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第1話 始まりの三日間

「なんか体が重いなあ」

 季節はまだ桜が咲いたばかりで、とても気候も良い四月。一年の中で過ごしやすい春と秋。その中の春だ。夏ほど暑くはなく、冬ほど寒くはない。なんといっても新しい環境で生活が始まる、新学期でもある。

 そんなある日のことだった。俺は体調不良になっていた。幼少期から体は弱く、よく親に病院へ連れて行ってもらってはいたのだが、今回のものはどうもそんな感じではない。かといって寝不足ではないと思う。ただの風邪かとも考えて、俺はまだ春休みなこともあり、三日間は一日のほとんどをベッドで過ごした。その時にいろいろ考えてしまった。これからの進路の事。もう、高校三年生だという事。そして何より、『これがもし何かの病気だったら…?』という事……。

 俺には、妹がいる。妹のためにも、体調は治しておきたい。昨日も寝ている時に、何度も様子を見に来てくれていたみたいだ。俺の体は別にどうなってもいい、と言えば少々語弊があるが、妹に変な心配をして欲しくないというのが本音だ。俺の看病をしているせいで、妹も体調を崩してしまうかもしれないという心配もあった。ずっと家でぐったりとした姿を見せているのも、本当に申し訳ないと思う。そういう理由もあって、今日は近くの総合病院に来ている。まあ、とりあえず内科に来てみた。どうせ、ただの風邪だろう。風邪のひき初めに、少し無理をしてしまったのだと思う。

「どうしましたか?」

 俺の診察をしてくれる医者は、白髪のおじさんであった。優しい表情で俺に語り掛けてくるあたり、さすがベテランだと思った。

「実は、最近体調が良くなくて。食欲とかもあまりないんですよ」

「風邪ですかねえ。とりあえず、喉の中見せていただけますか?」

「はい」

 この流れだと、このまま診断が終わり、薬をもらって自宅で安静に過ごすという未来が容易に想像可能だ。しかし、喉の中を見ている最中、先生の表情が一瞬曇った。何か異常でも見つかったのかと思っていると、先生の口から予想していなかった言葉が飛び出した。

「この後、お時間ありますか?」

「時間ですか。俺は大丈夫ですけど……」

 嫌な予感がした。これは風邪じゃない。では、一体何が起きているのだろう。全身に冷や汗をかいたような感覚に襲われた。

「では、精密検査を是非受けていただきたいのですが。よろしいでしょうか?」

「……わかりました」

 精密検査という言葉に、俺は強い違和感を覚えた。俺の体は普通の状態ではない。先生は、そう感じているのである。

 俺の頭の中は真っ白になっていた。今日病院に来たのは、もちろん診断を受けるためだった。しかし、本心では先生の口から『風邪ですね』と言う言葉を聞きたかっただけだった。新しい発見などしてもらいたくはなかったのである。それなのに、精密検査ときた。

 もしかして、俺は……。


「……では、検査の結果はまた後日お伝えします。できれば、その際はご家族の方も呼んで頂けますか?」

「わかりました。ありがとうございました」

 検査の結果を家族に直接報告するのか? そんなに俺の体は悪いのか? 俺の体は、一体どうなってるんだ。俺の頭の中は、そのことでいっぱいになっていた。



 検査結果が知らされる日。病院には母と行くことになった。家には妹がいたが、あえて連れてくることはしなかった。病院に行くと、気づいてほしくなかったという理由が大きかった。

「それでは、検査の結果ですが……」

 その後に続く言葉で、俺は言葉を失った。

 検査の結果、俺の体はまだ原因がはっきりとわかっていない難病にかかっているらしい。研究があまり進んでおらず、治る確率は極めてゼロに近いとのこと。それはつまり、生きていける時間がとても限られているという事を意味していた。俺はある程度、先生の前回の診察のときの態度で何となく予想はついていたため、心に刺さるような結果でも耐えることはできた。しかし、母にはきちんと伝えていなかったので心配だったが、先生の話をとてもまっすぐな目で聞いていた。俺は、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

