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悪役令嬢が婚約破棄される話

(無口な)悪役令嬢が婚約破棄される話

作者: ましろ

 

「ルドヴィカ・スフィーア」


 学園創立記念パーティ会場で名前を呼ばれて振り返る。そこには自身の婚約者たるアンリと側近たる面々。それらに囲まれたピンクの少女が立っていた。

 何事かと首をかしげるとアンリは苦々しげに端正な顔をゆがめる。


「ルイズ・ローに対する数々の嫌がらせは明白。そのような卑しきものは我が婚約者にふさわしくない。ここにナナイ王国第二王子アンリ・ナインとスフィーア公爵家長女ルドヴィカ・スフィーアとの婚約破棄を宣言する。そして新たにロー子爵家ルイズ・ローとの婚約を宣言する!」


 ルドヴィカと話すことも忌々しいとその目は語る。

 しかしながらアンリの言葉に心当たりのないルドヴィカはぱちぱちと何度か瞬きをして、再度首をかしげた。


「しらばっくれる気か。だが言い逃れはできんぞ。貴様、ルイズの羽ペンを盗んだだろう」

「直接盗んだ証拠はありませんが、当日放課後の教室にいつまでも居残り、一人だったと証言があります。窃盗は立派な犯罪ですよ」


 アンリの言葉に宰相の孫たるジェフが眼鏡に手を当てて補足する。

 心当たりのないルドヴィカはふるふると首を振る。


「ここまできて嘘を…」

「待ちたまえ!」


 追求しようとしたところに外野から声が割り込む。アンリは気分を害し、黙らせようと外野の声の出所を探す。

 当人は人垣をぬって現れた。現れたのはきらびやかなドレスやスーツを纏った人々が集まるパーティ会場には似つかわしくない格好をした人物。


 黒い中折れソフト帽の後ろからは尻尾のような黒髪がぴょこんと揺れる。緑の格子柄のインバネスコート。そこになぜか真っ赤な蝶ネクタイ。右目に単眼鏡。ちなみにコートの下はよれよれの着物にはかま。下駄に足袋とどうみてもパーティにふさわしくない。小道具と思しき虫眼鏡を右手に、左手には火のついていないパイプを持って颯爽と登場したのは


「探偵部部長、ジェーン・ポアロ。ここに参上!」


 学園探偵部部長のフランソワーズ・バッハシュタイン辺境伯令嬢。いろいろ推理小説を読みすぎて、色々こじらせていることで有名な人物だった。


「フランソワーズさん?」

「ボクのことはミスジェーンと呼んでほしいな、ルイズ嬢」


 ばちっとウインクをして要求する。本名かすりもしてないとか、名前に敬称はつけないとか、ボクっ子とか色々こじらせている。こじらせすぎている。


「ところでルイズ嬢の羽ペンとはこれのことではないだろうか」


 懐から、どこに入っていたのか不明だが、ビニール袋に入れられた白い羽を取り出した。よく見ればペンになっていることがわかる。

 ルイズは袋の上から羽ペンを検分し、確かに自分のものであることを告げた。


「バッハ…ミスジェーンはこれをどこで?」


 本名を呼ぼうとして睨まれて本人の望む名を呼ぶ。バッハシュタイン領は冷戦状態にある隣国との国境の大部分を有しており、防衛上最重要地にある。だから王族といえども辺境伯令嬢であるミスジェーンに強く言い出せない部分があった。ミスジェーン自身大規模結界魔法に長けており、その実力が認められていることも大きい。

 名乗ったとおりに呼ばれて笑顔を見せたミスジェーンは、今度は真剣な顔をする。


「これは事件だよ」


 にやりと笑うが回りは当の昔に事件であることを知っている。その犯人がルドヴィカだと言っていたのだがミスジェーンは全く聞いていない。思い込んだら一直線が彼女の特徴だったりする。


「このペンの入手経路を説明する前に一つの事件が起こったことを話さなければならない」


 難しい顔をしたままミスジェーンは下駄をカラカラ鳴らして歩き出す。5歩ほど歩くとくるりと周り戻ってきてはまた歩くを繰り返している。


「事件が起こったのは今から1ヶ月前のことだった」


 相も変わらず火のついていないパイプを咥えながら、神妙に話し出すミスジェーンに周囲の人間もごくりと唾を飲み込んで聞き入る。


「その日、ボクは放課後の教室にいた。そして外から聞きなれない音がすることに気がついた。それは…」


「それは…?」


 誰もが固唾をのんで見守るなか、ミスジェーンは立ち止まる。そして告げた。


「 焼 き 芋 の 行 商 だ っ た ! 」


「ふざけるな!」


 マンガならばばばーんと効果音がつきそうな勢い。それと同時に前のめりに倒れこむ周囲の人々。なかなか反応がいい。

 突っ込み役はアンリ。見事な裏拳がミスジェーンの肩口に入った。だがミスジェーンはへこたれない。


「話は最後まで聞きたまえ。せっかちな男だな」


 ほこりを払うように叩かれた肩口を払う。不敬とかそんなこと微塵も気にしていない。

 アンリは腕を組んで仁王立ちで続きを促した。

 校内に行商が入ることは時折ある。もちろんセキュリティの問題があるので、身元のしっかりしたものに限られるので数は少ない。下々のものなど触れたくないという貴族も多いが、屋敷に呼ぶ以外の買い物の仕方を学ぶ機会をつくっているのだ。女子生徒の中には時折訪れる甘味屋にはまるものもいる。庶民のなんともいえないチープな感じが癖になるらしい。そしてミスジェーンもそのうちの一人だったようだ。


「無事焼き芋を手に入れたボクは教室に戻ってきたボクは今度こそ、外から聞きなれない声を聞いたんだ」

「ルドヴィカの、声か?」

「いや、それは…」

「それは…?」


「 わ ら び 餅 屋 だ ! 」


「 ふ ざ け る な !! 」


 今度は思わず頭をはたいた。


「な、何をするんだ。ボクの帽子が落ちてしまったではないか」


 落ちた帽子を拾ってパタパタほこりを払う。ぴょこんとゆれる黒髪尻尾は帽子の付属品らしい。一緒に落ちていた。再度かぶってどことも知れずにやりといい顔をする。


「焼き芋屋とわらび餅屋が一緒にくるなんて、寒いのか暑いのか分からないじゃないか。この異常性がわからないなんて君の感性はどうにかしているぞ!」


「そんなことはどうでもいい。それがどう羽ペンと関わるかだ」


 イラッときたアンリは我慢できずにミスジェーンに詰め寄る。半眼で詰め寄ってくるアンリにさすがのミスジェーンもどうどうと宥めにかかる。その行為がさらに怒りを助長させていることに気付いているのかいないのか。


