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あの神、殺してくれそかり

作者: 甘渇
掲載日:2026/05/16

  1


「あっ! “神”なり! 神がおるなりぞ!」


「おぞましっ! 狩るべし!」


「逃がすべからっ!」


「やめてや! なんで神いうだけで、いたぶるねん! 神いじめやめえ!」


 悪ガキどもに追われ、神は泣いて逃げよった。


 汚れてるからわかりにくいけど、神の年の頃は三十路半ばか?


 髪を垂らし、髭を垂らし、頬はこけて、手足もガリガリ、ぼろ切れまとうてフラフラ走ってよる。


 まともな教育なんか、神やから受けてよらん。


 なんで自分がこんな目にあうんかも、理解できん。


 ……みらーいみらい、神は“人間”扱いされてへん時代やった。


「神、待つなり!」


 悪ガキの一人が、大声で言いよった。


「これ見いぞ! この石は汝なる!」


「え、その石……おれなん?」


 足を止めよった神が、悪ガキが突き出した石を、恐れをなして見つめよった。


 悪ガキどもは、くんくん、その石嗅いで、


「あふっ! 臭きなる!」


「むべっ! 鼻が悲鳴をぞ!」


「やはりこの石、汝なる……!」


 口々に言いつのる。


「おれ……そんな臭いん……?」


 て言うてよる神の、傷ついた顔!


「この石に……こうなり!」


 悪ガキが、石をしばきよった。


 しばいてみせよった。


「あ痛っ! 何すんのん……」


 痛うないのに、痛かった。


 心が、哀しい……!


「やめてや! 痛いねん!」


 悪ガキどもは歓声上げて石をさらに虐げ、神から悲鳴をしぼり出させよった、その時やった。


「おやめください!」


 澄んだ声が、響きよった。





  2


 この世には、神より少しましな扱いの者もおりよる。


 “英雄”や。


 粗末な服着た娘が、かすかに震えて、立ってよった。


 年の頃は十代後半、とんでも無うべっぴんな娘やった。


 気品が違ごた。


 清楚さが違ごた。


 身分が英雄なんが、不憫なほどや。


 階級特有の張りつめた怯えが、この子の魅力をなんぼか消してよる。


 ませた悪ガキどもや。


 現れた娘をじろじろ好色な目で見、口々に言いよった。


「こやつ……大統領の屋敷付きの英雄なりそ!」


「むべ、そうなり!」


「大統領はこんな上物を『肉英雄』にしてるぞかし? 我、大統領になりたき……」


 娘は勇気ふるって、言いよった。


「あわれな神ではありませんか。知能も発達してないに違いありません。いじめるのはやめてあげてください!」


 な!?


 て、悪ガキどもが猛りよった。


「その汚き“英雄弁”を、聞かせなそっ!」


「むべそ! 身分をわきまえそっ!」


「英雄ふぜいが、“人間”様に『やめろ』とは如何にせんけむ! ……されば、汝が身代わりになりそかれ? 何かエロきことしてそかれっ?」


 娘は一瞬、えらいたじろぎよったが……そんでも、覚悟決めたように、こう言いよったんや。


「……それで、よろしいのでしたら」


 悪ガキどもが、目えかっぴらいて生唾呑みよった。


 棒立ちしてる神のおっさんも。


 早くするぞかし、て、せかされながら、英雄の娘は、震える真っ赤な笑顔で……素早く片っぽのまぶた、下ろして上げよった。


 悪ガキどもが、息するのん、忘れよった。


「ウインクぞかし……!」


「むべな……!」


「大統領はこんな……こんなことまで仕込んではべり……!?」


 想像を絶するエロ奉仕に、人間の悪ガキどもが、魂引っこ抜かれた顔で帰って行きよる。


 後に残ったんは、泣きそうな赤面でうつむく英雄娘と、それを口あんぐりで見つめてよる神。


「聞いてええ? ……今のあれの、どこがエロいん?」


 娘が、きってなって神に向き直りよった。


 涙の粒が散りよった。


「べつにお礼を言ってほしいわけじゃ……! あなたがた神は、こんな時にもそんなことしか言えないんですかっ? 死にたい思いをしたんですよっ? せめて“神語”は使わないくらいの配慮があっていいはずっ!」


