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四十七話 ある昼休み。

 職員会議は遅々として進んでいない。その原因を取り除くのは、自分では無理だろうなと麻生は諦めと共に頬杖をついた。


「ですから、あのカラスの妖怪を学園から追放するべきです」


 強固に、しかし声は荒立てないで三学年主任の原口徹は自身の意見を主張する。それに対して、賛同の声も反対の声もあがらない。

 関わりたくない。会議室の面々が共通して思うのは、その一言に尽きる。

 敗北を、不幸を、呪いを、災いを呼ぶとされる負告鳥。一部の地方でしかその伝承は残されていないが、かの妖怪が関わったと思われる記録は多数見つかっていた。

 いわく、百の軍勢を一息で吹き飛ばした。

 いわく、吐く炎の熱さは十年を過ぎてもそのままである。

 いわく、妖怪の姫が一目を置いている。

 その中でも一番多いのは元寇の乱。日本が始めて外国から攻撃を受けたその時、負告鳥はモンゴル側の船に飛んでいったという。

 真偽のほどは定かではないが、後に神風と呼ばれる奇跡が――モンゴルにとっては不幸が起きたのは間違いがない。

 負告鳥がそれをなしたのか、負告鳥がいたことで起きたのかはこのさい問題ではない。ただ、伝承を裏付けるような出来事であったということだけが重要なのだ。

 それゆえに、誰もが口を開かない。

 係わり合いになる。ただそれだけで、かの妖怪は災いをもたらすかもしれないのだから。

 と、ここまでが建前の理由。

 本当のところは、


「しかし、学園長のご友人ですよ?」


 そういうことだ。それがあるから、だれも沙耶に手を出さない。誰だって、雇い主の友人に文句を言って不評を買いたくはない。事なかれ主義万歳だ。


「だからといって、今月に入って二度です。二度も、校舎が破壊されるという事態が起きました。また、教員の中に負傷者まで出ています」


「犯人はすでに捕まっているんでしょう」


「確かに。ですが、かといって事件が起きたという事実を見過ごすわけにはいきません。原因があればその対処を求めるのは、普通のことでしょう」


「その確証もないのに、ですか」


「不吉な伝承。そして、事実として起きている事件。この二つがあれば十分かと思いますが」


「不十分でしょうな」


「…教頭先生?」


 何人かで行われていた討論に割り込むように、教頭である伊藤玄輔は口を開いた。


「不十分です。彼女には不吉な伝承がある。それだけで、生徒の使役妖怪である彼女を追い出すことはできないですな。事件との因果関係――たとえば、主犯であるというならばともかく」


「しかしっ!」


「そもそも、なぜ貴方はそんなに彼女を追い出したいのですか」


 グッと、初めて原口は言葉に詰まった。何かあると公言したようなものだが、かといってそれを突っ込む気は誰にもない。そうそうに会議を終わらせたい一心でだ。


「理由もなく、大義名分もないのでは会議の意味はありませんね」


 音を立てて伊藤が立ち上がり、周りもそれに同調するかのように次々と席を立つ。会議は終わりだ。

 麻生も追従し、会議室を出て行く。その時に一度だけ、麻生は原口のほうを振り返り、眼を見開く。ギョッとした、というのがしっくり来るか。

 能面のような、感情をうかがわせない顔がそこにあった。






 苦笑して、沙耶はヘッドフォンを強引に耳から引き離した。手には無骨な黒い機械。

 盗聴器だ。

 仕掛けた場所は会議室。霊的な結界で守護されたそこは、しかし科学に対する備えはなんら行われていない。

 霊能力を筆頭に、オカルトを学ぶ者たちは科学力を疎んじる。これこそが人の作り出した英知だというのに、彼らは否定する。

 ゆえに、気がつかない。


「とりあえずの心配はなさそうね」


 嘆息し、ふと目線を自身の膝へとうつす。

 あどけなく。年不相応に緩んだ顔をして眠る真琴の顔がある。

 沙耶の顔がほころんだ。

 大丈夫。まだ、いられる。

 再確認し、しかし沙耶は一抹の不安を胸に覚える。

 真琴がマガミと契約している限り、事件には何度となく関わることになるはず。そうなったとき、はたして自分の関与が疑われるか否か。

 間違いなく疑われる。物証も、証言も必要ない。ただただ、負告鳥であるという理由だけで十分にすぎた。

 ここを、学園を追われるのは構わない。

 だが、真琴の側を離れるのは嫌だとも思う。

 乞えば、願えば真琴は沙耶と共に何処へでも行くだろう。その確信を沙耶は持っている。

 だからこそ、その選択は選べない。

 沙耶と共に行く。それは同時に、沙耶が背負う罪科も背負うこと。

 それだけは、させたくない。

 ゆえに、沙耶は先手をとるべく情報を集めていた。

 今回に限れば――予断はできないが――すぐに動きがあるとは思えず、静観することを沙耶は決めていた。


「――こっちはともかく、禍神か」


 生きていると、そう言われただけの神。過去に打倒し、滅ぼしたはずの仇敵の名前。

 数少ない友の姿をした、自分から、様々なものを奪った怨敵の姿を思い起こす。

 憎悪も、憤怒もある。けれど、それをぶつけるべき相手は何処にいるのかすらわからない。

 手を出せない。殺したいほどに憎んでも、その相手の所在がわからなければ意味はない。


「ずい分と怖い顔してるね」


「えっ――あっ、起こしちゃった?」


「まぁ、沙耶の気配が変だったからね」


「あちゃー」


 失敗したと笑って、どう誤魔化そうかと沙耶は頭を働かせる。が、それは答えを出す前に中断させられた。ほかならぬ真琴の手によって。


「今、俺に話せることかな?」


「んっ……ちょっと、難しいかな」


「わかった。なら、聞かないよ」


 いいのと、沙耶は目線で問い返す。

 真琴も無言で首を振って、肯定の意を返した。

 大事なことなら、言ってくれると信じてる。その言葉は、音にならずとも互いの間でしかと行き交ったように見えた。

 目線が重なる。

 沙耶は真琴を、真琴は沙耶だけをみて。

 そっと、互いの唇を重ね合わせた。

 あまり進展はない閑話的な話です。

 あ、それとホームページを作ってみました。

 殆どコンテンツはないですが、ちまちまと更新していくのでよろしければ来てみてください。

 それに伴い、ペンネームも変更します。今日以降は、日中まさひろと名乗らせていただきます。


href="http://masahiro2hondana.web.fc2.com/index.html >日中まさひろの本棚

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