ヴァーミンズ・クロニクル外伝 岩山頂上部で朝食を
本来なら次の外伝は列王十四精霊紹介話の予定だったんだけどな……。
取り敢えず230話の後の話なのでそこまで読むことを推奨。
―第二百三十話以降・日時不定・さる乾燥帯の山岳地帯―
「よッ、ほッ、ィよいっと」
「はンはンはンは~ン♪」
「ゼぇ、はひぃ、ふっ……っぉふ……ふっ、くふ……」
草一本生えない岩地を往く、大小三つの影があった。
一つは、背に翼を持ち大降りで肉厚の片刃剣を背負った竜属種の青年であった。
一つは、体長40cmの緑色をしたスカラベのような甲虫であった。
一つは、甲虫よりも小柄で華奢な猫らしき哺乳類であった。
「ねぇ、ちょっと休もうよぉ~」
「何じゃおめー、だらしねーのぅ。若えんじゃしもちっと粘らんかい」
大層疲れた様子の猫らしき獣が泣き言を言い、その先を飛んでいた甲虫が喝を入れる。
「ふぇえ~そんなぁ……あたしもうクタタだよぉ。大体若いって言ったって……そりゃ確かにケッペラ爺は今年で200歳かもしれないけど、体の作りが違うもん。外殻種にとっては屁でもないような道でも、禽獣種にとっては辛かったりするんだよ。大体カズ兄さんだって歩いてるのにケッペラ爺だけ飛ぶなんてズルいよ」
「そりゃおめぇ、儂は歩くんが遅えけんしゃあねかろうが。寧ろ飛べんような場所でヒョイヒョイ動けるだけ恵まれとる思えや」
「ケッペラ爺が飛べない場所って大体は私もろくに動けないじゃん」
「おめーにゃ脚力意外にもええとこイッペェあるじゃろ」
「量より質だよ」
「……ああ言えばこう言う奴じゃのぅ、テフェネト。儂ゃあおめーをそんなんに育てた覚えはねーどう」
「そりゃ私、ケッペラ爺に育てられてないし」
「おンめェなぁ~……」
かくして激化するかに思われた二匹の不毛な言い争いは、痺れを切らした竜属種の青年により中断された。
「はい、そこまで。お前らもうやめろみっともねぇ。もうすぐ頂上だぞ、爽やかな雰囲気で登らせろってんだ」
二匹を抱え上げた青年は、甲虫を肩に乗せつつ猫らしき獣を両手で抱きながら言う。
「ほれ、これで文句ねぇだろ?このまま頂上まで一気に飛ぶから、振り落とされねーようにしっかり掴まっとけ」
「はぁい」
「畏まりました」
青年は広げた膝を曲げ大きく跳躍し、その体格に違わぬ力強い羽撃きで空へ舞い上がり、徒歩なら少なくとも20分はかかりそうな岩だらけの斜面をものともせずに上っていく。目指す頂上へ到達するのに要した時間がほんの十数秒足らずであったと言えば、その飛行速度がお分かり頂けるかと思う。
―解説―
ここで、今し方山を上っていた彼等が何者であるかについて解説させて頂く。
まず剣を背負った竜属種の青年というのは――とっくにお気づきの方が殆どのことと思うが――嘗てデッドという名で屍術者デーツ・イスハクルに仕えていた起動屍の兵庫一正である。本編230話のラスト以降放浪の旅に出た彼は、賞金稼ぎやボランティア活動、観光等をしながら気ままに各地を転々としていた。
そしてそんな彼に付き従うのが、老甲虫のケッペラと猫らしき獣のテフェネトである。旅を続ける中で一正と出会い助けられた二匹は、その恩を返す為彼の従者として生きることを誓った忠臣なのである。
―頂上―
「わぁ……」
「ほう、これは確かに……」
「スゲェな……噂通りの絶景だ」
頂上にたどり着いた一同が目の当たりにしたのは、朝日に照らされる山頂からの風景であった。噂されていた通りの見事な絶景であったそれは一同の心を感動と幸福感で満たし、先程までヒイヒイ泣き言を言っていたテフェネトの疲れをも瞬く間に吹き飛ばした。
「さて……丁度平坦な場所に出られたようだし、ここいらで飯にすっか」
と、一正が食事の準備に取り掛かろうとした時。
「……ん?」
ふと彼は背後に視線を感じ、何事かと振り向くが、視線の先には何もない。
「どうしたのです?」
「いや、あの辺から気配を感じたんだが……」
「誰も居ませんし、気の所為じゃないですかね」
「そうだな。うん、そうだよな……」
釈然としない取っ掛かりがありながらもそれを"気の所為"と言い聞かせ、一正は従者達と食事の準備を進めていく。
故に彼は気付くことができなかった。その視線が気の所為などではなかったことと、その主に。
―数秒後・一正がかつて気配を感じた位置―
『(……)』
盛り上がった岩山の一角に、赤と白の透き通った影が浮かび上がる。不定形なその影は次第にはっきりと形を成していき、やがて白衣を羽織った赤い女人の姿となった。
『(一正……こんな弱くて不甲斐ない主だけれど、せめて貴方を見守らせて頂戴……何時終わりが来るかなんて解らないけれど、こうしていられる内はせめて貴方の生き様を見ていたいから……)』
白衣を羽織った赤い女人――もとい、屍術者デーツ・イスハクル――は、死して尚霊となることでこの世に留まり、かつての忠臣を陰ながら見守り続けようと誓うのであった。