「正直なところ、申し上げにくいのですが、この病気は他の病気とは違い、体が劇的に痩せていくとか歩けなくなる等のいわゆる一般的に考えられている病気とは症状がまったく異なっています」

 俺には、先生の言っていることをうまく理解することができなかった。一般的な病気とは違うってどういうことなのだろう。そして、これは治ることはない。それってつまり……。

「つまり、どういう事でしょうか?」

 俺が質問をしようとすると、母が代わりに質問をした。どうも、同じ所に引っかかっていたらしい。

「こんな表現は、あまりよろしくないとは思うのですが、端的に言いますと、亡くなる直前まで本人は元気な状態を保っていると思います。あくまで、元気な状態に見えるということです。見た目では病気が進行していることに全く気が付かないと思います。本人にしかわからない病気という事です。いろいろな細かい症状は出るとは思いますが、その他は普通に過ごせるんです。体の中でだけ進行していくものです」

 簡単にいうと、俺はまあまあ元気に生活していくことはできるが、体の中はボロボロになっていくってことか。なんて恐ろしい病気なんだよ。そんなの、『病気じゃなくて、呪いみたいなもの』じゃないか……。


 その後も先生の話は続いた。薬の処方のことや、学校への通達の事。激しい運動はできるだけ避けた方がいいとのこと。もう体は衰え始めているらしい。そして、俺の生きていくことができる期間の予測も先生は俺と母に伝えた。つまり、余命宣告だ。俺の余命は約一年。しかも、この一年は長く見積もっての結果だと言っていた。残り一年。もしくはそれよりも早く、俺はこの世を去ることになるのかもしれない。何もできないじゃないか。俺は、20歳を迎えることが出来ない。父さんは、20歳になった俺と酒を飲みかわすことができる様になることを何より楽しみにしていると母から聞いたことがある。そんなささやかなことも叶えられないのかよ。どういうことだ。

 そもそも、俺は大学に進学することも出来ないのか…? それ以前に、俺は高校を卒業するまで生きられないのかもしれない。



 俺は、暗闇をさまよっていた。それは、先が見えない道をただひたすら歩いているような感覚だった。

 今日はなぜか体がとてもだるかった。一回も部屋から出ないのは、とても珍しいことだった。

 もう妹は知っているのだろうか。俺がもう治ることがない病気にかかっているという事を。もしかすると、母からすでに聞いているのかもしれない。しかし、俺はそれを知ってどうするのだろう。これから妹に対して、どんな顔で接すればいいのかが分からなかった。


「お兄ちゃん、部屋に入るよ?」

 その時、夢の中に突然妹が出てきた。夢の中にまで出てきてくれるのか。なんてよくできた妹なのだろうか……。

「あれ、起きてるの?」

 意識がうっすらと戻ってきた俺の目の前には、確かに妹の鈴菜がいた。どうも夢の中だと思っていたこの空間は、俺の部屋だったようだ。病院から戻ってきた後から、俺はずっと寝ていたんだ。まだ意識がはっきりしていない。

「熱、大丈夫なの? さっきまで、彩夏ちゃんがみてくれていたのだけど。まだ、しんどいの?」

「彩夏が来てたのか。全然気が付かなかったよ」

 彩夏にまで、俺は迷惑をかけてしまっているようだ。

「もう帰ったのか?」

「うん。もう帰ったよ」

 もしまだ家にいるのなら、体調がよくなった所を見せたかったのだが。まあ、仕方ないな。今から追いかけるわけにもいかない。後で電話を入れておこう。

 母さんは、多分俺が風邪にかかっているということにしたのだろう。念のために、そのあたりの話はあとで聞くことにしよう。

「お兄ちゃん、昨日お風呂入ってないよね? 汗、結構かいてたみたいだから、とりあえず入って来たほうがいいよ」

「そうします」

 この家は二階建てになっている。一階が両親の部屋と水回り。二階は俺と妹の部屋と物置部屋になっている。

 お風呂に向かうため、一階に降りようとすると、なぜか真っ暗になっていた。そこで俺は気付いた。一体、今何時だ? 照明をつけて、一階のリビングの時計を見た。時計の針は、一時を回っていた。つまり、今は深夜一時だということだ。妹に夜更かしをさせてまで、心配をかけていたのか。

