001-004. 合流とグッジョブ
残業さえなければ…。
エアロックの外に広がるのは、漆黒の闇。
そうだ、ここは太陽のない宇宙空間。当然、光なんてあるはずがなかった。わずかに、エアロック内部の照明がハッチから漏れているだけである。
「[暗視]スキルとかもあるんだけど、…アスカは[ズームビジョン]があるわね。レベルを1上げれば暗視効果が付けられるけど、すぐには無理ね」
「ライトとか無いのか」
「うーん。操作室からなら、外部ライトのオンオフができるはずだけど、もう1回中に戻らないといけないわね。一応、エアロックの中にハンドライトはあるけど、片手が塞がるから微妙なのよ。まあ、無いよりは全然いいし、とりあえずそれを…」
と、俺はここで思い出した。自分のスキルを。
「待て、ヨミコ。俺は今、とても凄いことに気がついたぞ」
「えっ?」
そう、[ダイレクトコントロール]である。こいつは、電子機器を脳波コントロールするスキル。即ち、外からでもライトのオンオフくらいできるんじゃないかって寸歩だ!
「さあ来い![ダイレクトコントロール]!」
発動方法はよくわからないが、とりあえず音声認識で良いんじゃないかと思って、スキル名を口に出す。すると、何かの電子回路図が目の前に飛び出してきた。SSSのゲームシステムのひとつ、情報小窓だろう。無事にスキルが発動したようだ。
「あー、そんなの取ってたわね、そういえば」
「ふふん。…で、こりゃなんだ」
ウィンドウに表示されているのは、電子回路と思しき図面。何の回路なのかはわからない。
「えええ…不親切…というか、レベル1だからか」
「むっ。あくまでサポートAIだから、そういうのは見えないのね」
おや。どうやら、このウィンドウはヨミコには見えないもののようだ。ライトと励起回路っぽい感じの回路図が…。
「これ、か?」
脳波コントロールのやり方がよく分からないため、とりあえずオンにしたい場所を指で突付いてみる。すると、電子のスイッチがカチリと嵌った感触がし、そして、エアロック上部の常夜灯に光が灯った。
「お、やった!」
「お、おお…微妙スキルと思ってたけど、こんな早くから役に立つなんてね…」
ふふふ、どうよ、俺の先見の力は。
「船外活動用、移民船としては周囲のライトアップ用に、ライトは色々と設置してあるはず。見つけて点灯させちゃいましょ!」
「任せろ!」
移動すると、その分回路図も移動する。どうやら、一定範囲の回路図が表示される仕組みのようだ。ライト、ライトねえ…。
「うーん…」
「もどかしいわ。私も見えるならすぐに検索できるのに…」
「ゲームだしな」
ヨミコに任せれば一発解消だろうけどさ。ま、こーゆーのを地味に楽しむのもゲームの醍醐味だろう。
数歩分を慎重に進む。すると、回路図に再びライトの励起回路っぽいものが現れた。
「あったぞ。とりゃ!」
指で突くと、明かりが灯る。うん、何となく分かってきた気がする。今度のライトは、かなり明るい。それこそ、船外活動用の照明なのだろう。
「もっと上の方にもライトがあるはずだけど…」
「上か…」
ヨミコの言葉に、船体を見上げてみる。
ほとんど垂直に立ち上がる、大きな壁。
「ハシゴとかあれば上がれそうだな」
「備品の一覧に、ハシゴは無かったわ」
「それは残念」
手の届く範囲くらいしか回路図は表示されないようなので、残念ながら2mくらいの高さまでしかカバーできない。
「[ダイレクトコントロール]はちゃんと使いこなせそうね」
「そうだなー」
見えた端から、照明のスイッチをONにする。
「次は、戦闘もしてみないとね」
言われて、武器の存在を思い出した。
「そうだった…やだなぁ…」
正直な所、自分の体を動かして戦うというのが、非常に苦手である。MMO系が長続きしないのも、そこに原因があると思っている。
「一応このゲーム、飛び道具が主な武器だから、スキルレベルさえ上げれば素人でもそれなりに戦えるわよ」
「それを信じよう…」
そうして、4つ目のライトを点灯させたとき。
「アスカ、今向こうで何かが光ったわ」
ヨミコがそう言ってきた。
「んあ?」
ウィンドウばっかり見てたから、全く気が付かなかった。慌てて顔を上げる。
「おっ…。ほんとだ。ライトっぽい明かり?」
「ライト、かしらね。敵じゃないと思うけど…」
ヨミコが自信なさげにそう言う。
「やっぱり、ゲームの中は不便ね。ライブラリにアクセスできないもの」
「エイダがそれやっちゃうと、チートだよね」
「すごく、不安だわ」
ほほう。こういう雰囲気のヨミコも珍しいな。人間で言うと、暗闇に放り込まれたみたいな感じか?いや、暗いのは怖いからな。
とかなんとかやってるうちに、目の前のハンドライトらしき明かりが、こちらに近付いてくる。こっちは明るい照明の下にいるし、向こうは足元しか照らされていないし、全く見えない。
「あっ。アスカ、[ズームビジョン]を試してみて。せっかくだから」
「あー。そうだった」
言われて思い出す。視界を拡大するスキルだったな。
「[ズームビジョン]!」
相変わらず発動方法がよくわからないので、叫ぶ。すると、視界の隅に[+][-]のついたバーが表示された。
「ズームバーかよ!」
分かりやすいけど!
