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四十四話 神々の諍い(8)

 今までにない長さになりました。

 神々の諍いは、今回で終わるはずだったのですが…まだまだ、未熟ですね。

 とある刀工が、その生涯において作り出した刀の本数は百十二本。これを多いととるか少ないと取るかは判別はつかないが、少なくともその中に傑作と呼べる物は二振りあった。

 銘は対となる二つ。

 カミモリとカミキリ。

 神守と神斬。

 前者には、初恋の人を守るようにと祈りを、祝福を込めて鉄を打った。

 後者には、初恋を邪魔する者を、すなわち神を斬るようにと呪いを込めて鉄を打った。

 込められた想いは互い違いのようで、その実は根底から変わらぬ一つの心。

 芽生えたばかりの、実を結ぶ前に枯れ落ちた恋心。






 二刀を構えたつカナミを守るように、あるいは真琴たちを攻め立てるように刀は浮いていた。

 校庭は刀で、刃で埋め尽くされている。

 構えはそれぞれが違う。刃先を向けているものもあれば、刃を寝かせているものもあった。人の姿があれば、担いでいるように見えるものもあった。

 それらは全て、元の持ち主たちの構え。生涯を戦場に生き、刀を振るい続けてきた者たちの経験が生んだ構え。


「あらら、形勢は逆転かしらね」


「どうだろ」


 百を超える刀に囲まれても、沙耶は顔色一つ変えずに悠然と立っていた。対して隣の真琴は、やはり緊張ゆえか顔が青い。


「……ッ」


 生唾を飲み込んだのは秀樹だ。彼をも、刀は逃すことなく包囲していた。

 ――クソッ、情けない。

 秀樹は胸中で一人、自分を叱咤する。地にしっかりと足を下ろしているが、その両脚は小刻みに震えている。

 恐怖でだ。

 チラと、秀樹は目線を左右させる。

 左手側には、だいぶ離れているが真琴と沙耶が。二人の様子は彼からは把握することは出来ない。

 正面はマガミと彼女の後ろに庇われる形となって、静香が立っている。二人を取り囲む刀の数は最も多い。いくつもの刃の隙間から、辛うじて着物や肌の色を確認できる程度だ。

 最後に右手側。秀樹のすぐ側。

 カナミの周囲には刀はない。彼女が手にもつ、二振りのみ。秀樹は名を知らぬそれを、神守と神斬と言う。

 カナミの、金神の本体とも言うべき二振りだ。


「動かないで。私の狙いは、水神だけ」


 抑揚のない声で、一つ一つを確かめるようにカナミは声を発した。それは、秀樹に言っているようで周りの全てに聞かせるように校庭に響いた。


「はて、どうしたものかのう」


「のんきに言ってないで、打開策を講じて貰いたいですね」


 二柱の神は、無数に近い刀を前にしても表情一つ崩さずに、しかし警戒は緩めずに立っている。

 場はカナミが圧倒的優位を維持したまま膠着しているように見えた。だが、事実は逆だ。

 この場において、もっとも強大な力を保持しているのはマガミだ。彼女自身が、カナミを戦力として引き入れることを考えずに暴れれば――犠牲を考慮に入れなければ――決着はすでについているはずである。

