十七話 白蛇との交戦(1)
今回も三人称です。
夕暮れ時。日が落ち始め、町の灯がポツポツと灯り始める時間。伊吹柊は、一人、人気のない路地を歩いていた。
「…まだか」
柊たちが調べてわかったこと。それは、襲撃者が揚力の高い者から順番に、一人でいるところを狙って行動していると言うことだった。
『こちら上空、周辺に以上はない』
上空。頭部に見事な冠羽を持つ、茶色い鳥が上空を舞う。雲雀の一族の妖怪だ。
彼のほかにも数名、物陰などに隠れて柊の護衛、周辺の探索を務めている。
「…ふむ」
妙だね。歩みは止めず、柊はそんなことを思う。
犯人の狙いは不明だが、これだけ街中を探しても異常は見受けられない。
「片鱗くらいは見えてもよさそうなものだけど――ん?」
ささいな違和感。
柊は、足を止めて周囲を見渡す。
ひっそりと静まり返った町。
人払いを済ませたのだから、静かなのは当たり前だ。だが、柊は何かの音を感じ取っていた。
ザッと、すこし強めの風が吹く。
「!」
風の音に紛れて、柊の耳は確かに一つの音を感じ取った。
とっさの判断で、柊はその場を飛びのく。 同時、複数の場所から響き渡る破砕音。コンクリートが砕ける音に混じり、柊の耳に聞いたことのある悲鳴が届く。
「くっ」
柊の心情としては、直ぐにでも周りの救助に動きたいところだが、襲撃者がそれを許さない。
再び砕けたコンクリートの中から、のっそりと襲撃者は姿を現す。
大きさは、百八十センチの柊よりも少し大きい程度。
特徴的なのは二つ。
白い。夕日ですら反射するほどに磨きぬかれた、純白の鱗。
そして、本来であれば蛇が持つべきではない鋭い一角。
色以外の共通点は見受けられないが、この蛇は先日、鏡鎧を襲った蛇と同じ存在だ。
無論、柊が知る良しもないが。ただ、柊が理解すればいいのは唯一つ。
「お前が、家の者を襲った奴か」
白蛇は答えない。いや、答える代わりに柊へと飛び掛る。
「っと。全く、せっかちな奴だね」
身をひねりながら、柊は懐から数枚の符を取り出し、白蛇へと貼り付ける。
「まぁいいさ。君が町に害をなす存在だと言うのは、間違いなさそうだしね」
発。一言、柊はそうつぶやく。
白蛇に貼り付けた符に紫電が走り、轟音と発光を周囲へとばら撒いた。
紫電符。柊が使用する、雷を操る符だ。
光が収まり、鱗が逆さにむけた白蛇が音もなく地面へと倒れ付す。
あたりに、肉の焼け焦げた臭いが漂う。
『柊様、ご無事ですか』
「僕は大丈夫だ。それよりも被害は」
上空からの声に、柊は即座に返す。だが、その視線は焼け焦げた白蛇に向けられたままだ。
『…私と柊様をのぞき、全員です』
少しだけためらった後に、雲雀は告げた。
「そうか」
渋い顔を作り、柊は白蛇をよく見ようと一歩、足を進める。
『柊様っ!』
叫ぶ声。
再び隆起した地面。
そこから姿を現したのは、先の数倍はあろうかという白蛇。
上空。一直線に、柊へと向かう雲雀の妖怪。
柊。懐に手を入れ、一枚の符を取り出す。
間に合わないか?
柊の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。
眼前。一メートルを切った位置には、大口を開いた白蛇の顔。
水のはねる、音がした。
暗くなった路地。柊は、ぐったりと動かない雲雀の妖怪を抱えて、必死に走っていた。
「柊、さま。どうぞ、私は捨て置いてください」
「だめだ」
短く答え、柊は背後へと数枚の符をばら撒くように投げつける。
炎が燃え上がり、巨大な壁を作り出す。
その壁を、白い鱗がたやすく蹂躙する。
白蛇は止まらない。
這いずり、時に飛び掛り、柊との距離を少しずつつめていく。
「思った以上に速いか――とは言え、引き離しすぎるのも上策じゃないし」
走ろうと思えば、柊は今よりも速く走ることが出来る。だが、距離を取りすぎれば白蛇の標的が別に移ってしまう可能性が高く、実行することが出来ないでいた。
「おっと」
「っ!」
飛び掛ってきた白蛇の頭を足場に、柊はさらに高く跳躍。
治癒符と呼ばれる、痛みを和らげる効果のある符を雲雀の妖怪に貼り付ける。
白蛇が起き上がる前に、柊は近くの電信柱を足場に、蹴るようにして前へ飛ぶ。
そうして、また走り出す。
「ふむ。あいつの攻撃手段は、突進くらいしかないようだね」
「っ、ですが…身体を、複数にわける力も、はぁ、あるようです」
「無理に喋らなくていいよ」
柊は、もう一枚の治癒符を雲雀の妖怪に貼り付ける。
今ので最後か。
柊が用意した治癒符は全部で五十枚。その全てを、たった今使い切った。
攻撃用の符は後十七枚。さすがに、まずいかな。
焦りを微塵も表に出さず、柊は少しだけ速度を上げる。
柊の正面。地面が隆起し、小柄な白蛇が姿を現す。
踏み込んだ足で、柊は一気に駆け抜ける。
「さて、残り数キロ。いい加減に誰かしらの応援があってもいいと――っ!」
柊の前方。目測で、十以上の地面が隆起し、白蛇が姿を現す。
「ちっ!」
舌打ちを一つ。白蛇の頭を踏みつけて、高く上に飛ぶ。
背後、背中から全身にかけての衝撃。踏ん張る足場のない空中において、その痛みは余すことなく柊の全身を駆け巡る。
「ぐがっ」
それでも柊は、無理やりに体制を立て直し、飛ばされた勢いをそのままに地面へと足を突く。
ぐらりと、柊の体が揺れる。
ひときわ大きい、今まで柊を追いかけていた白蛇がゆっくりと近づく。
「――ここまでか」
わずかでも情報を伝えるために、抱えた雲雀の妖怪だけでもした柊に、聞きなれた声が届いた。
「勝手に、諦めてんなっ!」
白蛇に向かい、とび蹴りを入れる二人の男女。
「ああもうっ! 何だって、子鬼なんか助けに入るのっ!」
口では文句を言いながらも、沙耶はしっかりと手持ちの符を使用して白蛇への牽制をおこなう。
「いや、友人がピンチだったら助けるのは当たり前だろ」
治癒符をペタペタと、柊と雲雀の妖怪に張りながら真琴が答えた。
「なっ、真琴君? なんでここに」
「いや、何でって学園の直ぐそこだし」
言われ、真琴が指差したほうを見る柊。
そこには確かに、大守学園の校舎が建っていた。
「はいは〜い。お喋りはそこまで。とりあえず、学園内まで逃げるわよっ!」
両手を翼に変えた沙耶は、ついでとばかりに変化させた両足で、真琴と雲雀の妖怪を抱える柊を掴んだ。
「とりゃああ」
妙な掛け声と共に、沙耶は中空へと飛び立つ。
さすがは鳥の妖怪と言うべきか、一息で二階建ての民家を跳び越して、大守学園の屋上へと向かう。
「…真琴君。いつもこんな屈辱的な運ばれ方をしてるのかい?」
「いや、俺だけのときは背中だな」
四人の眼下では、白蛇が沙耶の後ろを追うように移動を開始していた。
反撃の狼煙はまだ上がらない。