001-001. ログイン
ほのぼの系です。更新速度はそんなに早くありません。
「んー…」
俺は、書き上げたソースのコミットが完了したのを確認し、思い切り伸びをする。
「お疲れ様、アスカ」
「うぃっす」
補助分身のヨミコが、紅茶を出してくれた。
「すこし甘めにしておいたわ」
「ありがと」
いつもより少しだけ甘い紅茶に口をつける。
「はぁー…。仕事終わりの一杯は最高だな」
「……」
あれ、ヨミコなら合いの手を入れてくれると思ったけど…何故か、たまに返事がなくなるんだよな。なんだろ。
「ヨミコ、今日の予定は終わりだよね」
「あ、うん、そう。今日はこれで終わり。自由時間ね」
自由時間か。そう言われると、いつものことだけど困るな。基本的に、趣味も仕事みたいなもんだし、やることがないのだ。
「やることがないなら、オススメがあるんだけど、聞く?」
「ん?ヨミコのオススメか、珍しいな」
「最近暇そうにしてたし、たまにはねー」
そう言って、ヨミコが情報を持ってきてくれる。
「今日正式サービス開始のゲームなんだけどね」
「へえ」
「MMOなんだけど、舞台は宇宙!アスカ、好きでしょ!」
「宇宙モノか。珍しいな~」
宇宙モノは確かに、珍しい。古今東西、なぜか人気があるのはファンタジーなんだよな。
「じゃじゃん。<Space Seeker / Survive>。どうよどうよ」
――無限に広がる宇宙を開拓せよ!
――小惑星に不時着した開拓船
船団とのリンクは途切れ、現在位置は不明、母星との通信もできず
資材は有限
そして、突如出現する攻性宇宙生物――
――生き残れ!
「これ、宇宙船も作れるのかな」
「資源と設備を整えればできる、みたいね。自動建造装置を使って作るのが基本みたい。あ、自分で作ることもできるって書いてあるわ。たぶん、面倒だろうけど」
なるほどな。この手のゲームは生産系が異常に難しいこともあるけど、プリンターが使える設定なら手はかからない、のかね。
「アスカは苦手だけど、戦闘もかなり凝ってるみたいよ。エネルギーブレードとか、ロマン武器もあるみたいだし」
「ロマン武器かー。パイルバンカーとか?」
「あるかどうかは分かんないけど、この煽り文句からすると、作ることはできそうね」
「へえ」
ちょっと楽しそう。
「どう、やってみない? ちなみに、正式サービス開始は17時からよ!」
「あと1時間じゃん!」
何か、ヨミコに踊らされてる気がするけど…。仕方ない、これはやるしかない。
「やるやる。登録しといて、あと勇気に連絡しておいて」
「ちなみに、勇気さんはSSSは開始待機中って聞いてるわ」
「マジか」
って、まあそうか。こんな面白そうなゲーム、あいつが見逃す訳無いか。
「元々、勇気さん経由で知った話だしね」
…ええ。そうなの?
「なんでもっと前に教えてくれなかったんだよ」
「…ん、と、だってアスカ、ずっと仕事漬けだったじゃない。勇気さんも心配してたのよ?」
「あー…。ごめん、そりゃそうだ」
言われて気付いた。そうだね、俺ずっとプログラミングしてたわ。
「トイレ行ってくる!あと何か食べ物作っといて!」
「はいはい。準備はしておくわ、まだ間に合うからゆっくりね」
トイレを済ませ、ヨミコが出してくれた少し早い夕飯をかき込む。炒飯だった。うまい。
部屋に戻って、ベッドにダイブ。放り出していたPSSGを頭に装着する。
「準備オッケー!」
「はーい。じゃ、始めるわよ」
ゲームギアが起動し、ゆっくりと感覚が薄れていく。
うーん、久しぶり、か。最近ほんと、学業と仕事しかしてなかった気がする。もう山は越えたから、しばらくは自由なんだけどさ。
「アスカ、大丈夫?違和感は?」
「無い。けど、久しぶりだな」
「そうね。3ヶ月ぶりくらいかしら? このゲーム、っていうか最近のゲームはみんなそうなんだけど、体感時間加速があるからね。アバター作成が終わったら、チュートリアルで慣れてもらうことになるわよ」
「りょーかい」
ライブ・ブーストか。最近は便利な機能があるもんだね。ちなみに、これは名前の通り、ゲーム中の体感時間を加速することができる技術。何ヶ月か前の情報だと、たしか3倍くらいまで加速できていたと思うけど。
「じゃ、ゲーム開始。楽しもうね?」
「おう。…。…ん?」
楽しもうね?