「……おまはんが、まず馬鹿にしとるやんけ……」


 ぶっすりつぶやいて、神は顔そむけよった。


 大儀そうにその場に腰下ろして、寄せる波と水平線をながめてよる。


 ここは、砂浜。


 海辺のリゾートエリアや。


 至上なる人間階級の中でも、特に指導者層が住んでよる。


 こんなとこへ、野良の神が迷いこみよることは、めったにない。


 どこぞ、私有の“神園”から逃げ出して来よったか。


「……何をやってるんです?」


 あぐら掻いてよる神が、手近の砂、無造作に口に押しこんで、もぐもぐやり始めよったんを、英雄娘は声裏返してとがめよった。


「何をて、食事や」


「……正気ですか?」


「美味いで?」


 顎をゆっくり回転しよりながら、神は憐れむように、


「おまはんのすする貧乏粥と変わらんて。おれは物心つく時分から、こうしとる。腹壊したこともない」


「誇るように言うのですね……あなたがたが卑しまれる理由が、わかった気がします」


 嘆息まじりの娘に、おっさん怒りを大あらわ、


「英雄が神をさげすむんか? おまはんらかて人間以下の扱いやないかっ!」


 途端やった。


 わめく神の、尻元の砂が割れよった。


 あっちゅう間に、白砂の中に胸までや。


 沈みゆきよる神が、手え伸ばして、


「助けてや、お嬢や……!」


 哀願もろとも、たちまち呑まれよった。


 後は、痕跡も残りよらん、元通りの砂浜。


 茫然と立ってよった娘は、おずおず上体かがめて、腕を砂の表面に伸ばしかけ、


「……ぷわっ!」


 て、砂破って飛び戻ってきよった神に、悲鳴あげて尻餅つきよった。


 娘が目元引きつらして見上げよる前で、ぷふう……て砂まじりの呼気吐いて、地中から帰還しよった神は、ただひと言、


「つかんだわ」


「……何を?」


「ごじゃごじゃ言わんと、ついて来っ!」


 大声で返してから、神は口角の片っぽ持ち上げて笑い、こう言いよったんや。


「復讐や」


 て。





  3


 娘が立ち上がったん見てから、神は、


「“スワイプ”」


 そう言うて、かかとで砂を後ろへ蹴りよった。


 二人のおる砂地が流れるように動きはじめよったから、娘はあやうく、もういっぺん尻餅つくとこやった。


「大統領の城て、どこや?」


 動く地面に運ばれながら、神は娘に聞きよった。


 けど、娘が口開きよる先に、


「ええわ。……“タップ”」


 つま先で砂叩いて、行き先を自動設定。


 二回、微調整のスワイプ追加して、二人は石畳の大階段にさしかかりよった。


 ゆくてに、大統領の古城がそびえてよる。


 その手前には、戦術対話型の無人重戦車、ならびに随伴攻撃用ドローン、さらに槍持ち太刀持ちの英雄からなる群れ引き連れて、アンドロイド熊にまたがりよった人間どもの戦闘集団が、待ってよった。


 何が起こりよったかは、想像しよってほしい。


 ……スワイプ。


 ほんで、“ピンチイン”……“ピンチアウト”。


 さらに、タップ、タップ、“ダブルタップ”……!


 大統領軍を、“神”のおっさんは翻弄しまくりよった。


「信じられません……! あなたは一体、何者なのですか……?」


「知っとったか?」


 おっさん、頬をぱんぱんに紅潮さして、娘に言う。


「昔は、神て『人間以上の存在』いう意味やったんやで」


「……では、英雄は?」


 嬉しそうに神は笑い、


「『神以下』やそうや!」


 空気をスワイプして、突風呼びよった。


 大統領軍の一人が情けない声あげて、


「誰そ! 誰そあの神、殺してくれそかりっ!」


 まるでその言葉聞き届けよったみたいに、大統領城から多脚オートバイで駆け下りてくる軍団がありよる。


「気をつけてくださいっ! 大統領の近衛隊です!」


「心配すな、結果は同じや!」


「それじゃ……『飛んで火に入る夏の虫』ってことですね!?」


 娘の、この言葉に。


 砂から飛び戻りよって以来初めて、神はぎょってなりよった。


「え? お嬢やん、今、何て……?」


「いくらおいでなすっても、飛んで火に入る夏の虫ですねって!」


 ぶはっ!


 顔いがめて、神は口から変な音立てよった。


 タッチ操作の精度が、いきなり落ちよった。


 主力やったスワイプの速度が下がり、タップも一度では反応せえへん。


 娘があわてて、


「神さん……いいえ『神様』、どうされたんですか? さっきまでの『お茶の子さいさい』は、一体どこにっ?」


「ぶはぁっ! 嬢やん、ちょっと黙っとってくれ!」


「いいえ、これが黙っていられるものですか! あなたと私の間にはもう出来てしまったのですから! ……『運命』という名の、目に見えなくても確かにそこにある、『世界さえ変えられる絆』が!」


「ぉうっ……おおおっ……!」


 身体掻きむしって、悶え苦しみよる神。


「私はもう、迷わない……! 迷うことなんてできないっ! 神様教えて! 『私があなたを信じることをあなたでさえ止められない』のは、なぜ……!?」


 両手伸ばして言いよる、英雄娘!


「あかん、退却や……」


 ひくつく喉と腹押さえながら、足で何べんもスワイプ、神は英雄娘連れて逃げよった。


 一目散に。


 ほうほうのていで。


 ……とぞ、言ひそかり。

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