012 オッサンは獣です
012 オッサンは獣です
周りの笑いが爆発した。
訓練した時もクスクス程度だった。
試合が始まる前もクスクスと笑っていた。
だが、今は大爆笑。
ただのおっさんが、魔力も無いおっさんが、槍でドランゴんに挑んで、突き通す事もできずに槍を折って、そのまま地面に転がっている。
ははは…… 笑えるよな……
「オッサン、下がって! 降伏するわ!」
「まってください!!」
おっさん思わず叫んじゃいました。
後方に控えているフェリ様からの声は念話で聞こえるけれど、魔力が無いせいなのかおっさんからは届きません。
なので、おっさんは叫びました。
フェリ様に聞こえる様に大声で。
おっさんの声に、大爆笑の観客も静かになった。
「まだ、やれます。 ……戦います!!」
おっさんの強い言葉に、再び周りは大爆笑。
おっさんを笑うのは良い。
だけど……
視界の端で、観客がフェリ様を指差しているのがみえた。
フェリ様を笑っている。
フェリ様は、優しい人だ。
けれど、そんなに強い女の子じゃない。
「うっ、おおおおおおお!」
おっさんは叫び、ドラゴンに突っ込んでいった。
しかし、
「オッサン!」
フェリ様の悲鳴が先か、視界が歪むのが先か。
おっさんは空中にいた。
そして、地面にワンバウンドして、ゴロゴロと転がり、闘技場の壁に叩きつけられた。
尻尾だ。
ドラゴンが、飛びかかってきたオッサンを尻尾で払った。
ただそれだけの事だった。
召喚獣同士の戦いなら、弾くか避けるかされていただろう攻撃。
だけど、相手はただのおっさんです。
普通に食らって吹っ飛びました。
体が反射で防御姿勢を取っていた。
丸めた左腕で尻尾を受け、転がったり壁に叩きつけられたりした時も頭をしっかりと守った。
だが、
「うっ、おええっ」
吐いた。
内臓がぐわんぐわんに揺らされた。
緊張で食事が摂れなかったが、代わりに胃酸が噴水の様に吹き出す。
緊張でかなり胃酸が分泌されていたようだ。
でも、
「血は…… まぢって…… ないっ」
おっさんは自分に言い聴かせる様に声に出して言った。
口の中を切っていないし、内臓もダメージは受けたけど損傷してない。
「だからっ…… まだっ、戦えるっ」
おっさんは立ち上がった。
だいぶ転がったせいで三半規管が酷い事になっている。
まっすぐ立てているか分からない。
たった一撃で、左肩が鉛の様に重くなってしまった。
身体中擦り傷だらけ。
立ち上がったおっさんに浴びせられたのは、嘲笑。
わかるよ。
おっさんも、そっちにいたら笑ってたと思う。
いい歳こいたおっさんが、ゲロって、フラフラたちあがって、まだ戦えるなんて言っている。
おっさんが君達ぐらいの歳の頃なら、笑っていたと思う。
あいつ何やってんだよ。
ダセぇ。
バカじゃね?