「ボクはわらび餅も好きなんだ。だからその場に焼き芋を置いてわらび餅を買いにいった」

「ほうほうそれで」

「無事わらび餅を手に入れたボクは再び教室に戻ってきた。そして事件は起こった」


 今度こそ、と周囲は呼吸も忘れているかのように静まり返っている。


「なんと!」

「なんと!?」


「置いていた焼き芋が消えていたんだ!!」


 ちゃんとした事件だった。これで「焼き芋が冷めていたんだ」とでも言おうものなら辺境伯令嬢だろうがなんだろうが問答無用で退場させるつもりだった。


「それは…ルドヴィカの仕業なのか?羽ペンとどうかかわりがあるんだ?」


 確かに事件だが、話の流れがつながらない。ルドヴィカの暴挙の一端を示しているのか。

 ミスジェーンは、ちっちっちっと人差し指を立ててちいさく振る。わかってないなぁと言わんばかりだ。


「ボクは探偵部部長だよ? これはボクへの挑戦状だと受け取った」


 再びカラカラと5歩ほど歩いて戻るを繰り返す。虫眼鏡とパイプは着物の袂にしまい、少し背を丸めて額に指をあてる。


「ボクは現場検証をしてあることに気がついた。机の上の焼き芋が消えており、そのそばに落ちていたのがこの羽ペンだった。ボクが教室にいたときにはなかった。確かになかったのに消えた焼き芋の代わりのように落ちていた。だからボクはこう結論付けた。

 こ れ は 犯 人 が 落 と し た 証 拠 に 違 い な い ! 」


 静まり返った会場。誰も口を挟むことができずただただミスジェーンの推理という名の暴論を聞いていた。


「そう、ルイズ嬢、あなたはこの羽ペンを自分のものだと言ったね。つまりボクの焼き芋を盗んだ犯人はキミだ!」

「どうしてそうなった!!」


 文字通り頭を抱えたアンリ。それでも一応聞いてみる。


「ルイズ。彼女の焼き芋を盗んだのはルイズなのか?」


 問われたルイズは目を見開いて驚いていた。何か言おうと口を動かし、言葉にならずに俯く。そして顔を上げて、


「わ、私…が。焼き芋を食べたわ」


「ボクの華麗なる推理の前に犯罪は不可能と知りたまえ」


 ざわつく会場。ぽかんと口を開けて間抜けな顔をさらすアンリ。

 ふっふっふと笑うミスジェーン。


「だ、だって、忘れ物を取りに戻ったら私の机の上に置いてあったんだもの。誰かが私のために買ってくれたのかなって思って。周りを見たけど誰もいなくて、あのまま置いておいたら冷めちゃうじゃない。温かいうちに食べなきゃおいしくないのよ」


「犯罪者は皆そう言うんだ」


 袂からパイプを取り出し口に咥えたミスジェーン。もちろん火はついていない。そのままうなだれるルイズの肩をぽんっと叩く。


「ルイズの机の上に? そんなところに置いたミスジェーンもうかつなのではないですか?」


 せめてもと、ジェフが擁護する。だがしかし。


「我が探偵部はなぜか部員が少なくてね。教室で部活動を行っているんだ。そもそもボクとルイズ嬢はクラスが違うしね。ルイズ嬢の席だと知らなかったよ」


 ボクの華麗な推理に感銘を受けた諸君、ぜひ探偵部に入部してくれたまえ。周囲に向かって宣言するが残念ながら反応は芳しくない。


「せっかくルドヴィカ嬢が入部してくれたのに残念だ」

「え?」

「ルドヴィカ嬢が我が探偵部に入部してくれたのだよ。だからルドヴィカ嬢の教室で部活動を行うことにしたのだ。せっかく焼き芋とわらび餅でささやかなお祝いをしようと思ったのに焼き芋が消える事件が起きてしまった。いや探偵部としては喜ばしい事態ではあるがやはりおいしい食べ物が失われるのは辛く悲しいことだね」


 つまりはルドヴィカが不自然に教室に居残っていたのは部活動のため。羽ペンを盗んだ(証拠品を押収した)のはミスジェーンといえる。焼き芋もわらび餅も2人で買いに行っていたらしい。ついでに探偵部部員は部長も合わせて現在2名。弱小も弱小。部ではなく同好会といわなければならないところをミスジェーンのわがままで部としている。


「悲しい事件だった。だがルドヴィカ嬢。これで探偵部のすばらしさを体感していただけただろうか。これからも事件を解決する一助になれるよう切磋琢磨していこう」


 がしっと握手を交わすルドヴィカとミスジェーン。ルドヴィカの瞳はきらきらと輝いている。どこにそんな要素があったのか周囲の人間にはまるで理解できなかった。



 食べてしまった焼き芋の代金を支払い、次に焼き芋屋が来たときにお詫びとして購入することで示談が成立。証拠品の羽ペンをルイズの返却し事件解決、とミスジェーンは去っていった。


 事件が解決したことにより穏やかな空気が流れ、華やかなパーティが再開される。






「いや、ちょっと、待てルドヴィカ。話はまだ終わってないぞ。ルイズの試験妨害もしただろう」

「そ、そうです。魔法実技試験の時にルイズさんとルドヴィカさんがぶつかってカードを落としたのを見ました。そのときにカードをすり替えて、ルイズさんの魔法実技を失敗させたんでしょ。試験の前にルイズさんのカードの確認をしているし、終わった後に見せてもらったカードは全く違うものになっていました。試験中にすり替えられたとしか考えられないし、それができるのはルドヴィカさんしかいません!」


 今回の補足説明は平民出身魔法少年のクリス。魔力量が突出していたことで特待生入学しているが、やはり平民ゆえ大貴族であるルドヴィカへ話すのは勇気がいるようだ。視線があちこちにぶれているし、体が小刻みに震えている。それでも大好きなルイズのために一生懸命証言していることが伝わってくる。

 ぶつかったのもわざとだろうとアンリがさらに付け加える。

 しかしやはり身に覚えのないルドヴィカはふるふると首を振る。


「しらばっくれるなよ。証言は…」

「ちょっと待って!」


 追求しようとして周囲から声が上がる。またミスジェーンかと思ったが声が違う。黙らせようと声の主を探す。

 平均身長よりも幾分、いやかなり低身長なその主は「ごめんねー」「ちょっと通るよん♡」と声を出しながら一生懸命人波をかき分けて現れた。もまれて若干よれよれの風体だが、その衣装はミスジェーンとは違う方向で異彩を放っていた。


