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五話 ちょっとした事件の直前に

 夜。時刻は八時ちょっとすぎ。夕食をとり終えた俺と沙耶は、日課の鍛錬のために庭先に出てきていた。


「――ふぅ」


 体を温めるための柔軟運動。霊能力を操るものならば、

体内で霊力を循環させて一瞬の内に体を最適な状態にすることが出来るのだが、

俺には霊力そのものがからっきしなので、普通に体を温める。


「そろそろ良いかな」


「うん。お待たせ」


 構えながら、沙耶に告げる。それに答えるように、沙耶は無言で右手を振るう。

 風を切る音。

 それを生み出したのは、沙耶の手に握られた一振りの長剣だ。

 長剣の刃渡りは、おおよそで一メートル弱。幅は太めに五センチの、反りが一切無い直剣だ。銘は、確か妖剣オボロとか言った気がする。

 はじめに動いたのは沙耶だ。

 三メートル以上あった距離を一息でつめ、真一文字に一閃。

 振るわれる刃を、上体を後ろに運ぶことで回避する。少し遅かったせいか、前髪が数本夜風に舞う。

 反射的に、右足で大地をけって後ろに軽くバックステップ。

 その刹那、眼前をかすめるように白刃が走る。


「おっ! 今のを避けるかぁ……これなら、もう少しで習得できるかも、ね!」


「うわっと」


 慌ててしゃがみこむと同時に、沙耶の左足が眼に映る。左足だけ?

 疑問に答える声はあった。


「しゃがむのは良いけど、次の行動も考えないとね」


 避けるのは無理だ。頭で理解する前に、反射的に体が動く。

 衝撃。右腕で受けた沙耶の蹴り。かなり手加減されているとはいえ、右腕が痺れる。

 すぐさまに繰り出される沙耶の追撃。月を背に、沙耶が長剣を真横に構える。

 そこから繰り出されるは刺突。

 尻餅をついている俺に、避ける手段は無い。このまま長剣を突きたてられて、俺の負け。

 いつもならば、と前置きしておこう。


「ふっ!」


 突き出された刃は、平時の俺でもかわすのは難しい高速の突き。

だから、俺はかわそうとしない。


「っ!」


 舞い散る赤い雫の向こうに、沙耶の驚いた顔が映る。

 右手に、痛みを遥かに凌駕する激痛が走る。さすがに無茶だったか?

 ――刃を右手にわざと刺すのなんて。

 歯を食いしばって、痛みをこらえ、尻餅の体制からでも出来る攻撃――沙耶の腹を蹴り上げようとした。

 しかし、そこにすでに沙耶の姿は無く。

空しくも空を切った、と言うのもおこがましい威力の蹴りだけど、に舞い降りる影があった。


「まったく、無茶をして。とっさに私が剣を引かなかったら、右腕ごと持っていってたわよ」


 呆れたように、俺の脚の上の沙耶が言う。いつの間にか、人の姿を解いたのか両腕が黒く、大きな翼になっている。

 力のある妖怪は、人型と妖型あやかしがたつまり本性ともう一つ中間に位置する半妖型と言うのを持っている。沙耶の今の姿は、沙耶の半妖型だ。


「良い手だと思ったんだけどな」


 右手に突き刺さったままの剣を抜こうと、左手で引っ張るがいまいち旨くいかない。そろそろ、痛すぎて眼の端に涙がたまってきた。


「ぜんぜん良い手じゃないわね。

確かに、強者の戦いでは体の損失を無視して、相手の隙に付け込むということもするわ」


 俺の隣に着た沙耶が、翼となった手でオボロの柄を撫でる。ただそれだけで、オボロは一枚の紙切れ、符に戻ってしまった。


「でもそれは、確実に相手を仕留めることが出来るからであって、

真琴ではそんなこと出来ないでしょう?」


 確かに、さっきの体制からの蹴りだって避けられている。たとえ当たっても、致命傷とは程遠い。でも、俺には一つだけ、ほかにはない利点だある。


「でもさ、この通りこれくらいの怪我なら直ぐに治るんだしさ」


 血にぬれていた俺の右手。痛みはすでに無く、傷も塞がっている。妖怪でも、これだけの速度で傷を癒せるものはいないと言うのだから、俺の再生能力は桁が外れていると思う。原因、と言うか理由はいまいち分からないけど。


