001-003. 目覚めと絶叫
「体感時間加速、キャリブレーションが正常に完了しました」
音声とともに、ぼんやりとした視界が開ける。
「脳波同調、観測値正常範囲内。PSSG、正常に稼働中」
えーっと、そうだ。ヨミコに勧められて、確かゲームを…
「プレイヤー・アスカの意識接続を完了しました。ようこそ、<Space Seeker / Survive>へ」
アナウンスが聞こえ、視界の右上に『SSS接続中』のマーカーが表示される。
いまだに、視界は霞んだままだ。
さっきまではオープニングムービーがちゃんと見えていたけど、何でだ?
「…んっ。と、無事に繋がったわね。アスカ、起きた?」
「ん。ヨミコか」
そうだ。ヨミコと一緒にSSSを始めたんだった。
「ちょっと待って。今、周囲環境スキャンをやっちゃうから」
「なにそれ」
ヨミコが普段言わない単語を喋っている。なに、ゲーム用語?
「SSSだと、私はサポートAIって位置づけ。だから、アスカが装備する事になるいろんな機械の制御をするって体で、まわりの電子機器をある程度把握できるのよ」
「へえ…」
それは、普段と同じってことでいいのかね。
「よし、把握できたわ。状況説明するわね」
「おねがい」
「今、アスカはコールドスリープ装置に寝っ転がってる状態よ。透明な上蓋が覆ってるはずなんだけど、たぶん解凍途中で霜がついちゃったんだと思うわ。何も見えないでしょ?」
「ああ…。視界がかすんでるのかと思ってたわ」
なるほど。視界一面が真っ白だから気づかなかった。首を動かすと、確かに内部構造が見える。身体の状態に意識を向けると、何か柔らかい素材に半分埋もれている事が分かった。
「周囲は…0.9気圧。まあ問題ないわね。有害ガスは検出されず。ま、外出てすぐに環境ダメージが出るようじゃ、クソゲー待ったなしね」
「まーそーゆーゲームもあるけどな」
プロローグでボケッとしてるとHP全損して即死亡とかな。
「蓋を開けるわ。サポートAIとして、基本的なチュートリアル用のシナリオは貰えたわ、やるわよね?」
「いつも通りな」
俺は、マニュアルがあればちゃんと目を通すし、チュートリアルも最後までやる派だ。知らないより知ってる方が楽しいし。
バシュ、と音を立てて蓋が開いた。上に跳ね上がるタイプだな。
蓋が持ち上がるのに合わせて、俺も上半身を起こす。
「さて、ここは小惑星に墜落した移民船の中。乗員は、何とか無事だったって設定ね。ここの部屋で、初期スキルを装備する必要があるわ。初期スキルは、目の前に転がっている装備ボックスの中にあるから、開けてみて」
ヨミコに促され、俺はカプセルから脱出する。床に足をつけて、っと。
「気をつけて。床が少し傾斜してるから、慣れるまでは何かに掴まって歩くと良いわ」
ほんとだ。部屋全体が傾いてるから気づかなかった。あれだな、トリックルームとかそんな感じ。
ひとまずカプセルに沿って歩く。部屋の真ん中に、メカメカしい箱が横倒しに転がっていた。
「あれだけの墜落で、荒れ具合はこんなもんか」
「カプセル室は、かなり丈夫に作ってあるって」
「ふーん」
ま、人名最優先だろうし、そりゃそうか。移民船ってことは、一番大事なのは人的資源だろうし。
「ちなみに、この部屋の他のカプセルは、まだ誰も入ってないみたいね。プレイヤーが増えたら使われるのかもしれないけど」
おお。えーっと、他に4つのカプセルがあるな。今のところ、中身があるのは俺だけってことか。
「よし、じゃあ開けるぜ」
転がる箱をよっこらしょとひっくり返し、OPENと書かれたボタンを押す。カチリと音がして、バシュ、と空気が抜けた。そのまま蓋を持ち上げ、開く。
「ん。筒が3本、と、武器か」
