二十六話 休み中のこと
時間は少したどり、学園が再開されるまでの臨時休暇――その最終日。
表通りを外れた薄暗い路地でひっそりと経営している喫茶店。店舗名は、立地条件がそのままに隠れ家。
店内は狭い。椅子の数は十ちょうど。カウンター席に六脚とテーブル席に四脚だ。テーブル席のほうは、狭い店内の奥のほうにひとつ設けられている。
その席に三人。巫女服姿の女性が壁際に、ノースリーブの白いセーターを着た女性がその正面に座り、青いジーンズとチェックのカッターシャツを着た少年が座っている。
雪村真琴と沙耶。そして、
「まさか、神谷先生がマガミの使いだなんてね」
人の縁はわからないものだ。真琴は胸中でつぶやいた。真琴の斜め向かいに腰かけた神谷一姫に、苦笑いを向けた。
「私としては、雪村がマガミ様にお会いしていたことがあると言うほうが驚きだがな」
対する一姫も苦笑いで返して一口、甘めのカフェオレを口に含む。巫女服でコーヒーをすするその姿はなかなかにシュールだ。
「どうでもいいけど、いい加減に本題に入ってくれない? これからデートなんだから」
デートと言う単語に少しだけ一姫は眉根を寄せる。が、それ以上の表情の変化はなく、また一口、カフェオレを飲んだ。
「わかった。だがその前に、我々の組織形態について説明しておこうか」
「組織形態?」
そうだ。とうなずいて、一姫は続ける。
「基本として、マガミ様がトップなのは当然だが、その下だ。我々は――縦の繋がりはあっても横のつながりは存在しない」
一姫の説明が分かりづらいのか、真琴と沙耶はそろって小首を傾げる。
揃いも揃って、まったく同じタイミングで同じように動いた二人に一姫はまた、眉根を寄せた。
「そうだな……直属の上司は誰だかわかっているが、同僚は不明と言った感じか。具体的にいえば、雪村の上司に当たるのは私の予定だから、お前は私に仕事の結果や問題を報告する。だが、私はお前に他の人員については一切教えない」
「つまり――あんた以外の誰がマガミの下っ端だか教えてくれない、と」
一姫の言葉をさらに沙耶が簡潔――と言うにはいささか乱暴だが、まとめた。
「そういうことだ。雪村には、基本的に一人で活動してもらうことになる」
少しだけ一人の部分を強調して一姫は言った。
「…俺が、自分で人員を確保する分には良いんですよね?」
「必要ならな。その場合は、事後でもかまわんから私に報告しろ」
返答を聞いてから、真琴は目線を沙耶に向ける。また、一姫の眉根が動いた。それも二回。
「わかりました。それで、僕は具体的に何をすればいいんですか」
「端的に言えば、人探しだ。マガミ様が仰っていたように、我々は戦力を求めている。雪村は、使えそうな人材を探しだし、私に報告しろ」
だから人探しか。と、真琴はつぶやいてうなずく。
「探してくる人材に条件はないの?」
「強いこと、くらいだな」
「酷く曖昧な条件ですね」
苦笑する真琴に、一姫は困ったように微笑んで足もとの巾着から一枚のデータディスクを取り出した。
「とりあえず、私が探した人材の詳細なデータをここに入れておいた。これを参考にしてくれ」
「わかりました。……話は以上ですか?」
時計に視線をやりながら、真琴は問いかける。一姫の対面に座る沙耶などは、目に見えてそわそわとし始めた。
「まぁ、確かに必要事項は伝えたが…」
一姫が言った瞬間、沙耶の眼があやしく輝く。擬音にするならば、キュピーンって感じのあれだ。
「なら、私たちはデートに行くから。デートに」
大事なことなので二回言いました。と、沙耶は言って勢いよく喫茶店のガラス戸を開く。
「失礼します〜っ!」
遠ざかっていくせいか、徐々に小さくなる真琴の声だけを残して二人はあっという間に遠ざかってしまった。
「………」
ぽつねんと喫茶店の片隅に残された一姫は、ほかに客もいないのに体裁を取り繕うように一つ咳をして、すっかり温くなったカフェオレを一気に飲み干す。
一息。穏やかな時間が、一姫の周囲に流れる。
「――教え子に抜かれるとは、いよいよお局様の仲間入りですかね」
一姫に聞こえるかどうかというギリギリの声量で放たれた一言の代償は、備え付けのテーブルと床が離れ離れになるだけで済んだ。