 力の差を正確に理解したカナミは、この校庭にいる全員に牽制をかけながら策を組み立てる。

 全ての刀で静香を襲う。

 いくつかを牽制に使い、本命のカナミが静香を襲う。

 大きく分けて、策はこの二つ。無論、そこから細かい刀の使い方などの差異はある。だが、基本はこの二つ。

 それら全て、勝算は低いとカナミは考えていた。

 刺し違えれば良し。

 ただ一念、それだけを思いカナミは時を待つ。

 ――どのタイミングで動かすかの。

 胸中で、ぼやくようにマガミは思う。視線を向けようともしないが、意識はわずかにそちらへと注がれていた。







「さて、どのタイミングで使うか」


 校舎の屋上。そこに、校庭を見下ろす人影が一つある。

 伊吹柊だ。

 彼は、静香が予想したのと違いこの場に、けれど運んできた沙耶や協力を依頼したマガミ以外に知られることなく潜伏していた。


『……もうすぐ、動きがあるだろ』


 柊の傍らから声がする。

 そこにあったのは、沙耶が振るう妖剣オボロ。声の主はその剣に宿る意思、朧だ。


「へぇ、君の持ち主がかい」


『……いや。その良人がだな』


 わずかに柊の頬が引きつる。

 彼の位置からもっとも遠いところに立つ真琴は、辛うじて首を振っているのがわかる程度だ。しかし、朧は動くと言った。


「根拠は? 少なくとも、真琴君はこの中でもっとも非力だったと思うけど」


『特技、知っているだろう』


「眼の良さ、だね」


 なるほどと、柊はつぶやく。


「なら、真琴君の動きが止まったら起動させる。準備は――」


『愚問だ。何時でもいける』


 妖剣に不可思議な言葉が浮かび浮かび上がり、怪しく輝く。

 赤く、煌々と光を灯す。

 その光を満足そうに見た柊は、再度真琴を見た。未だに周囲を確認しているが、時おり一点を食い入るように見ている。

 柊は、真琴の挙動を見逃さないように真っ直ぐに校庭を見下ろした。







「んっ、やっぱり」


「何かわかった?」


「うん」


 小さく肯首して、真琴は自分が今まさに見ている物を沙耶へと伝えるべく口を開いた。


「この刀は今、元の所有者の技能をなぞる様に構えてる。見えないけど、使い手がいると思っていいよ。ただ、本当にいるわけじゃないね」


「んと、つまり性能の低いNPCって考えれば良いのかな」


「それでいいと思う。レベルもまちまちだし」


 俺より弱いのはそんなにいないけどという言葉を、真琴は飲み込んだ。


「次は本体だね。まぁ、カナミの持ってる二本の刀がそうみたい」


 真琴の眼に見えているもの。中空を静止する刀から伸びる、無数とも言えるほどに存在する空色の線。それら全ては、カナミの持つ二本を基点としていた。

 見える色はやはり青。ただし、右は透き通ったスカイブルーなのに対し、左は澱んだミッドナイトブルー。

 昼色と夜色の輝きを発する対の刀。


「あれは、たぶんちょっとやばい」


「あの二本?」


 真琴は無言でうなずいて答えた。


「わかった。なら、あの二本へ要注意ね。マガミには…良いか。あいつなら、自分で何とかするわね」


「うん。残りは矢口君だけど…ここからじゃ何も出来ないね」


 こちらの意を伝えるには遠いし、大声を出せばカナミはすぐに二人を襲うだろう。


「まぁ、今からのこと自体が成り行き任せだからね。祈っとけば良いんじゃない?」


「誰にだよ」


「勿論、私に」







 動きが二つあった。それをカナミは察知したが、しかし遅い。

 一直線にカナミへと向かってくる真琴と沙耶。刀による攻撃を、そう思った瞬間にもう片方が動く。


「まったく、非常識な女だ。あのカラスは!」


 屋上から響く声。手にした妖剣を高く掲げ、柊は祝詞を、すでに組まれたそれを起動させるための言葉を紡ぐ。


「カラスの大妖、沙耶に変わりて召喚――来たれや、磁界の獣!」


 妖剣が、朧から発せられた赤い光が暗くなった校庭を怪しく照らす。

 中空には不可思議な紋様が書かれた円。あり得ざる記号で作られた、ヘキサグラム。

 その中心に現れたのは、獣と呼ぶにはいささか奇妙な姿をした。人や、妖怪とも違う。

 そもそも、生物と呼ぶのもおこがましい。

 球体だ。巨大で、黒い鉄の塊だ。

 横目に現れた磁界の獣と呼ばれるものを見て、真琴は人知れずに嘆息した。

 沙耶が今日の午前中に仕掛けた術。それは、あれを呼ぶためのものだ、と真琴は聞かされていた。