「ナノマシン・アンプルね。それから、PLハンドガン。初期スキルと初期武装になるわ。ナノマシン・アンプルを、そうね、左の手首に押し当てて。スキルのインストールができるわ」
「ええ…注射とかじゃないよね?」
「…っ、大丈夫よ。無痛針が使われているから、痛みも出血も無いわ」
はー。針はあるんだな。ちょっと怖いんだけど…。
「大丈夫だから、さっさとやりなさい!ゲーム始まらないわよ!」
「分かった分かった。…ええっと、蓋を開けて、針は…見えないな…」
「大丈夫だから!のぞき込まなくていいから!ほら、ぎゅっとやっちゃいなさいってぎゅっと」
「うー…」
そ、そもそもVRゲームだし、痛覚軽減処置もあるよな…。痛いの嫌なんだけど…。
思い切って、ぐいっと押し当てる。プシ、とガスが抜ける音がして、ちょっとビクッとしてしまった。
「オーケー、アスカよく頑張ったわね。ナノマシン・アンプルの注入を確認。まずは[パルスレーザーガン]のスキルのインストールが完了したわ」
「ほう」
よかった、ほんとに痛くなかった。じゃあ、残りもちゃっちゃとやっちゃおう。
「はいはい。続けて、[ズームビジョン]のスキルをインストール。[ダイレクトコントロール]のスキルをインストール。…[ダイレクトコントロール]って、また微妙なものを取ったわね…」
「え、そう?好きなように機械を操作できるって、なんかかっこよくない?」
「そのサポートのために、補助分身が一緒にプレイするんだけど…」
「そうなんだ。まあ、いいじゃん」
「まあ、いいけどね」
いいんだよ。
「さ、次はそのPLハンドガンを装備して」
「装備?持てばいい?」
最後に、ハンドガンのちょっとかっこいいバージョンのPLハンドガンを手に取る。
「オーケー。まだレベル1だから弱いけど、構えた時に自動照準補正がちょっとだけ効くわ。オフにしようと思えばできるけど、アスカは外さないほうがいいわね」
「身体動かすの苦手だしな!」
昔ながらの、清く正しく美しい引き篭もりだからな!
「ホルスターとかは無いから、とりあえず手に持っておいて。さ、チュートリアルの続きと行くわよ」
「おねがいしまっす!」
「この部屋は、しばらくはセーブポイントになるわ。アスカのホームって扱いね、同居部屋になるかもしれないけど」
「ほいほい」
死んだらここで復活ってことか。たしかに、あと4つほどカプセルがあるし、同居になるかもしれないのな。俺は気にしないけど…。
「チュートリアルその2よ。装備の使い方ね。でもまずは、船外活動用の気密服を着る必要があるわ。気密服は、隣の部屋に置いてあるから、そこまで移動して」
「そこから出ればいいのかね」
「ええ。そこのハッチから出て、右側に部屋があるわ。エアロック手前の、更衣室だけど」
ヨミコに言われるまま、ハッチのロックをガッチンと解除して、ボタンを押す。
「そのボタンで、外側の気圧が正常かどうかを判定するのよ。ハッチを開くときは必ず押してね」
「あー。開けていきなり放り出されるのは嫌だな」
「グリーン。開けて大丈夫よ。ハンドルを3回転、で、気密ロックが解除。もう1回転で、押し開けて」
「よいしょっと」
ハンドルを4回転、ばこっと外れる音がしてから、ぐっとハッチを押す。思ったよりは簡単に、ハッチは開いた。歪んでたりはしないのか…と思ったけど、ホームの扉が歪んでたら使いづらいか。
通路に出てくる。天井から、パネルがたくさんぶら下がっており、床にも何かの部品やパネルが散乱していた。
「さすがにここは荒れてるな。明かりがついてるだけマシかな?」
「そうね。一応、独立した電源があるらしいから、アスカの目覚めと一緒に起動したらしいわ。明かりを付けるだけなら、数年は持つくらいのエネルギー容量があるみたいね」
