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五十九話 真琴の苦悩、沙耶の提案、マガミの提案

 いちゃいちゃは、俺には無理だ。

 あてがわれた病室で、真琴は一息をついた。

 死者が出かねなかった今回の騒動も、結果的には重症者二名(内、学園生は一人)と言う結果に落ち着いたおかげか、大きな問題とはなっていない。

 けが人にしても、夏休み中は安静にしていれば治る程度のものだ。

 結果だけ見れば、間違いなく最良の今回の解決。

 しかし、真琴の心は晴れやかとは言えなかった。

「……ふぅ」

 真琴は、封印術を描いた腕を見る。

 術自体は強力であるが、今回のようにただ物理攻撃だけをしかけてくる相手にはとことんと無力であった。

「強く、なりたいな」

 今回はまだいい。沙耶を危険に晒すことはなかった。

 だが、もしも相手が沙耶を狙ってきたとしたら、どうだったか。

 なにもできない。

 いかに封印術と言う魔技を手に入れたとて、それを扱う雪村真琴はいぜんとして弱いままだから。

 ただ純粋に弱い。

 筋力や体力などは、これからの鍛錬次第でどうにでもなるだろう。

 だが、理力――霊力の総量だけはそうやすやすと増やすことはできない。

 思いはあり、想いもある。

 けれど、方法がわからない。だから、真琴は陰鬱な気分を抱えたまま病室でため息をつく。

「ちょりゃー!」

 と、何度目かになるかわからないため息は沙耶の掛け声とともに繰り出されたヤクザキックによって、真琴ごと吹き飛ばされた。

 壁に頭から激突し、しかし、神の持つ再生力によってか瞬く間に傷が癒えていく。

 同時刻、マガミが鼻血を出していたのは言うまでもない。

「いっつ、何すんのさ」

「とりあえず、ここに座りなさい」

 講義の声を無視し、沙耶は備え付けのベッドに腰掛けて自分の隣をポンポンと叩く。

 ああ、聞く気ないなこれと判断した真琴は、おとなしく沙耶の指示にしたがことにした。

「それで、なんだって突然――わぷ」

 沙耶は突然、真琴の頭を抱え込み自身の豊満な胸部へとうずめた。そして、そっと右手で後頭部をなでつける。

「んー最近はこうやっていちゃついてなかったからね。それに、眉間にシワ寄せて考え込んでると、小鬼みたいに老けこむわよ」

「いや、柊は別に拭けてないと思うけど……んっ、そういえば最近はあまりくっついてなかったっけ」

「そうそう。大方今だって、満足に戦えなかったーとか考えてたんでしょ」

「うっ、それは……」

 沙耶の胸の中で、真琴は言葉につまる。

 そんな真琴に対して、沙耶はやさしく微笑む。

「いいのよ。真琴は、戦うことなんて考えないで。お金だっていくらでもあるし、寿命のことだって、心当たりがないわけでもないの。

 ――ただ、私のそばにずっと、いてくれればそれでいいの」

「沙耶……」

 その提案は、けして悪いものではない。

 ただ沙耶の庇護のもと、ただ、彼女を慈しみ続ければいいと、そう言われているのだ。

 でも、

「ごめん。俺、わがままなんだよ」

「えっ? 条件が足りなかったかな。三食昼寝エッチ付きとか」

「そうじゃなくてさ」

 真琴は、沙耶の両肩に手を添えて身体を起こす。

 まっすぐに沙耶を見つめ、宣言する。

「俺は、さ。沙耶に並び立ちたいんだ。ただ沙耶に守られている。それはきっと、とても楽で、なんの苦労もない世界だと思う」

「じゃあ、それでいいじゃない。真琴の望む立ち位置は、人間ではけして辿り着けないのよ。努力は報われず、苦労に意味はない。なのに、真琴はそこを目指すの」

 射ぬくような真琴の目線からわずかに目をそらし、沙耶はまくし立てる。

 妖怪である沙耶と、人間の真琴。

 有数の実力者である沙耶と、最弱とも言える真琴。

 両者の間にある差は遠く、翼を持たない真琴には決して埋めることはできない。

 けれども、真琴の決意は硬い。

「目指す。守られているだけだと、きっといつかは俺が重荷になる日が来る。

 俺が記憶をなくした理由は、詳しく知らない。教えてくれないってことは、知らなくていいことなんだとも思う。けれど」

 何も知らず、でも、何かをなくしたことだけは覚えていて。

 その痛みが辛くって、暗い夜は一人で眠ることすらできなくなって。

「沙耶がいたから、俺は頑張れた」

 すぐそばに、いつだって沙耶がいた。

 恐怖に震え、孤独に怯え、痛みに泣いていた真琴を救ったのは沙耶だ。

 真琴は今でも正確に思い出せる。

 薄暗い病室で、目覚めた真琴の視界いっぱいに広がった沙耶の泣き顔。

「支えてくれた。

 想ってくれた。

 恋してくれた。

 愛してくれた。

 だから、俺は沙耶に同じだけ支えて、想って、恋して、愛さないといけないんだ」

 だって――

「俺は沙耶が好きだから」

 今度は、真琴が沙耶の身体を抱きとめる。

 固いとは言えない、けれども発展途上にある胸板で。

「恋人とか夫婦って、きっとどちらか一人に依存してればいいもんじゃないんだ。お互いを思うから、助け合って、一緒に飛べばいい」

 それは、比翼の翼。

 ただ一人で飛び立てる沙耶にとって、今の真琴は檻か、足かせか。

「それが、力を欲しがる理由?」

「うん。まだまだ未熟で、どうにも想いばっかり先行してるけどさ」

「……そっか」

 沙耶は体重をそのまま真琴の方へと傾ける。わずかに揺らめいただけで、彼はしっかりと支えた。

 無言の時が流れる。気まずいものでなく、ただそうあるだけで充実を得られる一時だ。

 やがて、沙耶の方から沈黙を破る音がする。

「少し、大きくなったね」

「ん?」

「身体。うん、男の子から男になりつつあるのかな」

「成長してるってことかな。だとしたら、嬉しいけど」

「そうだね。真琴は、成長するんだもんね」

 少しだけ、沙耶は寂しそうな声でつぶやく。けれどもその顔に笑みが浮かんでいるのは、真琴の成長を喜んでいるのか寂しがっているのか。

「ねぇ、真琴」

 沙耶は、上目遣いに真琴を見上げて目を閉じる。

 真琴もそれに答えようと顔を近づけて、

「あー、こほんこほん」

 不意に聞こえたわざとらしい咳に、真琴は意識をそちらへと向ける。

 立っていたのは、和服姿の美女マガミだ。

 マガミは苛立を含んだ目線で真琴と沙耶を睨みつける。

「チッ、少しは空気を読んで部屋の隅っこでゴキみたいに気配を消してなさいよね」

「これでも空気は読んだのだがの。このまま乳繰りあわれたのでは、我の要件が後回しにされそうだからの。――真琴、先の強くなりたいと言う言葉に偽りはないな」

「ない」

「どんなことをしても、か」

「それが沙耶に害をなすことでない限り」

 真琴の答えに、帰ってきた反応は二つ。

 鼻で笑う声と、強く抱きついてくる感触。

「まぁよい。強くなりたいというのであれば、我が方法を提示してやらんこともない」

「ホントかっ!」

「無論。我の求めるものにも必要でな。だが、ひとつだけ覚悟をしてもらうぞ」

 沙耶の腕に力がこもる。

「何をすればいいんだ」

「そう難しいことではない。一柱、神を殺すだけだの」

 こともなげに、マガミは言った。

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