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十四話 四時間目・真琴と沙耶の訓練

 矢口君の笑い声を背景に、俺と沙耶は数メートルの距離を置いて向かい合っていた。

 目測で八メートル。普段の俺なら、六歩は必要となる距離だ。

 沙耶なら一歩なんだけどなぁ。

 そんな埒もないことを考えて、何時もよりも軽快にステップを踏む。

 やっぱり、体がぜんぜん軽い。


「これならっ――」


 力強く、一歩を踏み込む。


「いけぶばっ!」


 沙耶を、真っ直ぐに捕らえていたはずの視界が真っ暗に染まる。

ツンッとした痛みが、鼻を中心に広がった。


「あのねぇ、その程度の速度で馬鹿正直に真正面から突っ込まれても、

簡単に打ち落とせるのよ」


「イタッ! ちょっ、突くなっ、痛いっ! 地味に痛いっ!」


 刃引きされているとはいえ、それなりに尖った両刃剣で背中を突かれる俺。


「ほれほれ。突かれるのがいやならとっとと起き上がって、

かかってきなさい。今のままじゃあ、私に一撃を入れるなんて奇跡、起こせないわよ?」


 バカした言い方に、さすがの俺もカチンと来たね。


「上等。絶対に一撃入れてやる」


 跳ね起きて、再び構えをとる。

 一撃を入れるのに必要な絶対条件は、理力を使いこなすこと。そのためには――

 霊視。

 眼前で不適に笑いながら立っていた沙耶が、真っ赤にそまる。

 沙耶との距離は近づかず、離れず。沙耶の攻撃がギリギリ届く範囲で、

弧を描くように動く。

 振るわれる刃。右手の赤が少しだけ濃くなる。

 刃を潜り抜け、懐に飛び込む。脚の赤が濃くなると同時に、

沙耶は後ろへと一歩飛びのく。

 俺の狙いは単純だ。沙耶の、理力の使い方を霊視で見て、

その方法を真似る。ただそれだけだ。

 両刃剣を打ち払う。

 その勢いに任せて、さらに沙耶との距離をつめる。

 肘技、手技、脚技。フェイントを織り交ぜた連撃。


「よっ、とと」


 それなりの自信を持って放たれた攻撃は、そんな掛け声とともに軽くいなされてしまう。


「甘い、甘いっ! 格上相手に攻撃をするなら、次の防御も考えておかないとね」


 沙耶は、力強く練武場の床を踏みしめる。と、同時に肩からぶち当たって来た。


「くっ!」


 避けるのは無理かっ!

 左右の手を交差させ、両足に力を込める。

 ――これを耐えて、重めの一撃を…ん?

 沙耶の肩に集まった妖力が、何かの形に変わっていっている?

 衝撃と浮遊感。

 沙耶の肩をよく見ようと防御が疎かになった俺は、

なすすべもなくあっさりとかなりの距離を飛ばされてしまった。


「〜〜っ!」


 痛みに叫びそうになるが、それを何とか口の中で押し殺して、もう一度立ち上がる。

 理力が溢れているせいか、体の回復は早くなってるな。


「とっさの防御としては及第点、って所かしらね」


「何のこと?」


 今の防御のことと言うのはわかるが、

まともに受けきれずに数メートルも吹っ飛ばされた俺に対する嫌味か?

