閑話休題 親友とイベント1
◇
古林さんの担当になって1~2か月が経った。
最初の頃は、同僚と飲みに行き愚痴をこぼしていたものだが、慣れというのは恐ろしいもので、今では古林さんの自殺衝動もいつものことだ。
僕が最初に読んだあの小説は、実はシリーズものだったらしく今回はバッドエンドらしい終わり方をする続編の原稿をもらいに来たわけだが、何故かチャイムを押しても返事がない。
ドアポストに
”実家に帰ってるからそっちへ来い。”
的な内容のメモが挟まっているだけだ。
途方に暮れる僕。
編集長も実家の場所までは聞いていなかったらしいし。
そこへ初日の時に古林さんがいた駅を教えてくれた大家さんが、本人の了承もあって実家の住所を教えてくれたんだけど・・・・・・
「なんだここ・・・・・・」
僕は驚きを隠せなかった。
住所を間違えたのかと思ったよ。
でも、表札には”古林”ってあったし、とりあえずチャイムを鳴らしてみる。
「はーい」
この無感情な感じの声は古林さんに間違いない。
「あ、なんだ。ユーリちゃんか。」
なんかがっかりされたかのような言い方をされたけど、もはやいつものことなので一々気にしていられない。
しかし、これでこの家が古林さんの実家であることは間違いないと証明された訳だ・・・・・・。
古林さんの返答の後門が開いた。
初めて会ってから、仕事関係は全て向こうのアパートで済ませていた。
けど、今目の前にあるのは大豪邸と言っても差し支えない邸宅だ。
クラシックには詳しくないけど、ピアノの音まで聞こえている。
(古林さんが弾いてるのかな?)
いや、彼女はピアノとか弾けるような感じじゃない。
では家族の誰かが?
僕は開いた門から家までの道を歩きながら、こんなことを永遠と考えていた。
ドアの前に着いたあたりで、タイミングよく女性がドアを開いた。
なんとなく古林さんに似ているけど・・・・・・。
「何ぼーっとしてんの。入りなよ」
見た目に反して、この言動、それに声は・・・・・・
「古林さん、ですか?」
「他に誰がいるっての?」
いつもの冷めた声でそう言われれば、そうなのだが
「いや、だって・・・・・・」
改めて彼女の恰好を見る。
普段はジャージよろしくオシャレのおの字もない彼女が、
こんなにオシャレな格好をして、しかも髪型も綺麗に整えられているし
化粧もバッチリである。
別人だと思っても不思議じゃないレベルの変貌だ。
「早く入れば?」
イラッとしたのか、彼女に促されとりあえず上がらせてもらう。
ピアノの音はまだ鳴っている。
やっぱり古林さんが弾いていたわけではないようだ。
「何?」
立ち止まった僕を見て、古林さんはまた腹立たし気に尋ねてくる。
「このピアノは誰が弾いてるんですか?」
「親友だけど?」
(古林さんに親友なんて居たんだ。)
もっとも、こんなこと言ったら怒られるに決まってるので、それは言わないでおくが。
◆
ったく、ユーリちゃんめ。
今日は用事があるから遅めに来いって言ったの忘れたのか?
とりあえず、さっさと原稿渡さないとそろそろ出る時間だ。
「ここで待ってろ。」
私はユーリちゃんを応接間的な部屋に置いて、自室に原稿を取りに向かった。
親友は・・・・・・まぁ、大丈夫だろう。
◇
(ここにピアノがあったんだ。あの人が弾いてるのかな?)
応接間らしき部屋に案内された僕は一番最初にピアノに目が行った。
しかし、僕のいる入り口付近では演奏しているであろう古林さんの親友さんの姿は少ししか見えない。
(下手に声をかけたら悪いよね。)
僕はそう思い壁に寄りかかっていたのだが。
「座れば?」
「え?」
ピアノの音が止み、声をかけられた。
立ち上がってきたのは、綺麗だけど目がうつろというか、無気力そうな感じの人。
「宙の編集の人でしょ? 座れば?」
「え、でも・・・・・・」
流石に見ず知らずの彼女と一緒のこの空間で僕だけ座ることには抵抗があるのですが・・・・・・
「宙の部屋ちょっと遠いからまだ時間かかりそうだし、これからなだゆーのイベント行くから締め出されるかもよ?」
無表情なまま彼女はそう告げる。
「イベント? え? 締め出される?」
僕が混乱していると、応接間の扉が開いた。
扉の前にいた僕はコケそうになった。
◆
「あ、ユーリちゃんごめん。」
まさか、扉の前にいると思ってなくて思いっきり開けてしまった。
ま、大丈夫でしょう。
「それより、凛珂そろそろ出ないと間に合わなくなる。」
「そうだね。でも編集くんどうすんの?」
そうなのだ。
コレでもダッシュで自室に戻ったつもりなのだが、
私の自室はこの無駄に広い部屋の二階の中央あたりにある。
普段ならば、そこまで気にならないがもうすぐ家を出る時間だっただけに
結構時間を取ってしまった。
「あ? ユーリちゃん? 悪いけど原稿だけ渡すから修正点とかはメールで!」
私は倒れているユーリちゃんに雑に原稿を渡すと凛珂と共に慌てて家を出た。
◇
「えっ!? ちょっと!!」
流石の僕も他人の家でそれはマズイだろう。
と思い二人の後を追いかけた。