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四話 ちょっとした事件の下準備

 高級住宅街は、昼飯を食べた天の庵から徒歩で五分ほど歩いて、一つとなりの路地に入ったところにある。


「それで、その皐月って奴の家はどのあたりなの」


「んっと、武家屋敷が並んでるエリアだから……ここから十分くらいか」


 高級住宅街は、西洋建築と東洋建築の二種類のエリアに分かれている。

駅に近いほうが西洋建築のエリアで、遠いほうが東洋建築のエリアだ。


「え〜、めんどくさい〜」


「そんなこと言わないでくださいよ。子供じゃないんだから」


「子供じゃないけど年寄りだも〜ん」


 詳しい年齢は知らないけど、少なくとも世紀で数えられるくらいは生きてるものな。

そりゃあ、とんでもない年寄りだ。


「まったく。そんなことで私の体が見つけられると思っているのですか」


「別に、私は見つからなくても困らないからね」


「いや、ここまで来たなら見つけて帰ろうよ」


 でなければ、数十分間の移動が全くの無駄になる。

それに、今から帰ってもすることもないし、

この霊魂がついてきて延々と愚痴ってくるだろうし。


「ところで、このあたりに見覚えとか無いんですか?」


 一応、霊魂が通ってきた道を辿りながら来ているから、

そろそろ見覚えのある場所に来てもいいと思う。


「ん、と……ああ! あれ」


 霊魂が飛んでいったのは、大きな白い壁の上から垂れ下がった柳の木の枝だ。

目的地からはまだ距離があるけど、知人か何かの家なのかな。


「懐かしいですね。この木の一番上から、この家の長女の部屋が覗けるんですよぶっ!」


 沙耶が投げつけた小石が霊魂を貫通する。沙耶に親指を突き立てて見せておこう。


「ひどいですね。私じゃなかったら死んでましたよ」


「殺さないように、何の力も込めなかった私に感謝してほしいくらいよ」


 まぁ、沙耶が殺す気でいたならとっくの昔に霊魂は消滅させられてるよな。

もっとも、沙耶はたとえ格下相手でも積極的に殺すつもりで

攻撃を仕掛けることは滅多にない。

 沙耶いわく――


『妖怪はそうでもないけど、人間はどうも同族を殺されることに敏感だからね。たとえ相手が悪くても、下手に殺してしまうと大群を率いて襲ってくるのよ。だったら、殺さないように適当に相手をして、住処を変えたほうが安全なわけ』


 それを聞いたときは、なるほどなと思ったものだ。いくら妖怪が強大な力を持っていてもしょせんは単独。数千人を超す大群が相手では、いずれは疲弊していくのが眼に見えている。だからこそ、沙耶は戦わずにすませる方法をとってきたのだろう。

 そんなことを考えているうちに、俺たちの前に大きな武家屋敷が見えてきた。表札には、やたらと達筆な字で皐月と書かれている。多分、字が書かれている木片もそうとうに高価なものだと思う。


「おっ、おお! 何かが私に語りかけてくるような気がしますよ!」


 言いながら、霊魂は高い敷居を飛び越えようとふわふわと飛び上がっていく。


「あっ、やめた方が」


「ぴぎゃあああああ」


「遅かったみたいね」


 昨今の一般家庭にも、何らかの結界が張られているこの時代。これだけ金と権力がありそうな家なら、小さめの神社に匹敵するくらい強固な結界を張っていてもおかしくない。

 結界、と言うのは元々は仏教用語だ。実際はかなり複雑な種類分け等がされているが、

さすがにそこまでの知識は俺にまだはない。とりあえず、家の中と外を分ける壁みたいなものだと、認識しておけば良いって沙耶が言ってたな。

 ポテンポテンと、所々焦げ付いた霊魂が地面を跳ねる。器用に丸い体を震わせているところからして、消滅することはなさそうだ。


「なっ、何なんですかあれは!」


「んっと、美杉霊能事務所謹製の万能結界、

対霊君七号――ふざけた名前だけど、霊能にかかわるものならほぼ確実に阻むって言うのが売りみたいだね」


「だとすると、強行突破?」


 シャドーボクシングをしながら、沙耶が提案する。


「そんなもん無理に決まってるだろうがっ! 見てみぃっ、ここの所少し焦げたぞっ!」


 現在のメンバーは、カラスの妖怪と霊魂、そして霊能力者の卵――全員、ものの見事に結界に阻まれるメンバーだ。沙耶ならば、力ずくでの突破も可能だろうけど、そんな無理はここでする必要はない。


