十五話 昼休みの一幕
昼休み。俺の着替えやら何やらで出遅れたが、
幸いにもそれほど混雑していなかったおかげで、
昼食自体はあっさりと取り終わっていた。
「むぅ」
「さてさて、どっちがババかなぁ?」
俺の前で、ちらちらと二枚のカードを揺らす臼井さん。
軽い口調のわりには、その顔は真剣そのもの。
対する俺も、自分の顔が強張っているのがわかる。
たかがばば抜きと侮るなかれ。沙耶発案のこのゲームは、
ルールこそ通常ばば抜きだが罰ゲームが恐ろしく厳しいのだ。
さし当たって、一回戦目の敗者である矢口君は油性ペンで額に凸の字を書かれていた。
意味はわからないが、沙耶の考えることなので深くは考えないようにする。
そして今、二回戦目の敗者を決めるべく俺と臼井さんは骨肉の争いを繰り広げているのだ。
「――これだぁ!」
ひそかに霊視を使い、ジョーカーを見極める。
俺から見て右側。ならば、左側のハートの三を取れば俺の勝ちだ。
「ふっ、くふふふ」
俺が引いたカードを見る前に、臼井さんがうれしそうに笑う。
「あらら、してやられたわね」
「って言うか臼井も大人気ないというか」
周りの様子に不吉な予感を覚えた俺は、ゆっくりと引いたカードを裏返す。
三日月に揺られて笑うジョーカーと眼が合った。
「んなっ!」
ありえない。俺は間違いなく、ハートの三を引いたはず。
「おんやぁ。どうしたのかな? 二分の一の確立なんだから、
ジョーカーを引くこともあるでしょうよ」
唖然としている俺に、そんな声が届く。
うっわっちゃあ、これは霊視したのばれてるな。
「いやいや、なんでもないですよ?」
いいながら、背後でカードをシャッフルさせる。
これで臼井さんにジョーカーを引かせても、
俺があのすり替えを見破れなければ、勝ち目はないな。
「さぁ、引くがいいさ」
勢いよく、左右の手に一枚ずつカードを持って見せる。俺から見て、右がジョーカーだ。
「……ねぇ、雪村君。気づいてた?」
臼井さんは、右手を左右のカードの間で彷徨わせながら口を開いた。
「…」
心理戦かと思い、俺は口を閉ざす。
「雪村君は、ジョーカーを置くとき――」
臼井さんの手が、右のカードに触れる。よし、そのまま引け。
「右側に配置するんだよね」
すっと、反対の手で左手のカードが抜かれた。
臼井さんの左手には、俺が渇望したハートの三と俺の手元にあったスペードの三。
それが、二枚重ねられた状態ではらりと、机の上に落ちた。
「はい、真琴が罰ゲームっ!」
「よしよし。何が出るかなぁ」
罰ゲームは、ゲーム前に書かれた罰ゲームの紙を引くことで決定される。
内容は皆で書きあったので、何があるかは全くの未知だ。
俺のが出れば良いのだけれど。
「えっと、一枚脱げ」
「沙耶、エロ系はなしだって言っただろう」
「んなっ! 私じゃないわよ」
と言いつつも、沙耶の目線は期待に満ち溢れている。
間違いなく、沙耶が書いたな。
「…はぁ、これで良いな」
ジャージの上を脱ぎ、背もたれにかける。
別段、これくらいなら恥ずかしくも何ともないしな。
何より、沙耶の期待に満ちた目を裏切るのは結構辛い。
「後十五分か、もう一戦くらいは出来そうね」
臼井さんは、集めたカードを切りなおしながら言った。
「そうだな。確か、身体測定が始まるまでは教室待機だったし」
「そうね。まだ私が書いた罰ゲームは一枚残ってるし」
場のムード的にはもう一戦おこなうみたいだけど、なんか嫌な予感がするんだよな。
その予感は、やはりと言うかなんと言うか見事に的中した。
「さて、どっちがババかなぁ」
こいつ絶対に、どっちがジョーカーだかわかってる。
「ん〜、やっぱり今回も雪村が罰ゲームかな」
確かに、今のままでは勝ち目はない。
そもそも、俺が引くことが出来ない今の状況で勝つことを考えるのは無意味だ。
けれど、このターンをしのげば勝てる見込みはある。
ダイヤの九と重ねられ、沙耶からは見えない位置。そこに、ほんの少しだけ付けられた傷。
このカードを、沙耶が俺に見えるように持ってくれれば勝ち目はある。
そのためにも――
「よし、こっち!」
沙耶の手が、カードに伸びる。
俺は右のカードを沙耶が取りやすくなるように、ほんの少しだけ動かす。
沙耶ならば、今のかすかな動きでも見切ることが出来たはず。
それを察知したのか、そもそも手を伸ばしたのがフェイクなのか、沙耶の手は左に伸びる。
そっちが、ジョーカーだ。
「ふふ」
左のカードに手をかけて、沙耶は薄く笑う。
「ねぇ、真琴。一つ賭けをしない?」
「賭け?」
「そっ、賭け。罰ゲームは受けてもらうけど、それとは別に私との個人的な勝負」
むぅ、どうしようかな。このまま沙耶が引けば、俺が勝てる確立は結構高くなる。
けど、このタイミングで沙耶が切り出す以上、沙耶もまた勝つ算段がついてるんだろうし。
「いいんじゃない?」
賛同の声の主は、場に捨てられたカードをまとめていた臼井さんからあがった。
「勝つ自信があるんでしょう」
それは確かに。でも、これだけは聞いておかないと。
「内容は?」
「私が勝ったら、今日から一週間。真琴は私に絶対服従ね。私が負けたら、その逆でどう」
「ちょっ! 何だその男心をくすぐる魅惑の賭けはっ!
勝っても負けても美味しいじゃないか」
「ん〜」
俺が勝ったら、一週間は沙耶が服従か…母さんが帰ってくるまでの家事をやってもらうか。
――駄目だな。絶対に、なんだかんだと理由をつけてサボる。
逆に、俺が負けた場合はどうだろう。
「考えるまでもないか」
正直なところ俺にメリットがあるようには思えないけど、勝てばいいか。
「わかった、乗るよ」
「言ったわね――」
沙耶の眼が細められる。あれ、なんか地雷踏んだ?
ジョーカーに触れていた指が離れ、反対側にあったダイヤの九を抜き去った。
「あっ」
と言う間に手元から消えたダイヤの九。
「あらら」
「ふふふっ、はは、はぁーははははははははっ!」
沙耶の高笑いをバックに、俺はがっくりと膝を突いたのだった。