表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜  作者: しましまにゃんこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/11

第八話 気づかれぬ傷、消された痕跡

◇◇◇


 王太子の命を受け、密かに動き始めた調査は、思いのほか早く壁にぶつかった。

「……殿下。リヴィエール家の養女、アリサ様についてですが」

 近侍は報告書を手に、わずかに言い淀んだ。

「学園での成績、人間関係、使用人からの評判……どれも“問題なし”です。ただ――」

「ただ?」

「記録が、少なすぎます」


 リュシアンは眉を寄せた。孤児院から引き取られた経緯。幼少期の健康記録。魔力測定の結果。

 本来、貴族として学園に通うなら、必ず残っているはずのものが――不自然なほど抜け落ちている。

「まるで……最初から“存在しなかった”かのようだな」

「はい。意図的に整理された可能性があります」

 誰が。何のために。リュシアンの脳裏に、深い青を宿す髪と瞳が浮かぶ。


(水の精霊に愛されし者……)

 偶然にしては、できすぎている。

「引き続き調べろ。過去の女公爵、その血筋も含めてだ」

「御意」

 近侍が下がったあと、リュシアンはひとり息を吐いた。――彼女はいったい、何を背負わされている。


 ◇◇◇


 同じ頃。アリサは寮の自室で、静かに濡れた髪を拭いていた。鏡に映る自分の姿は、いつもと変わらない。ただ――。

 胸元に、淡く残る赤い痕。

(……また、消えてない)

 制服の下に隠れる、誰にも見えない場所。それは幼い頃から、何度も現れては薄れていく痕だった。

 痛みはない。不思議と、違和感もない。


(……気にするほどのことじゃないわ)

 昔から、そうだった。叱責されるのも。突き飛ばされるのも。水を浴びせられるのも。

「わたくしが至らないから」

 そう思えば、すべて納得できた。誰かに庇われる必要もない。助けを求める理由もない。

(……だって、これくらい普通でしょう?)

 ふと、噴水の前での出来事が脳裏をよぎる。肩を掴まれた感触。真剣な声。

『大丈夫かっ!?』

 胸の奥が、わずかにざわついた。

(……どうして、あんなに驚いたのかしら)

 アリサは小さく首を振り、いつものように微笑みを作る。

「わたくしは、大丈夫」

 それが――自分を守る唯一の方法だと、信じて疑わずに。 


 ◇◇◇


 その夜。王太子は再び窓辺に立ち、闇に沈む学園を見下ろしていた。

「……君は、本当に“何も感じていない”のか」

 問いは、届かない。だが、ひとつだけ確かなことがあった。

 ――彼女の周囲には、触れてはいけない何かが隠されている。そしてそれは、放っておけば、必ず彼女を傷つける。 


 リュシアンの瞳に、静かな怒りが灯る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