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五十五話 巴と合流

 後わずかに一歩を踏み込まれればフレッシュゴーレムの腕は巴を捕らえるに至ったであろう。

 けれど、その二人の間に立ちはだかるは一人の少年。

 矮躯は細い。手足も頑強とは言いがたく、背丈はともすれば巴とさほどの差は見られない。

 巴が見ているのはそんな彼の、雪村真琴の背中だ。


「さて、と」


 呟きがキチンと音になる前に、フラッシュゴーレムは目の前――すなわち間合いへと入り込んだ獲物へと腕を振るう。


「受けては駄目だ!」


 頭上高くに上がった拳が振り下ろされる直前に、巴が痛みを堪えて叫んだ。

 けれど、わずかに遅い。避けるには間合いが近すぎる。加えて、フラッシュゴーレムの腕は長く、早い。

 とすれば、受ける以外には選択肢は存在しない。なにより――


「避けたら、後ろのあんたに当たるだろうがっ!」


 叫び、真琴は左腕を額より上に上げて力をこめる。ただ受けるに非ず。その手には封印術を起動させて、黒い帯が真琴の腕を守る。

 ズンッと、重い衝撃が真琴へと届く。痛みを感じるよりもまず、その衝撃が真琴を打った。

 遅れて、皮膚が焼ける痛み。正確にはそれは、肉が食われているそれだ。


「つぅうっ!」


 このフラッシュゴーレムに与えられた特性の一つが、生きた獲物を全身から捕食できるということ。

 通常のフラッシュゴーレムであれば、死肉から欠損を修復することはできる。本来の機能に備わっているからだ。

 だが、このゴーレムは違う。

 生きた肉をそのまま自分のものにできるのだ。自己を強化するために。


「ライッ!」


「はいは〜い」


 腕を支える左とは逆から、のん気な声とともにライ――雷花のことだ――が姿を現す。 服装が大守学園の制服になっているのは、誰に言われたのでもなく彼女自身がそうやって決めたからであるが。


「いなーずーまー」


 やはりのん気な声で、けれど帯電する空気は異質そのもの。生まれたての神と言えども、その存在はやはり人知をたやすく凌駕する。

 作り出したのは雷の矢。鏃がなくとも、打ち出すようにして使われたのならばそれは矢だ。

 閃光が光ると同時に、矢はフラッシュゴーレムの胸を貫く。

 のけぞり、巨体とはいえないフラッシュゴーレムの体躯が瓦礫の上へと倒れこむ。そのさいに大きな音がしたことから、見た目とは裏腹に相当な質量を誇っているようだ。


「ありがと。とりあえず今は戻ってくれるか?」


「ういっさ! あとでシュークリームね?」


 はいはいと苦笑して、真琴は封印術の黒い帯でライを包み込む。召還ではなく封印であるため、意思の疎通はできないのが難点だが霊力を消費しないと言う利点はことのほか大きい。すくなくとも、今の真琴ではライを使いこなすことはできないのだから。


「うへぇ、やっぱり死んでねぇよ……とりあえず距離をとろう。動けるかな?」


「えっ、あっ、はい」


 真琴の手をとって、巴は立ち上がる。その時に痛みでか顔が歪んだが、耐えられる程度だと判断したのかなにも言わなかった。


「ところで、ココには君だけ?」


「そのはずですが……」


 記憶を手繰るまでもない。ココに落ちたのは自分だけだと、巴は自信を持って断言できる。だが、真琴はおかしいな、と小首を傾げるのだった。






「つまり、ココには我々以外の誰かがいると?」


「確証はないけどね」


 大きな瓦礫を盾にして、自己紹介を簡潔に済ませた真琴と巴は情報を交換し合っていた。

 その中の一つに、真琴が聞いた声が巴のものとは違うと言うものが含まれていたのだ。


「ふむ……あながち、ないとも言い切れませんね」


 学生ではないでしょうが。巴はそう付け足してから、真琴は少しだけ意識をフラッシュゴーレムに傾けた。

 相変わらずフラッシュゴーレムはあたりを自由気ままに徘徊し、その無軌道な動きからは目的を見出すことはできない。


「それで、そのノートにあいつを倒す方法は載ってそう?」


「駄目ですね。と言うより、字が汚すぎてまともに読むこともできません」


 真琴の前に広げられたそれは、暗さも手伝ってかまともに文字だと判別することすら難しい状態であった。


「これじゃ仕方ないか」


 つぶやいて、真琴は受け取ったノートを捨てるにも捨てられずにとりあえず懐へとしまいこんだ。


「とりあえず傷を癒してて。俺は誰かいないか誰かいないか探してみるから」


「はぁ、大丈夫なのですか? 助けが来るまで待っていてもよいのでは」


「ん〜それが上策なんだろうけどさ……」


 でも、と真琴は口の中だけでつぶやく。


「なんか気になるし、見捨てたりしたら気分よくないだろ」


「それは、まぁ」


「と言うわけで、行ってくるよ。一応は見える範囲だけにしておくから」


「わかりました。回復が完了し次第、私も合流しますので」


「無理しなくて良いからね?」


 そういい残し、真琴は瓦礫の盾からこっそりと抜け出す。まだ見ぬ誰かを助けるために。






 実を言うと、本心から人助けをするために真琴は危険を犯すわけではない。こういうと薄情に聞こえるが、目的があろうとなかろうと助けると言う事実に変わりはないだろう。

 真琴がココに降りたとき、巴はまだフラッシュゴーレムと対峙していなかった。その間に周辺を霊視で探索し、妖力を発している存在がいることに気が付いたのだ。

 相当に消耗しているのか、その位置は完全に把握することはできていない。ただ、おおよその位置はすでにつかんでいる。


「問題は、どうやってあいつをどかすか、か」


 フラッシュゴーレムの正面。その近辺は瓦礫が多く、隙間も多いだろうとたやすく予想できる。

 妖力の残滓は、そのあたりにもっとも多く滞留している。とすれば、いるのはその辺り。


「ライの力で――駄目か、威力がでかすぎる」


 先ほどの雷の矢。その威力は巨体を吹き飛ばすには十分であり、フラッシュゴーレムの肉を焦がした。その傷は未だにいえていないということは、胸の辺りが黒ずんでいるのを見れば一目瞭然である。

 それだけの威力がある術を使えば、ふたたびフラッシュゴーレムは転倒するだろう。そうなった場合、すぐそばに助けを求めるほどに衰弱した妖怪がいれば命の保障はできない。


「さてさて、どうやって動くかねぇ。せめて、相手が動いてくれればやりようもあるのだけれど」


 ひときわ大きく、あたりに反響した声は何もない空間へと解けて消えた。

長らく更新しないで申し訳ありませんでした。


仕事がそれなりに忙しくてあまり時間が取れなかったのです。


更新頻度は落ちますが、停止はしませんのでもしよろしければお付き合いくださいませ。

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