二十八話 放課後。喫茶店にて
ごめんなさい。
更新するのをすっかり忘れていましたっ!
「……カナミ。よろしく」
シュタッと手を挙げて、簡潔に自分の名を名乗った黒い服を着た少女は、それだけ言ってショートケーキを頬張り始めた。
「自分で話す気は………ないのか。ないんだなっ!」
ショートケーキを口いっぱいに詰め込んで、小首を傾げるカナミに秀樹は深くため息をついた。
「わりぃ、雪村――って、お前らもかっ!」
「ん、ああすまん」
あーもうこいつらはーと頭を掻き毟る秀樹を横目に、沙耶は黙々と自分の口に運ばれていくケーキを消化していく。
ちなみに、七個目だ。
「たくっ――まぁ、いいや。とりあえず、簡単に説明するな。雪村は、この間学園が臨時休校になった理由は知ってるか?」
秀樹の言葉に、ピクリと真琴が反応を示す。注意深く見ていないと気が付けないほどに小さい反応だったために秀樹はそれを見落としていた。
「……ああ、詳しくは知らないけど、校舎が一部倒壊したからだろ?」
柊に聞いたと、真琴は付け足す。
「あっ、このケーキ持ってきてくれる? ん、あんたも欲しいの?」
「んっ」
「じゃ、これも追加で」
「実はな、校舎が倒壊したのは神があの場所で暴れたからなんだよ」
声をひそめ、秀樹は聞こえるかどうかという声量で真琴につげた。当事者である真琴がその情報を知っているのは当たり前だ。
そして、表向きは学園に侵入した妖怪と伊吹の妖怪が武力衝突を起こした結果、校舎に被害が出たと言うことになっているということも。
「神?」
だから真琴は、眉根を寄せてなにをバカなことをと言いたげに問い返す。
その答えを予測していたのか、秀樹は特に気分を害した様子もなく淡々と続ける。
「言いたいことはわかる。今は、ほとんどの神様が封印されるなり監視されるなりしてるからな。ただ、まれに例外がいるんだ」
「――封印が解けた神と、新しく生まれた神のことか」
一息。ちょっと大人の見栄を張って頼んだアメリカンの味に、真琴は少しだけ眉根を寄せる。
「そうそう。それで、校舎で暴れていたのが封印されていた神。その神を追って、新しく生まれた神がこの町に来てるらしいんだ」
「そんな情報をどこで手に入れたんだ? 少なくとも、柊は知らないようだったけど」
「くはぁーっ! やっぱ甘いものは格別よねぇ。あんたもそう思うでしょ?」
「んっ、んっ」
沙耶に向けて、フォークを加えたままカナミは何度もうなずく。
「ってわけで、おかわりぃーーっ!」
「りー」
狭い店内に、二人の声が木霊する。
「………いや、まぁ。信じられないと思うけどさ、封印された神を追ってきた神を追ってきた神がカナミなんだよ」
「ややこしいな」
互いにひきつった笑みをしながらも、真面目に話を続ける二人。少しだけ、哀愁が漂っていた。
「それでだ、雪村にはこの町にいるはずの神を探して欲しいんだっ! 頼むっ!」
大きな音を立てて、秀樹はテーブルに両手をついて頭を下げる。振動で揺れたカップから、コーヒーが少しこぼれた。
「ふむ」
秀樹に請われた真琴は、即答することなく腕を組んで上を向く。今現在、真琴の頭の中ではいくつものメリットとデメリットの潰しあいが行われていた。
真琴が思いついたメリットは、秀樹の勧誘がしやすくなるか? と言うものと、場合によっては追ってとしてくる神をこちらに引き入れられないかと言うあまり高くない可能性。
対してデメリットは、神とかかわると言うことは最悪、また沙耶が傷つくのではないかと言う不安。そして、追手が何を目的として夜刀神を追っていたかわからないという現状。
――最悪、夜刀神クラスともう一戦やらないといけないのか。
それは避けたいなぁ。と、真琴は思う。
「あと食べてないのはどれだっけ?」
「これとこれ」
「おおっ! どれも美味しそうね。よしっ、追加でこれ二つずつー」
「お願い」
図らずも、真琴と秀樹のため息のタイミングが重なった。
