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二十五話 心霊写真の鑑定

 あの日。夜刀神との戦いがあった日から、ちょうど一週間。ようやく学園が再開した。夏休みが一週間削られたけど。

 そして今日は、班ごとに分かれての霊能力を実際に扱う授業だ。まぁ、一年の一学期だからやるのは心霊写真の鑑定とかそれくらいだけど。

 ちなみに、沙耶が授業に参加すると生徒たちの練習にならないと言うことで、今は教室の隅っこでゲームをしている。

 俺の班員は矢口君と臼井さんの三人だ。矢口君と俺の机をつなげて、三人で配られた写真の選別を行っている。


「候補は絞り込めたかな」


 矢口君の前に広がっているのは、七枚の写真。あらかじめ配られていた写真は三十枚で、その中から一枚だけ心霊写真を見つけ出すのが今回の授業の趣旨だ。


「………ん〜」


 確かに、選ばれた七枚はどれもが加工した写真には見えないほどにリアルだ。だが、俺には何かが引っかかる。


「どうしたの?」


「ん、と。俺はこの写真が心霊写真だと思う」


 臼井さんと矢口君に見えるように、手に持っていた写真を見せる。

 俺が選んだのは、一枚の、普通と表現しても良い写真だ。

 写真に映し出されているのは、一組の家族。二十代前半と見られる夫婦と、肩車されている三歳ほどの男の子が公園と思われるところを歩いている写真だ。


「これは、違うんじゃないか? 何も写ってないじゃないか」


「そうね。これだけが何も写ってないなら怪しいけど、他にも普通の写真はあったしね」


 二人は反対のようだ。確かに、一見するとこの写真に妙な物は写っていない。だが、俺には何かが引っかかる。


「まぁいいや。とりあえず、それも含めて八枚を見比べなおしてみようぜ」


 候補から外した写真をまとめて端におき、八枚の写真を机の上に並べる。

 八枚の写真は左から順に、身体の一部が書けた写真が二枚。人の顔と思われる物が写った写真が三枚。手などが不自然な位置に写っている物が二枚。そして、俺が選んだ写真だ。


「さてと、この中から選ぶわけだけど……どうやって霊視すればいいんだ?」


 それは俺も思った。確かに、霊視では対象の過去を見ることが出来る。だが、今回対象となるのは写真だ。写真を撮った人の思いは辿れても、写真に撮られた人の思いはわからない。

 仮に、写真を撮った人が被写体となった人達を恨んでいたりすれば話は別なのだけど、そんな写真はここにはない。


「別に、霊気がこもってたりするわけじゃないし……とりあえず霊視してみる?」


「そうだねっと……」


 三人が同時に、写真に対して霊視を行う。が、そこにあるのはやはりただの写真だ。

 いや、いくつか違う写真がある。これは、写真になった経緯が違うのか。


「となると……」


 つぶやいて、千里眼による過去視を行う。考えが正しければ、これはパソコンで加工した写真だ。

 千里眼による過去視は、刑事ドラマとかで監視カメラの映像をチェックするのと同じ要領で、何度も何度も映像を繰り返し再生する。そして、気になったころで一時停止を押すのだ。

