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四十三話 神々の諍い(7)

 先日投稿したと思っていたのですが、失敗していたようです。

 お騒がせを致しました。

 ふわりと、さながら羽毛が抜け落ちたかのように黒いカラスから同じような色の人影が一つ降り立った。

 マガミだ。藍色の着物は着崩れていて、やや扇情的な様相をうかがわせる。


「双方、ここまでにしてもらおうかの」


 ちょうどカナミと静香の間に割って入り、穏やかながらも有無を言わせぬ口調で宣言した。


「はっ? えっ?」


 秀樹は突如として現れたマガミに、眼を白黒とさせて状況を整理しようと周囲を見渡す。


「…とりあえず、彼女のところに行ってくれば?」


 その様子に苦笑して、真琴はそう助言した。秀樹は少しだけ迷うようなそぶりを見せたが、やがて首を縦に振ってカナミの元へと走っていく。


「ふぅ、にしても、間に合ってよかったよ。沙耶も、お疲れ様」


「へへん。私がじかに迎えに行ったんだから、間に合わないはずないじゃない」


 そういってはいるものの、人の姿を取る沙耶は上気した頬を赤く染め、彼女にしては珍しく息を荒げている。

 ずい分と急いだんだなと、真琴は腕時計――は壊れていたので校舎の時計を見た。

 沙耶にマガミをつれてくるように頼んでから、十五分も過ぎていないことを知り、真琴は少しだけ顔をしかめる。


「急いでとは言ったけど、急ぎすぎだよ」


「でも、助かったでしょ?」


 ふくれっ面で、沙耶はそっぽを向いてそういった。だからか、真琴は、少しだけ厳しい声色で釘をさす。


「それはね。だからって、沙耶に無理して欲しくないよ俺は」


「……」


 ジッと、真っ直ぐに沙耶を見て真琴は言う。

 その視線が咎めるものに見えたのか、沙耶は真琴と目線をあわせようとしない。ただ、気にはなるのかちらちらと顔色はうかがっているが。

 ああ、駄目だと真琴は自覚する。

 沙耶のその仕草が、ふてくされた表情が可愛くて、自惚れでもなく自分のために急いでくれたという事実が愛おしくて。

 だから、自覚する。

 沙耶を本気で怒ることは出来ないなと。


「――でも、その気持ちはほんとにうれしいから。ありがとう」


 ちょっとだけ照れて、真琴は沙耶の髪を撫でながらそう言った。


「おっ? おおっ! ふふん! だよね、だよね。ほれほれ、もっと撫でれ」


 瞬く間に顔を綻ばせ、沙耶は真琴の手を甘受する。

 そんな二人のやり取りは、微笑ましいようで正直うっとおしい。だから、マガミは真琴たちを意識から一時的に排除して静香とカナミを見た。


「さて、我個人としては思うところはある。我の大事な手駒を傷つけてくれたりと、のぅ」


「私じゃないですよ」


 真っ先に静香は答え、真琴のほうを見る。その眼は、聞いていないと言いたげに恨みがましそうにしていた。が、すぐに目線を戻した。「私は何も見てない」とつぶやいて。


「ふむ。私事は後日に回すとして、先に用件を片付けるかの。お主等二人、我の配下に付かぬかの?」


「それは、以前に断ったはずだと思いますが?」


「が、その時とは状況が違うの」


「…なるほど、もう一人の姿が見えないのは、そういう意図があってのことですか」


「さてのう。だが、我の下に付くならばお主の命も保障するがどうするかの?」


「拒否は出来ないとわかっているでしょう。わかりました、妥協しましょう」


 不承不承と顔にはっきりと出しながら、静香は了解の意を伝えた。






 わからない。

 あれは誰だ。

 神であるというのは、理解していた。けれど、知らない。ここまで、水神以外の神を見たことがなかったから。


「なぁ、このままなら戦わなくても良くなりそうだな」


 何時の間にやら隣に来ていた秀樹が、気楽そうに言った。


「――」


 戦わなくても済む?

 私が、水神と?

 私の今までが、生きてきた意味が、なくなる?


「そんなの……」


「えっ?」


「そんなの……嫌だっ!」


 叫んだことに、自分でも驚く。私は、こんな声も出せたんだ。

 地を蹴って、担ぐように刀を構える。

 一閃。空をなぐ。


「まだ何も言っておらぬのだがの」


 言ってから、突然に現れた神は右手を無造作に振るう。


「ッ」


 私は痛みを理解できない。だから、わかったのは衝撃が走ったという事実だけ。気がつけば、視界には驚きと不安に染まった秀樹の顔が見えた。

 立ち上がる。ダメージは、ない。加減されたのか、それともこちらの防御を突破できなかったのか。


「おっ、おい! カナミっ!」


 秀樹の制止する声は、無視した。

 人の身体は不便だ。攻撃の方法が限られる。

 とはいえ、この身体を捨てることは出来ない。私には、本体だけで動ける力がないから。


「まったく、我は争う気はないのだがの」


 言うとおり、戦意は感じられない。でも、こいつがいたら水神は殺せない。


「うるさい。邪魔をするな」


「カナミッ!」


 悲鳴にも似た秀樹の声。気が付けば私は、また空を見上げていた。

 攻撃されたことにも気がつけなかった。


「どうしたものかの。お主の望みは何だ? 我ならば、大抵のことは叶えてやれるがの」


「水神を殺したい」


「駄目だの」


「じゃあ、邪魔をするな」


「それも駄目だの」


「……嘘つき」


「大抵のことは、と言ったのでの」


「なら、お前も敵」


 言って、少しだけ距離を離す。多分、これくらいの距離があいつの攻撃範囲。

 あと、刀がこれのままだと勝てない。

 違う。攻撃の手段が足りないから、届かない。

 だから――私は、私の中の刀を全て抜く。






 異様な光景だった。

 今、眼前で繰り広げられている光景は秀樹の理解を超えていた。けれど、眼が離せない。

 刀があった。

 古刀があった。新刀があった。新々刀、近代刀があった。

 大刀、直刀、太刀、横刀、刀子、蕨手刀、大太刀、野太刀、小太刀、打刀、脇指、鎧通しがあった。

 柄のないものがあった。鍔のないものがあった。刃こぼれのしたものがあった。両刃の刀があった。対となる刀があった。

 業物が、鈍が、良業物に、上業物もあった。

 百は軽く超える。だが、千には届かない数の刀が、カナミから零れ落ちていく。

 その数、実に八百三十と一本。

 ここにある全てが、カナミの身体。

 戦場に打ち捨てられていた刀。

 所持者の命を守った刀。

 代々と受け継がれていた刀。

 たまたま譲り受けた刀。

 使われることなく飾られていた刀。

 祭られていた刀。

 呪われていた刀。

 ありとあらゆる刀が、カナミの――金神の身体を作っていたのだ。

 気がつけば秀樹は、その場に腰を落としていた。


「はっ、ははっ…なんだよ、これ」


 理解の範疇を超えていた。

 なのに、秀樹はその姿から眼を放せない。


「これはこれは。思ったよりも、醜悪な出来だの」


 マガミは今のカナミを見て、そう感想をもらす。

 それを敵意と取ったのか、それとも初めから敵と見定めていたのか。

 全ての刀が、咆えるように鯉口を切った。

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