 真っ赤なイチゴのような髪を大振りなレースつきのリボンでツインテールにしその先は見事にくるくると巻かれている。くるんと上向きのまつ毛が大きな翡翠の瞳を縁取り頬にはハートマーク。すっと通った小さな鼻筋の下にはピンク色の小さな唇がぷるるんと輝きを放つ。オフショルダーのシンプルな服がぺったんこな胸を隠し、袖は振袖のように膝下ほどまで揺れ、飾りにつけられている鈴がチリンと涼やかな音を立てる。膝上20cmのフリルたっぷりミニスカートがパニエでふんわり膨らんでおり、膝丈の編み上げロングブーツとの間に出来る絶対領域が白くまぶしい。


「魔法少女、ラブリーエルちゃんだよ♡」


 ハートのついたピンクのステッキをくるりと回しポーズを決める。


『………………』


 紳士淑女が集まる中、幼女が着ていてもかなり恥ずかしいコスプレ衣装のエルメントルート・フォルヒャート男爵令嬢。その姓が示すフォルヒャート商会といえば『大根からダイヤまで』をキャッチコピーにさまざまな商品を取り扱っていることで超有名な大商会。王家にも品を卸し、国内有数の大富豪である家ゆえに、男爵の地位を拝命している。


「いくらエルちゃんがかわいいからってみんな見すぎだよぅ☆」


 きらりんと星を出現させてウインクする。


 周囲が彫刻のように固まる中、ごほんと一つ咳払いをしてアンリが立ち直る。


「フォルヒャート。今はルドヴィカと話しをしているので後にしてもらえないだろうか」


 国内の流通の大部分を担う商会長溺愛の孫娘を無碍にも出来ずアンリは出来るだけこの場を去っていただけるよう話を進める。本来なら王族たるアンリの言葉に異を唱えることなどない。そのはず。


「エルちゃんはルドヴィカちゃんと仲良しなのだよ。だからルドヴィカちゃんをいじめると魔法少女がお仕置きしちゃうぞ☆」


 ピンクのステッキを振り回して宣言する。仮にも王族に対してお仕置きとは何事だ、となるはずなのだがその異様な雰囲気に飲まれて誰も何もいえない。


「ルドヴィカをいじめてなどいない。むしろルドヴィカにいじめられているのだ。だからお仕置きとやらはルドヴィカにしてくれ」


「ノンノンノン。ルドヴィカちゃんはいじめなんかする子じゃないってことはエルちゃんが保証して あ げ る ♡ 」


 正直に言おう。ウザイ。ミスジェーンもウザかったがエルも負けず劣らずウザイ。

 アンリは額に手を当てため息を一つ。


「フォルヒャート。それだけなら黙っていてくれ」


 少し怒気と苛立ちをにじませて発せられた言葉。通常なら誰もが押し黙る第2王子のお言葉。だがエルは気にしない。


「エルちゃんだってルドヴィカちゃんが悪いことしたら怒るよ。でもそうじゃなかったら守ってあげるのも正義の味方の魔法少女の役割だと思うんだよね☆」


 だからこその保証だよ、とまたも大きくウインクする。どういうことだと先を促す。


「えーっと? ルドヴィカちゃんがカードをすり替えてルイズちゃんが試験で魔法を失敗させられたんだっけ?」


 エルは事態の確認を取る。アンリが鷹揚に頷く。エルはにぱっと笑顔を見せる。


「まずひとつ目ー。ルドヴィカちゃんが持ってたカードについてなんだけどね。エルちゃんとルドヴィカちゃんが仲良くなったのってカードがきっかけなんだよね。エルちゃんのもつこの『魔法のステッキ』で本当に魔法が使えるようになればいいなぁって思ってさ」


 いまだ魔法の実装されていないただのステッキなんだよねーとぶんぶん振り回す。

 男爵位とはいえ、祖父の代まで平民だったエルにたいした魔力は備わっていない。だからこそ魔法にあこがれている面がある。

 まぁ、打撃武器としては使えそうだ。


「で、ついでにうちの商会で販売できたらいいなーってエルちゃん思ってるから威力は弱いやつね」


 買う人がいるのだろうかと思ったり思わなかったり。販売対象は貴族か平民か。あるいは大人か子どもか。はたまた男か女か。貴族の大人の男が購入してたら引く。


「ルドヴィカちゃんが平民向けの魔法カードの研究をしてるって小耳に挟んだから協力してもらってたんだ。魔力のない平民でもちょっとした魔法が使えるヤツね。問題はこのステッキに魔法発動印を刻むと歪んじゃって発動できないし、上手く刻めても磨耗して消えちゃうし、ステッキだからどこか壊れちゃうと暴発の危険もあるからなかなか難しくてねー」


 それまでの「 魔法少女エルちゃん♡ 」とは違う、商家の娘らしく真面目な話をすることに一同閉口。内容としてはおもちゃ開発だろうか。


「そこで考えたのが、カードをステッキ内部に入れること。なかなかいい案だと思わない? エルちゃん天才☆」


 顎に手を当てドヤ顔披露。真面目な空気霧散。


「まぁつまり何が言いたいかというとだね。ルイズちゃんが試験で失敗したカードってこのカードなんじゃないかなーってエルちゃん思うんだよ。微風が起こる程度の刻印だから、傍目には失敗しているように見えるでしょ? 火や水の魔法は危険だから発動しないように調整されてるし。ルイズちゃんの試験結果にも合致するんじゃないかな?」


 確かに試験結果は微風がそよぐものだった。


 学園で学ぶ貴族はおおむね地・水・火・風の4大元素に沿った初級の魔法が皆使える。そこから自身の属性や得手不得手を鑑みて能力を伸ばしていく。

 ルイズの属性は4大元素とは異なる特殊な『光』というものだが、それでも風魔法で砂埃を起こせるし、水魔法でシャワーを浴びることが出来る。

 ちなみにアンリなら水魔法で風呂桶に水が満たせるし、クリスなら火魔法と組み合わせてお湯にすることが出来る。ついでにルドヴィカは、公衆銭湯シャワー付きを開くことが可能だ。やらないけれど。


「平民向けカードを持っていたとしても、ルイズのものとすりかえる理由にはならないぞ」


「まぁそうだよね。そして二つ目。そのカードについての話をあの時は試験直前までしてたんだよね。ルドヴィカちゃんは試験なんて朝飯前の魔法の使い手だし、エルちゃんは恥ずかしながらほとんど魔力はないからね。勉強したり調整したりしても結果は変わらないんだもん」


 てへっと舌を出す。


「中に入れるカードの試作品をいくつか作って色々話してたんだけどね。まぁそのうち試験の時間になっちゃって。それで慌ててカードまとめてポケットに入れてエルちゃんは試験会場に向かったわけですよ」


