第2話 幼馴染と妹
俺は今日、目標を立てた。『彼女を作る』という目標を。
本当に今まで考えても来なかったことだ。というより必要性を感じなかったのだ。友達は皆、口をそろえて「彼女が欲しい」と言っているが、俺は特に考えてこなかった。しかし、いざ余命一年だと病院の医師から言われると人間焦ってしまうものだ。焦るというより、最後の時間を共に過ごしてくれる人が欲しいと感じたのだ。
俺はいつかその時が来て死ぬ。その瞬間を覚えていてくれる人はどのくらいだろう。ずっと覚えてくれているのは家族ぐらいだろう。友達も一応いるのだが、とても親友と呼べるような人はいない。俺が今まで、それだけ薄っぺらい生活を送ってきたいうことだ。とても、今さら感があるが、後悔している。もっと、高校生活を充実させておけばよかったなぁと。しかし、それも過去の話だ。過ぎてしまったものは仕方がない。『これから』を大切にすればいいんだ。そう、自分に言い聞かせて、俺は学校への道を歩く。
「なーに難しい顔して歩いてるの?」
朝のテンションとは思えない声の大きさでその少女は背中にのっかかってきた。こんなことを俺にしてくるのは、俺の知る限りでは、一人しかいない。
「やっぱり彩夏か。いきなりなんだよ?」
突然後ろから乗りかかって来てこの態度はなんだ。と言いたいところだが、こいつは仕方なく許している。まあ、許すも何もこいつは俺の幼馴染のような、二人目の妹みたいな感じだからな。なんというか、朝の挨拶程度だろうという認識しか俺は持っていない。
「せっかく幼馴染ちゃんが来てあげたのにその態度は何?嫌がらせなの?」
いや、別に嫌がらせってわけではないのだが。そもそも、普通は朝からそのテンションでは学校にいけないぞ。彩夏が少々珍しいだけだ。
「ま、いいわ。今回は大目に見てあげる」
「で?本当は何の用だ?」
「いや、特に深い理由はないんだけど。あんたが難しい顔してさ、前向かずに歩いてたらそりゃ注意するでしょ」
要するに心配してましたよーってか。さすがだな。これだけ長い付き合いなら、そういうことも言葉を交わさずとも理解してくれる…わけない。たまに意味わからん質問をしてきたりするものだ。まあ、いいんだけど。ところで、彩夏は俺の心配をしているが、実は俺の一個下の学年だ。年下なのだ。見た目ではとてもそうは見えないがな。なんといえばいいのだろうか。そう、大人びているのだ。もっというと彩夏は俺よりしっかりしている。姉的な存在だ。時々幼稚なところも見せてくるのだが。世間で言う、いわゆるギャップ萌えというやつだろうか。そういうのは、俺にはよく分からんが。
「また高橋先生になんか言われたの?」
「いや、そういう訳じゃ無いんだけど」
「じゃあどういう訳よ」
なんだ、今日はえらくグイグイと迫ってくるな。こういう時に、彩夏は自慢の『空気読み術』を使ってくれない。空気の読める女子高生として自慢をしてくるが、使うなら今だぞ、今。
「どうせテストの点数でも悪かったんでしょ?それぐらいなんとかなるから元気だしなさいよ!また、次頑張ればいいし」
「確かにそれもあるけど」
「やっぱりね」
彩夏は人の嫌がることにすぐ首を突っ込む。まあ、嫌がるといっても『ちゃんと勉強しなさいよ』とか『高校生らしくしなさいよ』とか、ごく当たり前なことを心に刺すようにグサグサと言ってくるのだ。当たり前なことを言ってくる彩夏に俺はむかついてしまうこともある。それが良いところでもあるが、悪いところでもある。考え方が大人なのだ。まあ、俺は彩夏のそういうとこ好きだけどな。
「何ニヤッとしてんの?気持ち悪いよ?」
「ああ、ごめんごめん」
どうやら顔にも出ていたらしい。我ながら恥ずかしい。
放課後だ。待ちに待った放課後だ。今日は幸い、新学期始まってまだ1週間がたっていないため、今週は特別時間割だ。つまり、帰るのが自動的に早くなるのだ。なんと素晴らしいんだろう。確かに、高校生の本業は勉学に励むことだ。しかし、そんなことは家でもできる。なら、早く家に帰ろう。それが俺の考え方だ。
あれ?もう電気がついてるな。鈴菜か?
「ただいま」
「お、か、え、り~」
「何故区切った?新しい挨拶か?」
「うん。今考えたの。どうだった?」
どうだった?こっちはどういう事だって聞きたいね。学校終わりに疲れて帰ってきた俺の身にもなってくれ。というか鈴菜も今帰ってきたばっかりだろ。何故疲れていない。しかし、その笑顔で俺も少しは元気が出たぞ。ありがとう。
「んで?どうだったの?さっきのあいさつ」
「そうだなぁ。新鮮だったよ」
「他には?」
「言いにくくないか?いちいち途切れさせてるし。しかも、意図的に」
「別に気にならなかったかな」
何が聞きたいんだよ。妹よ。取りあえず、靴は脱ぎたいのだが。
「もうご飯作ってるからね。早く準備してね」
そう言いながら妹は夕食の準備へ向かった。そうか、今は母と父がいないんだな。まだ、時間が早いからな。この家では、親がいない時はいつも鈴菜が食事を作る事になっている。一応、鈴菜が帰っていない時は俺が作ることになっているのだが、その役目は未だ回ってきたことがない。何故かいつも鈴菜が先に家にいるのだ。どうやって早く帰っているのか、理由を今度聞いてみることにしたい。とりあえず、服着替えてくるか。さすがに制服のままだと、息苦しい。
ということで、自分の部屋に来た。ベッドと机、そして本棚。何度見ても、なんとも殺風景な部屋だ。このままでは、『自分の部屋なんていらないんじゃない?』と両親から言われそうなので、これを機会に少しインテリアを変えてみようかと思う。そうだな、何を買えばいいのだろうか。と、そんなことを考えている場合ではなかった。早くしないと、せっかく鈴菜が作ってくれた夕飯が冷めてしまうではないか。
「おまたせ」
「ううん。今できたところだよ」
俺が階段を下りる音に合わせて出来上がらせたな。なんとよくできた子なのだよ。そもそも、母さんは鈴菜に何を教えてきたんだ。これではまるで、『俺の嫁』同然ではないのか。もちろん冗談だが。
「どうしたの?鈴菜が作った料理、美味しくなかった?」
いや違うぞ、鈴菜。以前の量の食事がとれなくなってしまっただけだ。ご飯はとてもおいしい。もう完璧なのだ。食欲がほとんどなくなってしまったんだ。申し訳ない。
「いや、今日はお腹すいてなくてな。ごめんな、せっかく作ってくれたのに」
「別に気にしないで、冷蔵庫で置いておけば後で食べられるし。食べたくなったら言ってね。準備してあげるよ」
「それぐらいだったら俺一人でもできるよ。じゃあ、冷蔵庫で冷やしておいて。後で食べることにする」
「はーい」
テキパキと鈴菜は皿をラップで包んでいった。もはや職人技だ。これならいつでも主婦になれるな。素晴らしいぞ。
さて、明日からどうしようか。彼女を作るとは言ったものの、どうすればよいのだろうか。
まあ、こんなことに正解なんてないか。自分なりに頑張っていくことにするよ。