十八話 白蛇との交戦(2)
今回は少し短いです。
学園の保健室。沙耶謹製の結界に守られて、雪村真琴は雲雀の妖怪に手当てを施していた。
「むぅ、骨折が八箇所に内臓器の損傷が二箇所…治癒符では応急処置にしかならないな」
霊視を行っていた眼を閉じて、真琴はさらに治癒符を張り直していく。
効果が発揮されているのか、苦しげに歪んでいた顔は幾分和らいだものになった。
地面――いや、建物が振動で揺れる。
薬品や治療器具が納められた棚が、物音を立てて振動した。
「うっ…ここは?」
「ん、気がつきましたか。ここは大守学園の保健室です」
反芻するように、雲雀の妖怪はつぶやく。そして、
「柊様はっ!」
「大丈夫、無事ですよ、今は家に向かっている最中です」
雲雀の妖怪が目を覚ます数分前。応急処置を終えた柊は、白蛇への牽制を沙耶に、雲雀の妖怪への応急処置を真琴に任せて一路、実家への家路を急いでいた。
「そうか…」
再び、建物が揺れる。
「この揺れは?」
振動が響くのか、苦しげに顔を歪めながら雲雀の妖怪は問いかけた。
「あー、俺の連れがあの白蛇と戦ってます」
倒す気はないだろうけど。その一言は付け足さず、真琴は治癒符を新たに張りなおす。
柊の安否を確認できたおかげか、それとも傷の回復のためか、雲雀の妖怪はそれから直ぐに寝入ってしまった。
断続的に繰り返される振動。
「歯がゆい、な」
何時の間にやら握り締めていた拳を解き、真琴は目線を窓の外――校庭へとうつす。
「本当に…歯がゆい」
大守学園校庭。平時であれば、生徒たちが部活動や遊戯に活用するその場。
だが今は、戦場と化していた。
一メートルのにも満たない数十匹の白蛇が、幾たびも軌跡を描いた白刃によって両断される。
「――業火よ」
ささやくほどに小さな、けれどもはっきりと告げられた言葉。
沙耶の前方。無数に程近い数の白蛇が、数千度超過の炎にまかれ、たやすく炭化していく。
「ふぅ、これも効果なし…全く、面倒な相手ね」
炎の中心。一角を持つ蛇は未だに健在。その場で動かず、さらに白蛇を増やし続けていた。
生み出された白蛇。大きさはまちまちだが、視界を覆い尽くすほどに生み出されたそれは、いっせいに沙耶へ飛びかかる。
対する沙耶は、妖剣を斜めに構え、一息。
「しつこいっ!」
叫ぶと同時。沙耶を中心に突風が巻き起こった。
正確には、突風などではない。
その証拠に、風にまかれた白蛇の体が次々に細切れにされていく。
「っ――はぁ」
剣速結界。
沙耶が、妖剣へと封じた鬼、朧が得意としていた剣技の一つだ。
結界と銘打っているが、やっていることは単純に自分を中心に剣を振り回す。ただそれだけだ。
放つ前の溜めと、放った後の隙が大きいために多様は出来ないのが、一度に広範囲を攻撃できるので沙耶は重宝していた。
『沙耶、俺と視覚を共有しろ』
「えっ? まぁ、いいけど」
脳裏に響いてきた朧の声に従い、沙耶は視覚を剣に封じた朧と共有させる。
『やはり…夜刀神か』
「知ってるの? ってか、神って言った今?」
『ああ。神格を得た元蛇の妖怪、だったか。神としては最下級だが、
それでも一族総出で封印するのがやっとだった』
「最悪、ね」
神。
千年も前に、地上から姿を消した古の存在。その力は強大で絶対。
いつその封印が解けたのかは定かではないが、たやすく倒すことの出来る相手ではないのは確かだ。
白蛇――夜刀神は、数を出すことに意味がないと思ったのか、その巨体をゆっくりと揺さぶりながら沙耶へと近づいていく。
「…」
一瞬。沙耶は、目線を背後にある保健室の窓へと向ける。
「逃げるわけには、行かないか」
妖剣を構え、符を前面に複数展開。
――倒しきるのは無理。逃げるのも無理。だとすると――
「子鬼が援軍を連れてくるまで、時間を稼ぐ」
符が中空を舞い、夜刀神を包囲し、
「奈落の炎っ!」
巨大な火柱が、天高く燃え上がった。