 そこで一呼吸置く。


「エルちゃんが先に試験でしたよ。まぁ結果は予想通り。落ち込んでも仕方がないよねってことで教室に戻ってエルちゃんは気がつきました」


「何に?」


 律儀な相槌にエルはにこやかに笑う。


「 カ ー ド が 一 枚 な く な っ て い る こ と に さ ☆ 」 


 どういうことだとざわつく周囲を見てエルは満足げな表情をしている。


「それはつまり、そのカードをルドヴィカが持っていったということか?」


「いんにゃ。カードは確かにエルちゃんが全部持ってたよ。平民も使えるカードなんてそこらへんに放っておけるわけないし、開発中の新商品をよその商会に見られてもまずいからね。その辺はエルちゃん、きちんとやるさ」


「そのくせなくしたのか」


 アンリの指摘にいやん♡ としなをつくって詫びる。


「試験会場で落としちゃったみたいなんだよね。何でわかるかって? 探しにいったもん。エルちゃんえらい☆ でも見つからなかったんだよ。代わりに見つけたのが、ルイズちゃんのカード。カード自体はルイズちゃんに返しているから手元にはないよ。エルちゃん優しい♡」


「フォルヒャートさんの言うとおり、カードを受け取ったわ。でもそれがルドヴィカさんがカードをすり替えなかった証拠になるとは思えないわ。フォルヒャートさんと共謀していることも考えられるもの」


 ルイズが冷静に判断する。エルも痛いところを突かれたと困った表情で腕を組む。


「まぁそれを言われるとエルちゃん言い返せないな。正義の魔法少女は嘘をつかないよ☆ って信じてもらえる? あ、もらえない。エルちゃん泣いちゃう。でもルイズちゃんのカードが試験会場に落ちてたことはエルちゃん証明できるよ。なんてったってカニーレ先生と一緒に捜しに行って、見つけたのは先生だしね」


 魔法実技学教師であるカニーレに実技室の鍵を開けてもらっている。学園での魔法使用に許可が必要であると同時に、実技室の使用にも許可が必要である。その部屋は常に鍵が掛けられており、許可が下りないとたとえ探し物だとしても入室できない。既存の魔法を網羅していると豪語するカニーレは、エルの落としたカードを見つけるために探索魔法を使用してくれた。 

 つまりはカードを探すために実技室の鍵を開けてもらったが、エル自身は実技室には入室していない。


「エルちゃんはルイズちゃんより先に試験を終わらせて教室に戻ってるし、試験後実技室は使用されてないからエルちゃんがカードを隠したわけじゃない。それでも他の誰かと共謀して、って言われたらどうにもならないことだけどね。でもエルちゃん思うんだ。そんな面倒なことをするくらいなら、そのままカードを持ってきて捨てちゃったほうが楽チンだってね☆」


 その発言にアンリもルイズも半ば納得しかけてしまった。確かにカードをすり替えたのならそのままどこかに捨ててしまったほうが楽だ。持っていてもメリットはない。あるいはそのまま放置していたほうがルドヴィカにかかる嫌疑は少なくなるかもしれない。


「で、みっつ目ー。そのときルドヴィカちゃんは魔法省の研究もしてたみたいで徹夜5日目だって言ってたからふらついてたんだよ。その上でステッキの中に入れるにはカードが大きすぎるから小さくしたやつで試してほしいってエルちゃんの無茶なお願いを聞いてくれたルドヴィカちゃんは試しに作った筒の中に入れたカードで試験を受けてくれてたんだよね☆ あ、威力自体は普通のカードだよ。だから試験会場にルドヴィカちゃんはカードそのものを持っていってないんだ」


「え?」


「だからすり替えようにもすり替えられないと、エルちゃんは断言するよ」


 それでも試験で満点をたたき出すルドヴィカちゃんはずるいよね


 そんな言葉が耳を通り過ぎる。

 カードに直接触れることなく魔法を起動させるためにはどうしたらいいかという課題のある方法なだけにルドヴィカも身をもって実験していた。その場所が実技試験時だということは不謹慎ではあるが、ルドヴィカの成績には影響を及ぼさない。もちろん筒の中に入れたカードを使用して試験を受けることを事前に申請しており、教師陣の許可も取ってある。むしろ強すぎる魔力をもつルドヴィカが異物を介した魔法発動で威力を弱められることを期待している部分もあったかもしれない。


「エルちゃんの推測を告げるよ。徹夜5日目のルドヴィカちゃんがぼーっとしてたところにたまたまルイズちゃんがぶつかってカードを落としてしまった。そのときルイズちゃんがエルちゃんの落としたカードを間違えて拾ってしまった。これが真相だとエルちゃんは思うよ」


 そこにはいじめも暴力も嫌がらせも何もなく、ただただ不運だったというだけのことなんだよ。

 エルはそうやって話を閉じた。






 しーんとした周囲の中。

「いや、まだだ!」

 何がまだなのか。アンリは次なる断罪にシフトする。


「ルドヴィカ。ルイズの机に魔法陣を描いてルイズを害そうとしただろう」

「そこには僕も一緒にいたよ、義姉さん。あの魔法陣は確かに義姉さんのクセのある描き方だった。それにあんなに炎が大きく出るのに周囲に被害が及ばないようにされている条件付けのある魔法陣なんて義姉さんくらいしか描けないでしょ。それをルイズに仕掛けるなんてなんて意地の悪い、悪意に満ちたことをするんだ」


 3人目の補足者はルドヴィカの義弟。3年前、母親の再婚によって出来た才能ある義姉を苦手とするデビッド。出来るなら関わり合いになりたくないのだけれど、ルイズのためなら仕方がないよね、とルイズのピンクの髪を一房持ち上げ唇を落としている。


 そんな義弟を気にすることもなく、ルドヴィカはやっぱりふるふると首を振る。


「今度こそ認めて…」

「お待ちになって」


 またも入る横槍。アンリはうんざりして声の主を探す。無視してしまおうかとも思うが、声の主は聞き流せない力を持っていた。

 ざわりとするなか周囲の人間が道を作る。彼女が歩くたびに道が割れる。すすっと歩き出てきた美女。ブルネットの髪を高く結い上げ紅い薔薇の生花で飾られている。目元はきりっと切れ長で、真っ赤な口紅が弧を描く。大胆に胸元をさらして惜しげもなく盛り上げ、首元を飾る宝石を容赦なく間に埋めていく。フリルをたっぷり使った真っ赤なドレスは下にいくほど多くのひだを作り、床に付くすれすれで大きな円を描く。上から見れば大輪の薔薇のように見えるだろう。


