五十六話 沙耶とマガミ
お待たせしました。霊能科ようやくの更新です。
短い上に会話ばかりですが。
真琴たちがフレッシュゴーレムと相対している最中、暇をもてあました沙耶はマガミの元へとやってきていた。
「帰れ」
「いや」
顔を見るなりに言い放つマガミに対して、沙耶は思いっきりに顔を背けて反論する。反論というよりは、子供じみた反抗のように見えるのは彼女の日頃の行いというものだろう。
「あやつのそばにおらんでも良いのかの?」
「今日はテストだとかで、私は近くに寄れないのよ。強すぎるって言うのも、考え物ね」
「なるほどの……だが、それだけでお主があやつの傍らを離れるとは思えぬがの」
トンッ、と何がしかを記していた書類をひとまとめにしてマガミは沙耶のほうを向き直る。
「そりゃあ、まぁね。仕事はしないの?」
「お主が邪魔するのは眼に見えておるからの。ならば、何故にここへ来た?」
「暇だから。構え」
「何故、我が、お主の、子守を、しなければならぬ」
一語一語を強調し、しかし最後だけはやたらと大きな声で言い放つマガミ。
「えー、良いじゃんかよー暇なんだよー構えよー」
じたばたと両手を振り回し、沙耶はその場でぶーぶーと口から文句を放ち続ける。その様は、どう見ても成人した女性がやるものではない。
「ええい、止めぬかうっとおしい。それほど暇ならば、無理にでも着いていけば良かったであろう」
「……だって、着いてきちゃダメって真琴が言うんだもん」
ブスッと頬を膨らませた沙耶は、誰がどう見ても不機嫌だということが一目でわかる。
どう見ても成人した女性がそういった子供らしい仕種を見せるのは、人によっては保護欲をそそられるという。
なるほど、確かにその姿は構ってあげたくなる。そんな雰囲気をかもし出していた。
「子供だの」
が、マガミはそれを一蹴する。保護欲、などと言うものを働かせなくともこの女なら何とかするという信頼、に近い確信を抱いているからだ。
「まぁ、あんたに比べればねぇ」
「お主も対して変わらぬであろうよ」
「私は十八歳だもん」
「はっ?」
何を言っているんだこの馬鹿は。マガミは口にしないでも、眼でそれだけの言葉を訴える。
事実として、マガミと沙耶が始めてであったのは数百年も前の話だ。それからむかつく位に乳が増量されている以外に容姿は変化していないのだから見間違うはずもない。
「……まさか、十八世紀くらいを生きているから、かの」
「……まっさかー」
図星か、とマガミはそっぽを向いて下手糞な口笛を吹く沙耶を見て確信する。当たったからなんだというわけでもないので、それを指摘することはしないが。
「まっ、あんたより若いのは事実だけどね」
「お主はいちいち言葉が多いの」
呆れと、いくばくかの怒りを言葉に乗せてマガミは肩を落とした。
他愛もない会話が、かれこれと十数分は続いただろうか。不意に、マガミが自分の右腕を抑えた。痛みがあるのか、平時からめったなことでは歪むことのない顔が、わずかに揺らぐ。
「邪気眼? あんた、邪気眼をもってたの!」
「だまれ……ッ、ふっう」
着物の袖からのぞく腕は、まるで高熱で炙られたかのように焼け爛れていた。
ありえないことだ。この場には、火はおろか高温のお湯ですらないのだから。
そもそも、マガミの肉体は神力によって守られている。彼女が意図してそれをとかない限りは生半可な害意は届くことはない。
にもかかわらず、焼け爛れた裂傷をその腕におったマガミ。外傷ということは、先の理由からもありえない。
ならば、その傷はどこから来たのか。
「で、その傷はなに?」
「ふん……大方、我を嫌う連中の嫌がらせではないかの。我は、敵が多いからの」
すでに治癒した腕を見せて、マガミはうっすらと笑う。
「敵、ねぇ」
沙耶の声は、明らかに納得が言っていないと雄弁に語る。そもそも、この現代においては神という存在を疎ましく思うものはいても明確に敵対するものは少ない。なぜなら、神そのものがこの地上に少ないからだ。
千年前におきた神々の消失。消えたのか、あるいは何処へと去ったのか。何があったのかは封印されていたマガミも、諸国を放浪していた沙耶も知らない。
ただ、事実として神話に記されている神々は――封印されているものを除いて――いないのだ。
ゆえに、古参の神であるところのマガミと敵対しているものに沙耶はトンと見当がつかない。
「で、本当のところはどうなの。あんたに攻撃するようなやつがまだこの地上にいると?」
「まず過神だの」
最初に上がったのは、互いに敵として認識しているある神の名だ。しかし、沙耶は即座に棄却する。
「あれはそんな器用なことできないでしょ。つーか、今は表立って動いていないんだからあんたを攻撃目標として攻めて来るやつがいるわけがない。それに、そんなちまちました攻撃をしてくるようなやつが神と敵対するとでも?」
「……」
黙して語らず。マガミは口を閉ざす。話せないのか、あるいは話したくないのか。
沙耶としては、マガミと自分の間には友情、と言うわけではないがある程度の信頼関係は築けていると思っている。遠慮をする必要のない気安さ、とでも言えばいいのか。
「話せない理由も話せないの?」
「……迂闊、だったの」
マガミは失笑した。今回に限れば、素直に自分の失敗だろうと彼女は断言できる。
「結魂。そういえば、わかるかの」
「たしか、契約系の術よね。施術者と被術者の魂を繋ぐ術だっけ」
「大筋ではその通りだの。そうすることで、互いを一個の個人として扱うことができる術だの」
「へぇ……で、その術で何ができるのよ」
沙耶の最もな疑問に、マガミは少しだけちゅうちょして、けれどやはり口を開いた。
「全ての共有化、だの」
「つまり、さっきのは相手側が怪我をしたからってことか……あれっ? ちょっと嫌な予感がするのだけれど」
「さて、気のせいではないかの」
「いや……まさかとは思うけど、あんたの傷が癒えると相手側も治る?」
「それは、そうだの。全てを共有しておるのだから」
「で、霊力や神力の譲渡もできると」
「正確には、同じところから引っ張りだすだけだの」
例えるならそれは、蛇口が二つある給水タンクのようなものだ。元が同じであれば、出てくるものも同じになる。
「もっとも、今はあやつが使えないようにしておるがの。せいぜい、死なぬように我と治癒能力を同期させておるだけだの」
「それであの再生力ね……でも、なんだってそんなことしてるのよ」
沙耶の疑問ももっともである。この術は、本来であれば同格程度の二人で行うことが基本だ。両者の間に相当以上の実力差があれば、片方はメリットがあってももう片方にはデメリットしかない。
今回では言うまでもなく、マガミが損をしている。
「ふむ……あやつに、真琴には言わぬか?」
「内容次第――と言いたいけど、まぁいいわ。特別に黙っててあげる」
「言い方が癇にさわるが、まぁよい。お主にもそろそろ我の計画を話しても良いころかも知れぬしの」
嘆息して、マガミは沙耶に座るよう手で促す。ちょうど対面になる位置だ。
「さて、なにから話したものかの」
かなり中途半端なできですが、もう少しだけマガミの目的は伏せておきたいのでご容赦を願います。
次は、もう少し速く更新できるようにさせていただきます。