「ふーん」
ずっと点きっぱなしってこともないのか。覚えておこう。
さて、気密服だ。
右を見ると、開きっぱなしのハッチが見えた。
「こっちは開いてるな」
ハッチをくぐる。中は、ホームのコールドスリープ部屋と違って、色んなものが散乱していた。
「衝撃でハッチが故障したみたいね。気密服はロッカーの中だから、無事だと思うけど」
「全滅してたら笑える」
とはいえ、チュートリアルだしな。いきなりそんな酷い展開にはならないと思う、思いたい。
「大丈夫そうね」
ロッカーを開くと、一着分の気密服が掛けてあった。
「サイズとかは?」
「ロッカーを開いた時点で自動的に最適なサイズが選択されるはずよ」
なるほど。そこはずいぶんゲーム的だ。
「本来の設定的には、当然、クルーのサイズに合った気密服があらかじめ用意されてるってことだと思うけどね」
「そりゃそうか」
誰がどこで寝るかなんて、最初から決まってるだろうし。
「ちなみに、今の服装はコールドスリープ用の密着スーツを着てる状態ね。一応それを脱いで、インナーだけになってから気密服を着るのよ。首元のロックを捻ったら、背中が開くからね」
「これか?」
言われて、首元にあるつまみを捻る。カチリ、と音がし、シュッと背中が開いた感触がした。
「うおお、スースーする」
「空調は最低限だからね」
背中が寒い、そのままだと風邪を引きそうだ。ゲームで風邪をひくかどうかなんて知らないけど。
「って」
ぴっちりスーツを脱ごうと右手を抜いた時点で、俺は気付いた。
「ん?んん?」
胸元に、何故かスポーツブラのような下着を着ていた。いや、それだけならば、未来はそういう服装なんだと納得できる。
「待って、え、胸?」
胸が膨らんでいた。慌てて手をやると、柔らかな感触が返ってくる。明らかに、これは中身がある。慌ててスーツを脱ぎ捨てた。下に履いているものも、女性用。当然、男の象徴は見当たらない。
「ちょっと!?ヨミコ!?」
「…ぬふ」
変な声が、返答だった。
「やーーっと気付いた!」
「んな!?分かってたのか!?おいバグだろこれ!性別転換なんてゲームでできるわけ…!」
「いーーーえーーーーー!大丈夫よ!政府公認の性転換よ!」
んなーーー!? 意味分からん! え、なにこれ!?
「ちょ、待て待て!男だぞ俺!変える変える!キャラ変える!!」
「んっふっふ。無駄よ。何度作り直したって男に戻ることは出来ないわ!アスカはこれから、ゲーム内はアスカちゃんで過ごすのよ~」
「なっ…!」
なんで!?
「意味分からん!え!?なんで!?」
「まー…いろいろあるんだけどねぇ。ほら落ち着いて落ち着いて。深呼吸深呼吸」
「すっ…すー、はー、すー、はー」
「はい、落ち着いた。事情はねぇ、あるんだけど、まあ、ちょっと本人にはまだ話せないって病院が判定してるから、ナイショね」
「えええ…」
ほ、病院絡みかよ…。何、俺なんなの何かあるのこれ。
「安心して、そんな大層な話じゃないわ。半分実験的な意味もあるんだけど、アスカの悪いようにはならないから」
むむ…。まあ、ヨミコが言うなら間違いは無いんだろうけど…。
「というわけで、晴れてSSSで女の子デビューなのよ~。楽しみましょうね!」
「ぜ、全然納得いかねえ…」
納得行かない。いかないが、どうも、ゴネてもどうにもならない気がする。
「さ、はやく気密服着ちゃいましょ。この後は外に出て一通り戦闘して、生産系をちょっとして、ようやくゲーム開始なんだから」
「ぐぬぬ…」
悔しい。悔しいが、ゲームも進めたいのでここはぐっと我慢することにした。気密服を取り出し、背中から足を通す。袖に両腕を通し、これでいいか?