「発言をさえぎってしまい申し訳ありません。わたくし、演劇部部長、トルデリーゼ・ゲルステンビュッテルと申します」


 艶やかな美女は優雅に腰を折り、貴族然とした挨拶をする。今までの2人のようなトンでも衣装もわけのわからぬ発言もない、令嬢中の令嬢である。

 これなら話が通じそうだとアンリも一安心。


「ゲルステンビュッテル伯爵の娘だったな。お父上はお元気か?」

「ええ。父も、他の家族も殿下を始めとする王家の方々のおかげをもちまして」

「そうか」


 鷹揚にうなずくとトルデリーゼも艶然と微笑む。ゲルステンビュッテル家は古くから王家に仕え、宰相や元老を幾人も輩出している名家である。


「それで、わざわざ名乗りを上げたのは何用だ? まさか私と面識を得るためとは言わぬだろう?」


 貴族としての対応に、アンリも王子としての顔をのぞかせる。先ほどまでと口調が異なっている。


「ええ。もちろんでございます。殿下の貴重なお時間をいただけること、身に余る光栄にございます」


「前口上はいい。用件を述べよ」


「では失礼して。ルイズさんの机にルドヴィカ様の魔法陣が描かれていた。それは大きく炎が上がるものだが周囲に延焼することはなかった、とおっしゃられていましたね」


 敬称が異なるのは親の爵位が違うから。トルデリーゼは高位者には「様」を、低位者には「さん」をつけている。身分社会で生きるのは子どもも同じ。平等を謳う学園内でも変わらない。


「その通りだが、何か問題でも?」


 デビッドが答えるが、その表情は硬い。デビッドは子爵家から公爵家になった時の周囲の対応の変化から、トルデリーゼのような権威をかざすものを毛嫌いしていた。


「あぁやはり!」


 突然、トルデリーゼは大きな声を出し、大げさなアクションでただ顔に手を当てるだけの動作をこなす。

 驚いたのはデビッドだけではない。アンリもルイズも肩を震わせ何事かとトルデリーゼを見つめる。


「リーゼ様!」


 そのまま崩れ落ちていきそうになったトルデリーゼを後ろからやってきた女生徒二人が支える。トルデリーゼと同じように豪奢な衣装を着て、派手な濃い化粧をしていた。

 よよよと泣いているかのように顔に手を当て、女生徒の一人がハンカチを渡すと目元まで覆った。が、ハンカチが触れていないのは化粧が落ちるからだろうか。


「申し訳ありません」


 一通りのやり取りの後、トルデリーゼは扇を広げて立ち上がった。


「まさか、まさかこんなことになるなんて!」


 天を仰いで懺悔する。女生徒たちは再び『リーゼ様』と少し後ろに立ってトルデリーゼと同じ場所を見つめている。


「ど、どうしたんだ? ゲルステンビュッテル??」


 何が起こったかわからず目を白黒させている。それは周囲も同様だった。


「いいえ、いいえ。ルドヴィカ様は悪くありませんのよ」

「すべてはこのトルデリーゼ・ゲルステンビュッテルが悪いのです」

「こうなることを予想していれば」


 などなど周囲に聞こえるように話しているが、すべては独り言のようで周囲の問いかけに応じる気配がない。一人の世界に入り込んでいる状態といえる。


「ゲルステンビュッテル。一人で何を言っているのだ? わかるように話せ」


 業を煮やしたアンリがトルデリーゼに命じた。

 その言葉を待っていましたとばかりにトルデリーゼは妖艶に微笑みアンリに向き直る。


「それではお話いたします。ルイズさんのご使用になられている机。それはもともと演劇部の小道具でした。中途で入学されたルイズさんの机が足りず、使用していなかった机の使用許可を出したのは部長たるわたくし、トルデリーゼ・ゲルステンビュッテル。つまりは全てわたくしの責にございます」


 そうして優雅に腰を折る。


「わけがわからん」


 アンリもルイズもデビッドも頭に「?」を浮かべる。

 トルデリーゼの傍らに控える二人の女生徒は「リーゼ様のせいではありません」「わたしたちも同罪です」などとトルデリーゼにすがり付いている。ますます意味不明。


「3年前の我が演劇部の上演において、学園の使用していない机をお借りいたしました。もちろん使用許可は取りましたわ。その時の演出で炎を使用することになりましたの。しかしながら屋内での炎の演出はなかなか許可が下りるものではありませんでしたわ。そこで当時から魔法の才能あふれるルドヴィカ様にお願いし、炎は上がるものの周りに延焼しないよう魔法陣を組んでいただきましたのよ。それならばと使用許可もおり、劇は大盛況に終わりましたわ」


 そのときのことを思い出しているのか、トルデリーゼは胸の前で両手を組み、瞳を閉じる。ゆるく口角の上がった口元は穏やかな笑みを示している。


 頭の回転の速い諸君はもうお分かりだろう。


「その時の机が倉庫に入れっぱなしになっていました。急遽机が必要になり、眠っていた机を使用することになりました。その魔法陣を描いていたことをすっかり忘れておりました。これはその存在を忘れ、使用許可を出した演劇部部長たるわたくし、トルデリーゼ・ゲルステンビュッテルの咎。ルドヴィカ様に非はございません。罰をお与えになるならば、このわたくしめにお願いいたします」


 頭を下げて謝罪の意を示す。


「それなら魔法陣は以前より描かれていたことになる。なぜ今まで発動しなかったのだ?」


 魔法陣が一度発動すれば再度発動させるのに再度魔力を込める必要がある。長らく放置されていた魔法陣が起動する可能性は低い。


「推測でしかありませんが、おそらく先ほどミスジェーンがおっしゃられていたことと関係あるかと。つまり、部活動と称しルイズさんの机の周辺にいたのでしょう? その際ルドヴィカ様が意図せず魔法陣に触れたことで魔力が込められてしまったのではないかと思うのです。そして、これはあまり言いたくはないのですが…」


 と、トルデリーゼは言葉を切った。きょろきょろと周りを見渡しため息をついて「失礼いたします」とアンリのそばに寄ってきた。公にしたくないことだと察したアンリはそれを許す。護衛騎士たるリチャードがさっと間に立って、トルデリーゼが何か不審な動きをしたときはすぐに対応できるようにする。


「魔法陣の発動条件は、その机に触れているもの同士が

 口 付 け を 交 わ し た と き な の で す 」


「……………え?」


「ええですから、魔法陣の発動条件は机に触れているものが口付けを交わしたとき、まぁぶっちゃけキスしたときです。

 なんでこんな条件なのかといいますと、この魔法陣を使用した時の演劇の内容が、『平民の少女が母親の死後貴族の父親に引き取られて入学した学園でさまざまなタイプのイケメンと交流を持ちながらその中で一番の王子と結ばれる』というものでしたの。もちろんイケメンたちには色々な過去があり、それを解きほぐす少女の慈愛に満ちた微笑や、イケメンたちの婚約者からの執拗な嫌がらせにもめげず、明るく学園生活を送る少女の姿が人気でしたのよ。

