四十五話 神々の諍い(終)
今回は、短い上に主人公とヒロインたちは影も形もでてきません。どうかご了承ください。
秀樹とカナミ。二人の差は、比較するのも馬鹿らしいほどに開いていた。それを最も自覚しているのも、秀樹で間違いはない。
フッと、呼気を払う。
不思議と、気分は落ち着いていた。けれど、熱くくすぶるものが胸のうちにもある。
鞘のない、むき出しの刀。それはカナミに良く似ていると秀樹は思った。
「カナミ」
一定の距離を保ったまま、何気なしに秀樹は口を開く。
返事はない。が、秀樹は初めから期待していなかったのか気にすることなく続けた。
「仮に、水神を殺したとして――その後、どうする気だ?」
「………」
答えはない。いや、
「何も考えてないんだろ」
初めて。秀樹とカナミが出会ってから始めて、今まで代わることのなかった表情が少しだけ歪んだ。
「図星だろ。むしろ、目的以外を知らないもんな、お前は。だからそれが取り上げられそうになったら怒ったんだ」
鼻で笑い、秀樹はカナミに刃先を向ける。
嘲る笑みを顔に貼り付けて、秀樹は声を大にしてカナミに告げた。
「ばっ、かじゃねぇの!」
一呼吸のためを置いて、発せられたのは侮蔑の言葉。
「世の中にはいくらでも楽しいことはあるって言うのに、一つの目的を達したら何をして言いかわからない? 馬鹿だなお前は。ああ、大馬鹿者だ。そんなんだから、水神を何百年も倒せねぇんだよ!」
「…うるさい」
「またそれか? 自分に都合の悪いことはそうやって切り捨ててきたんだろ」
「…黙れ」
「いいや、言わせてもらうね。人の話を聞かない、自分の目的を持ってない。そのことを悩みもしない。そんな奴は、何千年たっても半端物のままだ。金神だから? 笑わせんな。お前が何も得られないのを自分の役職のせいにしてんじゃねぇよ」
「うるさいっ!」
叫んだ。先のように、声を張り上げて、感情をむき出しにしてカナミは叫んだ。
怒りのままに、刀を、神斬りを構えて走る。
疾駆は稲妻の如く互いの距離を埋めていく。
予想通りだと、秀樹は内心でほくそ笑む。あくまで、心のうちでだ。全身は全て、カナミの一撃に集中する。
上段からの振り下ろし。
秀樹の眼が見た攻撃は、それだ。ただし、神速と呼ぶに相応しい速度での一閃を避けるのは無理だとそうそうに見きりをつけていた。
だから、避けない。迎え撃つ。
構えは先ほどから刃先を地面に向けるように、無防備に持つ。
下から、カナミの斬り下ろしに合わせて斬り上げる。押し負ければそれまで、人間の開きが一つできるだけだと楽観を持って構えている。
呼吸は整っていた。
高揚した心を律する理性は、波風一つない水面のように落ち着いている。
カナミの間合いに入った。それは同じ得物を持つ秀樹の間合いでもある。
踏み込む。無造作に、一歩だけ右足を前に。
体重の移動に乗せて、刀を滑らせる。
カシャンかガシャン。とにかく、そういう音がなった。
あっけない幕切れだ。秀樹はそう思った。
秀樹の手には、空をつくように真っ直ぐに伸びた刀が月明かりを受けて雄雄しく光り輝く。
カナミの手に、地へと振り下ろされたはずの刀は柄を残して砕けていた。
「――あっ」
呆然とした声。生気や気迫といったもの全てが、その一言で抜け落ちていくようだ。
「今の剣が、理由なんだろ」
構えを解いて、砕けた鉄を見下ろしながら秀樹は言った。
「今の、神斬って刀を元にして生まれたから水神を付け狙ってたんだよな」
「…うん」
なぜ知っているのか、とはカナミは聞かなかった。聞かずとも、己がもう一つの半身が教えたのだろうと理解したからだ。
それは正しい。
「なら、もう理由はなくなったぜ」
笑う。嘲る笑みでなく、心から秀樹は笑った。
そんな秀樹を、カナミは良くわからないと言いたげな表情で見上げる。実感が持てないと言ったほうが正しいのかもしれない。
「でも、私に理由がないのは変わらない」
「そんなことないさ」
言い切る前に、秀樹は否定して見せた。
「まだ一本、残ってるだろ」
逆手に持ち直した刀。神守をカナミの眼前へと差し出す。
最初に作られた、守りたいという願いを込めた刀。
「まだ、こいつが残ってる。それに、一緒にここまで来た刀だって何百本もあるだろ」
あたりに散らばっている刀。破損しているものもあるが、そのどれもがカナミにとっての身体と変わりはない。
「これからは、守ることを理由にすりゃあいいだろ。それなら、対象が生きてる限りは絶対に終わらない」
「………まだ、良くわからない」
砕け散った刀身を一瞥して、カナミはゆっくりと言葉を捜しながら形にしていく。
「でも、探してみたい」
理由を。自分がここにあるという目的を。
金神として意思を持ち、水神を殺すために存在し続けた一振りの刀。それは今、初めて自分の意思を持った。
まだまだ稚拙で、芽生え始めたばかりのそれは実をなすにはほど遠い。それでも、それは形を作ろうという願いに満ち溢れていた。