「おい、楽しもうねって…」
「うふふ。向こうでね」
「え、なに、どいうこと」
と。ヨミコの不吉な言葉を問い詰めようとした所で、ゲームギアが起動、俺の意識は電子の海に沈んでいった。
「――ようこそ、<Space Seeker / Survive>の世界へ」
意識が目覚める。ぼやけた視界が、急激に焦点を取り戻す。
「…っと、ここは…」
目の前には、たくさんの情報小窓。真っ白い空間に、ずらずらと並んでいる。
「まずは、アバターの名前を決めてください」
声が聞こえ、目の前に入力フォームが表示された。
そうだ、ゲームの世界だ。
「…アスカでいいかな」
いつもの通り、本名を入力する。没入型ゲームでは、相当おかしなロールプレイでもするのでなければ、本名を使うのが暗黙のルールになっている。別に身バレするような情報でもないしね。
「アバター名:アスカ。確認しました」
次に表示されたのは、技能一覧と書かれたウィンドウ。
「初期スキルを3種類、選択できます。選択しなかった場合、スキルポイントとしてスキル1つに付き10ポイントを取得できます。ただし、ゲーム開始後はスキル取得は最低20ポイントから必要となるため、新規取得を予定している場合はここで取得されることをお勧めします」
うーん?
「スキルポイントにするメリットはあるのか?」
「はい。スキルのレベルを上げる場合は、最低3ポイントから可能です。初期時点で、高レベルのスキルを取得することが可能となります」
なるほど。3種類のスキルを取るか、1種類、2種類でレベルを上げるか、どっちかということか。このあたりは、よくあるスキル制RPGと同じか。
「補足しますと、スキルのレベルアップは、特定の行動を繰り返すことで行うこともできます。また、ショップなどで購入することで、取得・レベルアップが可能です。スキルポイントは必ずしも必要ではありません」
「へー」
ポイントが全てでもない、のか。まあ、それならそんなに気にせず選んでもいいのかね。
「ゲーム開始まで、あと36分です」
っと。そういやオープニングまでそんなに時間がないんだった。
「スキル選択の後は何かあるのか?」
「容姿選択が可能ですが、既にお持ちのアバターを利用する場合はスキップ可能です。その後は、待機室でオープニングまで待機していただきます」
「わかった」
ってことは、ギリギリまでスキル選択しても問題ないな。
ということで、改めてスキル一覧を確認する。戦闘系や補助系、生産系、いくつか種類別にまとめてある。ランダムもあるのか。
「ランダムってのは」
「はい。ランダムは、選択したスキル種類の中から完全にランダムで取得されます。何度でも実行していただくことが可能です。また、ランダム限定のスキルなどはありません」
ありゃ、そうなのか。ものぐさ専用の選択肢ってことかね。
とりあえず、ざっと確認してみよう。
戦闘系は、[ハンドガン]、[バトルライフル]、[ナイフ]、[フォトニックソード]、[電磁バリア]など。バリアってなんだこれ。
補助系は、[パワーアシスト]、[集中]、[バックスラスト]、[ヒールバンカー]、[ズームビジョン]など。名前だけだと分かりにくいな。
生産系は、[演算]、[接続]、[ラウンドディスプレイ]、[ダイレクトコントロール]など。
うーん。
っていうか。
「スキルっていうか、装備っぽいよなこれ」
「はい、ご明察です」
マジか。
「<Space Seeker / Survive>では、科学的な強化手段で皆さんの冒険をサポートします。例えば、[バックスラスト]を取得していただくと、背面パックにガススラスターが装着されます。これをレベルアップさせると、ロケットスラスターや無反動スラスターなどに強化されます」