 そのことをいつまでも気にしていてはいけないと思い、俺はとりあえずお風呂に入ることにした。


 汗でべたべたになっていた体を洗い流して、お風呂に入った。やはり、お風呂は何度入っても気持ちがいいものだ。熱すぎるのはあまり好みではないが。熱すぎずぬるすぎずがちょうどよいのである。


 お風呂から出ると、妹が台所で何かをしていた。まさか、料理をしているのだろうか。

「お兄ちゃん。もうお風呂から出たの」

「うん。何か作っているのか?」

 やはり何かを作っているようだ。

「そうだよ。もうちょっとで出来るから、待っておいてね」

 鈴菜がそういってくるということは、俺のために料理を作ってくれていたのか。そのことが分かっただけでも、俺は嬉しかった。


「はいどうぞ。まだ熱いから気を付けてね」

「ありがとう、鈴菜」

 なんてよくできた妹なのだろうか。たまには、何か恩返しをしないと申し訳ないと思う。

「どういたしまして。少しだけ塩を振っておいたからね。もし足りなかったら、すずに言ってね」

「わかった」

 鈴菜は自分のことをすずと呼んでいる。ただ、俺がすずと呼ぶと何故か嫌がる。まあ、人からの呼ばれ方は結構気にしてしまうものだ。ちなみに俺はこの年になっても、鈴菜からは相変わらず『お兄ちゃん』と呼ばれている。外では二葉お兄ちゃんと呼ぶのだが、たいして変わっていないようにも思える。

 鈴菜の作る料理は何でもおいしい。たとえ、おかゆであっても。食べるたびに考える。なぜこんなにおいしいのだろうかと。


「ごちそうさまでした」

「はい。お兄ちゃん、お茶欲しい?」

「いや、自分で入れるよ」

 そう言って、立とうとすると、鈴菜が心配した顔でこっちを見ながら言った。

「風邪治りかけなのに、無理をするのはだめだよ。待ってて、私が代わりに入れてくるから」

 やはり、母は真実を告げなかったようだ。自分から言いなさいということなのだろう。真実を知らない鈴菜の認識では、俺は風邪になっているということだろう。なるほど、だからさっき出てきたのはおかゆだったのだ。たとえ食欲がなくても、鈴菜の作るものなら、俺は何でも食べる自信がある。



 もう十何時間も寝た後なので、多分寝られないとは思うが、とりあえずベッドに寝ている。おととい、病院で言われたことを思い出していた。そこで俺は先生に告げられた。俺は病気でもう一年ぐらいしか生きることができないという事を。

 俺は、高校を卒業することが出来ないと思う。そんな短命な俺でも現実的に叶えることができる夢。

 彼女が欲しい。高校生と言えば青春だろ。青春と言えば彼女を作って、ささやかで幸せな日々を過ごすことなのではないだろうか。いや、実際のところは分からないが。

 目標は大したものではないが、一年間しっかりと生きるためにはこれくらいのものが妥当だろう。そこまで大胆なことも出来ない。俺の人生の最後の一年にふさわしい目標だと思う。




―俺は人生の目標を決めた。それは他人にとっては些細なことなのかもしれない。でも、最後を一緒に過ごす人をどんな形であれ、欲しかったのだ。いったいどんなことになるのか、俺は期待に胸を膨らませながら、目を閉じた―

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