 結果見えたのは、浅井先生がパソコンの前で画像を編集しているシーン。残念ながら、それ以上は辿れなかったがこれだけでもこの画像が作り物だと判断するのには十分だ。


「これは、合成写真みたいだね」


「こっちもね」


 俺と臼井さんが選んだ写真をまとめて、机の端、先ほどの写真の山の隣に重ねておく。

 残りは二枚。俺が選んだ写真と、憤怒の形相をした顔が映っているカップルの写真だ。


「こっちのほうが、在り来たりな心霊写真だよな」


「たしかにね」


 仲むつまじく肩を組む若いカップル。そのうち、男のほうを鬼のような形相で睨みつける顔――あまりに歪んでいて、性別まではわからない。

 その表情から伝わってくる感情に、ゾクリと背中が震えた。

 この写真に写っている顔の主が、悪霊であれ生霊であれ、男に対して明確な害意を持っているのは間違いない。


「それで、雪村はこっちが気になるんだよな」


 念を押すように問いかける矢口君に、首を縦に振って答える。


「そうね……加工した感じはないけれど、心霊写真って感じもしないわね」


「それは、俺もそう思うんだよ」


 俺の答えに、二人はキョトンとした顔を作る。そんなに変なこと言ったかな。


「お前なぁ、それじゃあ何でこの写真が気になるなんて言ったんだよ」


「何処がって、言われるとわからないのだけど、この写真に違和感を感じるんだ」


 写真に写っているのは、普通の家族だ。並んで歩く夫婦が笑いあい、小さな男の子が父親と母親に挟まれて笑っている。

 幸せそうな、家族の写真だ。


「……あっ、わかった」


 写真をながめていた臼井さんが、声を出す。


「どれが本物かわかったのか?」


 少し興奮した様子で、矢口君は臼井さんに問いかける。


「ちょっ、そんなに顔を近づけないでよ。そうじゃなくて、この写真の違和感がわかったって言ってるの」


「よく見て」と、前置きしてから臼井さんは写真を俺たちに見えるように置いた。


「普通、写真を撮る時ってカメラのほうを向くでしょ」


「あっ」


 確かにそうだ。人物を写真に撮る場合、被写体となる人はカメラへと視線を向ける。だが、この写真に写っている人達は思い思いの人物に向けている。


「案外、この写真は盗撮した物なのかもね」


 なるほど。言われてみれば、確かにそうだ。


「でもさ、これが心霊写真だって根拠にはならなくないか?」


「それは、そうね」


 確かに。違和感の正体は説明できたが、それがそのまま心霊写真だと証明するものにはならない。

 これが、普通の家族写真だったら引っかかりすら覚えずに除外していたはずだ。現に、配られた中には普通の写真だってあった。

 何かの意図があって配られたのではないか。写真を眺めながら、そんなことを考えていた俺は、あることに気がついた。

 可能性はゼロではない。だが、高くもないと思う。


「はぁ、どうやって証拠を得ればいいんだか」


 矢口君は、背もたれに体重を預けてそんなことを言った。

 心霊写真だという証拠。真贋の鑑定において、それがもっとも重要なポイントだ。それを得られれば、この写真が――俺の考えが正しいと言うことを証明できるのだけど。


「いっそ、目の前に行ければわかるんだけどね」


 目の前に、被写体たちの前ってことか。そこに行く……


「それだっ!」


 眼を丸くする二人を無視して、俺は霊視を行う。

 勿論、その場に――過去に戻ることは出来ない。だが、過去を見ることは出来る。

 霊視の制度をあげる。

 遠くを、過去を見る千里眼形の霊視。

 物体の透過、感情を読み取る透視系の霊視。

 その二つを同時に発動させる。

 写真の原点はフィルム。そこを起点に、フィルムに映像が映る前に、周辺の情報を探る。

 頭痛がする。眼が痛い。あふれ出る情報を、一つずつ丁寧に選別する。

 クラクラと、頭が揺れる。

 感情が、あふれ出してくる。気持ち悪い。 目線を動かす。視るのは、ピントの先ではなく、フィルムに焼きつくその一瞬。

 そこに写る感情こそが、答えだ。


「っ、はぁ、はぁ………見えた」


「何がだって言うか、大丈夫なのか?」


「うん……大丈夫。それよりも、これが本物の写真だ」


 言って、俺は机に置かれた写真を指差す。


「根拠は何? 適当に選んだ写真だと、先生は受け付けてくれないわよ」


 呼吸を整えるのを待って貰い、臼井さんの疑問に答える。


「見たんだ。この写真の顔が、フィルムに焼きつくその瞬間に、思っていたことを」


 作られた画像なら、感情なんてものは存在しない。そして、この顔の主は異常と言えるほどの敵意を持っていた。


「方法は単純に、二種類の霊視を同時に行ったんだ。それで、フィルムに焼きついた感情を読み取った」


「ちょっ! そんなことできるのっ!」


「情報が多すぎて、きついけどね」


「ああ、だからあんなに辛そうにしてたのか」


 納得がいったと、うなずく矢口君とは対照的に臼井さんは少しだけ憮然とした表情を作る。


「…まぁ、いいわ。それじゃあ、この写真を提出しましょうか」


 結局、怨念じみた顔が映っていた写真が本物だった。もう一枚の、俺が選んだ写真はただの家族写真だ。

 たとえ、真ん中に写っている子供が幽霊であったとしても。






「なぁ、雪村。ゴールデンウィークの予定って空いてるか?」


「ん、まぁ…今のところ予定はないよ。沙耶は?」


「ん、私もないよ」


 充電器につないだ携帯ゲームをプレイしながら、沙耶は答えた。


「ならさ、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだ」


 急にまじめな顔つきになり、矢口君はあたりを伺う。


「とりあえず、詳しいことは放課後にでも話す。最悪、話を聞いてくれるだけでもいいから」


「ん、わかった」


 俺の返事を聞いて、矢口君は教室から出て行く。トイレとは逆方向に曲がったみたいなので、別の用事だろう。


「何もないと良いけどね」


「無理ね」


 だよなぁ……まぁ、マガミに頼まれていることもあるし、なるべく協力して恩を売っておこう。

いつも読んでくれてありがとうございます。

作者の日高正平です。前回予告した、記念の番外編ですが、

書いているうちに内容が濃くなりすぎましたので、もう少し膨らませて前後編くらいの短編で投稿したいと思います。

楽しみにしていただいた方には、申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください。

ちなみに、内容のほうは真琴と沙耶が学園に通う前に起きたことです。

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