二話 始業式とHR
生徒総数、千二百三十二人。そのうち、五百七十八人が霊能科で、さらにその中の百九十人が今年から大守学園高等部の一年生になる人数だ。
ちなみに、普通科は二百人ぴったし。
つまり四百人近い人が今日、この学園に入学する。
始業式は、普通科の校舎と霊能科の校舎の間に立てられた多目的ホールで行われている。
多目的ホールの収容人数は、おおよそで二千人。ざっと周りを見回した程度では、その全てを見ることができないほどに広くて大きい上に、ふかふかとすわり心地のいい座席がしっかりと完備されている。
それもそのはずで、多目的ホールは平時にはコンサートや討論会、オペラや歌劇など一般にも開放されていて、この学園に在籍する生徒以外でも利用することができるからだ。
その、様々な用途で使用される壇上で喋っているのはこの学園の理事長である、鬼島隼人理事。鬼と人のハーフで、沙耶の知人にあたる人らしい。鬼島理事は、凛とした声で祝辞を読み上げている。ホール内には、鬼島氏の声だけが響き渡る――わけではなかった。
俺の周りから、ひそひそとささやき声が聞こえてくる。もっともそれは、祝辞の言葉に紛れていまいち聞き取ることができない。
「むぅ、あんまりいい気分じゃないね」
俺の隣に腰掛けた沙耶が、不機嫌そうに眉根をしかめる。
「そうだけどさ、朝からあれだけ目立ってれば仕方ないって」
思い出すのは、今朝。家をでて直ぐのこと。
十メートルも走らないうちに、俺がこけそうになった。
あわや地面に激突と言う前に、沙耶に後ろから抱えられて倒れることはなかったが、
その後がまずかった。
『う〜ん。このままだと始業式に間に合いそうにないわね』
俺を抱えたまま、少し悩むそぶりを見せた沙耶。思えば、この時に止めて置けば今のこの状況はなかったはず。
『なぁ、早く降ろしてほしいんだけど』
俺の声に答える前に、沙耶は大きく一人で頷いた。
『決めた、このまま走って行こう』
『はっ? えっ? ちょっと!』
結局俺は、沙耶の手荷物のように担がれたまま学園の正門をくぐり、そのまま張り出されていたクラス表を確認し、ホールについてからようやく降ろされた。
その間に、いったい何人の人が俺たちのことを見ていたやら。想像もしたくないね。
結局、ひそひそ声は始業式が終わるまで止む事はなかった。
「俺が今日から一年間、一年F組の担任を勤める相川修二だ。よろしくなっ!」
教壇の前で、赤茶色のジャージを着込んだ相川先生は
何がそんなに誇らしいのか分からないが、胸を張りながらよく通る声でそういった。
「間違いなく、熱血教師ね」
おそらく、このクラスに割り当てられた生徒の大半がそう思ってる。と言うのは、口に出さないで置こう、なんかこっち見てるし。
相川先生は、何か閃いたと言いたげな顔を見せる。いやな予感しかしないよ。
「おおっ! 君たちは確か、斬新な登校方法で来た二人組みだな。
よしっ! 自己紹介は君からにしよう」
皆も気になってるだろうしなっ。
最後に、元気よく付け足された一言にあわせて、
クラス中の視線が教室の左隅――俺と沙耶に集中する。
ううっ、すごくやりづらい。
俺がどうしようか、悩んでいるなか。沙耶が、静かに立ち上がる。
「ふふっ。私の名を知りたいと――神代の時代より生き続ける大妖たるこの私の名をっ!」
「止めろばかたれ」
無駄に妖気を振りまき始めた沙耶の後頭部を引っ叩く。
「いった〜! 何するんよっ!」
頭を抑え、器用にも涙目になりながら沙耶が振り返る。全く、大して痛くもないくせに。
「お前が何をする気だ。大妖なんて、一度も呼ばれたことないだろうが」
「ぶっぶーっ! ありますぅー、
三百年位前に八幡村でそんな感じの呼ばれ方されことありますー!」
言って、ふふんと沙耶は胸を張る。うっわ、なんかすごいむかつく。
「あ〜二人とも? 夫婦漫才はいいから自己紹介を早く頼む」
「夫婦?」
あっ、やばい。
「ふふふっ。夫婦かぁ〜、どうする真琴? 私たち夫婦に見えるらしいよ」
