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第3話 動き出した歯車

 今日も空は青いな。最近はずっと晴ればかり。俺の心の中とは真逆だな。

 あれ以来、俺の気持ちはぐちゃぐちゃだ。何といえばいいのだろう。これが情緒不安定と言うやつなのだろうか。もちろん人なのだから、気持ちの浮き沈みくらいはある。でも、今の俺はどこかがおかしい。いつもなら制御できるはずのことが出来ないのだ。

 自分が思ってもいないことを口に出しそうで怖い。周りの人のことを傷つけてしまうんじゃないかって考えてしまう。そんなことを考えていたせいで、昨日はちっとも寝ることが出来なかった。おかげで寝不足だ。今日は寝れるのだろうか。心配になってきた。

「今日は外暑いね。早く半袖にしたいよ」

「それは気が早すぎないか?」

「いいじゃん、暑いんだから」

 俺の高校では制服の夏用と冬用を着る期間が決まっていて、基本的にはそれに従わないといけない。ただ、別に今日は特別暑いわけではない。どちらかというと過ごしやすい日だ。しかし、鈴菜はさっきから服をパタパタと動かしている。今まで特に意識して見たことがなかったため、単純に気がつかなかったという可能性もあるが、鈴菜は意外に暑がりなのかもしれない。そういえば、鈴菜の厚着姿を見た記憶がない。体温が高いのだろうか。それとも、癖か何かだろうか。

「鈴菜ってさ」

「ん? 何か質問かな?」

 俺から話しかけることが少ないからか、鈴菜がとても嬉しそうな顔になっていた。具体的にいうと、にやにやしている。鈴菜ってこんなに表情が柔らかかったんだな。毎日一緒に過ごしていて、そんなことも知らなかった。俺って最低だな。

「そうだ、一つだけ質問したい。鈴菜は冬に上着とか着たことあるか?」

「突然何を言い出すの。そりゃあ、すずだって人間なんだから、少しくらい厚着はするよ? あ、でも最近はしてないかも」

「ほんとか?今まで見た覚えがないぞ」

 いや、実は着ていたのかもしれないな。俺が見ていないだけなのかもしれない。


「はろー、お二人さん! 今日もラブラブだねえ」

 シリアスな雰囲気に突然聞き覚えのある声が響いた。いや、ほかの人のことを言っているのだろう。そうだ、関係ないな。

「おはよー、彩夏ちゃん。でも、ラブラブって誰の事?」

「もちろん、あんたたちの事よ。それにしても、鈴菜は今日もかわいいね」

 途中からわざわざイケボで言うなよ。女子高生がそんな低い声を出さなくてもいい。事情を知らない人から見ると、俺が言っているみたいに見えるからやめてくれ。

「うわ。そんな怖い顔しないでよ」

「してない。いつも通りだ」

「じゃあ、なんでそんな顔なのよ」

「それを言っちゃおしまいだ」

 相変わらず朝から騒がしいやつである。でも、嫌なわけではない。むしろ、いつも通りに接してくれていることに感謝しなければいけない。二人には事情を話していないから、そうされることは分かってはいたけれど。

「あれ? 鈴菜、身長伸びた?」

「うそでしょ。え、ほんとに?」

 いや、信じるな鈴菜。こいつはいつもこう言うんだ。お世辞にもほどがあるだろ。昨日会わなかったからって、それは無いぞ。

「ほんとほんと。私にはわかるよ」

 うそつけ。どんだけ鈴菜の事好きなんだよ。お前、鈴菜が嬉しそうな顔をするのを見たいだけだろ。身体測定の後に泣き付かれる、俺の身にもなってくれ。いや、くっつかれるのが別に嫌なわけではないのだが。って何言ってんだ、俺。

「ね? 二葉もそう思うでしょ?」

 おいおい。俺に振ってくるか、この話題。やめてくれよ。どうしたらいのか、わからないじゃないか。

 選ぶとすると、二つの選択肢がある。一つは『確かに身長伸びたかもな』と鈴菜にいう。もう一つは『彩夏、口から出まかせ言うなよ』と彩夏に言う。この二つだ。二つも思いついておいてなんだが、どちらを選んでも、その先に見えるのはバッドエンドじゃないか。選択肢を選んだあと、あの有名な曲が流れそうで怖い。スタッフロールなんて用意してないぞ。

「あ、いや」

「どう思う?」

 鈴菜まで俺の敵となるのか。俺はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ。

 くそう。どうすればいいんだ。逃げることが出来ないから、選ぶしかないのだ。さっき思いついた、二つのうちのどちらかを。

「そ、そうだな。確かに身長伸びてるかもな」

 俺は比較的安全な方を選んだつもりだ。いや、これが最善の選択だったとは思えないが、今のこの状況では仕方のないことだ。結局いつも通り、鈴菜が現実を知る羽目になるんだな。だいたい彩夏のせいである。

「ほんとに!? 良かったぁ。最近伸びないなぁって思ってたから、心配だったの」

 鈴菜よ、それはわずかな時間だけ感じることが出来る感情だ。大切にしろよ。

 いや、待て。次の身体測定ってもうすぐじゃないのか?

