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十三話 四時間目・科目・理力

今回、試験的に行間を広げてみました。

読みづらい、またはこちらの方が読みやすい等ございましたら、ご一報ください。

 四時間目の開始早々、先生は台車に乗せて大きなタルを運んできた。


「理力の流れを全身に作る方法だが、実は二種類ある。今日中に使えるようになる方法と、一年かけて調整する方法の二つだ」


 ポンと、心地の良い音を立てて先生は持ってきたタルを叩く。


「取り合えず、今すぐに理力を使えるようになりたいって奴以外は、

時間をかけることをお勧めするよ。時間をかけない場合は当然、相応の苦痛を味わうことになるからな」


 少しだけ、あたりがざわつく。

 当然と言えば、当然か。苦痛――好んで痛い思いをしたがる人なんていないもんな。


「でだ、ゆっくりと時間をかけたい人はこのまま練武場の奥に移動する。

そこで講義をしながら、理力の扱い方を教えるから。今日中に使いたい人は、

この中にある物を柄杓で一杯分、飲み干してくれ」


 先生は、柄杓をタルの上においてから練武場の奥へと移動を始めようとして、もう一度こちらを振り返った。


「ああ、そうそう。その中にある物、簡単にいわば御神酒なんだが、

それを飲んでしばらくの間は理力の量がすごい事になってるはずだ。

そのへんの道具類は好きに使っていいから、理力の扱い方を把握しておくと良い」


 その辺と言われ、ざっと辺りを見回してみると練武場の隅にいくつもの刀剣や符が置いてある一角があった。

 まぁ、刀剣類の扱いがへたくそな俺には意味のない代物ばかりだな。

 そんなことを考えていると、先生の後をついて十数人(だいたい、クラスの半分くらいだ)の生徒たちが移動していく。

 この場に残ったなかで、見知った顔なのは矢口君と、同じクラス委員長である臼井さんくらいか。

 残ったは良いが、飲む決心がつかないのかタルに近づいていく生徒はいない。

 俺は一度だけ、目線を壁際の沙耶へと送る。

 沙耶は特に何をするでもなく、腕を組んでこちらをジッと見つめていた。

 ――よし、大丈夫。

 沙耶が見ているのならば、怖気ずく理由なんてない。

 動かない周りをすり抜けて、俺はタルの前に立つ。

 二本ある柄杓のうち、一本を手にとってタルの蓋を開ける。

 開放された酒気が、鼻をつく。やば、ちょっと美味しそうだと思ってしまった。

 柄杓の中を御神酒でいっぱいにし、ゆらゆらと揺らめく自分の顔と目線を合わせる。

 俺の背中に、ヒシヒシと突き刺さる視線に苦笑いして、

俺は柄杓の中身を一気に飲み干した。

 だれかの、生唾を飲み込む音が背後から聞こえる。

 喉の奥に、酒類固有の苦味とも評すべき味が広がっていく。

けど、それ以外にこれと言って変化は…


「うっ」


「雪村っ!」


 矢口君か、臼井さんかどちらかはわからないが、心配そうな叫びが届いた。

 でも駄目だ、そんなことに構っている余裕はない。

 体の奥底を這いまわる奇妙な感覚を、必死にこらえる。


「っ…、くっ」


「早く吐き出せっ!」


 誰かの手が、俺の背中をさするように這う。

 何かが、その手にあわせて俺の体の中を這いずり回る。


「ぷっ…うくっ、…ちょっ」


 駄目だ、さわるなっ!


「もっ、だめっ…ぷくっ、ふは」


 苦痛。痛みを連想しそうな言葉だけど、またもや先生にだまされた。


「あはっ、ははっあはははははははは」

「ゆ、雪村?」

「ばっ、くすっ、くすぐったあははははははははは」


 体中を、モップみたいな何かで撫でるように這いまわされる感覚。

痛みであれば、耐えられる自信はあったけど、これは無理。絶対に無理だ。


「ははははははははははははは」


 練武場に、俺の笑い声が木霊した。





「はぁー、はぁー。やばかった」


 床に膝と両手をつき、荒く呼吸を繰り返す。


「あー、雪村、大丈夫か?」


「なんとか、ね」


 気まずげな矢口君の手を取り、立ち上がる。笑いすぎて喉と腹筋がものすごく痛い。


「どうしたんだ? 突然笑い出して。正直、ものすごく変だったぞ」


「ああ、うん。まぁ、飲めばわかると思うけど、全身がくすぐったかっただけだよ」


 正直、もうごめんだ。


「うっ、それじゃあ御神酒を飲むと、全員がああなるのか」


「多分ね」


 それはいやだなぁ、と矢口君は視線を回りに動かす。

つられてそちらを見れば、他の人たちもさらに及び脚になっていた。

 でもまぁ、やるやらないは俺が決めることじゃないからな。

別段、それ自体は俺に文句はない。


「と、そうだ。雪村、理力はどうだ?」


「うん、そういえば」


 意識を集中すると、体内から体外へとどんどんとあふれ出す緑色の線が見えた。


「成功はしてるみたい。今なら、身体能力も相当上がってるかも」


 トントンと、その場で跳躍を繰り返す。


「うん。何時もよりも、ぜんぜん体が軽い。これなら、沙耶にも一撃入れられるかも」


 倒せるなんて、自惚れることが出来ないのが痛いところでもあるけど。


「へぇ、それなら試してみる?」


 いつの間にか近づいてきていた沙耶が、不適に微笑みながら練武場のあいているスペース―

―庭先の数十倍はある――を指差した。


「俺としては、是非と言いたいところだけど、組み手なんてして良いのかな」


 他の人たちはどうだが知らないが、沙耶は真剣を持ち出してくるからな。


「別にいいんじゃないか? さっきその辺の刀剣は好きに使っていいって言ってたしさ」


 矢口君の言うことももっともだが…う〜ん。


「一応、先生には話しておくよ。後で、何か言われるのも面倒だし」


「心配性ねぇ」


 言って沙耶は、先ほどとは質の違う笑みを浮かべた。


「じゃあ、俺は御神酒でも飲んでおくかな」

 後ろ手に手を振りながら、未だに誰も手をつけていない

御神酒へと矢口君は気楽そうに近づいていく。


「じゃあ俺は許可をもらってくるよ」


「りょ〜かい」





「別に構わないぞ」


 思いのほか、たやすく許可を得ることが出来た。


「ただし」


 あっ、やっぱり条件がつくんだ。


「武器は、ここに置かれている刃引きのされている物を使うこと。

それと、範囲符術を使わないこと」


「二つとも、沙耶への条件ですね。伝えておきます」


 俺は武器は使わないし、符術も使えないしね。

 了解の意を伝え、立ち去ろうとした俺に先生は待ったをかける。まだ何かあるかな。


「なぁ、雪村。ずいぶんと理力が安定したまま巡回してるようだけど、

理力を使った経験ってあるのか?」


 どこかいぶかしげに、先生は聞いてきた。


「少なくとも、覚えている範囲ではないですね」


 ――いや、忘れているだけだ。

 頭のどこかで、そんな声が聞こえた。


「相川先生、ちょっと良いですか」


「ああ、構わないぞ」


 会話の合間を縫って、クラスの女子生徒が先生へと質問を投げかける。

 これ以上残って話すことでもないか。

 そう思った俺は、沙耶が待つ練武場の一角へと脚を向けた。

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