な、なるほど。さすが近年稀に見るガチSF系MMOだな。
「その装備は、壊れたりするのか?」
「はい、部位破壊の状態は存在します。ただし、ゲーム内通貨の金を支払っていただくことで修復可能です。<Space Seeker / Survive>では、死亡時に部位破壊になる確率が高く、その修理費が所謂デス・ペナルティ扱いとなります」
なるほどなるほど。ステータス上昇やレベルアップが、装備のバージョンアップに当たるということか。
「補足しますと、スキル・ポイントと呼称しているものは、ゲーム内ではナノマシン・パックとして提供されます。ナノマシンを消費することで、各装備を改装させることが可能です」
ほう。スキルポイントという呼称が妙にゲームゲームしていると思ったけど、ちゃんと設定があるんだな。うむうむ、胸が熱くなるな。
「開示可能な範囲で各スキルの特徴を説明することも可能です。その際はお声掛けください」
「分かった」
さて、スキルの中身を確認していこう。
スキル一覧とにらめっこすること20分ほど。
「ゲーム開始まで、あと10分です」
「おっと」
そろそろ決めないと、時間がなくなる。
「この3つにするぜ」
レベルアップも考えたけど、時間に追われているわけでもないし、急いで上げる必要もない。ということで、安いうちにスキルを取ることにした。
1つ目は、戦闘系の[パルスレーザーガン]。レーザーをパルス状に撃ち出す熱線銃だ。特徴は、パルス間隔を制御することで威力調整できることと、エネルギー兵器にしては比較的コストパフォーマンスが良いこと。あと、パルス化する時に独特の励起音がするのはデメリットかな。エネルギー兵器なため、連続照射すると発熱し、オーバーヒートすることもある。
2つ目は、補助系の[ズームビジョン]。これは視界を光学ズームするスキルだ。レベルが上がると光量調整もできるようになるらしい。コンタクトレンズみたいな感じで眼球に作用させるらしく、部位破壊しにくいという特徴がある。というか、これが部位破壊される状況を想像したくないね。
3つ目は、生産系の[ダイレクトコントロール]。これは、電子装置を脳波コントロールできるスキルらしい。慣れると、メニュー操作も考えただけでできるようになるとか。いいなこれ、現実でもできるようにならないかな。あと、延髄に埋め込まれる形で実装されるため、部位破壊される状況というのは…。
「スキルはこれで決定ですか?」
「間違いない」
「それでは、スキル[パルスレーザーガン]、[ズームビジョン]、[ダイレクトコントロール]を初期装備として登録します」
…装備って言っちゃった。
「次に、アバターカスタマイズに進みます。新規作成するか、既にお持ちのアバターを利用するか、選択してください」
「いつものかな」
特に、アバターを変えるつもりはない。
「確認しました。登録済みアバターを選択します。アバターを表示しますか?」
「んー、いいや」
見慣れたアバターだしね。
――と、そう思ってしまった自分を、後にぶん殴りたくなるのだが。この時点で、俺にそれを知る術は、当たり前だが無かったのだった。
「お疲れ様でした。以上で、初期設定を完了します。ゲームのフィードバック調整は、待機室、およびオープニング中に実行をお願いします。また、同時に体感時間加速のキャリブレーションが実行されますので、気分が悪くなるなどの症状が出た場合は、直ちに脳波同調を終了してください」
「了解」
さて、残りは5分位か。
「それでは、アスカ様を待機室へご案内します」
