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七話 ちょっとした事件の開戦(上)

今回も三人称です。長くなって読みづらいので、上下に分けることにしました。

 三百年前。妖怪たちがこの国の事実上の支配権を握ったとき、妖怪たちの長――姫と呼ばれる妖怪は二つの決まりを妖怪たちに守ることを、厳命した。

 襲われない限り、人間は襲うな。妖怪同士で、奪い合え。

 この命令を出した当初、姫は相当数の反対があると予想していた。しかし、その予測に反し、多くの妖怪たちはピタリと人間を襲うのをやめたのだ。

 いくつか理由があるが、その中の一つに負告鳥――沙耶が関わっているのは間違いない。

 と言うのも、この時期に積極的に動いていた沙耶は、力を持った妖怪(野心を持った者が多かった)の間を渡り歩いていたため、必然的にそれらが皆、共倒れする結果を引き起こしていたからだ。

 もっとも、沙耶は姫に命じられたわけでもなく、

昔からそんなことを繰り返してきていたのだけれど。

 妖怪たちの長。通称、姫は当然のように今でも妖怪たちの長の地位に納まっている。彼女については、今は詳しく語る必要は無い。

 ただ、姫が厳命した二つの命令。それは、三百年経った今の時代でも有効である。





 先に相手を捕らえたのは、姿を隠し、空から見下ろす沙耶だった。


「鎧武者と、人間…符術士って所かしらね」


 月を背に、翼へと形を変えた両の腕を羽ばたかせて沙耶はつぶやく。

 沙耶の眼下。数百メートル以上はあるが、妖力で強化された視力によって、両目は難なく鎧武者と皐月森厳の姿を映し出していた。 沙耶に捕捉されているとは知らずに、鎧武者と森厳は裏通りを真っ直ぐに歩いている。