指でつつくと、なるほど、その分視界が拡大される。って、これ気持ち悪いな。視界全体がぐいっと迫ってくる。
「どう、使えた?」
「使えた。…慣れるまで大変そうだなこれ。あと、やっぱり暗くて見えない」
視界をズームしたが、結局暗すぎて相手は見えなかった。こっちの明かりが届くところまで来てもらうしかないな。
そんな感じで、しばらくその場で待ってみる。
相手も順調にこちらに近付いているようだった。やがて、ぼんやりとシルエットが浮かび上がってくる。
「たぶん、プレイヤーね。ある程度近付いたら、無線で連絡できるようになるはずよ」
「無線かー」
そりゃそうだな。空気がないし、叫んでも聞こえるはずがない。
そういえば、相手にはこっちが見えてる、はずだよな。ライトの下にいるし。手を振ってみよう。
「見えてるかなー」
と、相手もライトを振り返してくれた。よかった、人型の敵とかじゃなさそうだ。
「だいたい、5mくらいに近付けば、ペアリング可能になるはずよ。一度ペアリングすれば、結構な距離でも会話できるようになるみたいね。一応、スキルの強化でさらに範囲が広がるらしいわ」
「へえ。そういうのもスキルなんだな」
「事前情報より、ずっとスキル扱いのものが多いわ。むしろ、スキルがないとほとんど何も出来ないって感じね。これはこれで、わかりやすくていいと思うけど」
スキル=装備=便利アイテム、みたいな扱いか。
と、そんな考察をしていると、相手もかなりこちらに近付いてきた。ライトの範囲に入っているので、姿も確認できる。
『メッセージ:プレイヤーが認知有効範囲に存在します。ペアリングが可能です。本メッセージは、最初の接触時のみ通知されます』
「うわ」
また、いきなりの通知音声にびっくりしてしまった。
『メッセージ:プレイヤー・ユウキから、ペアリング要請が行われました』
「ん、んん?」
ペアリング?いや、ユウキ?
「あら、もしかすると、ユウキさんかしら?」
ほえ。
と、びっくりして固まっていると、相手の頭上にグリーンの下三角が出現し、その横にプレイヤーネームが表示された。
「ちょっとアスカ、固まってないで。どうする、ペアリングする?」
「えっと…ペアリングって、解除できるよね?」
「フレンドリストみたいなものよ。むしろ、SSSだとペアリングしないと無線通信できないから、他のゲームのフレンドリストよりだいぶゆるいと思うわ」
そっか。じゃあ、OKしとかないとな。どうやるか分かんないんだけど。
「OKしたいんだけど」
「わかったわ、それは私ができるから、承諾するわね」
「あ、ヨミコがするんだ。そういえばサポートAIだったな」
と、相手がグッと親指を立てる、サムズアップをしてきた。
『メッセージ:プレイヤー・ユウキとのペアリング登録を行いました』
『メッセージ:プレイヤー・ユウキから無線通信のコールが行われています』
「情報が読めたわ。ユニークIDが一致、よかったわね、ユウキさんよ」
「お、ほんとか!」
ゲーム開始早々にユウキと合流できたか。運がいいな!