頬を挟むように手を当てて、くねくねと沙耶が踊る。
先生は、からかうつもりでさっきのように言ったのだろうけれど、沙耶にそれは逆効果だ。どういうわけか、沙耶は俺と恋人だとか夫婦だと言われると必要以上に喜ぶ。
いや、まぁ、喜ばれて悪い気はしないけど。
「夫婦〜夫婦〜」
言いながら、くるくると沙耶は回転し始める。もう、こいつはほっとこう。
「広江中学出身の雪村真琴。こっちは使役妖怪――」
「沙耶。カラスの妖怪で真琴の妻になる妖怪よ」
俺の声をさえぎって、沙耶は自分でそう述べる。
余計なことを付け足したのはこの際、時間も押してることだし無視しておこう。
「あっ、ああ。それじゃあ次はそのまま雪村の前に行こうか」
「うっす。矢口秀樹、大守中からの繰り上がりで……」
幸いというべきか、俺たちの後の自己紹介は滞りなく進んだ。
「よし、全員まわったな。それじゃあ、明日の連絡だけど、
初日っからそんなに連絡はないんだよな」
言うとおり、黒板に書かれて行く文字の量は少ない。失礼な話だけど、思っていたよりも読みやすい字だ。
「とりあえず、授業は明日から直ぐあるから教科書とか忘れないようにしておけよ。それか
ら、身体測定も明日行うから、体操着を忘れずに持ってくること。連絡は以上だ、じゃあ号令を級長……はまだ決めてなかったな」
あっ、また眼が合った。
「それじゃあ、初日から目立ちまくってる雪村。号令を頼む」
この先生、案外のりを重視する人だな。まぁ、いいけどさ。
「それじゃあ――起立、礼っ!」
「うん、気をつけて帰れよ」
相川先生が立ち去ると同時に、俺はどっかりと席に座りなおす。教室の生徒たちは、遠巻きにこちらをちらちらと伺っているが先ほどの沙耶の妖気が怖いのか、近づこうとする人はいないみたいだ。
「帰らないの」
「ん――そうだな」
黒板の真上に備え付けられた時計の針は、十一時二十五分を少し過ぎたくらいか。
「それじゃあ、柊と合流して昼飯でも」
行こうか。提案する前に、沙耶はいやそうに眉根をしかめる。
「えー、あいつ呼ぶのー」
「それなら君は先に帰ってかまわないよ」
「なぬっ!」
「あ、柊」
沙耶の後ろに、何時の間にやら立っていたのは伊吹柊。
大守学園霊能科の二年生、俺たちの先輩に当たる人、というか妖怪だ。
「やぁ、真琴君。遅くなってすまないね」
そういって柊は優雅に微笑む。
なるほど、大守学園一の美形と言われるだけはあって同姓から見ても魅力的に写る笑顔だ。
「いや、こっちも終わったばかりだから。
気にしなくていいけど。それよりも、どこに行くんだ?」
「うん。駅前にできた蕎麦屋なんだけど、そこの天ざるがなかなかにおいしくてね。そこにしようと思ってるのだけど、どうかな」
「おっ、いいね。沙耶も行くだろ?」
ぶっすーと、頬を膨らませている沙耶に問いかける。
「つーん」
あらら、へそ曲げちゃった。
「おやおや。どうやら年増カラスは蕎麦がお気にめさないようだし、
僕たちだけで行くとしようか」
俺の手をとろうと、柊が伸ばした手を横から掴む手がある。沙耶の手だ。
「私が気に入らないのはあんたよ。子鬼」
「それは奇遇だね。僕も君が大嫌いだ」
ギリギリと、何かを締め付けるような音が聞こえてくる。二人とも、互いを呪い殺さんとばかりに睨み付けている。
この二人、どういうわけだかとてつもなく仲が悪い。
柊と知り合ったのは去年の夏休みのことだけど、それ以来、会うたびに沙耶と喧嘩している気がする。沙耶も何だって、柊のことが嫌いなんだか。
「とりあえず駅前に移動しようよ。俺もう、お腹すいてきたし」
一触即発の二人の間に、体を割り込ませ、二人を引き離すように両手を伸ばす。
「ふん、命拾いしたわね子鬼」
「それは僕の台詞――と言いたい所だけど、ここは真琴君の顔を立てるとしようか」
そういって柊は、俺たちを引率するように前に立って歩き始める。昼食は、平和に食べられることを祈るとしよう。