「さ、ちょっと急ぎましょう。遅刻しそうになってるわよ」

 しまった、ゆっくりし過ぎたな。ちょっと急ぐか。


 俺の病気は進行が速いらしい。ただ、見た目はさほど変わらないため、最後まで病気だと気付かずに亡くなる人も多いと医者は言っていた。主な症状は風邪のようなものと体力の低下。そう、ただの体調不良にしか見えないのだ。実際、俺もまだ病気になっているということを信じ切れていない。いや、信じたくないのかもしれない。どうしても受け入れることが出来ないのだ。

 診察の際に、体力が低下するとどうなるのかと聞いてみると、医者は『普段通りの生活が出来なくなるかもしれません。軽い症状のみで済んだとしても、呼吸するだけでしんどくなることもあります。まだ、この病気に対する決定的な対処法がないので何とも言えません。ですが、今までの生活に戻ることが出来なくなる可能性がある、と言う事だけは理解しておいてください』と言ったのだ。その時の俺は医者が何を言っているのか、全く理解できなかった。でも、今ならわかる。はっきりとその症状が出たのだ。

「ちょっと二葉、どうしたのよ」

 以前とは明らかに違っている点を発見したのだ。走ることが出来ないのだ。いや、正確には出来るのだが、これでは普通に歩いた方が速い。自分が気付かないうちに、病気は進行していたようだ。なんてこった。もう、前みたいに走ることはできないのか…。

「すまん、先に行っててくれ。疲れてしまった」

「わかったけど…。しょうがないわね、鈴菜も一緒に行くわよ」

 俺はなんてことを彩夏にさせているんだ。女の子におんぶさせるなんて。いくら幼馴染でもだめだろ。

「彩夏、ごめんな。朝からこんなことさせて」

 生徒玄関まで走ってくることが出来たのは、ある意味助かった。そのせいで彩夏におんぶしてもらう羽目になったが。

「いいのよ。昔はよくこうしてたでしょ」

「いや、そういうことではないのだが」

 確かに小学生の頃はよくおんぶしてもらっていたが、それはそれだ。高校生にもなって、こんなことになるとは思わなかった。

「重くないか?」

「うん、大丈夫」

「でも、普通は立場逆だよな」

「いいんじゃないの? 人それぞれだし」

 人それぞれか…。


「鈴菜、ドア開けて」

「ああ、うん」

 鈴菜がドアをノックした。中から先生の声がする。いるようだ。

「あら、どうしたの朝から」

「学校に走ってきたんですけど、着いたら『しんどい』って言うので、連れてきたんです」

「なるほどね。わかったわ、私がみておくから、二人は朝礼行ってきなさい」

「はい、分かりました。よろしくお願いします」

 とりあえず、彩夏がそろそろ限界みたいなので、何か指示をください。

「彩夏、もう降ろしても大丈夫だぞ」

「そう?」

 ゆっくりと地面に足を付ける。よかった、立てそうだ。

「じゃあ、すまんが担任に言っておいてくれ」

「うん、わかったよ。無理はしないでね」

 そう言うと、彩夏と鈴菜は少し急ぎ気味で教室へと向かった。とっくに朝礼の開始時刻は過ぎているからだ。無いとは思うが、これで二人が遅刻扱いにならないよな?

「それで? どうしたのよ。体調悪いの?」

 保健室担当の中條先生が優しく声をかけてくれる。この人は漫画などでよく出てくる若い先生ではないのだが、性格がいいので、生徒からは親しまれている。ただし、男子の扱いは適当なことでも有名だ。性別で差別するのはどうかと思うのだが、改善の報告は今のところない。

「それもあるんですが……」

 迷うなぁ。担任の方が話しやすいから、なるべく担任を通してからの方が気が楽なのだが。こうなってしまったからには仕方ないのだろうか。

「それ以外の原因があるってこと?」

「ええ」

「私には話しにくいこと?」

 中條先生が何を考えているのかは知らないが、事は結構深刻である。

「あのですね……」

 俺はあの医者に言われた通りにこの病気のことを話した。途中、何度か中條先生からの質問もあった。

「ごめんね。私も初めて聞く症状だから、どうしたらいいのかわからないわね」

「いえ。わかっていただければ大丈夫なので」

 数多くの病気に詳しい中條先生をもってしても、この病気のことは分からないのか。発症例が少ないのだろうか。

「それじゃあ、このことは他の先生方にも伝えておいた方がいいわよね?」

「ええ。すみません、本当は今日報告するつもりだったんですけど」

「いいのよ。とりあえず、二時間目くらいまで様子を見ましょう。それ以降のことは、またその時に考えることにして」

 俺の目から見ると、中條先生は明らかに動揺していた。いつもよりあたふたしている感じだ。俺のせいだろうな。ただの体調不良だと思っていた生徒が、実は難病を抱えているなんて思わないだろう。


 俺、これからどうなってしまうのだろう。

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