「にしても、磁界の獣ってのは大げさだよな」


「カッコいいからいいの!」


 実際、中空に浮かぶあれは工業用の磁石だ。ただ、沙耶がなんとなくカッコいい名前を付けたいからという理由で磁界の獣なんて大層な呼び名があった。

 しかし、その精度は間違いなく強力だ。少なくとも、ひとたびスイッチを入れれば付近の鉄を根こそぎに集めてしまうほどに。

 駆動音が、響き渡る。

 いかに稀代の名刀の数々であれ、その材質は鉄。強力な、それこそ車を持ち上げられるほどの磁力の前にはいかな切れ味でさえ無力。

 全ての刃が、刀が、空にある鉄球に吸い寄せられていく。


「うっ、くッ……!」


 それは、カナミの持つ二本とて例外ではない。今は、磁力に逆らおうと必至に押さえ込んでいるが、ふと力を抜けば瞬く間に持ち去られるのは眼に見えていた。

 だから、カナミは跳んだ。他の誰かが動く前に、一刻も早く状況を打開するために。

 その意図を理解したのはマガミだ。しかし、彼女は動かない。変わりに、不敵に笑って真琴と沙耶を見た。

 ――何処までいけるかの。

 飛翔は高く、速い。狙うへ空の鉄球――ではない。

 狙いは、鉄球を呼んでいるヘキサグラム。その一端を、裂く。


「せっ!」


 煌くような一閃。しかし、太刀筋は二つ。

 方円を描くヘキサグラムが、三つへと両断される。

 消えていく鉄球。磁力を失い、自由落下に身を任せる刀。意思をつなぎ、操るかと一瞬だけ思うカナミだがそのヒマはないと理解する。

 視線の先。翼を広げた沙耶の上から、一人の影が跳ぶ。真琴だ。

 真琴の右手から伸びる黒い帯。封印術そのものが、面妖な軌道を取ってカナミを襲う。

 直感にもにた怖気がカナミに走り、半ば無意識のうちに刀を振るった。

 斬った。その自身が、カナミにはあった。

 しかし、黒い帯は未だに健在。むしろ、斬られた部位と結びついて右手の刀を絡め取る。

 それをみたその一瞬で、カナミは落下する刀を操り自身の足場へと変えて真琴と肉薄。

 煌く刃。

 赤い飛沫。

 斬り飛ばされる右腕。

 追撃を、その試みは沙耶によって阻まれる。

 炎が。赤銅色の炎が。

 柱か、あるいは大蛇か。炎の濁流はカナミを飲み込まんとうねりを上げてカナミを飲み込まんとする。

 だから、カナミは下に飛ぶ。足場はある。操った刀を蹴り飛ばし、校庭へと真っ直ぐに。

 反転。地に着いた勢いをそのまま遠心力に乗せ、遅い来る炎を斬る。

 やや時を置いて、離れたところに真琴と沙耶は降りた。たまたまか狙ったのか、すぐ側には秀樹がへたり込んでいた。


「生きてる?」


「あっ、ああ…何とか…」


 ゆっくりと、怠慢な動作で秀樹は立ち上がる。まだ足に力が入らないのか、身体はわずかに揺れていた。だが、命に別状はなさそうだ。

 安堵の息を付いて、真琴は切られた右手を切断面にくっつける。本来ならそれだけで癒着することはないのだが、彼の場合はキチンと神経までつながった。


「さてと、どうしようか。攻めるにしても守るにしても相手のが上手みたいだよ」


「殺す気で行く?」


「まっ、待ってくれ!」


 本気とも取れる沙耶の言葉をさえぎるように、秀樹が声を大にして叫んだ。


「俺が、俺が戦う! いや、戦わせてくれっ!」


「へっ?」


 計らずとも、真琴と沙耶の言葉が重なった。そして、互いに顔を見合わせた後にそれぞれで動いた。

 沙耶はカナミと向かい合い、真琴は秀樹と向かい合う。


「理由、聞いても良いかな?」


「ただの自己満足だ」


 はっきりと、秀樹は自分の思いを言葉にする。


「俺は、カナミに人を殺して欲しくない」


「なぜ?」


 勘なんだけどさ、そう前置きして秀樹は続ける。


「なんてか、その…そうだな…悩んでそうだったからかな」


 思い出す。一瞬前の、戦いが終わると思われたその瞬間のことを。


 嫌だ。


 その叫びを、秀樹はしかと聞いていた。


「多分、戦いが終わった後のことを知らないんだ。あいつにとって、水神を倒す以外の目的なんて存在してないんだよ、きっと」


 だから――


「それ以外の目的を見出せるようにさせる為に、今はあいつの邪魔をしてやる!」


 不思議と、秀樹の震えは止まっていた。

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