二十二話 白蛇との交戦・決着
最後に、ちょっとエロイ表現が出てきます。
直接の描写はしていませんが、問題があるようならばご指摘をお願いします。
沙耶を背後にかばいながら、真琴は目線を真っ直ぐに夜刀神へと向ける。
『ふむ…思った以上に弱っておるの』
「沙耶が、がんばってくれたみたいだからね」
どこか苛立ちを含んだ声音で答え、真琴は唇をかみ締めた。
何も出来なかった自分が、むかつく。
沙耶を傷つけた、夜刀神を許せない。
『怒りを覚えるのは構わぬが…飲まれるなよ?』
念を押すような声。それに真琴は、言葉ではなく動きで返した。
一歩。飛ぶように、地面を駆け抜ける。
二歩。力強く地面を踏み込む。
「ふっ!」
走りこんだ勢いをそのままに、真琴は夜刀神の胴体の思いっきり、殴りつける。
絶叫。耳障りな声を上げて、夜刀神の体が大きく後退する。
走りこんだ速度もそうだが、真琴にはこんな力――数倍もの巨体を殴り倒す腕力はない。
それを可能にしているのは、真琴へと語りかけている女だ。
仰け反った体制を立て直し、夜刀神は威嚇するように真琴へと牙をむく。
それを無視し、下あごを蹴り上げて追撃とばかりにさらに胴体を拳で穿つ。
――体が、軽い。いや、考えるよりも早く、身体が動く。
どう動けば、的確にダメージを通せるのか。どこを狙えば、致命傷になるのか。自分が動ける限界はどれか。次々と脳裏から情報がよみがえる。
『やっと、らしくなってきたの』
「そうか? ――多分、前の俺はもっと早く動けただろ」
夜刀神を殴りながら、真琴は女にといかける。
『……否定はせぬよ。だが、今のお主ではそんなものだろう』
「だな」
言って、真琴はその場で小さく円を描くように回った。
独楽のように、片足を軸にしての回し蹴り。
風を切り裂くように、鋭く放たれたそれは夜刀神の胴体へと食い込み、はじける。
雄叫びを上げながら、夜刀神の身体が校舎へと沈んでいく。
夜刀神の叫び以上に、大きな音を立てて校舎が崩れていく。
「ふぅ…」
ため息をつく真琴の眼前では、のっそりと夜刀神が瓦礫を押しのけて起き上がろうとしていた。
「さすがにしぶといな」
四肢に込めた神力を弄びながら、真琴はリズムを取っていた足を止める。
『あれがしぶといのではなく、お主の攻撃が軽いだけだと思うがの』
失笑を伴った声。
「いや、あの巨体を動かせるだけの威力があるのに軽いって……」
『軽いさ。その程度ならば、後ろで熱い視線を送っているカラスでも出来るであろうよ』
確かに。真琴は、胸中で納得した。
だが、それは同時に今の真琴では夜刀神に勝つことは出来ないと、言葉にしないでも語っていた。
「とすると、沙耶以上の威力を持つ術を持って殲滅するか、本体を直接叩くか」
夜刀神に牽制を入れながら、真琴は思考をめぐらせる。
まず、前者は却下だ。と言うか、出来ない。
少し目線を横に向けると、月明かりに照らされたクレーターが目に付く。煌々と、赤い光をともすそれは、未だに熱を放ち続けている。
そんな術を、俺は知らないし使えない。何より、祝詞を上げる時間をくれはしないだろう。
ならば、本体を直接叩く。これしか手はない。
「本体がどこにあるか、だな」
物質が支配する現世において、精神体――幽霊とは比べるのがおこがましいほどに洗練された存在――であるせいか、現世との相性が極端に悪い。
それゆえに、神が現世に姿を現すときは神子の身体を使うか、肉体を準備する必要がある。夜刀神の場合は、後者だ。
現世で神が使っている肉体は、言ってしまえば操り人形のような物だ。だからこそ、真琴は肉体に宿った夜刀神の本体――意思を持った魂を探す。
操り人形は、操る者がいなければただの人形なのだから。
意識を、見ることに傾ける。
視界が黒く染まり、いくつもの光の筋が浮かび上がった。
様々な色を持つそれは、一つ一つが理力の流れだ。
『これは……驚いたの。よもや、ここまで見ることが出来る眼を持っているとは………案外、拾い物かもだったかもしれぬの』
つぶやきは、小声ながらもはっきりと真琴の頭に届いている。だが、真琴はそれには反応を返さずに、慎重に理力の流れを探っていく。
半径一キロ以内に、大きい理力の塊は四つ。こっちに近づいてきているのと、背後の沙耶が持つ妖力。
残りは神力。俺が借りてる力と、夜刀神の持つ力。
青く、渦を巻く力の奔流。
過去。沙耶の力を見せてもらってとき、真琴は絶対に勝てない。そう思った。
普段の真琴を一とすれば、沙耶は十。夜刀神に言ったっては五十に達するだろう。それほどまでに、真琴と夜刀神との差は歴然としている。
