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五十二話 唐突に始まる新章

間を空けて申し訳ありません。

パソコンが絶賛故障中のため、今は弟のを借りて登校しています。

直り次第、今までどおりの更新速度に戻させていただきますのでそれまでしばらくの間ご容赦願います。

 マイクロバスに揺られること二十五分。山林の少し離れた駐車場にて下車した真琴たちは、そこから更に歩くこと十五分でようやくと目的地に到着した。

 一行の空気は重苦しい。

 バスの中ではこれから起こることに対しての議論なりが交わされていたのだが、いまこの場にたどり着いた瞬間にひそひそとしゃべる声すら途絶えた。

 見えたのは大きな建物であったもの。

 郊外にある廃病院。清潔感をかもし出していた外壁は煤と雨風に汚れ、元の純白さのかけらも見られない。

 見た目それ自体は、どこにでもある廃病院だ。

 だが、この場に集った霊能力者の卵たちはそこにあるだけの建築物に言い知れぬ何かを感じ取っていた。

 それは恐怖。そう名づけるのがもっとも適当な感情だろう。

 薄暗い天候の中、大守学園の生徒達一行は不安な面持ちでその廃病院を見上げた。

 大楠総合病院おおくすそうごうびょういん。またの名を第一学年 一学期期末試験会場という。


「さて、これから試験を始めるわけだが…今の段階で身の危険を相当に感じていると思う」


 試験の監督役である相川は、一度だけ全員を見渡してからそう口火を切った。

 平時ならばまず初めに言うべきは静かにするようにという注意の言葉だが、今回は全員が緊張に包まれているのか静かそのもの。だからこそ、彼はいきなり本題から切り出した。


「だから試験を受けることを怖いと思ったら止めても良い。中にいるのは本物の悪霊だ。敵意はそれ程ではないとはいえ、今のお前たちには十分に脅威のはずだからな」


 三十分間。それが生徒達に与えられた考えるための時間だ。この間に相川へと参加の表明をしない場合、今回の試験は見送りとなる。

 一応、追試もありそちらは筆記での試験だ。赤点さえ取らなければ進級は可能だが、実践での経験をつむならばやはり現場での試験に臨むのが一番である。


「俺は行くよ」


 班単位での試験であるため、まずは班員同士で意思確認を行う。四人一組を基本とし、真琴のいる班は他に矢口秀樹、臼井恵子、河野美佐の三人だ。

 メンバーが集まったと同時に、開口一番で口火を切ったのは真琴だ。


「だよな、お前は」


 苦笑して、秀樹も手を上げて参加の意思を示した。

 残りのメンバーは二人。恵子と美佐は場の雰囲気に飲まれているのか、やや戦々恐々としている。


「そんなにあっさりと決めて良いの? 雪村は今回、沙耶さんいないんでしょ」


 そう。真琴は単身でここに来ている。沙耶の力が強力すぎて、この廃病院では悪霊が怯えて出てこなくなってしまうことが懸念されたからだ。

 だいぶ渋ってはいたが、真琴が三日三晩かけて説得したおかげかとりあえずは納得して見せた。

 もっとも、沙耶の場合は見た目だけ納得して見せただけと言うことも十二分に考えられるが。

 同じことは秀樹にも言えたが、カナミは比較的すんなりと納得してくれたのでこれといった問題は起きていない。


「だったら、なお更だね」


 もともと真琴は沙耶と並び立つ――ただそれだけを目的として学園に通ってる。

 いや、その目的はもはや真琴の生涯にかけて叶えるべき目標でもある。

 とすれば、沙耶に頼らずに戦いぬけなければ並び立つなど到底不可能。

 なら、真琴がとるべき道は一つだけだ。


「俺は行く」


 もう一度だけ、はっきりと真琴は言葉にして宣言した。


「はぁ、聞きゃあしないわね。了解、あんたらは好きにすればいいわ」


 嘆息。いつもと変わらぬ真琴の姿に恵子は普段の調子をいくらか取り戻す。とはいえ、やはりまだ中に踏み込む覚悟をするにはいたらない。


「で、矢口も行くっと。美佐はどうする?」


「んっと――止めとくわ」


 少し考えて、美佐は頭を振って一歩だけ下がった。今は自信がないと、そう付け足して。

 さて、と恵子は考える。

 正直に言えば恵子も自信はない。中に入って、正気を保っていられるのか? そもそも、命の保障はできているのか?

 さまざまな疑問が、不安が、津波のように押し寄せてくる。


「――もう少しだけ、考えさせて」


 結局、恵子ができたのは時間を稼ぐことだけだった。






 戻り組みは来た道を引き返していく。その集団を見つめながら、恵子はぼんやりと思考をめぐらせた。

 もともと彼女はそこまで霊能力者になることにこだわっているわけではない。ただ、将来的に職に就くのが楽になる、程度の感覚でやっているに過ぎないのだ。

 ゆえに、ここで無理をする必要は存在しない。

 けれど、けれどだ。

 ――逃げたみたいで、嫌なのよねぇ。

 だれもそうは思わない。この恐怖を前にして、それでも立ち向かえるほうが異常だと誰もが口をそろえて言うはずだ。

 見上げる先にある廃病院。

 外観から感じられるのは古びた、今にも倒壊しそうな建築物だということだけ。

 にもかかわらず、近寄りたくないと本能が叫ぶ理由は、だれからかまわず飲み込まんと開かれた病院の正面玄関にあった。

 明かりはない。暗く、恵子がいる位置からは受付がかろうじて見えるほど。

 けれどそこに、誰かがいるのははっきりと見て取れる。

 かつての客、患者か。あるいは見舞いに来た者か。それとも看護士や医者ということも考えられた。

 その誰かはジッと、外を見る。

 視線にこもる感情までは見て取れない。けれど、それが正気を保っているとなぜいえる。

 おそらくは、その存在が見えているのは恵子だけではない。ここに来た全員が、見えていたはずだ。

 そうして、この病院にはきっとまだ多くの怨念が、怨恨が、怨霊が手をこまねいて待っている。

 寒さ以外の何かで恵子の体が震えた。


「……どうしよう」


「そんなの、直感で決めりゃあいいだろうが」


「えっ?」


 恵子の独り言に答えたのは秀樹だ。彼なりに驚かせないように配慮したのか、わざわざ正面に回りこんでいた。


「怖いって、そう思うなら行かないほうがいいってこった。第六感とかっていうだろ? 俺や雪村みたいに目的がねぇなら、行く意味だってないしな」


「第六感……」


 シックスセンスともいわれるこれは、霊を見るために必要な感覚器官とも虫の知らせを起こすための霊的機構ともいわれている。

 その実態はあいにくと研究され尽くされていないが、ただいえるのは霊能力者はこの感覚を頼りにするべきだ。

 目に見えぬ超常の何かと争う以上は、やはり目に見えぬ超常の何かを持たなければいけないから。


「んっ、そうね。ありがと」


 軽く笑ってから恵子は立ち上がる。


「私もいくわ。きっと、その方がいい」


「――良いのか?」


「平気よ。それに、危なくなったらあんたらが守ってくれるんでしょ?」


「そりゃあ、まぁ」


 ポリポリと、わずかに朱色がさした頬をかく秀樹。


「なら大丈夫よ」


 微笑んで、頼りにしてるぞっと恵子は秀樹の肩を力強く叩いた。

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