 その中で、王子の婚約者である女性が少女に嫉妬して行った嫌がらせの一つとして、王子と少女がキスする瞬間を見てしまい炎の魔法で2人を引き裂くという演出がありましたわ。脇からの魔法では万が一のこともありますから、2人がキスしたときを発動条件といたしましたの。

 この効果は抜群で、舞台でも三人の関係が如実に現れたシーンとして絶賛されていましたわ。今でもあのときの光景が目に焼きついておりますの」


 言いたくないと言いつつすらすらと口上を述べ、途中からはくるりと体を回転させ、周囲に演説するように腕を水平に広げる。

 唖然としていたデビッドが我に返ってリチャードを押しのけてトルデリーゼを止めようとしたときにはすでに口上が終わっていた。


 トルデリーゼの言葉が耳に入り、出て行き、分解され、また戻ってきて、脳内で言葉に構築され、意味を理解した。


「でぇーびーっどー?」


 超低音ボイスでデビッドに詰め寄るアンリ。同じように後ろから詰め寄るリチャードたち。


「お前、あろうことかルイズと、ルイズと…」

「神聖なる校内で何をしているのですか」

「そ、そんな…ハレンチです」

「……………死刑」


 アンリ、ジェフ、クリス、リチャードに取り囲まれるデビッド。ルイズは一人顔を真っ赤にしてあうあうしている。


「そのようなわけですので、非はわたくし、トルデリーゼ・ゲルステンビュッテルにあります」


 と言ったトルデリーゼの言葉はアンリたちの耳には入っていなかった。トルデリーゼはルドヴィカにも謝罪を述べ、ルドヴィカは穏やかな微笑を返すことで受け入れた。






「ル、ルドヴィカ! 話はまだ終わってないぞ!」

「そうだ。ルイズを階段から突き落としただろう」


 制裁を受けてボロボロになってロープでぐるぐるまきにされた上で後ろに転がされているデビッドには一言も触れることなくアンリの追及が開始される。

 ルドヴィカも残念な義弟に触れることなく、何事かとその瞳だけで問うた。


「1週間前、ルイズに用があって探しているときに階段からルイズが落ちてきたんだ。俺が受け止めたから大事には至らなかったが、いなければ大怪我どころではなかっただろう。その直後に階段の上に貴女が顔を出した。俺を見るとすぐに逃げていったな」


 学生ながら王子付き騎士のリチャードは公式な場での帯剣が許されている。その剣に手を添えながら話すさまは恐喝しているといっても過言ではなかろう。実際表情も険しく上背もあり筋肉のついたがっしりとしたリチャードは、平均的な身長とほっそりした体型であるルドヴィカを見下ろす形になり、自身の作る影でルドヴィカを覆ってしまっている。不良に絡まれているときによく見る状態だ。 


 カシャ


 しかしながらそんなことを気にするルドヴィカではなく、まっすぐとリチャードの瞳を見返す。


「見られていないとでも思ったか。俺はしっかりと貴女の顔を見たぞ」


 勝ち誇ったようなリチャードの顔。ルドヴィカは不思議そうに眺めるのみ。


 カシャカシャカシャ


「君が認めないのなら…」


 カシャカシャ


「って、何なんだ!」


 時折まぎれるカメラのシャッター音にこらえ切れずにアンリが声をあげた。

 カメラを構えていた少女は怒るアンリの顔を何枚か撮影してから大きなカメラを下ろす。


「どーもー! 新聞部のレナータ・シュティールっす」


 他の生徒がドレスやら趣味やらで着飾る中、制服姿のレナータ。その腕には『報道』とかかれた腕章をつけており、それを示しながらの自己紹介。


「レナータ。この件を新聞にするのは構わないが、もう少し控えてくれないか」

「当事者インタビューも付けていいのかい?」

「後で答えてやるから」


 しっしと手で振り払うアンリ。

 シュティール大公令嬢であり、現国王の姪であり、アンリの従妹である姫君。

 本人はそんなことを気にもせず現場第一を信条とした情報通で知られている。内政外交含めた政治問題から、貴族間の噂話、市井の流行まで彼女に知らないことはないといわれるほどである。

 フィールドワークと称してさまざまな場所へ潜入するうちに裏の人間との付き合いも覚え、態度も話し方も非常に軽くなったのだが、その情報に大公たる父親も一目置かざるを得なくなり、頭痛の種になっていることは公然の秘密となっている。

 従兄であるアンリとも幼少より交流があり、兄妹のように一緒に遊んだ仲である。概ね、アンリがいじめられているのだが。


「ルドヴィカも相変わらず美人さんだね」


 カメラを構えてルドヴィカを撮影するレナータ。従兄の婚約者であるルドヴィカとも面識は深い。


「レナータ。今はカメラを下ろせ。お前のお遊びに付き合ってやることは出来ん」


 アンリの制止にもレナータはニシシと笑うのみでシャッター音が止むことはない。

 アンリの従妹ということでリチャードも無理矢理止めに入ることも出来ずにおろおろしている。


「レナータ」


 少し強めに言うと、レナータはカメラを構えながら振り返る。


「まぁまぁアンリ。怒るといい男が台無しじゃないか。いい男ってのはいつでもどんっと構えているもんじゃないのか? それに、私だって考えなしでここに出てきたわけじゃあないんだよ」

「どういうことだ?」


 レナータは情報戦に強い。色々な情報を清濁合わせて持っている。だがその分表舞台に立つことはあまり得意ではない。公の場で取り繕うことは出来るが、素の言動が軽いため、長くは持たない。本来ならば、このような舞台に上がることはのしつけてご遠慮願う人間である。

 カメラを構え、アンリを撮影し、そのレンズがルイズを捕らえる。しかしレナータはシャッターを切ることなくカメラを下ろした。


「だってルドヴィカはルイズを突き落としてなんかいないからさ」


「だが俺は確かにルドヴィカを見た!」


 困ったように笑うレナータ。どういうことだとざわめくアンリ。自分を主張するリチャード。


「まぁまぁ。確かにルドヴィカは階段でルイズにぶつかった。そう、ぶつかっただけだよ。突き落としてなんかいないよ」


 激昂するリチャードをなだめるようにレナータは両手を挙げる。そんなことをしなくても王族に籍を置くレナータに騎士のリチャードが何かすることはありえないのだが、気分的な問題だろう。