実際、そういう声も聞こえてくるけれど、
「オッサン! オッサン! 大丈夫なの? 降参するわよ!」
今度はテレパシーの様なものじゃなかった。
すぐ後ろだ。
フェリ様が駆け寄って来ていた。
おっさんはすぐ真横に吹き飛ばされた。
結構距離があるはずなのに、後ろからフェリ様が駆け寄ってくるのに気付かなかった。
どうやら自分で思っている以上に意識が混濁しているらしい。
おっさんは、今にも泣きそうなフェリ様に振り返った。
「大丈夫です。やれます」
「オッサン…… 」
「男に…… おっさんにも、少しはカッコつけたい時があるんです……」
みんなおっさんを笑って、バカにしているけど、
でも、あんなに良い子が心配してくれる。
身体中痛いし、血だらけだし、フラフラするけど。
おっさんは今幸せです。
「よっしゃ!」
まだ動く右手で自分の頬を張った。
痛い。
まだ痛みを感じる。
平衡感覚も戻ってきている。
大丈夫だ。
「おおおおおおお!」
おっさんは駆け出した。
ひょろひょろとした突撃に、観客が笑う。
笑えばいい。
おっさんはあまり他人の目を気にしません。
ドラゴンの主人もゲラゲラ笑っている。
笑えばいい。
おっさんのメンタルは豆腐の様な鋼でできています。
そして、ドラゴンの尾が再びおっさんを襲った。
「ぬううんっ!」
おっさんはその尾に飛びつき、しっかりとしがみついた。
腕で、足で。
おっさんはドラゴンの尾に抱きついた。
動かない左腕が垂れたままで、地面でガリガリ指先を削られている。
幸いなのか、痛みを感じない。
残った右腕と両足で、ギリギリと尾を締め付ける。
遠心力で頭から血が引いていき、視界が白む。
ドラゴンは尾を一周させると、倒れた。
遠心力を舐めてはいけない。
オッサンより一回り小さい体格のドラゴンだ。
尻尾を伸ばしたバランスでやっと二足歩行しているような姿勢。
地面に付いている足の形からしても、横方向への力に対して弱い。
それなのに、尻尾攻撃とは。
古流空手に足技は少ない。
バランスを崩す懸念があるからだ。
ただでさえ不安定になる尻尾攻撃で、その先におっさん一人を乗せてしまった。
錘になったおっさんに振り回されてドラゴンが転けるのは自明の理。
多分幸運だけど、おっさんは手柄を自分のものにする事に躊躇しません。
上手く行ったら自分の手腕。
失敗したらタイミングが悪かった。
ぼやけた視界で、尻尾を辿り、地面に投げ出されたドラゴンの体に近付きます。
いくら魔力で強化されているからって、その関節じゃそもそも起き上がるのが難しい。
ほとんど見えていない視界で、横四方固めの様にドラゴンにのしかかります。
人間なら返せたかもしれない。
しかし、前方への動きに特化したドラゴンが横向きに倒れてはどうしようもない。
ずぶり、と嫌な感覚があった。
垂れ下がった腕に、ドラゴンの手の爪が刺さった。
痛みは無いが、熱い。
「おらっ!」
おっさんは叫び、ドラゴンの手を掴んだ。
そして、
ぎゃおおおおおおおおおっ!
ドラゴンの指をへし折った。ポキリと。魔力で強化されているとはいえ、所詮指だった。
「耳元でぎゃあぎゃあうるさい」
もう一本。
ポキリ
もう一本。
ポキリ
もう一本……
そして、両手の指を全てへし折った時には、ドラゴンが失神していた。
「痛みに慣れていなかったみたいだな」
失神した状態では召喚獣は消えないらしい。
そら失神したぐらいでいちいち魔力を込め直していたら効率悪いが。
ともかく、失神したドラゴンが目の前にいるお陰で、立ち上がったおっさんが目立つ。
動く右手を天に突き上げた。
まだフラフラで、まっすぐあがっているのかも怪しい。
「うおおおおおおおおお!!」
おっさんは叫んだ。
観客席は静まり返っている。
というかドン引きである。
指を折りまくってドラゴン泣かして失神させるとか前代未聞。
魔法を使われたら危なかったが、それは主人がおっさんを見くびっていたからなんとかなった。
おっさんに押さえられたら返してやろうと思うだろう。
そのまま魔法で弾き飛ばそうとは思わなかっただろう。
おっさんをなめるからこうなる。
おっさんは結構えげつない事もします。
観客席からは、
反則、だの
卑怯、だの
ダサい、だの
ひっこめ、だの
色々聞こえてくる。
だけど関係ない。
「オッサン!」
フェリ様が泣きながら駆け寄ってくる。
初めてフェリ様の涙を見た。
だけど、こういう涙なら多分良い。
どんなにバカにされても、フェリ様が気にしてくれれば、おっさんはそれで十分です。
フェリ様はすぐに回復魔法でおっさんの傷を癒した。
出力が高くてかなり痒いが、おっさんの傷はみるみるうちに治った。
「おい! おっさん! お前、おっさんのくせに子龍になんて事してくれてんだよ! 恥ずかしくねーのかよ!」
ドラゴンの主人がキレて叫んでいる。
「子龍か。いいか、君。おっさんだからこそ、若い奴に手を抜くことはできないんだよ」
おっさんは若い子に勝つためなら何でもします。
「なっ…… 何言ってんだお前……」
困惑気味の少年を置いて、おっさんはフェリ様と闘技場を後にした。