「なぁ、雪村。沙耶さんって、いつもあれくらい食うのか?」
「そうだね、あんなものかな」
「……よく太らないな」
「変化だからね。体は自由自在に変えられるらしいよ」
諦めにも似た心境で、秀樹と真琴はちょうど十を数えるケーキにかぶり付く二人に苦笑いを向けて同じことを思った。
曰く、足りるかなぁ。
「さて、頼みを引き受ける前にいくつか確認したいんだけど」
「おう。何でも聞いてくれ」
「では、まず一つ目。秀樹たちが探してる神の目的は?」
三本に立てた指のうち、薬指を折りながら真琴は秀樹に問いかける。
真っ直ぐに秀樹を見るその眼は、嘘は許さないと語っているように見えた。
――確か、目は口ほどに物を吐くだっけ。
と、間違えて覚えていることわざ胸中で反芻して、秀樹は一つ一つ思い出すように口を開いた。
「水神……探して欲しい神の名前なんだけどな。こいつは、先にこの町にきた神を自分の配下にしたいらしい」
確認するように隣に座るカナミに秀樹は視線を送るが、それに気づかないで黙々とケーキを口に運んでいた。その態度に、秀樹はがっくりと肩を落とす。
対して真琴は、見た目には平静を装ってミルクと砂糖を入れた元アメリカンコーヒー、現在はカフェオレを口に含む。
ただし、見た目に反して内心は荒れに荒れて秀樹からの頼みを引き受ける可能性が、元々少なかったそれがバブルが弾けたかのごとく急降下していた。
断ろうかとも思った真琴だが、とにかく聞きたい事を全て聞いてからにしようとカップをソーサーの上に置き、中指を折った。
「次は、相手の戦力だな。どの程度の力があるのかわかるか?」
「いや、悪いけど比較できるものがないからどの程度ってのは言えない。たぶん、学園に来たっていう神よりも強いんじゃないか?」
たぶんだけど。と、秀樹はもう一度念を押す。もっとも、真琴のやる気はそれにかかわらずにどんどん下がっていく。やる気は暴落寸前だった。
「それで、最後の質問は?」
その気配を悟ったのか、秀樹は真琴に先を促してくる。真琴は、仕方なしに最後の問いを問いただした。
「俺たちに危険は?」
半ば答えを予測しながらも、真琴はその問いを言葉にしながら最後の指を折った。
「安全の保証はできない」
間を置かずに答えた秀樹に、真琴は呆れたと言わんばかりに息をつく。
「それでよく頼む気になったね」
完全に温くなったカフェオレを、真琴は一気に飲み干す。
「じゃあ、引き受けてくれないのか?」
「ふむ」
――どうだろう。
聞いた限りでは、デメリットの方が強すぎると真琴は考えている。だが、メリットもある。
「ハイリスク・ハイリターンか」
メリット部分の神を手中に入れられる可能性と、デメリット部分の沙耶を傷つけたくないという部分が揺れ動く。
真琴個人としては、沙耶が簡単にやられないと言うのは理解してはいるのだが、やはりそこは惚れた弱み。不用意に危険にかかわらせたいとは真琴も思っていない。
「あっ、そうだ」
不意に、真琴には閃いたことがあった。ただ、それを行うにはマガミの協力が必要だった。
「とりあえず、夜にまた連絡するよ。ちょっと、確認したい事が出来た」
「わかった。わりぃな、無理言って」
秀樹は安堵の息をついて、グラスに注がれた水を飲み干す。のどが渇いていたのか、溶けて小さくなった氷まで口にいれて噛み砕いた。
「ん、まぁ気にするなよ。それに、まだ了承したわけじゃないからさ」
実際、真琴はマガミの協力が得られなければ話は断ろうと思っている。
「いや、こうして話ができただけでもよかったよ」
照れくさいのか、そっぽを向いて話す秀樹に真琴は苦笑した。
それで、話がひと段落したのか束の間の沈黙が流れる。それを打ち破ったのは、沙耶だった。
「もう一周いっとく?」
「んっ」
カナミも嬉しそうに何度も首を縦に振る。
「いい加減にしろーーーっ!」
総額、一万四千二百円なり。