っと、コールが掛かってるんだっけ。
「無線通信できるか?」
「オッケー。繋がったわよ」
「…ハロー。聞こえるか?」
ヨミコの言葉とともに、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「うっは!くすぐったい!」
いきなり耳元から聞こえてきたので、思わず肩をすくめてしまう。
「おいおい、いきなり随分な言い草だな、アスカ」
「これ無線かー。久し振り、ユウキ」
ユウキがこちらに近付いてくる。
「久し振りだな。やれやれ、最初に見つけたプレイヤーがアスカか。運がいいのか、悪いのか」
「悪いってことはないだろ!」
なんてこと言うんだ。
「ははは、冗談だ、冗談」
手が届く範囲まで近付いてきたので、とりあえずハイタッチ。
「いえー」
「おー」
が、顔が見えない。バイザーが真っ黒になっているようだ。
「顔が見えない!」
「遮光モードになってるからな」
「遮光モード、限定解除するわ。フレンド相手のみ、バイザーが透明になるような設定よ」
シュン、と音がするが、当然俺には分からない。
「ヨミコちゃんも、お久しぶり」
「はい、ユウキさん、お久しぶりです」
「オレも居るぜ!!久し振りだなアスカ、ヨミコ!」
「あ、アイちゃんおひさー」
「久しぶりね、アイさん」
割って入ってきたのは、ユウキのエイダ、アイ。いわゆるオレ娘である。で、ユウキのバイザーが透明になった。見慣れたユウキの顔である。
「やっぱり、顔が見えると落ち着くなぁ」
「まあなあ…」
何となく安心していると、何やらユウキにまじまじと見られていることに気がついた。な、なんだ。そう見られるとむず痒いんだけど…。
「それにしてもまあ…」
「な、なんだよ…」
あれ。何か、猛烈に嫌な予感がする。何か、とっても大事なこと忘れているような…
「ずいぶんと可愛らしくなったなぁ…」
「な、ななな…」
ああああ!忘れてたわ!俺、今アバターが女の子になってるんだった!!
ユウキに見られていると気付いて、思わず両肩を抱く。
「そんなじろじろ見るなっ!」
「うーむ」
あああああああ何かすごい恥ずかしくなってきたしにたい。
パニックになった俺は、グッジョブ、と呟いてサムズアップしたユウキには全く気が付かなかった。あとでヨミコに教えられた。
「おおーい、そろそろ出てこい。チュートリアルの続きしないと」
恥ずかしさに勝てず、エアロックまで駆け戻ってしまったが。
…そうだな、ずっと隠れているわけにもいかない。別に、身体のラインが出るほどぴっちりした服というわけでもない。…胸は膨らんでるけど…。
「ぐぬぬ…」
何か、すごい悔しい。ユウキ、絶対ニヤニヤしてる。声が笑ってる。
「ほら、被害妄想だって。別に笑ってないぞ俺」
あーもう!何だよもう!その全部分かってますって余裕ぶっこいてる感じ!しかも当たってるのが余計に腹立つ!
「……」
何を言えば分からなかったので、無言で顔を出す。
「…おう。出てこいや」
はあ、とため息をつく。そうだよな。ユウキ相手に変な意識しても仕方がない。せっかくのゲームなんだし、気にせず楽しむのが一番いいだろう。
ほんとに、何というか、納得いかないんだけど…。
「…あんま見るなよ」
「そんなに見ねーよ」
…物心付く前からの付き合いだ。そうだな、ユウキは俺が本気で嫌がることはしないだろう。よし、想像してみよう。もしも、ユウキが女の子になっていたら。俺がそんなユウキを見たら。
絶対、指差して爆笑する。間違いない、自信がある。
…うん、さすがユウキ。出来た男だ。やはり俺には真似出来ない。
「あー、もう!」
あきらめる、振り捨てる。よし、と気合を入れて、俺はエアロックから外に出た。横を見ると、壁にもたれて立つユウキの姿。
「やっと出てきたな」
「…。…ごめん」
小さく謝ると、ユウキがふっと笑う音が聞こえた。知らず知らず、顔を下げていたらしい。
「気にするな。俺も気にしないようにする。さ、さっさと行こうぜ。チュートリアルはまだ残ってる」
「…おう!」
うむ。気にしない、気にしない。体のことは忘れよう。それが一番、精神的に楽だ。
「ヨミコ、それで、これからどこに行けば良いんだ?」
「はいはい。そうね、外殻に沿って、船の破断面を目指すわよ。船首側でもいいんだけど、ここからだと少し遠いわね」
「破断面か。俺が来た方向だな」
ユウキが来た方向、つまり俺が向かって歩いていた方向だ。
「そういえば、ユウキはなんでこっち側に来たんだ?」
「ああ。そりゃ、これだけ光ってりゃな。障害物もないし、さすがに目立つぜ、ここは」
そりゃそうか。ハンドライトくらいしか無い状態で、これだけ照らされた場所があったら、とりあえず目指すわな。俺でも目指す。
「これ、点けっぱなしで大丈夫なのか?」
「ライト?そうね…残りのエネルギー量と、消費エネルギーからざっと計算したら」
「おらー!先に計算しといてやったぜ!だいたい1年は点けっぱなしでも大丈夫だぜ!」
「お、サンキューな、アイ」
「まかせろってんだ!」
ふむ。じゃ、適当に点けて回るか。
「あと、私が読める範囲のアーカイブを調べた結果だけど。船体に残ってるリアクターが稼働できれば、エネルギー問題は解決するわ。たぶん、リアクター起動も今後の目標の一つだと思うのよね」
ヨミコがそう言う。なるほどね、エネルギー量が限られてて補給もできないとか、MMOゲームとしては致命的過ぎるもんな。
「じゃ、ライト点けながら先に進むか。他のプレイヤーも居るんだろ?」
「たぶんな。そんなにメジャーなタイトルじゃないし、どうもサーバが複数に分かれてる気配もある。それでも、この周りに数百人くらい居てもおかしくはないぜ」
「へえ…よく調べてるなぁ」
下調べくらいするだろ当然当然、とかユウキは言ってるが…。サービススタート1時間前に知って飛びついた俺に対する当てつけかな?
