五十話 少女、拾いました
おこがましい台詞かもしれませんが――スランプ中です。
逃げてぇ。この一言が、今の真琴の心境を端的に表していると言えた。
ピリピリと肌を刺す殺気。間違いなく、本気のそれだ。
「で、それは何?」
睨み付けているのか値踏みしているのか、半目になっている沙耶は真琴にくっつくようにしてつく彼女いわくそれを指差しながら口を開いた。真琴からすれば、明らかに怒っていると断言できる声音で。
もっとも、怒っているのかと聞けば怒ってないと答えるだろうけれど。
「えっと……その、ねぇ?」
落ち着きなく真琴は視線を彷徨わせ、マガミと一姫を見やるが目線をそらされるか、こちらを元々見ていないかで助けは期待できないと理解させられるだけに終わった。
であれば、真琴が自分の口で沙耶を納得させなければならない。が、ちらりと見た限りでも彼女はまさに怒り心頭。ちょっとやそっとの説得では納得しないのははっきりと見て取れた。
「ピンチ? ねぇ、ピンチ?」
わくわくと、楽しそうな声が真琴の背中から聞こえてくる。
声と共に顔を出したのは、真琴と同じくらいの背丈をした少女だ。
セミロングの髪は薄茶色で、今現在は真琴の身体におぶさるようにしているから身なりまではわからない。
ただ、その姿は異様の一言につきる。
容姿は間違いなく人のものだが、反対側の壁が透き通って見える半透明の身体。受肉する前の神に見られる特徴の一つだ。
つまり、この年端も行かない少女は神の末席に名を連ねている可能性がある。その可能性を高めているのは、神を作るための儀式場であったあの部屋にいたということが大きな要因だ。
扉を開き、それと同時に飛び掛ってきた少女。わけもわからず、とっさに避けることも叶わずに受け止めて、その結果――
「なんだって、私の知らないところで知らない女とキッ、キスなんてしてるのかしらねぇ」
「避けられなかったんだよーッ!」
半泣きになって、真琴は必至に弁解する。
そもそも、あの場には二人。真琴と背中にのる少女しかいなかったはずなのだから黙っていればばれるはずはない。にも関わらず、沙耶に事態が露見したのには理由があってしかりだ。
端的に言えば、真琴と少女の間には契約が結ばれている。これもまた、少女の存在が神に近しいことを証明するものでもある。
契約を結ぶ方法は多々あるが、最終的には理力を互いに譲渡しあうこととなる。今回は、少女が真琴と口を重ね合わせた瞬間に強引に行われた結果として契約は結ばれていた。
そこから辿り、沙耶にばれたのだ。
「――――あ〜もうっ! わかった! そっちは納得してあげる。むかつくし、イライラするけどまぁ良いわよ」
宣言して、ビシッと音がでそうな位に強く少女を指差した。
「でも、そいつはまだ認めたわけじゃないわよ。私の男に勝手に契約するなんて、どんな理由があったって認められないんだからね」
「駄目なの?」
真琴に代わり、声を発したのは少女だ。
少女は、真琴と沙耶の顔を交互に何度も見てから不安そうに揺れるまなざしを沙耶へと向ける。なんと言うか、捨てられた子犬っぽい。
グッと、言葉に詰まる沙耶。
「あ〜沙耶? とりあえず働きを見てからでも遅くないんじゃないかな」
と、どちらかを見かねたのか真琴が助け舟を出す。数分前ならば此れだけでも沙耶の怒りを買うのに十分だったが、ある程度の落ち着きを見せた今ならば一考の余地を沙耶に与えた。
「……そうね。で、あんたは何が出来るの?」
「んん? えっと、わかんない!」
少し考えて、力いっぱいにそう宣言した。だから、沙耶の額に青筋が出来るのも仕方がないのかもしれない。少々大人気ないのは確かだが。
「使い方を知らぬだけであろうよ」
呆れと怒りを多大にはらんで、今まで口を開かなかったマガミがようやく声を発する。書類は書き終えたのか、彼女の手元には今は何もない。
「そういえば、あんたも神の末席だったわね。それで、こいつが何なのかわかってるの?」
「物を尋ねる態度ではないの……まぁよい。嬢ちゃん、目を覚ましたときに見えたのは何かの?」
「んんん? えっと、ねぇ…ん〜なんか、ピカッて光って大きな音がするの!」
小首を捻った後に、身振り手振りでそのすごさを説明しようとするかのように少女は真琴の背から降りて両手を大きく天上へと向けて突き出す。
「光って、大きな音がするもの……ああ、雷か」
「ならば、その嬢ちゃんが司る性質は少なくともそれであろうよ。我ら神は、たいていは生まれた瞬間に性質が決定するのでの」
「へぇ、雷神ってわけだ――嘘くさぁ」
「まだ幼いからの。生まれてから、せいぜい二年かそこいらといった所ではないかの」
「ちょうど良いのかしらね。これからの育て方私大で、矛にも盾にも育つっと」
「なら、このまま契約してても問題はないよな」
「――そうね。とりあえず、認めておいてあげる」
「だってさ」
そっぽを向いて、とりあえずを強調する沙耶に苦笑しながら真琴は少女へと向き直ってそう告げた。
「えっと、一緒にいていいの?」
良くわかっていないのか、少女は不安そうに問い直す。
「うん。君がそれでよければ、俺や沙耶とは一緒にいられるよ」
「ホントに?」
「本当に。ねっ、沙耶」
そこで私に振るのかよと、内心で突っ込んだが沙耶は空気を呼んで首を縦に振った。
「あっ――うんっ! よろしく!」
嬉しそうに、満面の笑みでそういった。