 とも思ったが、沙耶は俺の返答に沙耶はキョトンと眼を瞬かせて小首をかしげた。あっ、その表情なんか可愛い。


「何って、今霊力で防御したでしょ?」


「へ?」


 霊力で? そんな実感は全くない俺は、防御しようとしていた両手をまじまじと見つめる。


「う〜ん。自分で意識して行ったわけじゃないのか

…反射的に防御が発動するなら、防御せざる終えない状況を何度も繰り返せば

使えるようになるかも」


 よく聞こえないが、なんとなく不吉なことを言っている気がした。


「よし、こっちの攻撃回数を増やそう」


「えっ?」


 いきなりの宣言に、俺の背筋を冷や汗が伝う。


「取り合えず…今まで倍くらいでGO!」


「ちょっ、まてぇええええっ!」






「はぁ、はぁ、はぁ」


 全身から水分と言う水分が噴き出し、衣服が湿った肌に纏わりつく。気持ち悪い。

 カラカラと乾いた喉で、あえぐ様に呼吸を繰り返す。

 いくら傷が治るとはいえ、俺の体力自体は平均――霊能力者としては低いほうだ。

 その俺が沙耶の攻撃に対応することができていたのは、

単に沙耶が積極的に攻めてこなかったというだけのこと。

 今までは沙耶が俺のレベルに合わせていたと言うことはつまり、俺のレベルがそれほどまでに低かったことを示唆していた。


「くっ」


 何度目になるかわからない沙耶の剣戟を、霊力をかき集めることで防ぐ。

 霊力によって作り出した盾。物質に干渉できるほどに密度を上げることで作り出す、お手軽な結界みたいなものだ。

 攻撃には、体内で循環させた霊力で霊体を強化。身体能力を上昇させて、攻撃が当たると同時に爆発させる。

 沙耶が繰り出した両刃剣を、強化した拳で弾き返し、逆の手で追撃。


「へぇ、攻撃と防御の基礎は出来るようになったみたいね」


 俺の追撃を一歩引くことでかわした沙耶は、両刃剣を肩に担ぐように持ち上げた。


「はぁ、はぁ、はぁ…ん、おかげさまで、ね」


 霊力が潤沢に溢れている今だからこそ、このような芸当が可能なのであって、

普段であればせいぜい、聞き手に霊力を集めて爆発させるくらいか。


「とはいえ、まだ私に一撃を入れてないよね」


「ああ、それは…まぁな」


 正直、沙耶の実力を侮ってた。今の俺じゃあ、千年経っても沙耶に一撃を入れるなんて無理な気がする。


「真琴も限界みたいだし、次で終わりにしようか」


 言って沙耶は、両刃剣を構える。


「わかった…なら、これで一撃入れてみせる」


「随分こだわるわね――まぁいいわ。かかってきなさい」


 沙耶の目つきが鋭くなる。

 呼吸を整え、霊力の残量を確認。

 俺が保有する霊力量の二倍程度、か。もう、ほとんどないな。


「はぁ――ふぅ」


 浅く、呼吸を繰り返し、霊力を右手と左手の二点にかき集める。

 霊力――おそらく、理力全般を扱う上で重要なのは想像すること。

 形がなく、未だにその存在の全てを解明しきっていない理力。だが、使用者の意思に応じて形を変えるのは間違いがない。


「だったら――」


 一歩、疲労で震える足に力を込めて――真っ直ぐに駆けるっ!

 沙耶との距離は目測で五メートル。沙耶が攻撃を仕掛けてくるのは、おそらく二メートル地点。

 霊視によって得た情報は、理力の扱い方だけではない。

 沙耶の、両刃剣を持つ右手に妖力が集まっていく。

 透視系の霊視は、理力を見ることが出来る。それは、相手の理力の流れでも同じだ。

 振り下ろされる刃。狙いは俺の額。

 沙耶の右手と左手に集まっている妖力。おそらく、この剣戟を回避したら左手で殴られる。

 今までであれば、何の考えもなしに両刃剣を回避していた。

 だが、今は違う。

 沙耶の本命は、左手に込められた妖力。そちらを当てるために、左側に回避しやすいように振るわれる両刃剣。

 右斜め上から額へと向かう両刃剣。今から右に避けると、どうしても体制が崩れる。

 だから俺は、右にも左にも避けない。


「っ!」


 左手に痛みが走る。だけど、上手くいった。


「ばっ、またっ!」


 昨晩言われたとおり、チャンスを掴むために左手を捨てる。

 両刃剣を握りこんだ左手に、うっすらと血がにじむ。

 痛むのは後。今は…


「あたれぇええええ!」


 雄叫びとともに、狙いも何もなく真っ直ぐに沙耶へと拳を放つ。


 外すわけがない。そう思っていた一撃は、沙耶の眼前数センチ前で停止させられていた。


「驚いた、本当に一撃を入れるなんてね」


 妖力によって作られた赤い盾に阻まれた俺の拳を、沙耶は面白そうにつつく。


「でも、その方法はちょっと気に入らないかな」


 今まで戦っていたのが嘘のような、穏やかな口調。

 だけど、眼付きは驚くほどにつりあがって――やべ、本気で怒ってる。


「だから――お仕置きね」


 気がつけば、数歩はなれたところに両刃剣を斜めに構える沙耶の姿。


「私の必殺技――動かないでね、死ぬから」


 言うが早いか、沙耶の姿が陽炎のようになって消える。

 どこに。その答えは、直ぐに出た。

 始めに見えたのは一筋の剣線。気がつけば俺の鼻先を通過していた。

 その一閃を境に、その技は放たれる。

 俺の耳に刻まれていく風を切る音。

 竜巻の如く、次々と繰り出される剣戟。

 かすめるように切り裂かれ、血しぶきが舞うと同時に治癒していく肌。

 動けるわけがない。

 怖い。

 ただひたすらに、俺へと害をなす刃が振るわれる。


「最後っ!」


 大上段から、真っ直ぐに振り下ろされた両刃剣が練武場の床をえぐる。


「うっあ」


 どさりと、まともに立つことができなくなった俺は練武場の床に尻餅をつく。

 眼前では、沙耶が俺に向かって両刃剣を向けている。

 それに合わせるかのように、授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

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