「この進路だと…交差点でいいか」


 二人の進路、前に五十メートルほど進んだところに四車線の交差点がある。深夜にさしかかろうとしているからか、車は十数分おきに一台、通る程度の交通量しかない。

 鎧武者と森厳がたどり着く前に、沙耶は音を立てずに交差点の真ん中に降り立つ。


「ふぅ」


 人の姿をとった沙耶の右手に、一振りの長剣が現れる。

 カシャン。

 左手に、螺旋を描くように数十枚の符が渦巻く。

 カシャン。

 妖剣オボロを腰だめに構え。

 カシャン。

 左手の符、全てに妖力を循環させておく。

 ――カシャン。


「はぁっ!」


 呼気と共に、間を詰めた沙耶の渾身の一撃が鎧武者を吹き飛ばした。





 ――バカな。どこから現れた。

 森厳の脳裏に、そんな言葉が浮かぶ。

 その理由に行き当たる前に、反射的に森厳の体が動く。

 長年、符術士として鍛え続けてきた身体が真っ先に一枚の符に霊力を流させる。


「爆ぜ」


 森厳が言い終える前に、ピタリと森厳の首に妖剣がそえられた。


「当日に恩を仇で返すなんて…最近の人間は躾がなってないわね」


「いや、そんなつもりは無かったのだがな」


「どうでもいいわよ。それで、用件は?」


 妖剣の腹で、森厳の頬を叩く沙耶。余裕のある沙耶に対して、

森厳はどこからともなく現れた沙耶に、必要以上に警戒心を抱いていた。

 落ち着け。大丈夫だ、あいつが来れば勝てる。

 そう思い直した森厳は、緊張で強張った体を解す様に軽く深呼吸して、

一息ついてから目的を語りだした。


「私の目的は単純だ。あの小僧との契約を切って、私の使役妖怪になってほしい」


「いやよ」


 キッパリと、沙耶は言い切った。


「なぜだ。お前たち妖怪は、強い者に使役されることを望むのだろう。

私は、小僧よりも金も、権力も、霊力もあるぞ」


 森厳が早口でまくし立てるのに対し、沙耶は呆れたように森厳へと告げた。


「人間程度が稼げる金銭や権力なんて、私たちからしたら何の価値も無いのだけれどね。

霊力は、言う必要ないでしょ?」


 人間がまだ、この国の実権を握っていたころならば身を守るために時の権力者に取り入る妖怪は多かったが、今は妖怪たちが天下を取っている時代。

わざわざ、短命で、町村規模でした権力を行使できない人間よりも、

国規模で権力を持つ妖怪の下に付くほうが利口である。

 金に関しては単純で、沙耶が欲しいと思う物は基本的に子供の小遣いでも

買うことが出来るからだ。

 妖力と霊力。性質は違えど、保有量だけで言えば妖怪は人間の倍以上は持っている。

 今のこの世の中では、人間が妖怪に勝てる要素は殆ど無いと言っても過言ではない。


「だが、今よりも楽な暮らしが出来るぞ。

それに、私が死んだ後は遺産としてあの家と土地をお前にやってもいい」


 一瞬だけ、森厳は薄暗い路地の奥を見た。


「ふぅ、人間と言うのはどうして年を取るとねちっこくなるのかしら」


 それに気づいているのかいないのか、沙耶は左手の指を眉根に当てて、

やれやれと首を振る。


「とにかく、今後一切。私たちには近づかないで。私はあなたの物になる気はないもの」


 者と物。字にしなければわからないアクセントの違いだが、沙耶は森厳の言葉にしていない野心を見抜いていた。

 今よりももっと、金と力が欲しい。

 前途の通り、この国の権力中枢は妖怪が支配している。人間以上に力も寿命も長い妖怪たちだ、並みの方法では彼らの上に立つ事などできるわけが無い。

 だが、一つだけ。妖怪たちから権力を奪い去る方法がある。妖怪同士で奪い合え。姫が厳命した一つの命令。現代になってもなお、効力を発揮する妖怪たちの法。

 沙耶の背後に、わずかな陽炎が立ち込める。

 森厳の瞳がそれを捉えると同時に、口が動いた。


「仕方ないな…やれっ!」


 沙耶の背後に向けて、森厳は勝利を確信した笑みを浮かべて叫ぶ。

 弱らせた後なら、逆らえなくする方法などいくらでもある。

 沙耶の、豊満な肢体を思い浮かべながら森厳はほくそ笑む。

そしてそれが、森厳の最後の思念となった。


「っ!」


 一瞬。沙耶は上体を後ろへと大きくそらる。

 物干し竿のように、長いものが沙耶の眼前を横切った。

 血飛沫が舞う。

 森厳は、断末魔の声を上げることなく、あっさりと、その命を絶たれた。


「帰られては困りますよ。まだ、私の用件がすんでいません」


 槍の穂先。痙攣する森厳から霊力を吸い上げながら、鎧武者が言う。


「お前の、ね」


 軽く、後ろに跳ねて沙耶は距離を取る。


「ええ、聞かなくても分かるでしょうけど…っと、なかなかに霊力を持ってますね」


 吸い上げた霊力を、即座に妖力へと変換させる鎧武者。


「そうね…私にも、そんな時期があったからね…何よりも強くなりたいって」


 何よりも速く。

 誰よりも力強く。

 ただひたすらに、力を求め続ける。

 多くの妖怪たちが持つ、あらがう事の出来ない衝動。だからこその、妖怪の姫による命令。

 妖怪同士で奪い合え。

 力も、宝も、妖力も、恋人も、家族も、友人も。

略奪こそが、妖怪たちにとっての絶対の法則。

 ――鎧武者が、薙刀を水平に構える。

 それはきっと、妖怪たちの中に根付く狩猟本能。人間たちよりも賢く、力もありながら妖怪たちは自分の本能に忠実だ。

 多種族では持ち得ないほどの、圧倒的な本能の本流。特に、自然界の生物から進化した妖怪はその傾向が強い。

 ――沙耶瞳が、獲物を狙う猛禽類のように鋭くなっていく。

 カラスの妖怪である沙耶も、それは例外ではない。


「私の糧となって頂きますよ、負告鳥。ああ、あの少年についてはご心配なく。直ぐに合わせてあげますよ、私の中でねっ!」


 仕掛けるのは鎧武者、鏡の九十九神。名を鏡鎧がいきょう


「私を糧に? 負告鳥の名を知っているのに、ずいぶんと思い上がったものね。なら、告げてあげるわ、敗北をっ!」


 迎え撃つのは、カラスの大妖怪。負告鳥、沙耶。

 人知を超えた闘争は、人知れず開戦のゴングを鳴らした。

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