五十七話 逃げる子狐、向かう教師
あまりに久しぶりすぎて、もはや誰もおぼえていないと思いますが、日中まさひろです。
隔週で更新してまいりますので、再びよろしくお願いします。
真琴の声を聞いてか、フレッシュゴーレムのすぐ傍の瓦礫がわずかに動いた。
姿を見せたのは、白色の毛並みを持つ子狐である。
しかし、その体毛は自身の血で赤く染め上げられていた。
「それ以上は動くな。今、あいつの気をそらすから」
音に反応して動いているわけではないだろうが、フレッシュゴーレムは身体の向きを白い狐のほうへと向けている。
真琴は駆け、一足でまず子狐とフラッシュゴーレムの間に入り込む。
距離はもはや眼前と呼べるほど。
間はなく、動くことすらままならない。
けれども一呼吸ぶんの時間さえあれば、真琴には十分だ。
「ライ、もう一度頼む」
「何度でもおまかせっ!」
封印術から雷花を開放する。ただそれだけの行為に、時間はかかるはずがない。
閃光が走り、
轟音が走る。
腐肉を焦がし、嫌なにおいが暗い地下に充満していく。
フラッシュゴーレムの全身を焼き尽くした雷は、天上から雷花が落としたものだ。
「ありがとう。これで倒しきれてればいいのだけど」
「う~チョット自信ないです」
雷のダメージは、まず全身を高電圧が流れることにある。そうすることで、内臓器官に重度の火傷などを負わせるのだ。
だが、フラッシュゴーレムは内臓にダメージを与えたところで死には至らない。
その証拠に、フラッシュゴーレムは炭化した肉を振るい落としながら真琴のほうへと歩いてくる。
「とりあえず撤退」
「あいさー」
動けない子狐を抱え、真琴は巴の元へと走る。距離は数メートルもないが、それだけでフラッシュゴーレムは獲物を見失う。
「無事ですか」
「まぁね。で、あいつはどうしようか」
「戦うのは無謀だと思います。逃げるか、助けを待つのが最善かと」
「逃げるのは難しいかな。あの天井まではいくらなんでも届かない」
見上げた先は、この地下唯一といっていい光源。通常の建物の一階そうとうだが、飛び上がるには高すぎた。
「なら、助けを待ちましょう」
「そうだね」
幸いなのは、フラッシュゴーレムが確実に真琴たちを捕捉できないことだ。
「君も、待てるかな」
白い子狐は、こくりと首を縦に振った。
「言葉が分かるってことは、妖狐なのかな」
治癒符を傷口に張りながら、真琴は問う。やはり、子狐は首を振って答えた。
「そっか。まぁ、今は寝てると良いよ。無理に体力を消耗することはないから」
今度の変じは、しばらくたってから聞こえ始めた小さな寝息だった。
地上では、連絡を受けた教師が動き始めていた。
まず、引率の教師数名で戻ってきていた生徒達を安全な場所へと誘導する。
そして、残った教師は真琴たちの救助へと向かう。
「矢口、場所は院長室だったな」
口火を切ったのは、真琴の担任である相川修二だ。彼は、何時になく真剣な表情で秀樹に尋ねた。
「はい」
「よし、お前はバスまで戻っていろ」
「……わかりました」
不満そうに、秀樹は声を絞り出す。本音を言えば、彼も助けに行きたいのだ。
真琴との交友があったから、秀樹はカナミを助けることができた。それが全てとは言わないが、大きな要因であることに変わりはない。
それを差し置いても、親友と呼べる相手を自分の手で助けたいと思うのは当然だ。
「今は耐えておけ。無力だと思う悔しさは、お前のバネになる」
「……はい」
納得がいかない。そう雄弁に語る顔をしながらも、それを堪えて秀樹はうなづいた。
修二は秀樹を見送ると、改めて廃病院を見上げる。
今までは事故らしいことなど起きたことがない、どこにでもありそうな廃病院。霊能科の実習には最適な、ただ幽霊がいるだけの場所。
「あいつは、トラブルでも引き寄せる体質なんかね」
修二は真琴の過去を知らない。
いかなる理由があり、学園の総勢を持ってしても対処しきれないであろう大妖を従えているかを知らない。
不死身に近き再生能力を持つのかを知らない。
けれども、雪村真琴は学園の生徒である。
ならば、教師である相川修二には教える義務が有り、守る理由がある。
廃病院に、大守学園の教師陣が乗り込んでいく。
気が向いたら、感想でもください。