「オッケー。じゃあ、密閉するわね」
パシュシュシュ、と音を立てながら背中の開口部が閉じ、スーツ全体が収縮した。ピッチリした着心地である。…胸が気になる…。
「うふ。いいわね、あとはヘルメットよ。かぶれば勝手に密閉するわ」
ちなみに豆知識だが、気密服がこんなキッチリ締め付けてくるのには訳がある。人間は1気圧で活動するように出来ているのだが、当然真空中はゼロ気圧。そのままだと当然いろんな悪影響が出て来る(水の沸点が下がるとか)ので、ある程度与圧が必要だ。気密服は、この与圧を、構成する繊維の締め付けで実現する。与圧した空気が必要なのは、ヘルメットの内部だけというわけだ。全身を与圧した空気の中に置くというのが一番過ごしやすいのだが、宇宙空間で全身与圧した状態で動こうとしても、その気圧が邪魔をして関節を曲げることができなくなってしまう。気圧を下げればいいのだが、そうすると今度は人間の方に、減圧症などの危険な症状が出てしまう。
という説を、どこかの知識系ブログで読んだな。
実際はどうか知らない、誰も知らないだろう。最後に人間が宇宙空間に出たのって、何年前だろうね。
「準備できたわ。ゲームだし、おかしなことにはなってないと思うけど、ちゃんと動けるわよね」
「どうかな?」
ヘルメットが与圧したのを確認し、体を動かしてみることにした。ストレッチが良いかな。手を回したり、屈伸したりジャンプしたり。一通り動かしてみるが、特に気になることはない。
「大丈夫そうね。私が管理するけど、一応伝えておくわ。真空、あるいは低気圧大気下で活動可能な時間は4時間よ。それを超えると、徐々に生命維持装置の機能が低下していくわ。呼吸可能な空気は、気密服単独だと8時間。ユニット式の拡張機能を着ければ、活動可能時間はどんどん伸びていくわ」
「それもスキルの一種になるのかね?」
「そうね。船外活動ってスキルがあるわ。レベル1でプラス2時間ってところかしら」
長時間活動するようになるなら、必須のスキルだな。
「あと、ロッカーに作業用のポーチが入ってるはず」
「ん…。これか?」
『メッセージ:装備、ポーチ(小)を獲得』
「ぬお!っと。システムメッセージか。これもスキル扱いなのな」
「ええ。ポーチ(小)は、いくつかの小物を入れることができるスキルね。これはチュートリアルボーナスだから、最初から回復薬(少)が5本、それからPLハンドガンの予備エネルギーパックが1本入っているわ。外側にハンドガン系が装着できるフックも着いてるから、そこにくっつけておいてね」
「ほいほい」
腰にいつの間にか装備されていたポーチに、PLハンドガンを突っ込む。スキルが補佐してくれたのか、スムーズに引っ掛けることが出来た。気持ちいいなこれ。
「さて、じゃあいよいよお待ちかね、船外作業よ。そこのエアロックから外に出られるわ。チュートリアルの目標は、状況の把握ね。今、この船がどんな状況になっているか、実際の目で確かめること」
「さっきムービーで見た気がする」
「それはこれ、よ。それに、ここは敵も出るって設定なんだから、しっかりしましょ」
まあ、そうだな。攻性宇宙生物だかなんだか分からないのが出るとか言ってたな、確か。
ヨミコに促されて、俺はエアロックのハッチを開ける。廊下側は歪んでいたようだが、こっちは大丈夫だったのな。いや、ゲーム的には当たり前か。
「ハッチを閉めて~。よし。状況、確認。クリア。減圧開始」
しゅごー、と音がして、空気が抜け始める。エアロックは、俺が3人立てば一杯になるくらいの大きさしかない。完全に、人間の作業用スペースだ。大型機械用のエアロックとかもあるんだろうな。
やがて、排気音が小さくなり、消える。音を振動で伝えることができる圧力を下回っということだろう、たぶん。
「気圧、0.03。排気停止。外部排出開始」
最後に、外に向けて排気口を開放すれば減圧完了。
「気圧ゼロ。気圧差なし。オッケー、アスカ、ハッチ開けちゃいましょ」
「力仕事ばっかりだな!」
さっきから、ハッチの開け閉めしかしてない気がする!
「すぐ次の仕事が待ってるわ。ささ、記念すべき一歩よ!初宇宙!テンション上がってきたー!」
「俺よりはしゃぐなよ!」
とかヨミコとじゃれ合いながら、俺はハッチから外に踏み出した。
目の前に広がるのは――
「暗い!見えない!」
一面の、闇だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
書き溜めとかはしていないので、ここから少しづつ投稿していくことになると思います。
アスカちゃんの活躍にご期待下さい!
さて、チュートリアルを終わらせないと…