「ぶつかったのだろう? そこにどんな意図が隠されているかは本人にしか分からない。突き落とそうとしてぶつかったふりをすることなど容易いのではないか?」


 ルドヴィカと親しいレナータが、ルドヴィカを庇っていると感じたアンリが疑問を呈す。ルイズを庇いたいがためとも言う。


「それは難しいと思うよ。だってあの時ルドヴィカはルイズの存在に気付いていなかったもん」

「何でそんなことが分かるんだ?」


「だってあの時、

『 月 刊 ☆ ル ド ヴ ィ カ ち ゃ ん 』 の 撮 影 を し て た か ら さ 」


「何だって?」


「『月刊☆ルドヴィカちゃん』」


「なんだそれは?」


「あれ? 知らない? 生徒の間のみならず、教師や外部貴族の間でも大人気。貴族の中の貴族、魔法使いの中の魔法使いといえるルドヴィカ・スフィーアの特集本だよ。我が新聞部が総力を挙げて毎月ルドヴィカのかわいい写真やかっこいい魔法、ありがたいお話なんかを載せて販売してるんだ。新聞部の部費の半分を占めているといっても過言ではないね」


 目をぱちくりさせているアンリ。周囲の人間から「毎月購入しておりますわ」とか「ルドヴィカ様の勇姿を」とか「今月号は感動して涙が」とか声が聞こえる。

 全く知らなかったのはアンリたちだけのようだ。


「ちなみに最初はアンリとかも一緒くたの貴族の特集みたいなのだったんだけど、ルドヴィカの人気がすごくてね。もうルドヴィカだけでいいやってなって、今の形になったのさ」


 暗にアンリの人気が低いことを示している。王族たるアンリより人気のあるルドヴィカ。アンリは100のダメージを受けた。


「まぁそんなわけで、あの時は来月号の表紙の撮影をしてたんだよ。階段を下って振り返ったところっていうシチュエーションでね。いろいろ注文をつけてるときにルイズがやってきてぶつかっちゃったんだね。ルドヴィカはこっちを、つまり上を向いてたから気付いてなかった。で、気付いたときにはルイズが落ちてた」


「それなら降りてきて無事を確認するなり謝罪するなり何かあるだろう。なぜあの時逃げたんだ」


 硬い声音でリチャードが詰問する。それに答えたのはレナータだった。


「逃げたわけじゃないさ。あの時は雑誌の付録として学校案内の映像も同時収録してたんだ。つまりマイクを付けてたの。すぐに駆けつけようにもマイクのコードが邪魔で行けなくて、慌ててたから絡まって、ようやく外して下にいったときにはすでにいなかった。リチャードが保健室に連れてってくれたんだろ?」


「当然だ。保健医に見てもらって異常なしのお墨付きをいただいた後は速やかに帰宅した」


「うん。私たちも保健室に向かったけど、そのときにはすでに帰った後だった。だから保健医に無事は確認したよ。聞いてごらん。その後も体調はどうか人を介してだけど確認はしてる。後日ルドヴィカはぶつかったことを謝罪しようとしてたけど、君たちがルドヴィカとルイズをあわせてくれなかったそうじゃないか」


「それは、ルドヴィカがまたルイズに何かしないか心配で…」


 苦い顔をしてリチャードが顔をそらす。


 ルドヴィカはここ1週間ルイズに謝罪するために会う機会を探していた。しかしルイズの姿を見かけると必ずアンリたちに邪魔されて会うことが出来なかった。元気そうな姿を遠目で見て心配することしか出来なかったのだ。今日のパーティでチャンスがないかと思ったのだが、ルイズの周りはいつも以上にアンリたちががっちりとガードしていた。



 こんなに色々と不幸な思い違いをされていたためかとルドヴィカは理解した。






 だがまだアンリたちの思い違いは終わらない。

「だがなルドヴィカ。ルイズに呪いをかけたことは許しがたき悪行だぞ」

「わ、私、魔法が使えなくなって、魔力が封じられてるみたいなんです。どうしてか知りませんか?」


 ルイズが両手を胸の前で組んで、瞳に涙をためていた。アンリたちはルドヴィカに嫌疑を、というかもうほとんどルドヴィカが犯人だと決め付けているが、自分だけは信じています、みたいにうるうるした瞳でルドヴィカを見つめてくる。

 男なら絆されるであろうその姿にもルドヴィカの心に触れるものではなかった。もちろん話の内容にも心当たりはなかった。自分の持つ知識の中で同じような現象にいくつか思い当たりその確認をしようとしたところ、


「ぬわぁーんですって!」


 突如として上がる奇声。驚いてふり帰ると黒い塊がばしゅっと突撃してきた。

 ルドヴィカは華麗によけた。他の人間は動くことすら出来ずに固まっている。護衛騎士たるリチャードですら口を開けて間抜け面をさらしている。

 黒い塊はルイズの前で止まるとその肩をつかんで前後に揺らし始める。


「ちょっとあなた! 魔法封じの呪いにかかったって今言った? ねぇそれホント? いいから嘘と仰いな。そんなことあるわけないもの」


 がくがくと揺さぶられて言葉を発することが出来ずさらに揺さぶられてと悪循環に陥っている。

 ようやく正気に戻ったリチャードがルイズから黒い塊をひっぺはがす。べりっと音がしそうだったが、案外簡単にその場を離れた。


「ちょっと。か弱い乙女に何するのさ」


 ルイズとルドヴィカの間くらいに座り込んだ黒い塊はリチャードに抗議する。リチャードはそんなものに聞く耳持たず剣を引き抜き切っ先を向けた。


「何者だ!」


 黒い塊は一瞬声を詰まらせ、そしてクツクツと笑う。一つ大きく息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。裾や袖のほこりを払い、深くかぶったフードを取る。


「!!?」

「何者とは失礼だな。ロスヴィータ・ライフアイゼン。君のクラスメイトじゃないか」


 フードから零れ落ちたのは豪奢な金の巻き毛。小さな顔も形のいい額も大きな瞳も長いまつげも小さな唇も等身大の人形といっても信じてしまえるほど美しい。黒一色のローブで包まれて見えない体もその顔にふさわしい人形めいたつくりをしていることを誰もが知っている。

 そんな彼女はリチャードのクラスメイトでもある。優秀な魔法使いを数多く輩出しているライフアイゼン家においての変人。変わり者。それと同時にライフアイゼン家の至宝とも呼ばれる彼女は、古き魔法の継承者であり研究者である。


「ライフアイゼン。ルイズに何かしたら許さない」


「何か聞いたのは彼女のほうじゃないか」


 豪奢な巻き髪にさらりと手櫛を通して整える。


「彼女は呪いをかけられて魔力を封じられたといっただろう? 呪いとかの類は古き魔法の一種だよ。それならば私の領分であるに決まってる」


 再びフードをかぶるとクツクツと笑った。

 そのままルイズに近寄り手をかざす。リチャードが止めに入ろうとしたが、ルイズ自身が断った。

 ふむふむと何かを探るようにルイズの額に手を当て、くるりと回転させ、背中も眺めてまた回転。腹に手を当て指先を見つめて回転。肘や腰を眺めてはい、回転。ドレスのスカートが足に触れることを邪魔したので3回ほど意味もなく回転させる。


