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二十三話 事件後の後始末(1)

 早朝の雪村家に、着信を知らせるベルが鳴り響く。昔懐かしい、黒電話のあの音だ。


「はいはい。雪村ですが」


 朝早くから誰だっと、不機嫌そうに雪村真児が受話器を取った。


「ああ、学園の…家の弟が何か。え、臨時休校?」


 ちらりと、真児はカレンダーに眼を向ける。始業式が始まったからまだ三日しかたっていない。


「いきなり何があったんですか? ――答えられない、と……わかりました。野暮なことは聞きませんよ」


 相手が通話を終了させるのを確認してから、真児は受話器を置いた。

 電話のディスプレイに表示されている時刻は、七時一分。


「……昨夜はお楽しみだったようだし、起こさなくていいか」


 実は、日付が変わる前に家に戻っていた真児は、二階で行われている房事に気がついて自室に戻りたくとも戻れなくなっていた。

 と言うのも、真児の部屋は真琴の隣だからだ。二人がそういう関係だと言うことを知ってはいるが、それを隣で聞かされるのは流石に気まずい。


「ふぅ、何時の間にやらプレイボーイになって……お兄さん悲しいっ!」


 などと悶えてみるが、誰もいないリビングには真児の行動をとがめる者はいない。

 寂しくなった真児は、とりあえずテレビをつけて気を紛らわせるのだった。






 大守学園。昨夜の破壊の爪あとが残るこの場所には、数多くの警察官が集まっていた。

 その中に、雪村克己はいた。克己は、市内の警察署で唯一のオカルトがらみの事件を担当する刑事だ。


「……ふぅ」


 煙草の煙を吐き出しながら、校門に寄りかかった克己はそのまま校庭を見回す。

 半壊した校舎や爆弾でも爆発したのかと、言いたくなるような校庭。ありとあらゆる場所に及んだ被害は、この場で行われたことを安易に想像させた。


「妖怪同士の抗争――それもかなりの強力な」


 強力な妖怪。克己が直ぐに思い至るのは一人と一つ。息子の使役妖怪――とは名ばかりの恋人、沙耶。そして、


「お待たせしました」


 この少年。伊吹柊が生家、伊吹だ。


「おう。終わったのか」


 適当に手で返しながら、克己は煙草を携帯灰皿に押し付ける。

「ええ。――すみませんでした。本来であれば警察の捜査が優先なのですが……僕も家の意向には逆らえませんので」


「総当主様か」


 伊吹の総当主、酒呑童子。正確に言えば、酒呑童子は総当主に与えられる称号のような物で、本名は伊吹童子だ。

 酒呑童子を筆頭とする伊吹の家系。それは、現代の日本においては数少ない鬼の純血種にして、最上位の暴力と権力を有する組織でもある。

 そして、今回の事件に関わっていると自己申告してきたのも伊吹の家だ。


「まっ、妖怪同士の抗争ってんなら警察おれたちがすることなんて、周辺の被害状況の確認くらいだけどな」


 自嘲気味に言う克己に、柊はなんとも言えないと少しだけ表情を動かすにとどまった。

 妖怪同士に抗争において、人間たちには彼らを罰する権限は基本的にない。これは、自分たちよりも劣る人間と共存することを嫌った妖怪達に対する、配慮と言う名の妥協案だ。もちろん、全てが全て罪に問われないと言うわけではないが。


「それで、周辺の被害はどうでしたか?」


「ん? そっちで把握してる通りだと思うけど」


 「確認のためです」答えた柊に、克己は懐からくたびれた手帳を取り出してページをめくった。


「聞き込みによれば、事件のあった時間帯、学園に人はいなかったらしい。一応、臨時休校の旨を伝えながら生徒の所在も一緒に確認してもらってるから、そのうち連絡が入るだろ」


 それ以外だと、前置きして克己はぐるりと周囲を見回す。その動きに合わせて、柊も首を動かした。


「見ての通りだ」


 肩をすくめる克己に、柊は苦笑いで答えた。


「わかりました。では、こちらからは後日、正式に書類として報告させてもらいますね」


 一礼して去っていく柊を見送って、克己は内ポケットから煙草を取り出す。純国産ブランドの、日景だ。


「――ふぅ。……書類、ね」


 大きく肺に吸い込んだ煙を、ゆっくりと吐き出す。


「今回の事件は、お蔵入りだな」胸中で、克己はそっとつぶやいた。






 武家屋敷の一角。柊は、着物姿で二十畳はあろうかという和室の中心に座っていた。

 対面に座っているのは、どこか柊と似た面立ちを持った青年だ。


「以上が、今回の顛末です。――父上?」


 柊は、先ほどから一言も発しない青年――柊の実父である伊吹惣一に声をかける。


「ん、何だ」


 手元の書類。今回の詳細な内容が書かれたそれから目線を柊に戻し、惣一は小首をかしげた。はたから見れば、兄弟と見間違えそうなほどに若々しい容姿を持つ惣一がそういった仕草をすると、いっそうの事若く見える。


「何だ、ではなくてキチンと僕の話を聞いてましたか?」


「……勿論だとも」


 そっぽを向いて、そんなことをのたまった父の頭を、柊は軽く――鬼の力での軽くなので人間的には思いっきり――叩いた。


「はぁ、もう一度説明しますよ。ほら、何時までも大げさに痛がってないで姿勢を正してください」


「大げさじゃなくって本当に痛いんだけどなぁ!」


 無視して柊は、傍らに用意しておいた筆箱からボールペンを取り出す。


「何も言わないでここにサインすればいいんです」


「説明するって言ったじゃんっ!」


 しぶしぶと、痛む頭を撫でながら惣一は書類に書かれている内容を読み、顔色を青くしながら柊の顔と書類を見比べた。


「ちょっ、こんなに払わないと駄目なのっ」


「まぁ、必要経費ですからね」


「必要経費って……学園の修繕費ってこんなにするの? 伊吹の者は壊してないんだろ」


 壊した奴に払わせろと、惣一は暗に言っているのだが、柊は痛ましそうな表情を作って首を振る。


「悪いんだけど、これは譲る気はないよ」


「……むぅ」


 惣一も、払う気がないわけではない。ただ、組織の長として不要な出費は抑えておきたいと言う思いもある。


「やはり、今回は破壊した相手に……」


「タンスの上から三番目」


 嫌な沈黙が、和室に流れた。


「うん、今回は特別に僕が払っちゃおうかなぁー」


 冷や汗を流しながら、惣一は書類にサインしたのだった。

一万アクセスの記念話は、事件後の後始末と言うサブタイトル後に、公開したいと思います。

 楽しみにしてくださっている方は、申し訳ございませんが、もう少しだけお待ちください。


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