プロローグ・いつもの夢
あたり一面に、黄金色が広がっている。
――ああ、何時もの夢だ。これで、何回目だったかな。
そもそも、見始めたのは何時だったか。
頭の片隅で、そんなことを思いながらも夢は止まることなく進んでいく。
俺の視界に写っているのは、一人の、赤くて黒い女の背中。
ドス黒い色が、彼女の青みがかかった長髪を黒へと変えていき、鮮血の赤が、緋色の着物をよりいっそう赤へと変えていく。
彼女自身の血でなければ、それは間違いなく他人のもの。
仮に重傷者を救助していたとしても、着物を染め上げるほどの血がつくはずも無い。
だからそれは、誰かの血。彼女の友人か恋人か、肉親か。
あるいは、俺の家族か友人かそれとも全く知らない誰かの血なのか。
「――」
これが夢だからなのか、俺の口は確かに彼女の名を口にしたのに、
俺の頭の中にその単語が入ってくることは今まで一度も無い。
「――」
彼女の言った言葉もまた、しかり。
俺は、数えるのも億劫になるほどこの夢を見続けていながら、
ただの一度も彼女の言葉を、俺が言った言葉を理解したことは無い。
彼女は、ゆっくりとこちらを振り返り、俺を招くように両手を大きく広げる。
またか。落胆とともに、俺は何度と無く見続けた彼女の顔を見た。
彼女の顔。正確には、顔があるべき場所は、真っ黒に塗りつぶされている。
俺が思い出せないせいなのか、それとも元々そういう顔なのか、今の俺ではわかるはずも無いし、確かめる手段も無い。
「――」
「――」
いくつかの言葉が交わされる。けれど、
やはりと言うべきか、そのどれもが俺の頭の中に入ってくることは無い。
やがて、黄金色に輝いていた麦畑がゆっくりと黒く染め上げられていく。
「――」
それは、俺が発した言葉なのか、彼女の言葉なのかは俺にはわからない。でも、一つだけ理解できていることがある。それだけは、記憶でも夢の記録でもなく、ただ、理解できる。
その言葉で、俺と彼女は二度と分かり合えなくなったんだと。
同時に、俺と彼女は全く同じ構えを取る。
右足を引いて、深く腰を溜め、左手を前に、右手は平手を水平にして胸の前に。
先に動いたのは彼女だ。
五メートルほどあった距離を、
一息の間すら存在しないほど速く、俺の懐へと飛び込んでくる。
わずかに遅れて、俺の体も動いた。正確に言えば左手だけがだ。
俺と彼女の左手は、互いの顔をしっかりと捉え、そして――
俺の右手は、彼女の胸を貫き。
彼女の右手は、俺の心臓を貫いた。
痛みは無い。
だってこれは夢だから。この時の俺は痛かったかもしれないが、覚えてすらいない記録の中では、痛みを感じるはずも無い。
――そのはずなのに。どうしてこんなにも、胸が痛いのだろう。
俺と彼女は、互いに組み合ったまま動かない。いや、俺は動くことができない。
体温が、急激に下がっていくのを感じる。それにともない、しっかりとつかんでいたはずの左手が、力なく垂れ下がった。
そして、俺の体が麦畑に沈んでいく。
当たり前だ。胸、心臓のすぐ側を貫かれて、
平然としていられる人間なんているはずが無い。なのに彼女は、変わらずそこに立っている。
彼女は、相変わらず黒塗りの顔で、俺のことを見下ろしていた。その胸元は、一見、空洞と見間違えそうだが、その実はただ黒く塗りつぶされているだけだ。
彼女の胸元から、燃えカスが風にさらわれるようにゆっくりと、黒い粒が舞い上がっていく。
唐突に、彼女が死に向かっているのだと理解した。
「――」
彼女が、何かをポツリとつぶやいて、おもむろに自信の胸に手を深く差し入れる。
血は、出なかった。
「――」
苦しげに呻きながらも取り出したそれ。赤く脈打つ真紅色の臓器、心臓。
「――」
その最後の言葉とともに、その心臓は俺の胸に開いた空洞へと、差し込まれた。
これで夢は終わり。未だに痛む胸を押さえながら、俺の意識はゆっくりと覚醒していく。
「――ない」
最後に、彼女の声が聞こえたような気がした。
始めまして。日中と言う者です。初めての小説の投稿で、至らない点が多いと思いますが、がんばっていこうと思いますので批評をぜひ、お願いします。
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