「そういや、なんでここはライトが点いたんだ?中に誰か居るのか?」
「へ?って、そうか。ユウキは知らないか。中、誰もいないし。ライト点けたの、俺だし」
「そうなのか。これ、外から点けられるのか?アイに調べてもらったけど、点けられなかったぞ」
ふむふむ。そうだな、ここは俺の、素晴らしきスキルをお披露目するしかないな。
「ぬっふっふ…」
「きもい」
「黙れ!!これはな、俺のスキルだ![ダイレクトコントロール]!」
自分の先見の明が凄すぎて、震えそうになる。
ってあああ。ウィンドウが閉じちゃった。違う、スキルOFFの意味で言ったんじゃないんだ。待って!
「[ダイレクトコントロール]って…また…微妙なスキルを選んだな」
「[ダイレクトコントロール]! ふう、よし」
出てきた。
「え?なんか言った?」
「いや…。[ダイレクトコントロール]、事前情報とかβテストの話から、不要スキル扱いされてたんだがなぁ…」
「はあ?」
え、そうなの。めっちゃ便利じゃんこれ。
「俺も実際に見たわけじゃないから分からないけどな。結局、電子回路が表示されるだけだろ、そのスキル」
「えー。うーん。まあ、そう言われればそうだけどさ」
「どうやって遠隔操作するかも分からないし、そもそも対象範囲が狭くて機械の操作もできないと。戦闘スキルでも生産スキルでもないから、そもそも取る奴もほとんど居なかったみたいでな。初期スキルじゃ不要って扱いなんだよ」
な、なんかそういう言い方されると、ものすごく不安になってくるんだけど。
「あー…。ま、少なくともアスカは有効活用できてるんだから、気にすんなよ」
「そ、そうかな…」
ユウキがそう言うなら、まあいいか。
「でも、使い方ってそんな難しくないと思うんだけど。ライトの電子スイッチのところを指で突付いたら、ちゃんと動いたし」
俺はすぐに使えたのに。ちょんちょんしたらすぐわかると思うんだけど。
「…なるほど。わかった」
「え、何が」
使い方?
「普通のゲーマー達が、そもそも回路図を読める訳がない。特に、βテストなんかに参加するくらいのゲーム廃人達がな」
あー…。あー…?
「全然関係ない所を突付いたって、ライトは付かないだろう?」
「まあ。そうかな。そうだね」
言われて、関係ない回路の場所を突付いてみる。確かに、特に何の反応もない。
「正しい位置がわからないと、当然ライトは付かない。使い方がわからないってことだ」
はー。まあ、確かに、仕事柄、回路図は多少読めるけどさぁ。そんなもんなのかね。
「アスカならちゃんと使えるだろ、そのスキル。たぶん、レベルアップさせれば範囲が広がったり何だり、便利にはなるだろうからな」
「うーん。そーだな、やってみるか」
たぶん、気を使ってくれてるんだと思う。けど、気休めを言う性格でもないし、ユウキはそれなりに、使えるって思ってくれてるのかな。それならこいつを育てるのも、吝かではないんだぜ。
「よっしゃ。んじゃ、気を取り直して、チュートリアルの続きと行こうか」
「おう、待ちくたびれたぜユウキ!次のチュートリアルは戦闘だ!」
アイちゃんが元気よくそう言った。戦闘か…。
「アスカ、大丈夫よ。スキルがちゃんとアシストしてくれるから」
気が進まないが、そこはやっぱりヨミコに見破られる。
「大丈夫だ、アスカ。いざとなったら俺がカバーしてやるさ」
ユウキが、斜めに吊ったごつい銃をポンポン叩きながらそう言ってくれた。つよそう。
「うーん…。まあ、そういうゲームだし、やるだけやるよ」
「その意気だ」
「話はまとまったわね。早速で悪いけど、この先、50mくらい向こう。敵が居るわよ」
「チュートリアルだ!敵さんのお出ましだぜ!ほっとくと増えるからな!気合入れろよ!」
ヨミコとアイちゃんが、敵の来襲を告げた。
さあ、初めての戦闘だ。
まだまだチュートリアルが続きます。
生産したい。