言葉とともに、目の前に扉が現れた。中央にあしらわれた円形の電磁ロックが回転し、カチカチと音を立てながら解錠されていく。かっこいい。
キン、という音とともに、中央に隙間ができる。漏れ出るドライアイスの煙と共に、光が差し込んだ。素晴らしい演出だ。
「ようこそ、<Space Seeker / Survive>の世界へ」
ゆっくりと、扉が両側にスライドしていく。
「あなたを歓迎します。光に溢れた、昏い虚空の冒険を、お楽しみください」
扉が開ききる。俺は、扉に向かい、一歩を踏み出した。
「どうぞ、中央にお進みください」
部屋の中央を見ると、腰ほどの高さまである、白い、小さなテーブル。その奥には、見えづらいが、SF系の物語でよく見るコールドスリープ装置のようなものが設置してあるようだ。もやもやと溢れる白い煙が、非常に臨場感を高めていた。
「何かあるのか?」
テーブルの上にぽつんと、何かが置いてある。
「あなたの冒険のパートナーとなる、サポートAIです。手にお取りください」
「サポートAI!」
男心をくすぐる響きだな!
俺はテーブルに駆け寄り、それを手にした。
「……」
銀、あるいはプラチナでできていると思われる、ペンダント。ペンダントトップの中央には光沢のある黒い宝石のようなものが配置され、何かの花が3輪、あしらわれている。
「……」
嫌な予感がする。桃の花っぽいしこれ。
「サポートAIの起動登録は、首に掛けた時点で行われます。ペンダントの装着をお願いします」
「まじか…」
まじか…。
「ゲーム開始まで、あと3分です」
「ぬぐぐ…」
「なお、サポートAIの無い状態では、あらゆるスキルの使用が非常に困難になります。生命維持管理、電源管理、その他全ての制御を自力で行う必要があるため、お勧めいたしません」
仕方ない、か…。
俺は諦め、ペンダントを首に掛けた。
「サポートAI、認証を行います。生体情報を確認、記録しました。以降、本サポートAIは、個体名アスカの生体情報のみをキーとして稼働します」
そして。
「おっしゃー!きたよきたよ!私の時代がキマシタワー!」
「何がキマシタワーだ!ヨミコじゃねーか!!」
ペンダント――サポートAIが、突然叫びだした。嫌な予感のとおりに。
「ふーっはっはっは!遂にアスカと一緒に遊ぶことができるわ!」
「おまっ…!このゲーム選んだ理由ってそれか!!」
「いやそうだけどね、アスカもちゃんと、わくわくできてるでしょ!選んだのよ!」
「そうだけどさあ…!」
「ま、補助分身が一緒にプレイできるゲームってほとんどないから、これを勧めたんだけどね!!」
「ぬぐぐ…!なんか納得行かねえ…!」
なんかすごい嵌められた気分…!!
「ゲーム開始まで、あと1分です」
「なによ!私と一緒に遊ぶの嫌だって言うの!」
「いやそうじゃないんだけどさあ…!」
「じゃあ何よ!こうやってアスカと触れ合う機会って無いんだから、ちょっとくらい良いじゃない!」
ぬー…!そういう言い方って卑怯じゃん!
「ほらほら。オープニング始まるよ?いいじゃん、嫌じゃないんでしょ!」
仕方ない…SSSが楽しみってのはホントだし、ヨミコが一緒だからやめるって気にはならない。けどなんだろう…気恥ずかしいというか、嫌な予感がするというか…。
「カウントダウン。10、9、8、…」
「おっ。いよいよ開始だね~」
「ああ…」
言い合っているうちに、あっという間に時間が過ぎる。
「…3、2、1、イグニッション」
視界が、白に染まった。
「<Space Seeker / Survive>」
――無限に広がる宇宙を開拓せよ!
――生き残れ!