春眠暁を覚えず、なんてね
ふと思い出すのは、彼の姿。
***
「渚沙っ!」
ベンチからの声援が聞こえる。
直前に打ったコーナーギリギリへのショットを返される。が、相手は追いつき返すので精一杯で、軽く浮いたボールとなった。チャンス。
「っあ!」
パァン、と力を込めて打ったボールは前に詰めてしまっていた相手とは逆方向、深いクロスに突き刺さった。
ラストポイントを決め、ひと息ついた渚沙にベンチの歓声が届く。この試合の勝利によって、春休みの最後に行われていたこの大会での渚沙の優勝が決まった。
「渚沙おめでとうっ!」
「さっすが駒北次期エースだね‼︎ サービスもばんばん決まってたし」
「光みたいに突き刺さる…本当すごいよねっ!私も打ってみたいなー」
「言い過ぎだって、恥ずかしいよ」
渚沙を賞賛する声が溢れる。対戦相手も渚沙の実力を認め握手を求めた。
「おめでとう、完敗でした。すごいね、あのサービス」
「こちらこそ手強い相手でしたっ、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
握手をする二人を拍手が包む。荷物を持ち、そろそろとその場を去ろうとした渚沙を、対戦相手だった彼女、児嶋七瀬が呼び止めた。
「ハヤマさんっ」
「はい?」
「次、負けないからね!ー瑞桜高校2年、児嶋七瀬!忘れないでねっ!」
「ーもちろんっ!私、駒月北高2年、葉山渚沙。次も負けないから!じゃあねっ」
高校2年、春。
***
4月6日、始業式。
校庭の桜は新入生を歓迎するように咲き乱れ、春風によって花びらが空を舞う。散った花びらは地に桃色の絨毯を広げる。どの顔にも笑みがこぼれている、うららかな春の日。
クラス発表を終え、各自が新しく配属されたクラスに集まる。ここ駒月北高校はクラス替えが高校2年のみであるため、渚沙たちは新クラスのメンバーと高校生活残り2年を共にすることになる。
渚沙も既に新クラスである2年3組の教室に入っていた。クラス替えにはドキドキしていたが、なってみれば割と仲の良い友達が数人いた。そのおかげでクラス替え特有の緊張感というものはとうに薄れ、春の陽気によって眠気に襲われていた。今はまだ、かろうじてだが意識を保っている。今は、まだ。
*渚沙part
先人は言った、「春眠暁を覚えず」と。
多分春は暖かいからよく眠ってしまうとかいう意味じゃないだろうか。(違う。実際の意味は「春の眠りは心地がよく、夜が明けたのにも気づかないほどである」だ。)本当にその通りだと思う。先人ってすごい、尊敬。
さて、私は今何をしているでしょう。
答えは「うたた寝をしている」でした。クラスでは今、新クラスになって初めてのHRをやっているのにね。だって眠いもん仕方ない。
どうやら今は担任紹介の真っ最中らしい。てことはきっと、この後に副担紹介がまだあるはず。どうせやるだろう私たちの自己紹介にはもう少し余裕があると見た。
…なら、もう少し寝ちゃおう。だって眠いもん。だって眠いもん。大事なことだから二回言いましたまる。
「ーー続いて、副担任紹介。**先生、お願いします」
「はい」
ビンゴ。寝よう。副担任にはどうにか時間稼ぎをお願いしたい。頑張れ。
「…あー、待ってください。……葉山あ、起きろー」
むにゃむにゃ。聞こえないもん。
「…がっつり寝てるね渚沙」
「…まあ渚沙だもんねえ」
周りの友達がなんだか色々言っている。てゆうか"渚沙だもんねえ"って何よ失礼な。
それでもむにゃむにゃ起きない私。それを見かねてか、
「先生、僕起こしてきますよ」
「あー…すみません先生」
どうやら副担任と思われる足音が近づいてきた。
と、いうか。
この声、何処かで。
いやまさか、まさかね。
「葉山渚沙さん?」
…嘘。
なんで、どうして、ここに?
ガタタッと、思わず起き上がる。
私の、目の前には。
「おはよう」
私の隣人兼幼なじみ。
柴波晃希が、私に笑みを向けていた。