「けど……」
記憶を手繰る。必殺の一撃を。
狙うは渦の中心。脈打つ器官。
深く、腰を落とす。
左手を前に、右手を胸の前へ。
真っ直ぐ。ただ、真っ直ぐに夜刀神の力だけを見つめる。
「ちっ」
舌打ちを一つ。
夜刀神が、真琴の視界から消えた。捕捉することは直ぐにできた。が、
「逃げる気かっ!」
背中を向けて、夜刀神は校庭の外へと向かう。
傷ついたその身体のどこにそんな力があるのか。そう思いたくなるほど早く、真っ直ぐに動く。
「展開」
叫ぶ声。現れたのは、白く輝く檻。
「一体これは、どういう状況なんだい」
柊の、戸惑った声。理力の流れは、柊の周囲からすることから、夜刀神を捕らえている檻は、柊たちが作ったものかと、真琴は予測して足を進める。
夜刀神までの距離――後十七メートル。
持てる神力の全てを両手に回しているせいで、脚力自体に影響がでている。
後十五メートル。
夜刀神が身をよじり、吼える。
後十二メートル。
『――逃げられるの』
声には答えない。ただ一心に、真琴は足を動かす。
後九メートル。
『ふむ。ここで逃げられるのも癪だな……仕方ない、力をもう少し貸してやろうぞ』
足に力がこもる。後五メートル。
夜刀神の咆哮。身をよじり、檻を破壊した夜刀神が行動を再開する。
後、二メートル。
「そのまま飛んでっ!」
真琴が、もっとも信頼する声にしたがって動く。
「子鬼ばっかりに、おいしいところは持ってかせないわよっ!」
一閃。振りぬいた妖剣は、違わずに夜刀神の角を切り落とす。
仰け反り、歩みを止めた夜刀神を掴む手があった。
夜刀神の体躯からすれば、何のことはない大きさのそれ。先の檻よりもたやすく振り払えそうなその手。だが、夜刀神が身体をゆすっても、動かない。
右手。握っていた拳を開き、水平に構えて、弓のように引き絞る。
「はぁあああああっ!」
貫手と呼ばれるその技は、違うことなく夜刀神の本体へと吸い込まれていった。
「ふぅ――さすがに、疲れた」
長い一日だった。今日一日だけで、数週間分の労力を使った気がするよ。
事情の説明を柊に求められたけど、柊自身の事後処理の都合と疲労を理由に、今日のところは家に戻ってきた。
「今日の真琴は、すごい活躍してたものね」
濡れた髪をバスタオルで拭きながら、沙耶は俺の隣に腰掛ける。
ふわりと、沙耶が使っているリンスの香りが鼻をくすぐった。
「ははっ。援助があってこそ、だけどね」
今回のは、あいつが俺に必要以上の力を供給したおかげだ。今は声が聞こえないが、最後に変なこと言ってたな。確か、『近いうちに、我の御前に招待してやろう』だったか。 あいつが何を考えているのか、俺にはわからない。ただ、敵ではない。と思う。
「まぁ、どっちでも良いか」
「ん、なんか言った?」
「いや……」
俺は、沙耶が守れればそれで良い。
沙耶の髪――まだ少し湿っている――を撫で付けながら思う。
「でも、さ」
くすぐったそうにしながら、沙耶がつぶやく。
「無事で、真琴が……生きてて」
沙耶の手が、俺の頬に添えられる。
「本当に――よかった」
そして、どちらともなく口を重ねあった。
陳腐な表現だが、永遠とも思える一瞬と言うのは本当にあると言うのを思い知った。
「何でだろ――今日は、いつも以上に沙耶が愛おしい」
初めてってわけでもないのに、痛いほどに高鳴る心臓。顔が赤くなっているのがわかるほどに、熱を持っていく。
「ふふんっ。私の魅力は、いつ何時だって鰻上りの天井知らずだからね」
沙耶は、不適に笑って俺をベットに押し倒す。――あれ?
「私は、真琴が相手なら受けでも攻めでもいいけど…今日は」
ベットのスプリングが、きしんだ。
「私が真琴を抱きたい。真琴の温もりを、鼓動を、私の手で実感したい」
沙耶と、俺の目線が交差する。吸い込まれそうなほどに、すんだ黒目に顔が映りこむ。
「わかっ――んっ」
許可を出し切る前に、沙耶は動いた。後はまぁ、なすがまま、されるがままに流されるとしよう。
ユニークアクセスがついに1万を突破しましたっ!
これもひとえに、皆さんが読んでくださるおかげです。
本当に、ありがとうございます。これからも、日々精進を心がけて皆さんに楽しんでいただけるものをご提供できるように努力を惜しみませんので、今後ともよろしくお願いします。
記念、と言うのも変ですが、区切りが良いので何かリクエストをいただければそれにそった内容の番外編を書いてみたいと思っています。要望等、ございましたらご連絡をお願いします。