十六話 真琴は身体測定中
「柊様」
「ん、なんだい」
昨日、連絡の途絶えた鼠一族が最後に見回った場所。
その現場を視察していた僕に、雲雀の一族が声をかけてきた。
「一度、ご休憩を挟まれてはいかがでしょうか」
もうお昼過ぎです。そう言って差し出された時計は、確かに一時を回っている。
僕個人としては、一食を抜いたくらいでは倒れたりはしない。
だが、一応は上司である僕が食事を取らないと
遠慮して食事や休憩を取らない者が多くなるのも事実。
「わかった。情報の整理がてら、休憩を挟もうか」
「かしこまりました。再開は、何時ごろにいたしましょう」
「そうだな…三時からで頼むよ」
今からだと二時間近くの休憩になるけれど、
昨晩から働きづめの者もいるのだから短いくらいだ。
マナーモードにしていた携帯が振動する。
取り出してみると、液晶には真琴君の名が記されていた。
「やぁ真琴君。授業中に電話だ何て、緊急の用事かな?」
『…気持ち悪い声を出さないでくれる?』
「なんだ、年増カラスか」
家と関係のない、唯一の交友関係でもあり自惚れでなければ
親友といってもいい雪村真琴君の、使役妖怪である沙耶からの電話だった。
「それで、君がわざわざ僕に電話してくるなんて真琴君に何かあったのかい?」
真琴君に常時貼り付けている符には、何の変化もない。
『ええ、ちょっとね』
どこか、嘲りを含んだ声質は、僕の神経を逆なでした。
『取り合えず一週間。真琴は私の言うことを聞かせるようにしたから、
あんたには合わせないわね』
「ちょっと待ちたまえ。それは、どういう意味だい」
真琴君が言うことを聞く? 子犬チックで、基本的に誰にでも従うところのある真琴君が言うことを…何時もと変わらない気がするが、とても心躍る単語だね。
『どうもこうも、今日の昼休みに私が真琴と賭けをして得た正当な報酬よ』
携帯の向こう側で嗤っているのが安易に想像できるほどに、声が震えている。
『さし当たって、今日は…ああ、違った。今日も、ね。一緒に寝る予――』
最後まで聞く前に、破砕音が耳に届いた。見てみれば、手の平にあった携帯電話はものの見事に粉砕されている。
「どうもいかんね。真琴君のこととなると、我を忘れる」
ばらばらになった携帯電話をポケットに突っ込み、代わりに煙草を一本取り出す。
「…一週間か」
ふざけた内容の電話だったが、目的は真琴君を一週間のあいだ僕に――事件に関わらせないと言う連絡だったのだろう。
僕個人としても、真琴君が事件に関わるのは反対だ。だが、伊吹の家は真琴君を遊ばせておくことはしない、と断言できる。
真琴君が持つ、異常なまでの霊視能力。
霊視とは本来、不可視の者を見るための力だ。
だが、真琴君はそれに留まらない。
見えないものを見るのに加えて、そのものが保有する情報まで読み取ってしまう透視系。
遠く離れたものや、そのものが辿ってきた歴史を道にたとえて見極める千里眼。
そのどちらも、見ることに特化した妖怪達が保有する力だ。
確かに、真琴君の協力があれば事件の解決は早くなるだろう。だが、同時にそれは真琴君の名が伊吹の本家、あるいは上位の妖怪達に知られる可能性もありえる。
そうなってしまえば、妖怪達は人間との抗争に真琴君を利用するはずだ。
人間たちの一部は、数百年前から変わらずに妖怪達の支配を受け入れていない。
彼らとの抗争は、当然のように死者がでる。無論、人間の。
抗争に巻き込まれれば、いやおう無しに真琴君は同族を殺すことに加担してしまう。
「それだけは、避けないと」
言葉にして、決意を新たにする。
この一点に関しては、沙耶も同じらしく僕に対しても協力的だ。
「柊様、お食事のご用意が整いました」
だからこそ、この事件を解決しないと。
「ふぅ、せっかちな男ね」
まぁ、用件は伝えたから問題はないけどね。
「真琴が知るのは三日後、って所かしらね」
事件の性質上、伊吹の家が隠しておけるのはそのあたりが限界だ。
警察が介入を始めれば、克己――真琴の父親――も知ることになる。
そうすれば必然的に、克己は真琴に霊視を依頼に来るでしょうしね。
真琴が事件を知れば、柊か警察のどちらかに協力して事件を解決しようとする。
これは、絶対と言っても良い。
「まったく、気苦労が耐えないわ」
今日の特訓も、まさか自傷行為の走ってまで私に一撃を入れようとするなんて思いもしなかった。
『だが、お前が望んだことだろう』
頭の中に、聞きなれた声が響いた。
「朧? 起きてるなんて珍しいわね」
朧は、私が持つ両手剣に封印された妖怪だ。だから、妖剣オボロ。
本当は力だけを剣に宿したかったのだけど、何を間違ったのか意思も一緒に封印してしまったせいで、こうしてたまに話しかけてくるのだ。
『ああ、どうも知っている気配がしてな。久方ぶりに眼を覚ました』
知っている気配…ああ、あいつか。
「多分、隼人坊やのことね」
あの坊やの出身地は、たしか朧が支配していた里だったと思う。
『隼人…ふむ、たしかに気配はするが……』 反応が乏しいわね。
「坊やでないなら、誰の気配よ」
この町に来てからはや三年。その間に、朧が起きていたことは結構な回数があるけど、こんなことを言い始めたのは初めてだ。
『いや…そんなわけはないか。すまん、俺の勘違いだ』
それっきり、朧は再び黙ってしまった。
「妙な胸騒ぎがするわね」
情報がもう少し欲しいところだけど、今の私に従う従者はいない。
必要ならば、自分の足で集めるしかないのだが、あいにくと今日から一週間は私にそんな暇はない。
「取り合えず、子鬼から定期的に情報を仕入れよう」
出来ることからこつこつと、ね。