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四十話 神々の諍い(4)

 生まれた初めての想いは、恋と呼ぶには純粋すぎて――愛と呼ぶには狂っていた。

 想いを込めて、鉄を打つ。

 思いを込めて、鋼を打つ。


 ――祝いを込めて、刀となす。


 始めのうちは、話していられるだけでよかった。

 けれど、想いは膨れ上がり、思いが抑えきれなくなって。

 俺は、衝動に突き動かされるままにそのことを打ちあがった刀と共につたえた。

 つたない言葉であってと思う。でも、想いは確かに本物だ。

 彼女は始めに戸惑い、次に笑みを作って礼を述べてくれた。ありがとうと。

 そして、でもごめんなさいと続く。

 嫌いではない。でも、神子であるから人と結ばれることは出来ない。

 そういう風なことを、言っていた。だから、問い返したのだ。

 では、神がいなければ想いは届くのか、と。


 俺にとって、カナミは何なんだろう?

 校舎の中を歩きながら、俺は自問する。

 けど、考えても考えても答えは出てこない。


「当たり前だよな………俺、まだカナミのこと何も知らない」


 前を向く。教室の前だ。

 カチリと、ここに来る前に体育館から持ってきた刀が微かな音を立てた。

 このドアを開けば、良くも悪くも決着が来る。

 終わるのだ。

 戦うことよりも、死ぬことよりも、殺すことよりも――俺は、そのことが怖い。


「……良しッ」


 覚悟を決める。答えはまだないけれど、それを考える時間を作るために、前に進もう。

 俺は、ドアに手をかけて勢い良く横に動かした。






 教室の中にいるのは、真琴と静香、そしてカナミと秀樹だけだ。沙耶と柊の姿はない。


「それじゃあ、俺は水神側につくから」


 秀樹が教室に入るなり、真琴はあっさりとそう告げた。話がついているのか、カナミと静香の表情に変化はない。


「どういうことだよ」


「どうもこうも。一対にじゃあ、不公平だろ。こっちにも助けを求められてるしね」


 真琴は、静香を庇うように立つ。


「それに、俺にも俺なりの事情があってね。悪いけどこの件に対しては譲れないよ」


「………」


 真っ直ぐに見返してくる真琴に、秀樹は言い返すことが出来ない。

 問いただしたいこと、聞きたいことは、いくらでもでてくるはずなのに、だ。

 それは、真琴の持つ、剣呑、あるいはさっきとも取れる雰囲気ゆえにかもしれない。

 何か言わなければ、そう思っていた秀樹を庇うように前にでる影があった。

 カナミだ。


「私は、それでいい」


「カナミ?」


「どれだけいても同じ。敵なら、殺すだけ」


 平坦な声で、あっさりと告げたカナミに秀樹は一瞬だけ悲しそうな顔を作る。

 しかし、それも一瞬。すぐに表情を引き締めた。


「わかった。なら、それで良いけど手加減は出来ないぞ」


「むしろしてあげようか?」


 ニヤリと、真琴にしては珍しく嫌味な笑みを見せた。対する秀樹は、言ってろと同じように唇の端を持ち上げる。


「では、もう初めても構いませんね?」


 痺れを切らしたのか、あるいは策があるのかそう急かしたのは静香だ。


「そうですね――なら、後二十秒したら時計の針が動くのでそのタイミングで」


 全員が、肯定の意味を込めて首を縦に振った。

 時計の針は進む。

 秀樹とカナミは、真っ直ぐに自分が相対するべき相手を。

 真琴と静香は互いを見やり、一度だけうなずきあう。

 ――二十回目の音がなる。






 カナミと静香の両名は、ここでは手狭だと判断したのか同時に壁の穴から外へと躍り出た。

 動きを見せないのは、真琴と秀樹だ。


「来いよ」


 正眼に刀を構え、秀樹は言う。だが、真琴は動かない。

 構えはとっている。

 右手を前に、左手は胸の辺り。握られた拳には、力が込められているのはたやすく見て取れた。

 妙だ、と秀樹は思う。

 彼の眼。五秒先を予測するそれにも、真琴の動きは映っていない。

 つまり、動く気がないということだ。少なくとも、この五秒の間は。


「………」


「………」


 向かい合う。

 外から聞こえる水流の音。剣戟。

 室内には時計の針が、コチコチと音を鳴らす。

 真琴か秀樹か、あるいは二人のものか。呼吸を繰り返す音がする。

 人知れず、汗が頬を伝って落ちた。

 それを自覚して、秀樹はゆっくりと呼吸を整える。目線は真琴に固定したままだ。


「――ふぅ――すぅ――ふぅ」


 吐いて、吸って。また吐く。

 真っ直ぐに真琴を向いていた刃先を、ゆらゆらと揺らす。

 タイミングを計るかのようなその動作は、秀樹が真琴に対して行った揺さぶりだ。

 動きを見せればいい、そう思っての動きだった。

 だが、結果は空振り。やはり真琴は動かない。

 ――動く気が、ないのか。

 ならばと、秀樹が動く。

 踏み込み、正眼に構えた刀を突き出す。

 刺突。狙うは右手に隠された首。

 回避か、防御か、はたまたカウンターか。

 そのどれも示さない。


「えっ……?」


 秀樹の刀は、たやすく真琴の首を貫いた。

 不可思議な感触。肉を絶つそれでなく、まるで水の中に手を入れたかのように手ごたえのない感覚。

 どろりと、真琴の身体が崩れた。


「これ、水?」


 水。そう、ただの水道水だ。

 ぱしゃんと音を立てて、教室の床に水道水が散らばる。遅れて、刀身から水滴が垂れて水溜りを打った。


「あのっ、やろう!」


 叫ぶ。そして、理解した。

 真琴は、最初から自分と向かい合っていなかったのだと。

 駆ける。向かうは、校庭。

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