「ふむふむ。なるほどね」


 くるくる回って目が回る。ルイズはアンリに支えてもらう。


「何か分かったのか?」

「それより回る意味はあったの?」


 呼吸を乱したルイズの訴えは却下された。


「もしかして君、旧校舎の4階の端の教室へ行かなかったかい? あるいは近くまで」


 今は使用されていない旧校舎。近々取り壊して新しい温室を作るという話が上がって早数年。使われることも壊されることもなくほこりにまみれたその場所、いったい誰が近づくと言うのだろうか。


「え、ええ。子猫を追いかけて」


 指摘されたルイズは驚いた表情を見せる。アンリは猫と戯れるルイズを見たかったと残念そうにしている。


「あぁやっぱり。君は禁域を犯した」


 物騒な言葉に凍りつく一同。校内に禁域があったなど初耳だ。だから旧校舎の解体が進まないのだろうか。なにかオカルト的な現象でも起こっているというのだろうか。


「その、禁域だなんて、私…知らなくて…」


 恐怖で涙をためるルイズ。先ほどのあざとさは鳴りを潜め、顔色も悪い。


「ぼ、僕聞いたことがあります。旧校舎に近づいちゃいけないって。近づくと邪神への生贄にされてしまうからって。旧校舎の周りには生贄にされた魂が夜な夜なさまよって宴会を開いてるけど、そこに混ざると連れて行かれるし、食べ物を食べても連れて行かれるから危険だって」


 平民クリスが一生懸命話す。アンリたちは聞いたことが無いようで不審そうに首をかしげている。


「!?」


 クリスの話を聞いたルイズの肩が大げさなくらい揺れる。その動きにアンリが気付いて声をかける。ルイズは視線をさまよわせているばかり。


「チョコレートが…」


 唇を震わせながら発したのはそんな言葉。アンリは首をかしげる。


「チョコレートがあったんです。猫を追いかけた先に。それも城下で大人気のケーキ屋『レジーナ ドルチェ』の新商品が。なかなか手に入らなくて。一粒ずつ箱に入ってるので。箱に入ったままだったらいいかなって。それで…」


「食べたのか?」


 おそるおそる首肯するルイズ。


「ルイズ。拾い食いははしたないぞ」

「それよりルイズさんが連れて行かれてしまいます!」

「邪神などいるものか」

「返り討ちにしてくれる」


 心配するのはクリスのみ。残りは意気込みを語る。いまだぐるぐる巻きの約1名も床でびちびち跳ねて主張している。


「食べてしまったんだね」


 おどろおどろしい背景を背負ってロスヴィータがルイズに詰め寄る。そんなロスヴィータの手を取る。


「何か、何かこの呪いを解く方法は無いのでしょうか。ライフアイゼンさんならご存知ではないですか?」


「呪いを解く方法は一つ」


「教えてください!」


 握られた手を振りほどく。さらにすがろうとするルイズを手で制する。ルイズは再び胸の前で両手を組んでロスヴィータを見つめる。


「『レジーナ ドルチェ』の新商品を買ってくることだよ!」


「それはお供えをすると言うことでよろしいのですか?」


 必死の形相のルイズにロスヴィータは笑って答える。


「いや、私が食べたいだけ」


 ぱちぱちと目を瞬かせ首をかしげるルイズ。


「だってあのチョコレート、私のだもの。やっと手に入って大事に食べようと思ったのに誰かに食べられててすんごい悔しかったんだからね」


「だからって呪いをかけることはないだろう」


「あれはあそこに許可なく近づくものにかかるものだから」


「あそこ?」


「あぁ、呪術部の部室だよ。呪いや古き魔法を研究している。貴重な資料も多いし、呪いがかかっててヘタに動かすことも出来ないからね。危ないから無関係な人間が近づかないようにしてるんだ」


 それまでのおどろおどろしい雰囲気とは一転。からっと笑うロスヴィータ。


「だがルイズの魔力は」


「大丈夫。しばらくすれば元に戻るよ。完全に魔力を封印してしまう魔封じとは違って呪いはその時々や人によって成果が違ってくるのが面白いよね」


 オカルト的なものではなかったことに安心して気が抜けたルイズはその場に座り込んでしまう。それを支えるアンリもその場にしゃがむ。声をかけるとほっとしたため息をついた。


「それにしても拾い食いは感心しないよ。貴族社会には呪いなんて不確実なものよりも毒なんていう有効なものだってあるんだからね」


 チョコレートといい焼き芋といい目の前にあるものを貢物と認識してしまうのはルイズの悪い癖かもしれない。





 さて、手持ちの断罪カードがすべてなくなってしまったアンリはこれからどうしようかと頭をめぐらしていた。他にも細々とした嫌がらせ記録はあるもののルドヴィカがやったという証拠はない。婚約破棄の根拠が覆されてしまった。ルドヴィカとの婚約破棄が成立しなければ愛しいルイズとの婚約はなされない。その後の結婚もいわずもがな。しゃがんでルイズを抱きしめながら腹心の友らをちらりと見る。しかし彼らも視線をそらしてしまった。




「もう、ルドヴィカを糾弾しないのかい?」

 そんなアンリにロスヴィータが声をかける。


「この件の真相を語ってくれるんだろう?」

 こちらはレナータ。カメラを構えてにやにや笑っている。


「真実の愛は誰かを貶めるものではありませんわ」

 芝居がかったよく通る声を聞かせたのはトルデリーゼ。


「冤罪はよくないと、エルちゃんは思うんだ」

 ステッキを振り回すエル。


「婚約破棄する理由がないという大きなナゾが残ったな」

 虫眼鏡でアンリを覗き込むミスジェーン。



 女性陣に周りを囲まれてだらだらと冷や汗を流すアンリ。

 そんなアンリに抱きしめられているルイズ。

 ルイズを助けたくとも女性陣の迫力に押されているリチャード。

 ロープに巻かれていることをいいことに小さくなりを潜めているデビッド。

 おろおろと周囲を見渡しうろうろしているだけのクリス。

 何か言おうとするも何も言えずに口をパクパクさせるだけのジェフ。









 何の話だったんだろう?

 ルドヴィカはそんな光景を眺めながらゆっくりとお茶を飲んでいた。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんということでしょう。 当事者が一番蚊帳の外にいるという笑撃の事実!
[良い点] 交友範囲が広い、優等生なルドヴィカちゃんでしたねw 王子、離婚したけりゃ王様に直訴すればいいのに。 [一言] これ、ざまぁ なんでしょうか?
[一言] すげぇ濃い部活の有名人が次々とw そりゃ主人公も出番を食われますな 最後に紅茶を飲む描写が出てくるまでパーティ会場であったことすっかり忘れてしまいました
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