふらふらと、自宅へ戻った。
知らない。
そう言えば、僕は何も知らなかった。
彼女の家には、母親がいなかった。
いや、保育園に入った時は、いたように思う。
いつ、いなくなったんだろう。
家は、結構きれいで、大きかった。経済的には恵まれていたはずだ。
家政婦さんが、時々来て、掃除をしたり、食事を作ったりしてくれていたようだった。
服だって、持ち物だって、汚かったり、不足していたことは無い。
友だちだって普通にいた。
でも、参観日に、親が来ていたことは無い。それどころか、運動会も、もしかしたら、卒業式も…?
僕の母には可愛がられていた。うちは一人息子だったから、あんなふうに、可愛い娘が欲しいわ、と、母はよく言っていた。
彼女も、母によく懐いていた。
遊園地に誘われて、受験生なのに、二つ返事で来たくらいだ。
あの夜。
母が亡くなった夜に、僕はさんざん泣いた。
…だけど、泣きたかったのは、彼女だったかもしれない。
クマを捨てろと言われて、傷ついたのは、彼女だったかもしれない。
3年前に、やくざに脅されて、多分それは、僕が、絶縁を言い渡した時と、そう違わない時期のはずだ。
「悲しい時には側にいるから、それまで、頑張ってごらん」と、彼女は言った。
言葉通りに、彼女は、悲しい時に側にいてくれた。
だけど。
僕は、彼女の悲しい時に、何をしてやった?
彼女の大学へ行ってみたけれども、このご時世、学生の住所や状況を教えてくれるわけがない。
しかも、卒業式も済んでいる。
学生を何人か捕まえたけれど、彼女のことを知っている人はいなかった。
もしかしたら、大学も、あの後辞めてしまったのかもしれない。
僕は、父に頭を下げた。
「金を貸してください。彼女の消息を調べるのに、金が要るんです。」と。
父は探偵を手配してくれた。
数か月後に、僕は、故郷の街からは、遠く離れた土地にいた。
彼女に逢いたかった。
探偵は、彼女の行方を追い、この地にたどりついた。
今は、いろいろなことがわかった。
父は、彼女の親に借金をしていた。
母の治療費のためだ。父は、通常の治療ではどうしようもなくなった母を諦められず、先進治療を受けさせるために、借金をした。
彼女の父親に頼んだのは、資産家だと思っていたからだ。
彼女の親は、事業がうまくいっていなかったにも関わらず、僕の父に金を貸した。そんな余裕はなかったのに。
そうして、傾いた事業は立て直すことができず、結局、倒産し、彼女はこの街を追われた。
父親は自己破産をして、彼女は大学を辞めた。
救われたのは、彼女の身は無事だったことだ。やくざに売られて転落人生、などと言う悲劇にはならずにすんだ。
父は、結局、彼女の父に借金をまだ返していない。彼女の父が何も言わずに引っ越したからだが、そのことは、ずっと申し訳ないと思っていたようだ。
僕は、自分がどれだけ何も知らず、その上、彼女に対して傲慢だったかがわかった。
許してくれるだろうか。
彼女は今、この街の、小さな会社で働いている。
その日、彼女は、赤ん坊を抱いて、病院を出た。
背の高い、やせ気味の男性が、にこにこしながら一緒に歩いている。
「名前は決めた?」と、彼女が言う。
「ううん。候補はあげたから、後で一緒に決めようか。」と、彼が言うと、彼女が笑ってうなずいた。
あれから3年。
彼女は恋をして、結婚をして、今は、2人の間に生まれた、可愛い赤ちゃんがいる。
…良かった。
駐車場の車の中から、僕はその様子を見守っていた。
あの日。
3年前の、初めてこの街に来た日。
彼女が退社するのを、僕は、会社の近くでずっと待っていた。
すっかりあたりが暗くなって、やっと出て来た彼女の隣には、今と同じように、彼がいた。
雨が降っていて、彼女を自分の傘に入れて、一緒に帰って行く。
彼の傘は、彼女の方に半分以上かけられていて、彼は、自分の肩が濡れるのを、全く気にしていなかった。
…ああ、彼は、彼女が好きなんだな、と、思った。
ふと、2人は立ち止まって、彼女がバッグから、スマホを取り出した。どこかから、電話がかかってきたんだろう。
彼女は笑って、「…お父さん?うん、今から帰るね」と、言っていた。
ああ、彼女のおとうさんも無事で、元気でやっているのかな、と、思って、安心した。
彼女のスマホには、クマがぶら下がっていた。
思わずじっと見てしまったが、…わかってしまった。
あれは、母のクマじゃない。
汚れて、古くなってしまったから、取りはずして、捨ててしまったのかもしれない。
いや、彼女はそんなことはしない。
きっと、大事にどこかにしまっているんだろう。
でも、もう、彼女に、母のクマは必要ないんだね。
これからは、その人と、いや、もしかしたら違う人かもしれないけど、新しい人間関係をつくって、恋をして、しあわせに生きていく。
僕が、そうしろと言ったんだ。
もう、僕がどんなに悲しくても、きみは隣にはいてくれない。
僕は、声をかけられずに、自分の街へ戻った。
…それから、時々、彼女の様子を見に、この街に来ている。
その度に、彼女の笑顔を見て、僕は、安心する。
「悲しい時は、隣にいるよ」と、いつか、きみに言いたいのかもしれない。
でも、ずっと、言わずに済むことを祈っているのも本当だ。
「もう会わない」と言ったのは僕で、「恋をしなよ」と、言ったのも僕。
もう少ししたら、僕も、恋をしよう。
もう一度、きみよりもっと、好きな人をつくって、そうして、幸せになろう。
その時には、今もスマホにぶら下がっているクマは、引き出しにしまいこんで、新しいクマを飾ろう。
そうして、心から笑おう。
さようなら。そして、ありがとう。