「それじゃあ、一番確実な方法で入りましょうか」


「そうだね」


 この手の結界に対する対処方法ぐらいならば、今の俺でもたやすく思いつける。

まぁ、市販されている結界用の護符に注意書きとして書かれていることでもあるけど。


「そんな方法があるんですか?」


「ええ、簡単な方法よ」


 いったん、沙耶は言葉を切って人差し指を今、

俺たちがいる場所よりも少しはなれたところにある門を指差す。


「招いてもらえばいいのよ」


 結界を張られている場所が家である以上、来客は必ず訪れる。その種類がどうあれ、それら全てを識別すると言うことは不可能だ。ならば、どうやって見分けるか。

 答えは簡単。普通の尋ね人ならば、誰もが通る場所である玄関で見分ければいい。


「まぁ、入れてもらえるかどうかは別問題だけどね」


 ボソッと、沙耶がつぶやいた言葉は幸いにも霊魂には聞こえなかったみたいだ。

それに安堵しつつ、俺は門の横に備え付けられたインターホンを鳴らした。


「どなたですか?」


 中年女性の、警戒するような声がインターホンから聞こえてくる。

あっ、よく見るとこれカメラ付だ。


「はじめまして。大守学園一年の雪村真琴と言うものですが、

家長の方に取り次いでいただけないでしょうか」


「一介の学生が、当家の主にいったい何の御用でしょうか」


「むっ」


 とげとげしい物言いに、沙耶が苛立たしげな声を出す。

それを手で制して、空いた手で霊魂を掴む。


「この霊魂がですね、この家に縁があるらしいのですが、ご存じないですかね?」


「うに?」


 霊魂が、おそらく精一杯の愛想を振りまく。がっ、残念なことにちっとも可愛くない。


「ありません。イタズラならばお引取りを」


 取り付くしまもなく、ぴしゃりと言い放たれた。いきなり現れた高校生が、

そんなこと言っても信用するわけないよな。普通。

そう思い、諦めようとした矢先、俺の前に出る影があった。


「このまま、この霊魂を連れ帰ってもいいのね?」


 静かに、けれどよく通る声で沙耶が問いかけている。

それは、普段のおちゃらけた姿からは想像もできないほど、かっこよかった。


「かまいませんが?」


 沙耶の意図が理解できないのか、

インターホンの声はいくらか戸惑っているようにも感じられる。


「そう。良いんだ。――この霊魂が知っていることを確認しないで」


「へっ? 私は何も知りませんが?」


「しっ! ここは沙耶に任せましょう」


 沙耶の交渉が成功すれば、中に入ることが出来るはずだから。


「……それは、どういった意味でしょうか」


 少しだけ、相手の声音が変わる。今まで以上に、こちらを警戒しているようだ。


「さぁ。そこそこ頭が回る人なら、どういう意味かは聞かないでも分かると思うけど」


 疑心暗鬼。霊魂が、皐月の不利になる情報を持っているかもしれない。確たる証拠も無い、路肩の石ころ程度の些細な不安。

けれども、路肩の石につまづいて、大怪我をすることもある。


「……」


 だからこそ、インターホンの女性は悩む。はたしてこの危険を、無視してもいいのかと。実際のところは、危険でもなんでもないただのハッタリなのだけど。


「……分かりました。旦那様に許可を取ってまいりますので、少々お待ちください」


「ええ、良いわよ。待ってあげる」


 沙耶の答えを全て聞く前に、インターホンからザッと言う音が聞こえる。


「ふふ。相当頭にきたみたいね」


「うっわ〜、この人あんがい性格悪いですね」


 くつくつと笑う沙耶に、霊魂は少し引き気味だ。俺としては、久しぶりに見た妖怪としての沙耶なので少しだけ懐かしい気分に浸っていた。


「真琴も、もう少し脅迫の仕方は覚えたほうがいいかもね」


「いや、そんなこと覚えたくないのだけど」


 とうとつに、何を言ってるかね。こいつは。


「いやいや、結構必要よ? ただの人間じゃあ妖怪には勝ち目が無いのだし、

特に真琴は防御力と攻撃力、どちらも皆無って言ってもいいくらい低いじゃない。口をうまく使っていかないと、長生きできないわよ」


「うっ、痛いところをついてくるね」


 詳しいことはよく分からないが、俺には霊力と言う力がほとんど枯渇している。ただ見るだけの霊視はともかくとして、霊力を利用した身体能力の向上や、霊に対する防御膜を張ったりすることが出来ない。

 特に、霊に対する防御膜は重要なことだ。防御膜の強固さは、そのまま霊――に限らずほぼ全てのオカルト――に対する抵抗力に比例する。つまり、防御膜が硬ければ硬いほどに、抵抗力も増すと言うことだ。

 だが、俺にはその防御膜が、無い。一般人でさえ無意識に張っていると言うのに、俺には一切存在しない。

 そして、身体能力の向上や霊力をまとった攻撃も出来ないのだから、俺はオカルトに対しては基本的に無力だ。

 だからこそ、俺に言葉による力が必要だと言うのはわかる。分かるけど。


「脅迫って言うのはなぁ〜」


 少なくとも、相手の意思を無視するやり方は俺の精神衛生上あまりよろしくない。


「脅迫って思うからだめなの。交渉よ、交渉。

――どっちにしろ、これからはそっちの方の教育に力を入れないと」


 ボソッとつぶやかれた言葉は、よく聞き取れなかったけど俺の今後を決めかねない言葉なのは間違いなさそうだ。

 なんとかごまかそうとしたところで、目の前の大きな門が威圧的な音を出してゆっくりと開かれた。


「お待たせいたしました。霊魂はこちらで預からせていただきます」


 現れた女性は、有無を言わさぬ口調で俺の手から霊魂を奪い取る。声からして、インターホンの女性と同一人物のようだ。


「では、ご苦労様でした」


 きっちりと一礼して、門が閉じられる。


「あらら。すこし怒らせすぎたみたいね」


「みたいだな」


 このとき、俺は女性の一方的な態度に気をとられていて気づくことは無かった。

 霊魂が、門の向こうで薄く笑っていたことに。

 気の短い沙耶が、今の女性の態度に腹を立てなかったことに。

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