「だめね。どこまで治癒できるのかも分からない力を頼るのは大間違いよ。

それに、この訓練の趣旨はもっと別物でしょ」


「そうだけど、こんなことで使えるようになるのか? 未来視って」


 千里眼系の霊視能力の最上位である未来視。基本的に霊視は、過去を見るための技術だ。それに対して未来視は、その名の通り未来を見るための技術なのだが

、普通は占い師だって未来を見ることは出来ない。

 にもかかわらず、千里眼の霊視で未来を見ることが出来ると言うのには、

一応の根拠が二つある。

 一つは、千里眼と言う霊視の特性。対象の歴史を、生きてきた道を辿ることが出来るのだから、これから辿るべき道を知ることも出来るのではないか。

 ただの思いつきに等しい卓上の空論。けれど、二つ目の根拠がその空論を現実の理論へと変えていた。

 それこそが、世界に三人いる未来視能力者。霊視を極めた先に立つ三人だ。

 その中の一人。日本にいる未来視能力者が、以前雑誌のインタビューで未来視の方法をこう答えている。


『えっと、その…ググイッて前を向きながらシュパッて後ろを見る感じです』


 ぜんぜん分からなかった。

 だと言うのに、沙耶はしきりに頷いて、


『真琴。特訓しましょう。きっと、危機的状況とか一時間で一年分の修行とか、

そんな感じのことをすれば真琴も未来視が使えるようになるはず』


 結論から言えば、一年経った今でも未来視は使えない。


「えっと……その、そのうちキュピーンって感じで目覚めるのよ。うん。沙耶うそつかない」


 そっぽを向かれながらいっても、説得力はかけらも無い気がするけど。まぁ、いいや。体を鍛えると言う目的はある程度は、果たせているし。


「さて、それじゃあもう一本いこうか」


 稽古はいつも九時までやっている。時間はまだまだあるし、

今日こそは一撃くらい当てたい。


「ふふっ。それじゃあ今度は手と武器を使わないでやってあげる」


 そう言って、翼となった両手を広げる沙耶。絶対、一撃入れてやる。





「はぁ、結局今日もだめだったか」


 自分のベットに仰向けに転がって、ため息をつく。

駄目だったのは両方。未来視も、一撃を入れると言う目標もだ。

 いまだに俺は、何も出来ない。


「強くなってるのかな、俺は」


 不安が、胸の奥で渦巻く。


「ん、そうね……始めたころよりは体の動きがこなれてきた感じがするかな」


 ベットの傍らに腰掛けた沙耶が、俺の頭を撫で付ける。むぅ、子供じゃないんだがな。


「でも、今以上となると霊力が操れなければ無理ね」


 やっぱりか。分かってはいたけど、やはり落胆は隠せない。やはり、霊力の有無は霊能力者にとっては欠かせない要素だ。


「なぁ、なんで俺には霊力がないんだろうな」


 疑問。俺の霊力は、中学に入る前には確かにあった。けれど、中学のある時を境にかすかな量を残してほとんど消え去ってしまった。

 最後に霊力を使ったのは、黄金色の中。あの夢と同じ光景の中だったと思う。

 なぜ、俺はあそこにいたのか。なぜ、俺はあそこで彼女と戦おうとしていたのか。それが、思い出せない。

 ふと、頭を撫でていた力が強くなる。


「また余計なこと考えてる。無理に思い出そうとしちゃだめよ。

そこまで完全に忘れていると言うことは、相当にきつい記憶だってことなんだから」


 沙耶も詳しいことは専門ではないらしいが、人間は心が壊れてしまいそうな記憶に対しては何らかの対処が施されるらしい。

 それが俺の場合は、記憶の封印だったのだろう。思い出さないほうが良い記憶だから。


「でも、夢に見るんだよ。俺が、麦畑の中で彼女を殺す夢を」


 酷い時は、昼寝をしているときでさえその夢を見ることがあるくらいだ。


「大丈夫。今日は、悪夢は見ないから」


 沙耶の手が、優しく俺を撫で付ける。なんだか、落ち着くな。


「本当に、夢は見ないのかな」


 眠るのが怖かった時期があるくらい、俺はあの夢を何度も見ている。

 何度も。何度も。何度も。早く思い出せとせっつく様に、あの夢は繰り返されてきた。

 少しだけ、ふがいなさに対する不安と夢に対する恐怖が鎌首を持ち上げてくる。


「心配しないで。今日は、夢なんて見ないくらいに深い眠りにつけるから」


 沙耶は、言ってから考えるように上を向く。


「それでも不安だって言うなら、前みたいに私が添い寝してあげるから」


 冗談めかして、沙耶が言った言葉。沙耶が、俺と契約した時くらいが一番俺が夢を恐れていた時期。その時は、そういえばいつも沙耶に抱かれて眠っていたっけ。


「ん、そうだね」


 何時から、俺は一人で眠れるようになったんだっけ?

 思い出せない。けれど。


「今日は、お願いしようかな」


 きっと、それだけで怖くなくなるから。


「ん、お姉さんに任せなさい」


 沙耶のその言葉を聴いて、不安も、眠ることへの恐怖もどこかへ吹き飛んでしまったかのように無くなってしまった。

 変わりに、ものすごく眠たくなる。安心、したせいかな。


「もう眠くなってきた……俺はこのまま寝るよ」


 言っているうちに、まぶたがゆっくりと落ちていく。


「ええ、おやすみなさい。私も、用事を済ませたら直ぐに来るから」


「……お休み」


 いつの間にか握られていた右手のぬくもりに、

安堵しながら俺の意識は眠りに落ちていった。

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